第143話 寄り道しながら帰宅して試験を受ける
ペンダントを受け取りに行ったらついでに魔道具をゲットした。
簡単に言うとそうなるけど、意味が判らない。けど間違いではない。
それにしても、転生者が随分と居るもんだ。ルケイドにビステルさん、会ったことは無いけどラファクト鋼材店の錬金術師、そしてリューターさんで四人目か。
こうして見ると、生産系スキル持ちに片寄っているんだよね。
ルケイドは『植物図鑑』と言う鑑定スキルだけど、金属加工に錬金術、そして魔道具技士が揃った訳だ。
俺が土木工事担当だとしたら、後は建築系スキル持ちが出てくればひと通り揃うかな。
だからどうした?と言われると辛いところだが、インフラ工事するには最強のメンバーじゃない?
…ところで俺の本業は何だったっけ?
そもそも冒険者って職業なの?って疑問があるよ。
ハンター業に勤しむ人も居れば何でも屋的な人も居る。
事実、冒険者ギルドは定職に就かない人を管理してるって面があるから、依頼を選ぶ権利のある派遣社員と人材派遣会社みたいなもんだな。
非正規雇用か…うん、それ程は間違っちゃいないかな。
そんなどうでも良いことは考えるのをやめようか。
宝飾店を出てからもペンダントを掛けて!とお願いしてくるエマさんに対し、
「だーめ。今夜のお楽しみだから」
と手を振る。
そんなに嬉しいものなのかと少々予想外の反応に戸惑うが、エマさんが我が儘を言うのは珍しいので、これはこれでありなのかも。
甘い香りにエマさんの意識が誘われたようで、その先にはクッシュさんの出すパンケーキの屋台があった。
まだオヤツの時間には早いのだが、お構いなしにエマさんはそちらに向かって足を早めた。
「クッシュさん、こんにちは」
と挨拶すると、クッシュさんが顔を上げ笑顔を浮かべる。
「クレストさん、エマさん、こんにちは。今日はデートですね」
「はいっ! デートですっ」
エマさんが機嫌良くそう答えるものだから、とても違うと否定する雰囲気ではない。
これで違うと言えば、恐らくクチをきいてくれなくなるのは間違いない。
「デートなんて良いな~羨ましいです。
あ、そうだ。エマさんはワッフルはまだですよね?
焼きますよ」
「ワッフルって?
…そう言えば最近出来た新しいスイーツがそんな名前だったかも」
と少し食いしん坊なところがあるエマさんがまだ食べたことの無いスイーツに興味を示す。
屋台にはパンケーキと同時にワッフルが焼けるように魔道コンロを追加してあるのだ。
屋台の改装費用はブリュナーさん経由で出しているので、気兼ねなく頼むことが出来る。
燃料のマナバッテリーも大量に確保してあるそうで、俺達を優先して販売してくれたイルクさん達に感謝だね。
焼き上がるまでエマさんは屋台の前に張り付いているようなので、俺は久し振りに串焼き屋のおっちゃんに相手をしてもらう。
と言っても男同士だと大して話す話題も無く、景気はどうとか天気はどうとか差し障りの無い話に終始すると思っていたのだが。
「そう言や、クッシュさんが店を構えるんだってな。
お金持ちのボンボンが出資したそうだが、ひょっとしてあんちゃんのことじゃないのか?」
ドキッ! 何故そう思う?
まさか串焼き屋は仮の姿で、おっちゃんの正体はスパイかエスパーか?
「あんちゃんはミレットさんのパンケーキを流行らせた立役者だろ。
それに自宅でのパーティーに招くぐらい仲が良いってんだからな」
なるほど、そう言うところが判断材料となっているのか。どっちかと言えばバーベキューパーティーはパンケーキを大量に焼くついでなんだけど。
「来週中には開店するって話だし、また行列が出来るだろうな。
ウチの屋台も何かプロデュースして欲しいもんだよ」
と冗談なのか本気なのか分からない様子で、串おじさんがそうこぼす。
食事の屋台で出せる物ね…材料や調味料が限られるから難しいんだよね。
一番の問題は味噌も醤油も無いから和風が無理ってこと。となると俺の乏しい屋台飯の知識ではほぼ再現不可能となる。
おっちゃんの串焼きを使った肉巻きパンを売ってるから、その反対でクッシュさんのパンケーキを使ったホットドッグはどうだろう。
アメリカにはホットドッグのスタンドみたいな物が沢山あるし、手軽に食べられるから悪くないな。
普通はコッペパンみたいなパンを使うけど、そこは甘さ控え目の惣菜用パンケーキを使ってもらおうか。
俺がメニューを考えている間にワッフルが焼けたようで、エマさんがニコニコしながら俺の分を差し出してきた…けど、既に齧った痕が付いている…何故にそれを渡すの?
「ヒューヒュー、お熱いね」
と串おじさんが冷やかしてくる。
イヤな気はしないが、そう言うのは恋人同士がやることだと思うのだけど、エマさんの表情が拒否する選択肢を与えてくれない。
「美味しいよ! 食べて!」
とダメ押ししてくるのだから仕方ない。
罰ゲームの気分で齧った痕をクチにすると、満足そうにエマさんが笑う。
「見せつけるなら帰ってくれよ」
とおっちゃんが冗談混じりに言うので手を振って挨拶し、クッシュさんにも手を振って別れを告げる。
「来週パンケーキのお店が開店なんだってね。
ダンジョンから帰ったら絶対食べに行かなきゃね!」
とエマさんが気合いを入れる。
ダンジョン攻略にどれぐらいの日数が掛かるか全く分からない。
ダンジョン入り口は冒険者ギルドから派遣された人が魔物の出入りを監視しており、異常があれば狼煙を上げて連絡をする手筈となっているそうだ。
俺がリミエンでのんびりやっていられるのは、こう言う理由があるからだ。
中に何があるのか、どんな魔物が棲んでいるのか分からないので見張り役はダンジョンに入ることを禁止されている為、俺達があのダンジョンに入るトップバッターとなる。
冒険者になってからはダンジョン初体験だし、非戦闘員のエマさんも連れて行くのだからゴブリラのような強敵との遭遇が無いことを願いたい。
金貨級以上の冒険者の半数以上はまだ貯水池近くのダンジョンに掛かりっきりで、木材の買い付けに動く人達もぽつぽつ居るそうだ。
俺も早く木材買い付けに行って、温泉リゾート開発に取り掛かりたい。
食べきれなかったワッフルをアイテムボックスに収納し、商業ギルド一階の海運ギルドの窓口へと向かう。
ジョルジュさんにところてんの製造をお願いするつもりなのだ。
ところてんに適した海藻が存在するかどうかは分からないが、海藻は割と豊富に生えているそうなので赤っぽい海藻を手当たり次第に試してもらおう。
ところてんが出来れば、次は寒天だ。実はところてんはあまり好きでは無いが、ところてんが寒天の材料なのだから仕方がない。
自分は食べないけど、ところてん作りからスタートするしかないのだ。
ところてんを新しいスイーツね!と喜ぶエマさんだが、残念ながらその期待は裏切られるだろう。
彼女も恐らく磯の匂いがする食べ物をスイーツとは認めないと思うし。
その後で三階に上がり、レイドルさん達に明日の朝ダンジョンに向けて出発するからと伝えておく。
「そうか。何があるか分からんから無理はしないようにな。
そのダンジョンが山の異常の原因だと良いのだが。
それにしても…そう言うことか?」
レイドルさんがエマさんを見て最後にそう囁く。
何がそう言うことなの?
「はいっ! そう言うことなんです!」
とエマさんが分かったように返事をすると、
「カルセドから報告が入っている。
ペンダントを特注したそうだな。お陰で領主様もお前に払う報酬が用意できたと安心しているらしい」
とレイドルさんが少しニヤついた顔を見せる。
どうやらペンダントを婚約指輪か何かと勘違いしているようだな。
七個も同じペンダントを作って、それが全部婚約指輪だと思う方がどうかしているのだけど。
まさかこのオッサン、俺が六人も娶ると本気で思ってるのか?
「クレストさん、ダンジョンに入る前に身を固めたって本当なの?
しかも未亡人にするのがイヤで、一緒にダンジョンに潜らせるなんて…最後に私の胸を揉んでも…ゲフッ」
何か大きな勘違いを披露したスレニアさんの言葉をイスルさんが脳天チョップでやめさせる。
「男は最後に好きな女の胸を安全祈願と言って揉んで行くものなのよ!」
「それはエロ勇者がやったことでしょ!
普通の男性はそんなことはしないんだからね!
それにクレストさんが好きなのは胸だけじゃないんだから!」
あの…死ぬことが前提かよ?
俺の趣味の話で勝手に盛り上がるスレニアさんとイスルさんは無視しよう。
「ベルさんが同行するそうだから、それ程の心配はいらんかも知れんが相手はダンジョンだからな。
くれぐれも油断しないように頼む。
準備期間が長かったことだし、ダンジョン攻略が終わったら次の依頼があるんだ、手早く終わらせて欲しいものだ」
それは心配してくれてるようで心配してないのでは?
今の時点で木材買い付けの話をしなくても良いでしょ。俺の扱いが少々ぞんざいじゃないかな。お互い様かも知れないけどさ。
まだ勝手に俺の趣味を言い合っている二人は放置して部屋を出ると、
「商業ギルドって面白いね」
とエマさんが笑う。
癖のある人が多いのは間違いないけど、あの対策本部はそう言う人を押し付けられたんじゃないのかな?
でもやることはちゃんとやってるみたいだから、レイドルさんが上手く皆を使っているのか、それとも性格に少々の問題はあっても個々の能力が高いのか。
「個性的なメンツが揃ってるから、ここに来ると結構疲れるよ」
と溜息を吐く。
「でもあの二人もあなたのことが好きみたいだし、本当ライバルが多くて大変よ」
と言うエマさんだけど、ちっとも大変と思ってなさそうな顔を見せる。
あの二人はどう考えてもエマさんのライバルにはならないと思うけど…って、何のライバルなんだろね?
商業ギルドを出た後、市場を冷やかしながら歩いて家に戻る。
ブリュナーさんは俺が色々頼んでいることがあるので何かの件で外出しており、シエルさんとラビィが出迎えてくれる。
オリビアさん達はまだ町の外に出たままのようだが、ベルさんが居るんだし心配しなくても良いだろう。
『光輪』の試験結果は気になるけど、魔法使いのオリビアさんに積極的に防御に参加させるような事態になること自体が問題だからね。
そこそこの性能と言う感じで思うぐらいが丁度良いと思う。
過度な期待は危険だし、オリビアさんの持ち味は大火力の攻撃魔法が使えることなのだから。防御に専念させた結果、攻撃魔法が使えないなんて間抜けな事態は絶対に防がないとね。
手を洗って自室に戻り、エメルダさんとの話で思い付いた女性専用フィットネスクラブの構想を紙に書き始める。
ちなみにエマさんはリビングでラビィとマローネの遊び相手を始めていて忙しいらしい。
ある程度案が纏まったらエマさんに実践してもらおう。
ランニングマシーンやエアロバイクのようなトレーニングマシンも幾つか作るつもりだ。
明日の朝にはブリュナーさんに指示できるようにしておきたいので、今夜は寝るのが遅くなるかもな。
それから時間がどれ程すぎたか分からないが、ドアがノックされてエマさんが入ってきた。
オリビアさん達が帰ってきたことを教えてくれた後、俺の書いている物を興味深そうに見る。
「胸を大きくするのって、食事と運動とマッサージ?
揉んだら大きくなるんじゃないの?」
「血行が関係するんだって。単に揉めば良いってもんじゃないんだよ」
「へぇ、私の胸も大きくなるの?」
「効果は個人差もあるし、人の体は複雑だから絶対に成功するって訳じゃないよ」
「…マッサージ、私で試してみる。やって…」
あの…さすがにそれはマズいでしょ?
頼まれたらイヤとは言えない…いやいや、嫁入り前の女の子に俺がそんなのやっちゃいけないでしょ!
それにエマさんだって平均サイズはあるんだから、無理に大きくしようなんて考えなくて良いんだよ!
二人して顔を赤くしながら暫く沈黙が続く。
「エッチなことしたくて、それをやろうとしてるんじゃないんだね!
良かった! 少し心配してたよ」
さっきのお誘いは踏み絵的な試験だったのか。
胸を大きくするなんて方法にかこつけて、エロイ事をしようとする詐欺師が居ても不思議じゃないからね。
「でも、言ってくれたら…あなたなら…ううん、何でもなぃ。
さっ、オリビアさんの話を聞きに行こ!」
俺なら何だったのか…顔を赤らめながら言うのだから、やっぱりマッサージだよね?