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第153話 戦局の行方(Part 3)

 『紅のマーメイド』の四人とオリビアさんがクレストさんを好きになっていることは知っていた。


 だけど、ここまでハッキリ言葉にしたのは初めて。

 恋愛感情に鈍い彼を自分に振り向かせる為に、恥ずかしい気持ちを抑えて少し過剰とも思える行動を取ったのは間違いではないと思う。


 だけど自分には彼女達のように戦う力を持っていない。

 果たしてそんな自分が彼を独占出来るのだろうか?

 口では自分以外の女性も妻にしても構わないと言えるけど、それは決して本心ではない。女は誰だって惚れた男を独占したいものだから。


 そんな彼女達が無謀とも思える決意で魔界蟲の前に立ち塞がる。

 頼みの綱である青嵐のベルさんは戦闘不能。

 子熊だったラビィは何故か毛深い人の姿に変身して、大きな斧を使って魔界蟲を撃破した。


 以前もラビィは一人で魔界蟲を相手にしたけど、その時は自分の命と引き替えに魔界蟲を倒したのだ。

 それが今は五体満足な状態で同じことをやってのけ、酷使した体を休めている。


 ルケイドさんが一人で巨人とも言えそうなオーガ相手に善戦しているのは、あの槍のお陰なのかな?

 それでも彼が短期間に槍を仕え熟せるようになったのは、才能があったのか、それとも努力の賜物なのか。


 クレストさんに取って守るべき存在である彼を一人であの魔物と戦わせる苦渋の決断をしたクレストさん。

 そして恐れた様子を見せず、巨大を前に槍を振り続けるルケイドさんだが、あの大きな拳を一度でも受ければ、治癒魔法の使えるクレストさんがここに居ない状況ではルケイドさんの死が見えてくる。


 だけど戦う能力を持たない自分がここに派遣されたのは、彼らの戦いぶりをつぶさに観察し、ライエルさんに報告する為。

 勿論戦闘だけでなくダンジョン内で起きたこと全てを報告する義務を課されているけど。


 だけど果たして勇敢に戦う彼女達とクレストさんを争うことになれば、自分に勝ち目はあるのかと不安になる。

 特にセリカさんはあの綺麗な魔法の鎧をプレゼントされている。

 それは自分を守って欲しい、つまりいつでも側に居て欲しいと言う意思表示なのね。

 一歩自分が遅れた気がしてならないの。


 だけど今は彼女達の勝利を信じて戦いの行方を見守るしかない。

 きっとベルさんもラビィも、彼女達が勝利すると信じて全力を出し切ったのだから。



 盾を構えたセリカが魔界蟲の攻撃を受ける。

「『ハードロック』!」


 瞬時に防御力を向上させるこのスキルがあればこそ、魔界蟲の攻撃を一手に引き受けることが可能になったのだ。


 そしてセリカが止めた魔界蟲の首を狙うのは頼れるリーダー、アヤノの両手剣だ。


閃脚伴雷(せんきゃくばんらい)


 一瞬にしてトップスピードに達する移動術は突進系の攻撃スキルとの相性は抜群だ。


 スローカメラで再生しなければ、剣を構えての体当たりにしか見えないだろう。

 だが実際には剣の先端に魔力を集め、衝突の瞬間に魔力を爆発させて硬い外皮にダメージを与え、勢いを乗せた両手剣が脆くなった外皮を突き抜けたのだ。


 そして魔界蟲の体内へと刀身の半ばまで突き立てられた両手剣は、本来であれば分厚い筋肉と魔界蟲の重量によって人の手では抜けなくなる。

 だが決して多くないチャンスを逃す訳には行かず、アヤノは躊躇すること無く奥の手を使う。


「『八方備刃(はっぽうびじん)』」


 アヤノは自信のある脚力を活かした戦闘スキルとして、突進しての突き技を極めた。

 だがこの技は本来一撃必殺であり、このような場面で使えば反撃を喰らうのは目に見えている。


 だがルベスがアヤノに託したこの両手剣は、一撃目ではなくその次の段階でこそ真価を発揮する。

 アヤノの持てる全魔力が注がれた剣は淡く光を発すると、長い刀身から幾多のトゲが姿を現し、内部から魔界蟲の体を破壊し始めるのだ。


「アナタに再生能力があるのなら、こちらも永遠に続くダメージを与え続けるだけよ。いつまでも藻掻き苦しみなさい。

 『誘施轍閃(ゆうしてっせん)』」


 そのコマンドと同時に剣だったものは無数の棘を持つワイヤーとなり、魔界蟲の体中を浸食し始めたのだ。


 だがこの技を使えばアヤノは手持ちの武器を失うだけでなく、『誘施轍閃』の維持に集中しなければならなくなる。


 イチかバチかの大技であったが、内部からの痛みを受け続けることになった魔界蟲は堪らずのたうち回る羽目になった。

 しかしのたうち回りながらでも、せめてこの憎たらしい人間だけは丸呑みにしなければ気が済まない。


 だがこの痛みの原因を作った人間はその場で動かなくなった。しかしその人間の前には、自分の攻撃をものともしない鎧の戦士が立ち塞がった。

 たかだか人間の分際で生意気な真似を!

 たった二人の人間にこれ程までにコケにされるとは予想外もよいところだ。


 だが所詮は人間のすることだ。

 周囲には餌となる魔力が豊富に存在している。この魔力を使って体内の異物を排除してやろうと考え始めたころ、何かの違和感を覚え始めた。

 体の動きが鈍くなった?


 先程からしつこく頭の辺りを飛び続けていた無数の矢だが、自分にはダメージを与えられるモノではないと無視していたのだが。

 何本かはクチの中に飛び込み、餌として飲み込んだ。恐らくそれが原因なのだろう。


 だがもう一つ別の違和感が…これは魔法の檻なのか?


 いつの間にか自分を中心にして魔力によって正方形が描かれたと気が付いた直後、その範囲内だけに激しく燃える炎が立ち上がったのだ。

 なるほど、この正方形は延焼する区域を制限するために設置したものだな、だがこの程度の魔法の炎では自分には些かの痛痒も与えることは出来ないのだ。


 そして体の内部からの痛みに耐えているうちに、正方形の檻の中だけで発生していた燃焼は自分にはダメージを与えることなく下火となった。

 一体何がしたかったのだ?

 全く無駄なことをしたものだ。


 姑息な真似をする射手が一本の矢を上空に放ったのは何の為に?

 コイツの目的が全く分からない。


 パリンっ!


 頭上から何かが割れる音が聞こえた。

 そこは何も無い空間のはずなのに?


 そう訝しがった次の瞬間、正方形だと思いこんでいたのが過ちだったとやっと気が付いた。

 見えない天井に矢が開けた穴から空気が流れこむと、それが呼び水となって一気に爆発を起こしたのだ。しかもその立方体の中だけで。


 想像を絶するこの炎は、魔力に対して絶大な防御力を持つ外皮でも防ぐことは出来なかった。

 つまり、物理的に引き起こされた爆発と言う訳だ。

 取るに足らない人間の魔法使いのやることだと高をくくっていたのだが。


 体の内部から来る痛みと外部からの痛み。こんな屈辱を味わうことになろうとは。

 だがこれで奴らの攻撃は打ち留めのはず。


「『煉獄の焔(プルガトリーム)』」


 コマンドを唱える凛とした声。だが魔法使いに自分が倒せる訳は無い!

 高火力の攻撃魔法を僅かに身を捩って躱す。人間にしては上出来だと褒めてやる。

 ついでだ、極上の魔力を持つお前を最初の餌にしてやろう。

 『煉獄の焔』のような大技を不用意に使ったのが運の尽きと思え!


 大きく口を開けて赤茶色の髪の魔法使いを食い千切ろうとした瞬間だ。


「『光輪(コーリン)偽炎(ギエン)』」


 魔法使いが掲げた手の上に白く光る輪のような物が出現した。直径三十センチ程の光の輪だ。だがそんな物に何の意味が?


 その輪ごと魔法使いを一口で噛み殺そう。 


「『(ザン)』!」


 あと少し。開けたクチが届くかと思った矢先、光の輪が回転を始め、俺のクチの中へと飛びこんだ。当然それに味など無く…そして俺の頭は弾け飛び、それが最後の記憶となったのだ。



「みんな無事か?」


 オーガを無事に倒したルケイドが魔界蟲を倒した女性チームのもとに掛けよってきた。


「無傷の勝利よ」

「ちょっと痛かったけど」

「あなたのくれた虫除け、役に立ったよ」

「みんなの魔力残量はゼロだけどね」


 マーメイドの四人が口々にそう言ってルケイドを迎えた。


「ルケイドさんも怪我は無いようで良かったわ」

とオリビアさんが彼の無事に安堵の表情を見せた。


 事実、クレストの渡した『鬼降ろし(オーガニック)』は対オーガ戦に措いては無双の強さを発揮する。

 勿論槍を使えない者が装備しては意味が無いのだが。


 巨体のオーガを単身相手にしたルケイドは、再生能力を持つ特殊なオーガに多少手間取りはしたものの、訓練の成果を遺憾なく発揮することが出来たのだ。


「後はクレストさんだけね」


 エマがクレストとノーラクローダの飛んで行った森の方向に目を向けてそう呟いた。


「ところで、僕の活躍ぶりは?」

「…需要は無いわよ」

「誰にですかっ!?」

「さあ?」


 実はルケイドさんとカーラは相性が良いのかも、アヤノがそう思うようになったのはこの時からだった。


「ふぅ、どうやら全員無事みたいだね」

と歩けるまでに回復したベルが女性陣のもとに歩いてきた。


「お疲れ様です。ルベスさんから頂いた剣、解放しちゃって…」


 アヤノが回収した両手剣には刀身が無く、細い棒から短い蔦が生えたような姿に変わっていたのだ。


「その剣なら毎日魔力と鋼を与えてやれば、そのうち復活するから気にしなくて良いよ。ざっと三年ぐらいか」


 特殊なマジックアイテムの中にはそのような自己修復機能を持つ物もある。

 折れたり欠けたりした刀身が元通りになるのはありがたいことだが、まるで生きているようで少々気持ち悪い感じもする。


「三年…それまで魔界蟲みたいな敵に出合わないことを祈るしかないわね」


 アヤノは心の底からそう思う。

 装備が整い、そして強力な仲間達が居てやっと戦える相手など、安全第一の精神で冒険者を守っている現在のギルドに所属している限り、通常なら出合うことは無い。


 力押しでは敵わない相手が現れた時、冒険者達は一体どうなるのかと。

 自分より格上と戦わなければ、本当の意味で実力を伸ばすことは出来ないのではないのかと。


 そんなアヤノの思考を邪魔するかのように森の方から轟音が鳴り響き始めた。

 ダンジョン内だから音は反響して大きく感じることもある。

 だがそれを差し引いても、普通の魔法使いが行使した魔法ではそこまで鳴り響くことは無いだろう。


 共に魔法を使うオリビアとカーラはとっさにクレストの危険を感じ取る。


「厳しい戦いになったみたいね」

「クレたん…無事で居て」


 更に数発の轟音が響き、それから何も聞こえなくなった。


「終わったの?」


 アヤノの質問に対し、この場にその問いの答えを知る者は居ない。

 たった今、羽音を響かせながら飛んで来た、青白い顔をした異形の魔族を除いては…。

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