第152話 戦局の行方(Part 2)
二体の魔界蟲はラビィとベルの手で討伐に成功したが、二人は戦線離脱となった。
遠眼にそれを見たルケイドと女性達が気合いを入れ直す。
「二人の援護は期待できないわよ。
私達に取れる選択肢は…二人のうちどちらかが回復するまで持ち堪えるか…それともこの魔界蟲を倒すか、よ」
◇
『紅のマーメイド』は女性だけの四人パーティーだ。
産まれた場所は違う彼女達だが、それぞれの村に居た時の境遇には大差が無い。農業大国と言っても農村に暮らす人達の生活がラクな訳ではない。
そんな彼女達は生活の中で育まれたハングリー精神がとても強い。
気が付いた時には村から飛び出し、女一人であろうがお構いなしに新人冒険者として実績を積み重ねていった四人はいつの間にか意気投合し、このパーティーを結成したのだ。
だがこの四人ともこれと言って突出した能力を持つ訳ではなく、経験を重ねて銀貨級パーティーとして評価されたところで頭打ちとなっていた。
その状況を手っ取り早く打開するには、ダンジョンに潜って貴重な武具を発見するか、それとも優秀なメンバーを追加するかだ。
一昔前の冒険者ギルドであれば、イチかバチかでダンジョンに潜り、その宝箱からお宝を回収する夢を見ることも出来たのだ。
だが現在取られている冒険者の安全を優先するシステムでは、自分達のランクではその賭けさえ禁じられている。
新しいメンバーを入れるにしても、このメンバーなら五人目も当然女性であると、誰もそのことは口にしなくても同意されている重要項目であった。
ソロで腕の立つ女性冒険者か…銅貨級冒険者として町の中での実績を重ねて大銅貨級に成った女性冒険者が一番に行うのは、町の外での活動で身の安全を守ること、即ちパーティー加入である。
従ってソロで活動する女性冒険者は極端に少ないのだ。こう言うと難があるが、売れ残った者にはそれなりの理由があると言う事だ。
だが、当然パーティーに加入しても性格的に合う、合わないの問題がある。
そのためギルドの掲示板には移籍を考えている冒険者向けにパーティー勧誘のコーナーも用意されている。
彼女達も募集は出しているのだが、欲する実力が伴わない新人しか応募してこないのと言うのが現状である。
だから焦らず時間を掛けて実力を伸ばして行こう、そう言う解決策しか残っていないのだが…今のペースでは引退前に大銀貨級に届くかどうか甚だ疑問であった。
そんな彼女達の前に現れたのが素手で大銀貨級パーティーと遣り合い、そして勝利を収めたクレストだ。
彼女達では格上の『黒羽の鷲』に勝てる見込みなど到底無かったのに、冒険者登録仕立ての青年がたった一人で成した偉業に彼女達は雷に撃たれたような衝撃を受けた。
それは単に強い男に対する憧れを通り越し、村に居た時なら強引にでも自分の物にしてしまおうと実行したに違いない、そう気が付いたのだ。
だがここではそんな農村での常識が通用しない。
クレスト自身にも常識が通用しないのでお相子様だと開き直り、何か彼と仲良くなる切っ掛けがあればと常に狙うようになって間なしに貯水池行きのハプニングが起きる。
それから上手く彼の補助者と言うポジションを得るに至り、その流れは彼女達の予想を遥かに越えた速度でここまでやって来ることが出来たのだ。
勿論彼に対して恩を返したいと言う気持ちもあるが、それ以上に彼に良くやったと褒めてもらいたい。
そしてあわよくばエマの居る立場と同じ位置に立てるようになりたいと言う気持ちも強いのだ。
だからアヤノの問いに対する答えは、最初から彼女達には一つしかなかった。
「この鎧と盾は伊達じゃないと証明してみせるわ」
「私もやるに決まってるよ。そのためのアメンボウだからね」
「私の魔法はクレたんの為に使うと決めてるもの。リーダーだって同じ気持ちでしょ?」
「ええ、奥義書を無駄にしたなんて死んでもあの人に思わせたくないわ。
やるしかないでしょ」
◇
一方のオリビアは彼女達とは違い、家畜を扱う男爵家の娘として不自由の無い生活を送って来た。
そんな彼女が魔法を覚え、魔法使いとして冒険者登録を行ったのは何事も実践しなければ実力は伸びないと言う父のお教えがあったからだ。
幸いな事に魔法士ギルドでの試験で火と水の二つの系統に適正があると評価され、優等生としての扱いを受けたのは僅か数年間。
以降は伸び悩み、父親に悩みを打ち明けたところ冒険者としての活動を勧められたのだ。
男爵家と言え貴族である。母親や兄弟達からは馬鹿にされたのだが、彼女は父親の言葉を信じて冒険者ギルドの門を叩いたのだ。
子供の頃から家畜の世話を続けていた彼女は、その辺の男爵家令嬢と比べると基礎体力が並外れていた。
貴族と言えば聞こえは良いが、多くの男爵家の例に漏れず潤沢な資金があるわけではなく、使用人が最小限にしか雇えなかったと言うのがその理由だ。
父親の頭の中には娘が冒険者として大成したならそれでヨシ、大成しなくとも五体満足に過ごしてくれればそれでヨシ、いずれ結び付きを強めたい有力者の元に嫁として送り出すだけだと考えていたのだ。
そんな娘がリミエンで噂となっている濃紺の髪の青年、つまりクレストのことだが、彼が保護した子供の家庭教師に採用されたと言う報せは、飛び上がる程に彼を喜ばせたものだ。
娘は親としての贔屓目を差し引いても美人である。上手く行けばクレストと結婚に発展すればと望んでいるが、その思惑はまだオリビアにも話してはいない。
何故ならクレストの結婚相手の最有力候補が冒険者ギルドの受付嬢であることは、既に誰の目にも明らかであったからだ。
余計なプレッシャーをオリビアに与えて、クレストとの関係悪化を招く愚を犯すことを恐れるぐらいの良識を父親は持っていたのである。
そんな父親の考えには関係無く、オリビア自身もクレストを好ましい男性だと認識するのにそれほどの時間を要さなかった。
勿論彼女自身もエマとクレストの仲の良さは結婚相手として相応しいと認めているのだが、それでもエマと同じ立場に立ちたいと望む気持ちを間違いなく持っている。
だからこそ、今ここで引くわけには行かないのだ。自分の魔法であの魔界蟲を仕留めてみせる、そう静かに闘志を燃やしているのだ。
だからアヤノが示した選択肢に迷わずこう答える。
「そんなの倒すに決まってるでしょ」
と。
◇
奇しくも同じ回答を導き出した五人の女性達が魔界蟲を前に気合いを入れ直す。
だが、ラビィやベルでさえも魔界蟲を倒すには持てる限りの力を振り絞った最強の一撃が必要だった。
それに比べれば、アヤノが強くなったと言っても魔鹿を一人で倒せるレベルであり、残念ながら魔鹿の首の三倍はある魔界蟲を斬り倒せるとは到底思えない。
そうなれば狙いはクレストがやったように比較的柔らかい体内への攻撃だ。
だがその為にはクレスト同様にあの魔界蟲の攻撃を一手に引き受ける盾役が必要だ。
「先頭は私が立つわよ。
この『気高き女戦士の鎧』と『ヒルドベイル』はそのために受け取ったのだから」
そうとは言ったものの、いざ魔界蟲を前にすると前回の記憶が蘇る。
あの太い尻尾の一撃は自分の両腕をいとも容易く破壊したのだ。やはり恐いと言う気持ちは捨てきれない。
だけど…ガントレットを装備したこの手は何故動かせる?
大好きな彼に治して貰ったからだ。
この白く輝くガントレットは何故自分が装着している?
大好きな彼に貰ったからだ。
一度は無くしたと諦めたこの腕は、幸せを掴み取る為の腕なのよ。
ガントレットの拳が自分の頬を打つ。
痛い。だけどこれが生きている証明よ。
もしここで逃げれば、彼は自分の手の届かない場所に行ってしまう。だからやる!
「セリカ…吹っ切れたみたいね」
とアヤノがセリカに声を掛ける。
そう言う彼女の手には、この国で一番強いと謳われる男から譲られた両手剣が握られている。
ルベスがアヤノに課したトレーニングはまさに地獄と呼んでも良いものだったかも知れない。
だが貴重な魔法薬を持ち込んだルベスは惜しげもなくその薬を使ってアヤノを鍛え上げたのだ。
雲の上の存在のような人物に指導を受けられて羨ましい?
それなら代わってあげるわよ!とアヤノ自身何度も弱音を吐いたのだ。
だけど、
「この程度で逃げ出すようじゃ、お前が惚れた男に思い伝えることなんて叶わないがな」
と逃げたくなる度にそんな言葉が掛けられ、アヤノは修行を続けることができたのだ。
だがそのクレストは魔界蟲をペットだと言う圧倒的な強さの敵を相手に選んだのだ。
「確かにクレストさんにとって魔界蟲相手に臆するような女戦士なんて興味の対象外よね。
やっとルベスさんの言ってたことが分かったわ。
良いじゃない、魔界蟲だろうと何だろうと斬り伏せるわ」
「リーダーまで本気出してるし。
恋する女って強いと言うけど、意味が違うと思うのよ」
とアメンボウを持つサーヤが呆れる。
前回の魔界蟲戦から使っているこのアメンボウは魔力を矢に変換するマジックアイテムでもある。
そして弓と矢しか入れられないが収納スキルも得ることが出来たのだ。その収納スキルには様々な矢を用意している。
毒矢もあれば、貫通性能を向上させた特殊な矢もある。魔界蟲と言えど目は弱点の一つだし、毒矢が利くなら儲けものよね。
アメンボウのもう一つの固有スキルは、上空に打ち上げた矢を分裂されて雨のように降らせる技だ。だが威力はその分低下するので魔界蟲相手には嫌がらせにもならないだろう。
その前に天井があるダンジョンでは使えないのだけど。
「サーヤは矢で援護出来るけど、私の『魔弾』と『ハリケーン』じゃ援護も出来ない」
カーラは魔法使いとしての才能はそれ程優れている訳ではない。
だが戦士になるには体が小さく、サーヤのように弓矢を上手く扱うことも出来ないので消去法として魔法使いへの道を選んだのだ。
だが自覚する通りに魔法の覚えが悪く、最初に習得する『魔弾』と農産物に被害をもたらす害虫の駆除の為に『ハリケーン』を覚えるので精一杯であった。
だがクレストから渡された魔法の勇者のメモ帳には従来から魔法士ギルドが教えていたのとは全く違う魔法理論が書かれていたのだ。
覚えるのは要素魔法だけ。覚えた要素魔法を幾つか組み合わせた『モジュール』さえ作れば、魔法は幾つでも使うことが出来るのだ。
まさかこんな方法が?と最初は疑った。
だが自分の能力では難しい魔法公式を覚えるより、こちらの理論の方が合っている。
それに遠征中にクレストが多用した『範囲指定』も要素魔法の一つだと考えれば、彼の異常さも色々と納得が行くのだ。
彼からその魔法を教えて貰ったのは、彼と一緒に居たかったと言う下心があったのは事実だけど、少し変わった魔法の使い方に興味を持っていたのもまた事実。
メモ帳に従って訓練を始めると、風属性魔法の適正しか持たない自分が火を熾すことに成功した。
そしてカーラは魔法士ギルドの教えが過ちであることを確信し、その一切を捨てることに決めたのだ。
その後は要素魔法とモジュール化を徹底的に訓練し、魔法の新たな可能性への扉を開くことに成功したと言っても良いだろう。
だから彼女はこう言葉を続ける。
「でもね、女は好きになった男の為なら不可能を可能に変えることも出来るのよ」
と。