第18話 スライム収納用ポケット付きの…
『ルシエン防具店』の主人から着ても暑くならないと言う夢の革素材があると聞いて、その素材を使った革ジャンを注文することにした。
発注してから無駄遣いしたかなと後悔したが、それも一瞬だけであった。
採寸は女性店員さん(年齢は…ゲフン)が二人組でテキパキと行われる。さすがは見た目の通りベテランさん、手際が非常に良いです。
採寸の最中に、他には何か無いかなと考えていると、スライム達のことを思い出したので相談することにした。
「それとすみません、ついでに革ジャンの上からでも着られる、ゆったりしたベストって作れます?
ポケットが沢山付いた服が欲しいんですけど」
「革ジャンの上から?」
いい歳こいだお姉様達なのに、可愛く首を傾げないで!
そう言う一品物なら、と店主のルシエンさんが懇意にしている『マーカス服飾店』と言う店を教えてくれた。
他に当ても無いのでそこに頼むことにし、場所を教えて貰って店を出る。
ルシエンさんに教えてもらった服飾店を探して歩く。この辺りは色々な職人さん達が軒を並べているらしく、大通りのような人通りはなく、落ち着いた雰囲気になっている。
とは言え木工所や鍛冶屋から木や鉄を打つ音が聞こえるので、静寂な空間とは言えない。
本格的な鍛冶屋は町の外れの方に集まって建っているそうで、この通りにある店ではちょっとした手直しや小物の製作程度が行われているそうだ。
そりゃこんな町中で一日中トンテンカンとやってたら苦情が出るよね。
看板を見ながら目的の店を探す。やっと見つけた『マーカス服飾店』は、何軒か見掛けた服飾店の中でも小さな分類に入る店構えだった。
恐らく量販店ではなく一品物を中心に取り扱うお店なんだろうと勝手に想像する。
ガチャリとドアを開けるとカランカランとドアベルが鳴った。どうやら店員さんは普段は店の奥に居るらしい。
「はーい、お待ち下さいね」
とおばさんの声。
少ししてドタバタと走りながら少しふくよかな体つきの優しそうな三十路の女性が奥から出て来た。
「あら、いらっしゃい。お遣いものかしら?」
と小首を傾げる。アンタもかっ! その仕草が流行ってんのかな?
お遣いとか、俺はそんな子供じゃあるまいし、と思うがおば…お姉さんに悪気があって言っている訳でも無さそうだし聞き流す。
「いえ、さっきルシエンさんのお店で防具を注文して、作って欲しい服があるのでお願いしたら、良い店があるからと、ここを紹介してもらったんです」
この店は良い店だと信じてますアピールだ。
するとおばさん…あ、言っちまった…が店の奥に声を掛けて旦那を呼んだ。どうやら夫婦で営んでいるようだ。
この国では大量生産なんてされていないし、木綿がほぼ輸入品なのでコットン製の新品の服はわりと高級品だ。
牧羊が盛んに行われているそうで、ウールはそれなりの価格らしい。
麻は安いけど、種類によるのか生産技術によるのか分からないがチクチクした感じの手触りがあって着たいと思わない。
コットンと混紡することで改善されるだろうけど。
老後の暇潰しに麻の改良にでも取り組んでみようかな。多分その頃にはこんな事を考えていたのも忘れてるだろうけど。
他の素材で言えば、シルクは更に輪をかけてお高くなる。骸骨さんが持っていた女性用下着にも使われているが、あれは廃棄すべきかな?
魔物素材の糸もあるようだ。
蜘蛛の魔物の糸がシルクと比べても品質的に遜色が無いらしいが、如何せん安定供給がされていない。
魔物を養殖するわけにもいかねえか。
蓑虫の魔物が吐く糸が結構強くて良さそうなんだけど、これも流通量が少ない。
蜘蛛の糸も蓑虫の糸もお値段はシルクより高かった。殺さずに採取可能なら、魔物糸の採取を仕事にしてみようかな?
質さえ問わなければ、魔物の毛皮は大量に供給されるので革袋なんかはかなり安い。
防寒用のコートや防具を除けば、毛革を使った服は丈夫な上に安いのでお勧めだ。
でもケルンさんに聞いた話だと、鞣し剤の匂いが凄いので加工場の設置には制限があって、いつの間にか革の鞣し作業はスラムの住民を使って行うようになったんだとか。
技能実習で来た外国人に過酷な労働を強いるなんてニュースが稀にあるけど、そんな感じだったらイヤだな。
以上、壁に展示している糸と生地のサンプルの下に、産地や製法など豆知識を書いた羊皮紙が貼り付けてあったので紹介してみた。
マーカス夫妻に視線を戻すと、二人が揃って「どんなご要望でしょうか」と尋ねてくる。
作って欲しい服の構想を防具屋と同じく鉄板に書いて説明する。
フィッシングベストのような服はこの世界には無いそうで、二人が興味を持って俺の話を聞いている。
でも夫妻に話をしながら、最初はスライム達を別々のポケットに入れようとしてたけど、スライム専用のポケットを決めれば特に問題は無いよな、と思い始めていた。
それならわざわざ作らなくても既製服でも良かったような気がする。
寧ろ他の人が着ていない服を着てたら目立ってしまうから却下だ!とも思う訳で。
なのでこのフィッシングベスト擬きはここに来た以上とりあえず作ってもらうけど、着るかどうかは微妙なところだ。
冒険者やそれこそ釣り人に需要があれば、そこそこ売れるかもね。
それと困ったのは、押してパチッと止まるスナップボタン(ドットボタン)もジッパーも面ファスナー(いわゆるマジック○ープ)も無いことだ。
成る程、これじゃポケットの多い服なんて流行らないだろう。
スナップボタンもジッパーも金属製品であり、絶妙な力加減で開閉が出来るのは凄い技術の賜物なので、こちらでの製造は難しい。
(どちらもプラスチック製のがあるけど、この世界にプラスチックは無い)
面ファスナーもナイロン素材が無いと作れない。
これは完全に失敗作だな。とりあえず普通のボタンで試作してもらうことにしたけど。
試作が出来たらバネの力で自動的に閉まるようなギミックを作って貰うつもりだ。それはまた別の鍛冶屋に頼むつもりだけど。こう言うのは一つの工房だけではなく、複数の工房に協力して貰った方が上手く行くと思う。
革ジャンも本当はジッパーにしたかったんだけど、今回は無理せずボタンにしたもんね。
フィッシングベスト擬きはポケットが多いから簡単に開閉出来るようにしたいんだよね。
「ところでクレスト様、他にはアイデアは御座いませんか?
お話しを伺っていると、まだ何か隠し球があるように思えたのですが」
ありゃ、バレてたのか。このおばさんは意外と鋭い勘の持ち主で参ったね。
「実はですね、お金を革袋に入れて持ち歩くの、結構不便ですよね。
だから…こうやって…ここでパチッと止めるような仕掛けの付いた革製の入れ物をと」
俺がここに来てからストレスに感じていたのが、財布が革袋だったこと。出し入れする際、毎回紐で括る手間が煩わしくて、かつ複数の貨幣が混在していると出すのに手間なんだ。
だからお手軽ながま口の財布とバッグを提案したみたのだ。
俺が見た限り、この世界でも既に真鍮は使用されているので職人さんに頼めば製作可能と思う。
次案で革袋の紐にコードストッパーを付けることだ。でもコイルバネが必要な構造しか知らないからやめておく。
磁石があればもっと楽に出来そうだけど、磁鉄鋼なんて貴重だろうし、磁力が弱いかも。
このがま口の話をすると、マーカス夫妻はフィッシングベスト擬きよりも大きく身を乗り出してきた。特に奥様の鼻息が荒い。
俺は使い方は知っているけど、詳しい作り方までは知らないよ。多分金具はコの字型になっていて、接着剤で布と金具を接着して最後に金具をかしめて固定するんだと思うけど。
それか金具に穴を開けて糸で縫っても良さそうだ。最初はこちらで試して貰おうかな。
「クレスト様!
他に、もっと他にはありませんかっ!
さっさと吐いて楽になって下さいっ!」
俺が鉄板に書いたイラストを真剣に見詰め、フンスとばかりの鼻息の奥様。そこまで興奮することか?
吐けと言われても、もう無いよ。流石にもう地球の服のデザインを教えるのはやり過ぎだろう。
俺はファッションデザイナーじゃないから手を出すつもりは無い。
それに日本では当たり前にあった物でも、こちらじゃ作れない物ってあるだろうから。その最たる物がミニスカとローライズのショートパンツだろうね。
そんなのこの場で教えたらどうなることか…怖くて無理っ!
スカートは座っても膝が見えないぐらいの長さがないとハレンチと言われる文化だからね。
後、俺が欲しいのはレインコートに雨傘に野菜の皮を剥くピーラーか。ピーラーは服飾店には関係ないから無視して。
レインコートはビニールが無いからどうやって防水処理をするか。蝋引き加工は既にあるようだけど、撥水機能は長持ちしない筈。やっぱり撥水機能のある素材が欲しい。
同時に通気性のある素材もね。これは後回しだな。
それなら傘か。傘はどこで作ってもらえば良いのだろうか?
日傘もこの世界にはまだ無い筈。傘ならなんか出来そうだよね?
雨の日にちょっと買い物に出るだけでレインコートとか着るのはイヤだから。
傘に決めよっかな。でも手作業じゃ大量生産は出来ないだろう。江戸時代の浪人さんの仕事のイメージだけどさ、和傘って結構な工程があった筈。
大量生産とか実際に製作可能かは考えないで、アイデアだけ出してここは逃げよう。
「服飾店の商品では無いかも、だけど。
雨の日に手で持って雨避けに使う道具なんですけど。晴れの日の日除けにも使えますよ。
構造は…」
西洋傘の構造は意外とシンプル。鉄板に蝋石でサクサクと八本骨の傘のイラストを書いていく。
基本的な構造は教えるから、後は職人さんに丸投げしよう。多分、ろくろって呼ばれる梁を取り付ける部品と、はじきって呼ばれる落下防止の機構が難しいと思う。
高級品でメインのシャフトが木製の傘もあったな。そのはじきが確かピアノ線を曲げて作ってたから、多分ここでも作れるだろう。
注意事項としては、風の強い日に使うとポキッと行くことだね。これは購入する人に言っておかないと絶対にクレームになると思う。
一通りの構造と注意事項を鉄板に書き込んだが、マーカス夫妻の反応が無い。二人の目の前で掌をフリフリしていたら、ようやく戻って来てくれた。
「これは物凄いですっ! 雨の日がどれだけ苦痛だったことか!」
そんなに…なの?
まあいいか。完成するかどうかは職人さんの腕次第。
荷馬車の上でケルンさんに特許権は無いと聞いているので、直ぐに模倣品が横行を始める可能性がある。
目立ちたくない俺にとってこれは逆に有難い。
マーカス夫妻に発案者の口止めさえしておけば、俺の名前は出ずに済むんだから。
それならばと、現代風のリュックサック、ウエストポーチ、スリ対策にボディバッグも紹介しておく。
ファスナーもプラスチックも無いので、金具の部品がどんな形で作られるのかが不安要素だけど。カチッと差し込むバックルは金属製でも大丈夫だろう。
ステンレス鋼が無いので塗装になるかな?
真鍮使えば良いのか。
こんなことならもっとジッパーの形をジックリ見ておくんだったよ。あって当たり前だったから、テレビで原理を説明されてたの見たけど、はっきりとは覚えていない。
こんな話をしていると随分時間を取ってしまったな。マーカス夫妻の仕事は大丈夫なのか?
店の奥から『奥様っ! 来て下さいっ!』『旦那様、教えて下さいっ!』って声が聞こえていたんだけど…俺、知~らねっと。
フィッシングベスト擬きの試作品は余裕を見て一週間以降で暇な時に確認に来ることになり、別れを惜しむマーカス夫妻の元を辞去した。
蜘蛛の糸も蓑虫の糸もシルクです。
ただし一般的に認知されていないので、本作では蚕の糸のみシルクと表記しています。
みんな普通に呼んでるけど、マジックテープは(株)クラレの登録商標です。本作は書籍化なんて有り得ないので、そこまで気にしなくても良いのかな?
ジッパーを考えた人は天才でしょうか?
上げ下げする部品にはY字形の通路があって、この部品が通過すると、フックが相手側の穴と噛み合ってしっかり止まる…書いてて意味が分かりません!
それにどうやって作っているのでしょう?
スナップボタンのパチッと止まるのも凄い技術です。固すぎず、しかも外れにくい。最高のアイテムだと思います。