第150話 まさかの展開?
坂道を滑り落ちた先を少し進むと、さっきまでのどこを見ても魔砂土で出来た通路と違って予想以上に開けた空間になっていた。
しかも天井には淡く光る石か苔かが隙間無く並んでいるのでダンジョン内だと言うのに暗くもなく、足下は芝生のようになっていて歩くのに支障がない。
何処からともなくそよぐ風、そして目の前には数匹の蝶が舞い飛ぶ。
視線を先に向けると、とても地下とは思えない光景がそこからずっと続いているのだ。
「ここは地下? 森があるように見えるんだけど」
とアヤノさんが代表して皆の気持ちを代弁すると、
「ここは魔砂土の層があるんやから、何が起きてもおかしくないねん。
けど、こんだけ植物の生育に適した環境になっとるダンジョンはワイも初めてやな。
キノコだらけのダンジョンなら経験あんのやけど」
とラビィが答えた。
キノコだらけのダンジョンなんてノーサンキューだな。湿気が凄そうだし、毒の胞子を吹き出すキノコの魔物が棲んでいそうだ。
「そのキノコのダンジョンはどうしたの?」
「あんなん燃やすに決まっとるやろ。体中にキノコ生やして死ぬんはイヤや?」
それは想像するのもイヤな光景だな。しばらくキノコを食べたくなくなるよ。
「それにしても…天井が無けりゃダンジョンとは思えない光景だね」
遠くには鳥が飛んでいるのも確認出来る。想像していた洞窟のようなダンジョンでは無かったので圧迫感が無いのは助かる。
装備の点検を済ませ、ランタンを回収する。しばらくは天井から降り注ぐ光で十分だろう。
森に到達するまでは広い原っぱを歩く必要がある。視界が開けているので戦闘になれば不意討ちを喰らいにくいと言う有利な面と、速度の速い魔物が相手だと不利な面が出て来る。
「クレちゃんとエマさんのデートにピッタリじゃない?」
とカーラさんがニヤリと言うと、
「魔物が居なくて果物があるなら、子供達を連れて来るのは悪くないかも」
と真面目にエマさんが返し、エマさんを弄って遊ぼうとしたカーラさんの思惑を潰す。恐らく天然の対応なのだろう。
「あの森に向かって進むんでええんやな?」
「ラビィは何か感じないか?」
「そやなぁ、空気感で言うたら魔界に近いなぁ。魔砂土の層に居るんやから当然やろけど」
「魔界蟲とか魔物は?」
「今んとこ察知出来る範囲には反応無いわ」
何か違う空気を感じたのは、魔砂土が原因なのか。地上より多くの魔力が周囲を漂っていて攻撃魔法を使うと予想以上に威力が出そうな気がする。
これは敵にも言えるだろうから、魔法を使う敵とは出くわすことが無いよう祈るしかない。
「あんちゃんは何かあるんか?」
「…気のせいか…近くに誰か居るような? ほら、そこ、ラビィの前に…」
俺が何かの違和感を覚えた空間を指差す。確信は無いが宙に浮く稀薄な人が居るように思える。
「『マジックレーダー』」
戦艦などが装備する、クルクル回転しているレーダー装置をイメージして魔力を放出する。
モジュール化した『範囲指定』と基礎魔法を幾つか繋げて作ったこの魔法を発動すれば、指定範囲に均等に魔力を放出して物体を捜索可能となる。
「ラビィっ! 逃げろ!」
「なんやてっ?!」
『マジックレーダー』が目に見えない何かを捕捉すると、そこから舌打ちをするような音が聞こえ、空気に乱れが生じた。
「『魔弾』っ!」
宙に姿を現したのは人の姿に近いが魔族のようだ。
その魔族が発した『魔弾』はさっきまでラビィが立っていた場所に直径三十センチ程のクレーターを作り上げた。
やはりこの場所では敵味方に関係無く魔法に威力アップのバフが自動的に掛かるのだろう。
「嘘やろ? ワイに感知出来んやて」
と少しパニックを起こしたラビィを見下ろしてニヤリと笑う魔族だが、それも一瞬で終わると、
「人間! どうやって見破った!?」
と俺を指差す。
「あん? 最近の魔族は人を指差したらダメって教わらないのか?」
敢えて挑発するように話しかけ、目立つモーションでアイテムボックスからホクドウとカウンタックを取り出した。
「質問に答えろっ!」
と怒鳴る魔族にカーラさんの『魔弾』がヒットしたがノーダメージのようだ。
恐らく隙を見せているように見えて、防御系の魔法を展開しているのだろう。
「簡単なことだよ、薄く伸ばした魔力をそこに飛ばしただけだ」
「人間のくせに器用な奴だ!
それに何故ここが怪しいと思った?
そこの熊魔族も気が付かなかただろうが」
あー、それ? やっぱり気になるよね。
でも気が付いたのは俺じゃなくてスライム達なんで。コイツらが『そこに美味しそうな魔力が浮いてる』的なニュアンスの意思を発してたんだよ。
でも教える訳にはいかないよね。
「お前の能力が俺に劣っていた、単にそれだけだ。
そう言うお前はどうやって隠れていたんだ?
お前の質問に答えたんだから、次はお前が答えて当然だよな?」
「ちっ。灯り石が出す光の波長に合わせた光を出していたのだよ。この光隠蔽魔法は完璧だったはず」
「この世に完璧なんてものは無いんだよ」
最近の魔族は光学迷彩なんて魔法を使うのかよ。随分進んでんだな。
ウチの子達が居なけりゃ、空からの奇襲で被害が出てたぞ。
「ほらよっ! 『光球』六連射!」
右手をピストルのように構え、ベラベラと情報を喋る魔族の周囲に向けて人差し指から白く光る風船のような球を発射する。
破壊力はゼロだが、込めた魔力に比例して白色LEDのような光を発するこの球が天井から降り注ぐ灯り石の光に干渉し、魔族の光隠蔽魔法を無効化したのだ。
「これでお前の隠蔽魔法は使えなくなったな。
悪いが俺の方が光に関しちゃ上だって訳だよ。ドゥーユーアンダースタン?」
完全に現れた魔族の姿は、蝙蝠の羽根を持つ青白い肌をしたイケオジだった…無駄にイケオジ率が高くないか?
「その顔…あんちゃん、相手が悪すぎやっ!
コイツは防御無効の即死魔法を使う凶悪犯のアンパイアやで!
なんでこんな所に居るねん?」
「そう、俺は魔界の覇者、不死王ノーラクローダだ」
「ノラクロだ…と?」
名前を聞いて思いっきり笑いたくなったが必死に我慢する。笑ったら絶対コイツはマジ切れすると思う。
それにしても即死魔法だと? そんなのがあるのか…確かに相手をするのはヤバ過ぎるだろ。
「ラビィ、その魔法は飛び道具か?」
「さすがにそれは無いなぁ。
掌で触れられたら死ぬと思いや…一瞬で死ぬ言うことは無いやろけど」
一瞬でないのならまだ戦いようはあるのか。ベルさんに任せれば大丈夫かな。
「俺のことを知っているのか。
随分昔に…もう二百年以上も前に魔界から出て来て眠っていたんだが…」
ラビィも似たようなもんだから似た者同士か。ラビィの情報が無けりゃ、油断して即死魔法を喰らっていたかも。
「で、そのノラクロダさんがこのダンジョンを作ってこの辺りの山をダメにしたと思って良いの?
無関係ならあんたに手出ししないんだけど」
「ダンジョン自体は元々あった物だが、ペットを放ったことは認めよう。最近外から吸収される魔力が減ってきて目が覚めたのだが。
貴様ら何かやったか?」
このダンジョンは自然発生した物なのか?
入り口のスロープはともかく、殺意は感じないから確かにノラクロダの趣味とは違いそうだけど。
山をダメにしたかどうかの回答が欲しいんだよね。
「他にもダンジョンがあって、そこを別の人達が攻略してるけど、それぐらいしか変わりないよ」
「そうか…私の魔力補給用ダンジョンを…其奴らは皆殺しにせねばならんな」
つまり、貯水池近くのダンジョンはこのイケオジアンパ…バンパイアが作ったやつなのか。多分攻略組がここに魔力を送る装置か何かを破壊したってことなんだろう。
でもそっちは俺達に取っては本題では無い。あくまでこの山を治し、再び植林出来るように戻せる事が確認出来なければ、どんな強敵を倒そうとも無意味なのだ。
だからノラクロダを倒せばミッションコンプリートになるのかどうかが重要なのだ。
コイツがダンジョンに入ってすぐに現れたラスボスだと言うのなら、随分拍子抜けな展開なんだけど。
それに放ったペットって何よ?
「あの…アンパイアじゃなくてバンパイア…だよね?
どうしてそこ突っ込まないの?」
と今更になって冷静に指摘するルケイド。
「単に聞き間違いかと」
「アンパイアちゃうん?」
「…勇者がそう教えたのか?」
「そうやで。
ドラヤキ伯爵言う恐ろしい魔物が勇者の世界にはおったそうでな、そいつの職業がボールの投げられた位置を判定するアンパイアって言うミディアムレアな奴やってん。ワイはレアの方が好きや」
済まん、混ざりすぎてて何に突っ込めば良いんだよ?
「で、それよりノラクロダさんがここのラスボスなの?」
これが重要なのだ。他の言葉通りどうでも良いのだが、
「それにしても腹立たしい。たかが人間の分際で俺の姿を曝くとはな…しかも俺を封印した勇者の知り合いだと!」
と回答をくれないのだ。
「いや、ラビィはお前を封印した勇者だとは言ってないぞ。
それに俺の質問は?」
「だが、所詮は人間プラス熊。コイツらの敵にはならん」
「嘘っ、マイペース?
コッチの質問は無視かよ!」
怒りの形相でポケットから何やら銀色の物体を取り出したアンパ…バンパイアのノラクロダがそれを地面に向かって投げ下ろした。銀色に輝く三筋の光…いやな見覚えが有るのだけど。
その光達が地面に触れようとした瞬間、光の爆発のような現象が起こり、急激な魔力の膨張を肌に感じた。
この現象は!
地面から響く地響きと、銀色に輝く細長い巨体は、
「魔界蟲が三匹やて! こらアカン!
アンパイアもおるんやで!」
ラビィの悲痛な叫びに仲間達が顔を青くする。さすがにベルさんも今回ばかりはいつもの余裕の表情を浮かべる余裕が無さそうだ。
「ラビィっ! 俺の魔力を吸いとれ!
一匹は任せる!
もう一匹はベルさんに任せる。
アヤノさん達は残りの一匹を」
「ああん? 誰がこれだけと言った?
まだ続きがあるんだぜ!
出でよ、カプセル魔物よっ!」
次にノラクロダが取り出した細長い筒を落下させる。
それは地上数メートルの地点で爆発し、今度は身長三メートル程のぶ厚い筋肉で覆われた一匹の魔物…恐らく感じるプレッシャーから上位のオーガ系の魔物だと思われる。
「そう言えば、前に放ったペット達は戻ってきておらんな。
どこで遊び呆けているのやら?」
魔界蟲はコイツのペットだったのかよ。道理で本来居ない筈の魔界蟲がこの山に三匹も存在していた訳だ。
謎は一つ解けたけど、これって既に絶体絶命って言うやつでは?