第144話 熊のお強請りとベルさんからの報告
エマさんに少し試されたけど、無事乗り越えた!
自分が喜んで胸を揉むようなエロい人じゃなくて良かったとほっとする。
リビングではオリビアさん、子供達、そしてベルさんが座ってオヤツを食べていた。
さっきクッシュさんに焼いて貰ったばかりのワッフルだ。
食堂から『紅のマーメイド』の四人の声も聞こえるてくるので、この様子だと今夜はルーチェの好きな立食パーティーになりそうだな。
初ダンジョンの前に英気を養うって意味でそれもありか。
「それで肝心の『光輪』だけど」
と、タイミングを見計らってそう切り出す。
ベルさんが皿に置いた食べかけのワッフルをどうしようかと少し考え、食べ終わらせることを優先したようだ。
きっと食べながら返答を用意するのだろう。ベルさんに限って、俺の質問よりワッフルが優先だなんて言葉通りない筈…だと思いたい。
最後の一口を飲み込み、よく咬んだ後にシエルさんの淹れてくれた紅茶で流し込む。
それから額に人差し指をトントンと当ててから、
「アレは確かに光の壁だね。勇者の世界には光で出来た剣もあるらしいけど、その盾バージョンかも」
その剣ってライトなセーバーが元なのか、それともビームのサーベルが元なのか知らないけど、実在していないのだけど。
むしろ魔道具なら実現出来そうだ。
「扱いに慣れれば強度を自由に変えられたり、動かせるようになるかもね。
今は不意討ちを防ぐか、一時的な防御用として考えるのが適切だろう。
僕の必殺技を一度は防げるけど、二度目で壊れたからさ」
と少し自慢げだ。
この人、マジで壊したのかよ。それでオリビアさんに影響は出ていないのか?
そっちも心配なんだけど。
「壊された直後にかなり魔力を持って行かれるのと、使えるようになるまで二時間ほどのインターバルが必要になる以外は影響無いようだ。
魔力切れを防止する為の安全機能みたいなものだと思えば良い」
なるほど。それだと強力な攻撃を一度受けるか、それとも逆に最大魔力で仕掛けるかって判断が必要になるかも。
そんな状況に迫られないよう気を付けないといけないかな。
「なぁ、あんちゃん」
「どうした?」
どうやらラビィが俺に用があるらしく、俺の側に寄ってきてペチペチと足を叩く。
「このワッフル焼いた人んとこに嫁いでもえぇか?」
「おまえなぁ…」
人が真剣な話をしている最中、どんな用かと思えばただの食い意地かよ。
蜂蜜の甘い香りが溜まらないから、やはり熊には魅力があり過ぎたのか…。
まさかラビィって人間の食べ物の味を覚えて人里に降りてきたパターンじゃないだろうね?
「…なんやねん? その疑るような視線は?」
「いや、やっぱり熊だなぁって」
「これでも魔族なんやけど。熊は仮の姿…やで」
黙っていればどこから見ても熊にしか見えないだけに、あまり説得力がないよな。
「あんちゃんがワイのことどう思とんのかわ、まぁええわ。
で、嫁いでええんか?」
「あのなぁ、焼いてくれたのは既婚者だぞ。それに嫁ぐのは雌熊だろ?
お前は雄だから嫁に来てもらう方だぞ。コッチにお前の嫁候補が居るとは思えないけど。
それに嫁いで行ったらお前の好物の鮭のソテーが食えなくなるけど良いのか?」
「鮭のソテーやとっ!
グヌヌ、あんちゃん鮭を人質に取るやて卑怯やわ」
卑怯もなんも、我が家でも特別な日にしか鮭は食卓に上らないんだけど。
「それなら焼き方も材料も分かってるから、ウチで焼けるように手配しとくよ」
「あんちゃんは神様かっ!」
ラビィが短い前足でヒシッと俺の足にしがみ付く。子熊が戯れているようで見た目には可愛いのだが…中身は戦斧を振り回すオッサンなんだよ。
「型は特注だから、お前のおやつ代から引いとくからな」
「なんやて?!
あんちゃん、ど偉いケチやな!」
さっきまでしがみ付いていた足をサンドバッグのように叩き始めたけど、本気ではないのだろう。ちょうど良い具合でとても気持ち良い。
ケチと言われても、ラビィが何も考えずにパクパク食べているリンゴだってコッチの世界じゃ高級品なんだし。
ラビィのリンゴ代だけで一日に大銀貨一枚っておかしいだろ。
そう言えば、ワッフルメイカーって製作費はどうなったんだろう?
後でブリュナーさんに確認しとかなきゃ。材料費、燃料費、工賃はキッチリ払っておかないと、次に何か思い付いた時に頼みにくくなるからね。
密かに次はたこ焼き器を作ってもらおうと考えてるし。市場でタコは見ていないし、ダシも無いから味は全然違ったものになると思うけど。
この型があれば屋台で売ってるベビーカステラも焼けるしね。
「ワッフルの件は僕もお願いしたいから型の代金ぐらいは出してあげるよ。
それよりマーメイドの四人の話をしたいのだが」
ラビィがアホな事を言いだしたので話の腰を折られていたベルさんが気を取り直す。
ラビィは「神様や」と言ってベルさんの足にしがみ付いているけどね。
「まずはリーダーのアヤノ君だけど。
クレスト君が彼女に渡した奥義書を使ったら、魔鹿をソロで倒せるまでに成長したよ」
「それは凄いね」
剣士がそのレベルに到達出来れば、大銀貨級に上がれると言われている。
実際にはそれがまぐれでなく、安定して倒せるようにならないと昇格出来ないのだが。
安定して、と言う中身には安全に倒せる事が前提として含まれており、倒せても大怪我を負うようでは大銀貨級にはなれないのだ。
それがあってベルさんはまだ大銀貨級に上がれるとは言わないのだろう。
「実はあの奥義書だけどね、奥義書の形をしてたけどスキルの能力を上げるウルトラレア級のマジックアイテムだったんだよ。
役目を終えると消えるようになってたみたいで、返却は出来ないからね」
まるでゲームに出てくる消費アイテムのノリだな。召喚された勇者が面白半分に作ったスクロールだったのかも。
無くなってしまった物は仕方ない。元々そんな物は存在しなかったのだと思えば良いことだ。
でもスキルが向上したとなると、もう少し良い剣を持つべきなのでは?
魔界蟲がまた出てくるとは思わないけど、装甲の硬い相手にも有効な剣を持たせてあげたい。
それに敵が強くなるほど剣の損耗も考えないといけないだろうし。
そう言うのは本人が考えることなんだろうけど、良い剣ってお高いんだろうね。
念の為に俺も剣を持っておこうかな。
「『ホクシンイットリュー奥義の書』は胡散臭い名前の割りには体を鍛え、心を鍛えて、魔力を鍛え、そしてようやく技に至る…そう言う教えが説かれていてね。
最後には究極の必殺技とも呼べそうな技が幾つか書かれていたんだけど、普通の人には至れない境地の世界だったよ」
それじゃ意味が無いね。使えない必殺技って、習得にも使用にも肉体を酷使して寿命を縮めるパターンかも知れないし。
「アヤノ君がマスターした技、『虚閃』はね、魔力を起爆剤とする一発技だ。
放てばその後は暫く動けなくなるから使わせないように」
最後にそう言う報告を持ってくるってことは、言いにくかったのかな?
俺としてはもう少し使い勝手の良い技を持たせて欲しかったから気を使ったのかも。
アヤノさんが魔鹿の頸を一撃で落とす技を欲したのか、それともベルさんの『狼爪』のような技の欲したのか分からないけど。
斬った後には何も残らない、そんなところから虚ろと言う文字を当てたのだろうが、名前負けしていないか機会があれば見せてもらおう。
「セリカ君には防御術を教えておいたから。装備だけは超一流の物を持っているからね」
やはりベルさんの目にも『気高き女戦士の鎧』と『ヒルドベイル』は別格の品に映ったらしい。
しかも転生者が作った『気高き女戦士の鎧』だから、どんな悪ノリが秘められているか分からないのだ。
まさかダメージを受けるとドンドン露出度が増していくようなアダルトゲーム仕様じゃないよね?
あれ? セリカさんには新しい技が無いの? タンクの役割ぽいからちょっと期待したんだけど。
盾の扱いは習得するのも難しいだろうから、そう簡単にはマスター出来る物ではないか。
ゲームと違ってヘイト管理なんて無いだろうから、自分に攻撃を集めるようなスキルなんて無くて当たり前か。
「サーヤ君は『アメンボウ』の固有スキル『雨虎』を引き出すことに成功した。
これは威力はそれ程でもないが、一撃で多数の矢を放つおとぎ話のような技だ。振らせる数と威力は反比例するらしい」
使い勝手が悪そうだし、使い時に悩む技だな。多数の敵を相手にするのが大前提だから、先ず俺達には必要がない。
この技は戦争やダンジョンから溢れた大量の雑魚魔物討伐向けだろう。
「カーラ君は魔法の勇者が残したメモ帳を使って訓練し、要素魔法とその組み合わせによる魔法の使い方を物にしたよ。
覚えていた魔法が二つだけと少なかったのが幸いしたようだ」
カーラさんは基本の攻撃魔法である『魔素弾』と『ハリケーン』の二つしか覚えていない。
理由を聞くと、いつどんな魔法が必要になるか分からないので、覚える魔法を絞りに絞っての選択だったらしい。
『ハリケーン』は確かに俺を上空に運ぶのに役に立ったけど、この魔法をチョイスした理由は何だったのだろうか。
かなり使い勝手が悪いと思うのだけど。
それでもカーラさんの魔法が進化するなら大歓迎だ。オリビアさんも同じやり方を練習しているんだけど、まだ出来ていないんだよね。
やはり既存の魔法を多く覚えているせいなのかも。
「それとルケイド君から聞いた話だが、剣から槍に持ち替えるらしい。
君から貰った『鬼降ろし』」との相性も悪くないそうだ」
やったつもりは無くて預けただけなんだけど、俺は槍を使わないからヨシとするか。
アイツもアイテムボックス持ってるから、持ち運びには苦労しないだろうし。
「そんなところかな。
明日の朝十時にギルドを出発するように手配してあるから、遅れないように来てくれ」
「了解です」
これで用事は終わったと、ベルさんがここで退出すると述べる。
「俺には何か技を教えて貰えないの?」
「そうだね…クレスト君みたいな特殊な趣味の持ち主用の持ち合わせは無いかな」
特殊な趣味って何ですか…?
人に後ろから指をグサッと刺されるような趣味は持ってない筈ですけど。
恐らく格闘スキル系って意味なんだろうけど、少し腹立つわ。