第145話 ペンダントと涙
オリビアさんの『光輪』の検証結果と『紅のマーメイド』の四人の修行の成果を簡単にベルさんが教えてくれた。
『光輪』には過度な期待を持たない方が良いと俺と同じ感想を持っていたようで助かる。
経験豊富なベルさんと意見が違えば、俺の判断よりベルさんの判断を優先することになるだろうから。
ベルさんは俺達の行動にはクチを挟まないと言っていたのだけど、一緒に居るとどちらが彼を無意識に頼ることもあるだろうし、彼もついクチや手を出すこともあるだろう。
ベルさんの持つ知識は学ばせてもらうつもりだけど、異存は良くないので適切な距離を保つように心掛けないと。
距離と言えば、ロイとルーチェはベルさんのことを『光輪』を壊した少し悪いおじさんと評価したようで、少し距離を置いているので何よりだ。
二人が俺より懐く人がこれ以上増えるのは嬉しくないもんね。
心が狭いだと?
こちとらまだ二十歳なんだから、それが当然だと思ってもらいたい。転生前もまだ大学生やってたんだから、社会経験なんてろくに積んでないんだし。
お腹いっぱいになったラビィは自分の寝床に戻って寝るらしく、代わりにマローネが二階から降りてきた。
俺が外出している間にガルラ親方がやって来て、マローネの部屋のドアに猫用の出入り口を設けてくれたのだ。
わざわざドアに穴を開けて猫専用出入り口を作るという行為はガルラ親方達には奇行に思えたらしく、見た目も立派なドアを傷物にするなと最初は怒ったそうだ。
でも上手くドアをくり抜いて、違和感なくキャットドアを作ってくれたので感謝している。
完成後、『こう言うペットドアも悪くないか』と言って帰ったそうだから今後の取り扱い商品にラインナップされるかもね。
夕方前にブリュナーさんが戻ってきて夕食の支度に取り掛かる。
シエルさん、オリビアさん、エマさんがお手伝いに入るので同時に数品の料理を作ることが出来るのはブリュナーさんに取ってもありがたいことだろう。
カーラさんも料理は得意だと自己申告してお手伝いに参加しようとしたようだけど、さすがにその人数が動き回れる程に厨房が大きなわけではない。
丁重にお断りをされて、リビングで寛ぐことになったようだ。
庭ではサーヤさんとセリカさんが子供達と遊んでくれている。なので今リビングに居るのはアヤノさんとカーラさんと俺の三人だ。
マーメイドの四人はアヤノさんとセリカさん、サーヤさんとカーラさんのペアで動くことが多いので、この二人と一緒に居るのは珍しいことなのだ。
「クレストさん、貴重なアイテムを譲っていただいてありがとうございます」
と『ホクシンイットリュー奥義の書』を使ったアヤノさんが御礼を言ってきた。
サーヤさんとセリカさんには弓と鎧を渡したのに、アヤノさんとカーラさんには何も無しだと不公平って理由で渡せそうな物を見繕っただけだし。
まさか消費アイテムだとは思わなかったけど、役に立ったのなら俺のチョイスが間違ってなかったことで安心したよ。
「奥義書に魔法の勇者のメモ帳なんてレアな物まで持ってるなんて、クレたんってビックラぽんの玉手箱みたい。
何処から持ってきたんだろね?」
カーラさんの疑問はごもっともだけど、その答えは骸骨さんしか知らないんだよね。
勇者と因縁がありそうなんだけど、俺に教えてくれる気配が全く無いどころか魔界蟲戦では協力拒否されてたし。
もし骸骨さんが出て来て戦闘していたのなら、セリカさんに重傷を負わせることなく魔界蟲を一瞬で倒せただろう。
だけど、それで逆に皆から恐れられるようになったかも知れないから、あの時の骸骨さんの対応は間違っていなかったのかもね。
だけどさ、たまたま鎧のお陰で死ぬことがなかっただけで、普通ならあの時セリカさんは死んでいてもおかしくなかったんだよ。
戦闘結果の事前予測なんて出来る訳は無いんだから、ヤバイ時にはパッと出てきても助けてもらいたいもんだよ。
やっぱり命が一番優先だよね。
俺のせいで誰かを犠牲にするなんて俺には耐えられないんだよ。
「はい、マローネちゃんにチューっ!」
俺が真面目に考えているってのに、アヤノさんはマローネを抱き抱えて遊んでるし。
マローネにキスをすると、
「はいっ、クレストさんにもチュッ!」
と定番の猫を使った間接キスをしようと俺の顔にマローネを近付けた。
いつものようにパシッと前脚でブロックされたのだが、
「クレストさんと間接キスっ!」
と騒いでいるアヤノさん…これで何人目だよ?
まだ爪で引っかかれていないだけマシなんだけど、そのうち本気で嫌がり始めて容赦ない爪攻撃を喰らうことになるだろう。
でもどうして俺とのチューだけそんなに嫌がるんだろ?
まさか俺の体は猫の嫌がるような臭いを発しているのか?
さすがにそんなことは無いと思うが、そうだったらイヤだから風呂上がりに試してみようかな。
それから一時間程して夕食の支度が調い、皆が食堂に集合した。
いつも置いてある長テーブルと椅子は倉庫に、そして代わりに丸テーブルが並んでいる。
ルーチェの手は料理に届かないから誰かがクレーンゲームのようにルーチェを持ち上げてやるのだけど、それが楽しいようで立食パーティースタイルが好きらしい。
目を輝かせながら料理を皿に取っていくルーチェを、この後に披露されるペンダントが待ちきれない様子のエマさんが持ち上げている。
ルーチェの指示通りにエマさんが動いてくれないものだからルーチェが頬を膨らませたりしていたけど、そう言うのもご愛嬌だと思って笑って見ていると俺の隣にブリュナーさんがやって来た。
「いよいよ明日からですね。
ベル殿が居ると言え、ダンジョンは何が起きても不思議ではない場所ですから、くれぐれも油断をしないようにお願いします。
親方様にもしものことがあれば、多くの関係者に影響が出ますからね」
そう言うと俺のグラスに炭酸の効いたワインを注ぐ。ワインの炭酸水割り、スプリッツァーと言うやつだろうか?
それ程アルコール飲料が得意と言う分けでもないが、これなら俺でも気軽に飲める。
明日からダンジョンだと言うのに二日酔いなんて事態は避けないと格好が付かないからね。
「初めてダンジョンに入るんだから、油断も何もなくて、危険なことだらけかも知れないね。
それにダンジョン自身が入り口を俺達の前に曝け出してきたんだ。普通のダンジョンとは思えないし」
「ダンジョンには意思があるとは聞きますが、冒険者の前に入り口を出してくるなど初耳ですね。
そう言う仕掛けがあったのだとすれば、内部は他にも仕掛けがあると考えるべきでしょう」
ダンジョンにはトラップや仕掛けが付き物だと言う。そう言う物を発見したり解除することが出来るスキル持ちは俺達の知り合いには居ないし、そもそもそう言うスキルがあるのかも疑わしい。
サーヤさんのように野生動物を捕らえる為のトラップを作れる人は居るけど、ダンジョンにあるトラップはそれらと比べられる物ではないだろう。
長い棒をコンコンと突きながら歩くテもあるだろうが、そんなことをしていれば音で魔物達に存在を気付かれてしまうだろう。
そもそも人外の力で出来たダンジョンに機械的な仕掛けがあること自体、意味不明なんだけど。
ダンジョン内にある宝箱はマジックバッグと深い関係があるらしいし、人をおびき寄せる為の餌だと言うのだからある程度は納得出来るけど。
やっぱりトラップや仕掛けの存在って不思議だよね。
魔族の中にはダンジョンを餌場として利用する人…とりあえず人で良いか…が居るそうだけど。
そんなのことが出来る人は、きっと凄い戦闘能力の持ち主なのだろう。
ラビィだって半身を喰われてまだ生きていたって言うんだから、生命力も人間とは段違いと思って良いだろう。
でも明日から向かうダンジョンに、その魔族が潜んでいる可能性も捨てきれない。
トラップや仕掛けに魔族…そんなのが待ち受けているかも知れないって言うのに、女性陣は陽気なものだよ。
エマさんなんて戦闘能力ゼロなんだよ。付いてきてくれるとギルドに報告するのがラクのなるから助かるんだけど、やはり不安は拭いきれないのだ。
「皆様が全員無事で戻ってくることを期待しております」
「うん、俺も精一杯頑張ってみる」
そんな精神論で済むならどれ程ラクなことか。頑張るのは当たり前だしさ。
「ヤバイと思えば即時撤退するつもりだし。何も一度でクリア出来ると思ってないよ。『いのちだいじに』行くから、そう心配しないで」
そう言う俺にブリュナーさんが笑顔を浮かべて頭を下げる。
その頭が上がったタイミングで、
「クレストさん!
そろそろやりましょうよ!」
とエマさんが料理の乗ったお皿を持ったままやって来て、ブリュナーさんが「はて、何かありましたか?」と言いた気に不思議そうな顔をする。
「じゃあ、エマさん。任せて良い?」
「えっ! 私? 普通はクレストさんでしょ?」
「言いだしっぺに任せようかと」
授与式みたいなセレモニーを開く側に回った経験は当然ながら無い。
テレビで見るような立派なスピーチも出来ないから、グダグダになるけど俺の冗談を真に受けて頬を膨らませるエマさんに嫌われるよりはマシってものか。
「じゃあ、突然だけど今から俺の為に働いてくれているブリュナーさん、オリビアさん、シエルさん、俺の子供達のロイとルーチェ、そしてエマさんの六人に、家族の証としてペンダントを用意したので受け取って欲しい」
本当ならターン タータ ターン ターン タタタタタンタンターン♪とファンファーレを鳴らしたいところだけど、録音したメディアが無いから諦めよう。
トレイにメダルを並べてアイテムボックスに収納しておいたので、とりあえずトレイを近くのテーブルに置くと皆の視線が一気にそこに集まった。
パッと見ただけでは白金か何かは分からないだろうけど、美しく輝きを放つ銀色のコインと金色の三日月、そして遊ぶように舞い飛ぶ翠色の蝶。
特殊なスキル持ちの二人の手によって作られた七つのオリジナルペンダントを一つ手に取ると、見た目以上にズシリと重い。
「家族の証…ですか」
ブリュナーさんが神妙な面持ちを作り、オリビアさんとシエルさんは互いに顔を見合わせ、そしてエマさんを見る。
「私達も皆家族に? それってつまり…」
当然の疑問をクチにしようとするオリビアさんに、
「そこはクレストさんから話を聞きましょう」
とエマさんが得意気な顔で言ってから俺にウィンク。
ロイとルーチェは良く分っていないだろうけど、何か貰えると単純に喜んでいる。
「じゃあ、ブリュナーさん」
「あっ、そこはやっぱりクレストさんからじゃないと!」
と最初にブリュナーさんにと思っていたところをエマさんが割り込んできた。
「そう? じゃあ自分で」
「ダメダメ! そうね、ロイ君がクレストパパにあのペンダントを掛けてあげて!」
俺が持っていた一つを首に掛けようとしたところをエマさんが止め、ロイにそう指示をする。
エマさん大好きっ子のロイは忠実な僕となってまだ小さな手のひらを俺に差し出す。
その手はマメが潰れて皮がめくれていて痛そうだ。それでも泣き言の一つも言わずに毎日厳しい訓練を受けているのだ。
それに引き替え、俺の何とも情けないことか。骸骨さんのスキルにおんぶに抱っこでラクばかり。まともに訓練を受けた後はいつも泣き言ばかりでロイとは偉い違いだよ。
「訓練、頑張ってるんだな。偉いぞ!」
いつか剣でロイに抜かれるとは思っていたけど、その日が来るのは俺の予想より早いかもな。
「うん! 絶対クレ兄に勝てるようになるんだ。師匠も剣なら勝てるようになるって言ってくれたんだよ!」
満面の笑顔を見せるロイが眩しすぎる。そのロイの手にペンダントをそっと乗せてやり、掛けやすいように前屈みになる。
「なんだよ、これ! メッチャ綺麗」
手のひらのペンダントをマジマジと見つめてから慣れない手つきでペンダントを掛け終えると、
「スゲえ! 格好良い!」
と興奮を隠せない様子が暫く続いた。
ロイ一人に時間を取る訳にもいかないので、次は予定通り俺からブリュナーさんに掛けることにした。
「ブリュナーさん、いつも面倒な仕事ばかり押し付けてゴメンね。
我が家はブリュナーさんのお陰でもっているようなもんだよ。これからもよろしくお願いします」
自分の首に掛けられペンダントを手に取り、感嘆の息をつくと
「このように素晴らしい品をいつの間に…全く奥の見えないお方ですね」
二人のレアスキル持ちが簡単に作ってくれたんだよ…なんて言えないな。
「お洒落なブリュナーさんに何か渡したいってエマさんが考えてね。
ブリュナーさん一人に渡すと気が引けると思って、皆の分も用意したんだよ。
このペンダントは血の繋がりは無くても俺が家族同様に思っているから渡すんだ。だから家族の証ってね」
「ええ、確かに親方様は私の家族です。このペンダントは死ぬまで大切に致します…」
ブリュナーさんの目に薄らと涙が溢れだす。
「本当に…ありがとうございます」
泣くまいと我慢しているけど、嬉しい時の涙はいくら強い人でも我慢の出来ないものなんだよね。
胸ポケットからハンカチを取りだし、目を押さえるブリュナーさんは暫くそっとしておこう。
「オリビアさん、子供達の家庭教師として来て貰うことにしてたけど、パーティーメンバーとしても大活躍をしてくれて助かってる。
これからも子供達の世話と魔法使いとしての活動、どちらも続けてもらわないといけないけど。
これからも俺を支えてくれる良き仲間としてこの場に居て欲しい」
もし結婚して別の町に移り住むかも知れないけど、それは今言うべきことではない。
あくまで今のオリビアさんの働きを評価してのことなのだ。
「家族、と言うより仲間の意味あいの方が強いのですね。
ですがそれでも家族だと思っていただけている、それだけで満足です」
「オリビアさんは素適な女性だから、いつ何処から縁談が来てもおかしくないでしょ。
だからゴッコになるかも知れないけど、いつかその時が来るまで俺と家族ねっ!」
おっと、つい言ってしまったか。
でも本当、いつそうなるか分からないだしさ。
家庭教師としても魔法使いとしても立派に俺の力になってくれているから、出来れば手放したくないって言うのが本音なんだけど。
でも俺の都合で彼女の幸せを妨害するわけにも行かないでしょ。
エマさんから聞いた、俺との結婚云々は聞かなかったことにしているし。
「ではシエルさん。
ほとんどの家事を任せっきりにしてるけど、毎日綺麗にしてくれててとても助かってる」
「それがお仕事ですから」
そうなんだけどさ、それでも御礼を言いたくなるよ。
調理の大半はブリュナーさんがやってるけど、食材の買い出しはシエルさんが担当しているし。
掃除、洗濯、お買い物、それにラビィとマローネの世話もあるから結構大変だと思うけど、いつも部屋は綺麗なんだよね。
二匹の毛変わりの時期が来ると抜け毛だらけで大変になるかも…コロコロと回して粘着テープで掃除するアレが必要かも。
絆創膏の製作チームがきっと良い糊を作ってくれるだろうから、ライエルさんにダメ元で追加のお願いをしてみるか。
オリビアさんとシエルさんは二人揃って掛けられたペンダントを見てうっとりしている。作った甲斐があるってもんだね。
「じゃあロイとルーチェ。
二人は誰が何と言っても俺の家族だ。俺がそう決めたからな」
「クレ兄、それはもう知ってるから!」
「うん! ルーチェも知ってるの!」
ドヤ顔を決めてニッコリ笑う二人に癒されるわ。
首に掛けられたペンダントを見せ合い、
「お揃いだ!」
と喜ぶ当たりはまだまだ子供だな。
「最後にエマさんね。
ギルドの受付嬢としてアドバイスをくれたりお使いをしてもらってるし、ロイとルーチェの母親として俺の力になってくれているエマさんも立派な俺の家族だよ」
「ええ、クレストさんも立派な私の家族ですからね」
そう言って微笑むエマさんにペンダントを掛けると、手に取って眺めた後に、
「やっぱりとても綺麗ね…このペンダントに恥じないよう頑張るから!」
と力こぶを作ってみせる…けど、すべすべした二の腕には少しも盛り上がらない。
まぁそう言う決意を表現したってことでヨシとなるのだろう。
「なああんちゃん。ワイには無いんかい?」
とラビィがトコトコとやって来て俺の足をペチペチと叩く。
「ラビィはワッフル焼いてくれた人の所に嫁ぐって言ってたからなぁ」
「あれ、冗談やん!
あんなの真に受けたらあかんて!」
そうだったかな? 結構マジで言ってたと思うけど。
「ラビィが今後どうなるか分からないしさ。
その可愛い子熊のままでいてくれたらありがたいけど、大きくなったら飼えなくなるからなぁ」
「魔力さえ戻ってきたら自由にサイズ調整出来るんやで。まぁ限度はあるけどな」
それは初耳だな。人間形態に変身するときに魔力が大量に必要だったけど、そう言う使い方も出来るのか。
「それなら、これからラビィが活躍してくれて、ラビィが居ないとダメだと思えるようになったら作るからさ」
「ほんまか! なら頑張るわ~」
「クレストさん、私達も?」
ラビィに続いてアヤノさんまでそんな事を言ってくる。アヤノさんは割としっかりした女性だし、嫌いって訳でも無いからやっぱり活躍次第かな。
でも追加のペンダントは結構なお値段を請求されそうだし。安請け合いは出来ないんだよね。
「その他諸々の女性代表として、クレストさんに家族として認めて貰えるように頑張るから!」
マーメイドの四人が力強く頷き気合いを入れる。この様子だとダメとは言えないか。
ラビィと彼女達用に、お手頃価格のペンダントを作ろうかと密かに決意をしてパーティーはお開きとなるのだった。
第8章はこれで終わりです。
明日から数話の閑話を挟んでから第9章に入ります。