第146話 ダンジョンに向けて出発!?
その日は早朝から好天に恵まれた、絶好の冒険日和となった。今回はダンジョンアタックが目的だから、天気はぶっちゃけどうでも良いのだけど。
冒険者ギルド前には、二頭の馬に牽かれてたビステルさんのカラバッサ試作機が待機していた。
外観は何の面白みも無い大小の長方形の箱を組み合わせたような車体に、前輪がやや小さめの車輪を付けた風変わりな馬車としか思えない。
だが、御者台の全方向が壁や窓に覆われていることに気が付けば、この馬車は普通ではない何かを秘めているのではと想像が働くに違いない。
カラバッサの前に俺、ルケイド、オリビアさんの三人パーティー、『紅のマーメイド』の四人、冒険者ギルドから派遣されたエマさん、ベルさん、ラビィ、そしてビステルさんとモルターズ馬車工房のステラさんが並んでいる。
最後の二人は現地まで俺達を送迎する役目を名目にした試験走行が目的であるが、喜んで手伝ってくれているのでありがたく乗せてもらうことにした。
町の外にはラファクト鋼材店の鉄パイプ製カラバッサも待機しているので、メンバー全員が馬車に搭乗出来る。
勿論こちらの馬車も試験走行である。
俺を兄貴と慕う新人パーティーのゴベンチャーが見送る中、僅かにマーメイドの四人が先行して徒歩で出発した。
人通りがある町中だと、徒歩の方が馬車より速く進むので後から出発しても追い付くのに。
後で理由を聞くと「あの人達と居ると恥ずかしいから」ともっともな理由が返ってきたので納得なのだが、俺達を置いて行ったと言うことには納得行かないかな。こう言うときは一蓮托生って言うでしょうに。
詳細は割愛するが、ライエルさんが出発前に前回同様に見送りをしてくれた。
『ギルドマスターがこうやって出発を見送るのは異例のことなのよ』とエマさんが教えてくれるが、別にお願いした訳でも無いし。寧ろプレッシャーになるから、そう言う特別扱いはやめて欲しい。
「このダンジョンアタックがカンファー家の植林事業の再開を決定付けるか否かは行ってみないと分からない。
だけどラビィ君が言うには魔界蟲が木を枯らした直接の原因だとしても、魔砂土の層にあるダンジョンは動植物に影響を与える可能性があるってことだから、ダンジョンの攻略はしなければならない」
ベルさんが真面目な顔をしてそう言うけど、膝の上にラビィを乗せて背中を撫でている人に言われてもな。
もう少し緊迫感の演出って必要だと思わない?
ルケイドはこの馬車に興味を持ったようで、乗ってからすぐに御者台の助手席に移動してビステルさんと何かを話し始めている。
その御者台には客室から通路を通って移動出来るウォークスルー式を採用していて、御者台は視界確保の必要性から少し高い位置に配置する為、四段の階段で上がるようになっている。
そうなると客室から馬車の前方は見えなくなるのだが、ド○ゴ○レーダー擬きを作った魔道具職人のリューターさんが画像投影装置…つまりモニターを開発しており、実機検証の為にこの馬車に搭載しているので前方の壁に景色を写すことが可能なのだ。
勿論その魔道具も魔石を馬鹿みたいに消費するのだが、今は俺が魔石の代わりになっているので使い放題だ。
昔、旅館には百円玉を入れて見るテレビがあったのだが、俺はその百円玉代わりと言う訳だ。
客室には俺、ベルさんとラビィ、向かいにエマさんとオリビアさんが座っている。
「クレストさんが道路工事をしたそうだけど、道が真っ直ぐになっていて、全然ガタガタしないね」
「本当ですね。こんな工事をお一人でされたとは驚きです」
「魔界蟲が魔力を肩代わりしてくれたから短期間で出来たんだけどね」
エマさん、オリビアさんが関心したように話していたのだけど、俺の魔界蟲発言を聞くとお互い顔を見合わせて言葉を閉ざす。
きっと『そんなの飼うことは出来ません! 居た所に戻してきなさい!』的なことを考えているのだろう。
でも必要な時に必要な量の魔力が魔界蟲から供給出来るようになれば、魔力切れの心配無しに魔法使い放題でしょ。
まだそう言うレベルには達していないし、これからそうなるのか分からないけど、コレって一つのロマンの到達点と言っても過言じゃないよね?
「魔界蟲はさておき、この馬車は良いね。これで見た目に問題が無ければ、国王にも献上出来る逸品なんだけど」
さすがに王都に暮らしていたせいか、ベルさんはそう言う目でカラバッサを評価するんだね。
カラバッサの外観を敢えてダサいと言われるレベルに落としたのは、貴族の目に留まらないようにする目的があったからだよ。
見た目がショボい馬車が実は王国一の性能を持っているなんて誰も思うまい。
荷馬車に見えなくも無いが、荷物スペースは狭く、客室はスペースの広さの割にたったの四席しかない。無駄に通路が広いと思われるだろうね。
ラファクト鋼材店製の馬車は普段は荷台を乗せて走らせているのだが、今日は客室に載せ換えてマーメイドの四人がそこに乗っている。
この馬車はそう言う換装も売りの一つなのだ。
タイタニウムフレームと鉄パイプフレームはサイズを合わせて作られているので、カラバッサとラファクトの機体間には互換性があるのだ。俺がそう指示した訳ではないけどね。
「貯水池までカラバッサなら三十分で行けるからね。あっと言う間だよ」
と上機嫌なビステルさんだ。
貯水池周辺の開発状況も寄り道をして少し見て行くつもりなのだが、俺が道路工事をしていた時にもかなりの工事が進んでいて、突貫工事だけど強度は大丈夫かと少し心配している。
恐らく仕上げに硬化魔法を使って強度アップをするのだろうが、重機が無いのに、よくこんなペースで建設出来るもんだ。
『怪力』、『筋力強化』、『建築』系のスキル持ちが活躍しているのかもね。
自分で工事をした道路を馬車で走るのは初めてだが、中々気分の良いものだ。
これならもっと道路工事に力を入れても良いと思える。
だって今までに町の外で乗ったケルンさんの荷馬車と貯水池行きの冒険者ギルドの馬車だけど、どちらも乗り心地が悪かったからね。
歩いた方がマシだと思えるんだから。
ルケイドが助手席から降りて来て、代わりにベルさんが助手席に座ることになった。
「手綱がレバーで操作出来るのか!」
と彼が感嘆の声をあげたのは当然だろう。
御者台と客室の間のドアを開けておけば、叫ばなくても会話が出来る。
普通のキャビンタイプの馬車だと騒音のためにこうはならない。だから御者とのコミュニケーションは取りにくいのだ。
「もっと褒めてくれて良いのよ。
このカラバッサは世界一の馬車で、二台しか作らない幻の馬車なんだから」
と上機嫌のビステルさん。
調子に乗って彼女の不遇スキル『不躾』が発動しないことを祈ろう。
貯水池入口に整備された馬車停留所に馬車が停まると、ジャラさん、ルブルさんの役人コンビが走り寄って来て、
「クレスト様、ようこそおいでくださいました」
と恭しく頭を下げる。
「あなた達はお役人さんなんだから、そんなことしちゃダメっ!」
と慌てて頭を上げさせた。
こんなことされてると、『道路魔人』とか変な称号が付くかも知れないからね。
最近は恐くてステータス見てないんだよ。見なくても影響は無いし、それ程有用な情報が載ってる訳でもないから影響も無いし。
「で、どうして二人がここに居るの?」
「クレスト様と私達の仲じゃないですか。本日ダンジョンアタックに向かわれると聞きまして、視察がてらにお見送りをと」
「そんな気を使わなくても良いのに」
ビシッと敬礼する二人だが、数日間一緒に仕事しただけで、それ程仲良くなってる自覚は無いんだけど。
二人からすれば『俺、あの○○さんと一緒に仕事したことがあるんだぜ!』とか『○○さんの知り合いなんだぜ』と自慢出来るパターン?
そんな二人だけど、異形と呼んでも良いカラバッサには興味津々と言うか、「乗ってみるか」と声を掛けられるのを思いっきり期待しているのがありありと分かる。
ラファクトの鉄パイプフレームの馬車はいずれ大量生産に入る予定なので、そちらになら乗せても構わないだろう。
この辺りを歩いて視察する予定だったけど、急遽馬車での移動に変更して二人を同乗させることにした。
引き続きステラさんに操縦をお願いし、先にジャラさんが助手席に陣取った。
まるでクレーン車のコックピットのような御者台に驚きの声を上げるのはベルさんで経験済みなので特に何も思わないが、ステラさんは上機嫌のようだ。
交通関連部門のお役人さんと知り合いになれただけでなく、この馬車の素晴らしさをアピールするチャンスだと思っているのかもね。
彼女にとってもこの新型馬車はこれから先の飯の種になるんだから、売り込みしたいと思うのは当然だろう。
でもうっかりカラバッサのことは喋らないでね。
喋って良いのは、あくまで鉄パイプフレームの馬車の方であって、カラバッサがタイタニウムフレーム仕様のことや外装板が防弾仕様になっていること、その他特殊装備はマル秘事項だから。
ビステルさんと違ってステラさんなら、その辺りの分別も付いていると思うけど。
視察の間、他のメンバーは自由行動にしていたんだけど結局俺の後を付いてくる。
メイン会場となる闘技場は最優先で工事が行われており、屋根を乗せる大きな柱が八本、ドドーンと鎮座していた。
後はビステルさんが梁を作ってクレーン車擬きで吊り上げて設置し、屋根を取り付けていく工程と水回りの工事だけのようだ。
水源となる浮き草が繁殖している貯水池の縁には木造の櫓のような物が作られていて、上から投網のような網を投げ入れて浮き草をキャッチし、ウインチのように巻き上げる方法を取り敢えず採用したようだ。
ウインチの動力に馬を使うのは、俺のアイデアを使ったのかな?
この方法で上手く出来るのか些か疑問だけど、取り敢えずやってみて、後で網の形を試行錯誤するつもりなのかもね。
これがアイデア募集の公募で出て来た案らしいし。
貯水池からポンプで水を揚げて浄水場に移送して各施設へと分水するのだが、一部に秘密があるらしく部外者立ち入り禁止エリアに設定されていた。
スライム式浄化槽か別の浄化手法なのか気になるところだが、浄水場から出て来た水はそのまま飲んでもお腹を壊すことは無いそうだ。
食堂や売店は最後に建設するので今は更地になっているだけで何もなく、キャンプ場と馬車の待機場には管理人用の小屋とフェンスが設けられていた。
そしてもう一つの目玉であるフィールドアスレチックのコーナーだが。
現場には多くの冒険者がまだ朝も早い時間なのに作業に取り掛かっていた…安全性の確認をしているのだろうか?
それにしては随分と楽しそうな笑い声がアチラコチラから聞こえてくるのだが。
「彼らはキャンプ場に宿泊して、アスレチックの建設を行っているグループです。
あんな様子ですが、安全確認もしっかりやってくれていますから」
とジャラさんが教えてくれた。
どう見ても遊んでいるようにしか見えないのだが…。
木とロープで作られた遊具が珍しいのか、同行したメンバーがウズウズしているのが一目で分かる。
「仕方ないなぁ。少しだけ試してみようか」
エマさんの無言の圧力に屈してそう言うと、
「やったーっ!」
と嬌声を上げて遊具へと走り出す。
エマさんに続けとマーメイドの四人、それから少し間をおいてオリビアさんも走り出す。
「じゃあ僕も試してくる」
とベルさんが言うと、あっと言う間に先頭を行くマーメイド達を追い抜いて一番に入り口に到着した。
さすがに経験者のルケイドは落ち着いていたので、逆に浮いているけど。
それから時間はドンドンと進み、何故か昼食はキャンプ場で他の冒険者達と一緒にバーベキュー大会となり、昼からは試験中のジップラインで何往復もする羽目に。
結局夕方までこの施設で遊び呆け、
「あんちゃんら、なに考えてんのや?」
とラビィにごもっともな突っ込みを受けた。
そう言うお前だって、散歩に行くと言って夕方前までウロウロしてたじゃねえか。
まあラビィはしっかり魔猪を一頭狩ってきたから許してやろう。
それにしてもフィールドアスレチックもジップラインも想像以上に作り込まれていてさ…何時間でも遊んでいられるレベルで出来上がっていたのが全部悪いんだよ!
結局この日は予定変更して一度町に戻ることになったよ。