第142話 まさかのレーダー
『茜の空』で昼食をとった後、のんびりした足取りで『カルセド宝飾店』へと足を進める。
店に入るとビシッとスーツを着熟したハウラさんが出迎えてくれる。
それからすぐにラリマ婆さんも顔を出して店の奥へと案内をする。
通された応接室はさすが一流の宝飾店だけあって、商業ギルドの応接室と比べても遜色がないどころか目利きの出来ない俺でも足を入れるのに躊躇するような豪華さだった。
それでいて悪趣味とは無縁なのだから、この婆さんのセンスの良さに舌を巻く。
その部屋の中央にあるテーブルに白金の地に金の三日月、俺の語彙では色鮮やとしか表現出来ないがグリーンガーネットで出来た蝶をあしらったペンダントが七つ、一列に並んでいた。
「はょ、手に取って確認してくれ」
接客業としての言葉遣いはどうしたんだ?との疑問は残るが、ラリマ婆さんに言われるがままに一つ一つ手に取って確かめる。と言っても何を確かめれば良いのだか。
まさか偽物の宝石を使っていないか、白金が実はメッキだったとか?
そんな訳は無いだろうし、悪いが確認のしようが無い。
手に取ってみると、見た目以上に重いのは金も白金も鋼の二倍以上の比重を持つからだ。
重いと思われる鉛よりまだまだ重いのだから、重量的には貴金属なんだろう…と確認する。
いやいや、普通は隣に居るエマさんのようにグリーンガーネットを光に翳したりして、分からなくても分かったような気になるもんでしょ…とセルフ突っ込み。
まあ、エマさんのは確認と言うより見蕩れているって言うのが正解だと思うけど、それはそれ。
何も正直に言うことだけが正しいって訳じゃ無い。これ、世渡りの為に必要な考え方だからね…ただし匙加減は適切に。
「それとな、ある魔道具技士からの売り込みがあってな、七つの類似する形状と素材の物質を登録すると、それにのみ反応して在りかを示す魔道具なんじゃが」
ぁのぉ…それってド○ゴ○レーダーって言う奴のパクリなんじゃない?
「勝手にこのペンダントを登録させてもろおたぞぃ」
おいおい、何を勝手なことやってくれてんだ?
実害が無けりゃ構わないってか?
普通は所有者の了承を得てからやることだろう。
「試作品らしくてな、魔力消費量がど偉いことになっておるそうで…」
そう言うと壁際に置かれた蜜柑箱サイズの木箱を指差す。俺に取ってこいと?
○ラ○ンレーダーを入れる箱にしては随分とデカイようだけど。
カポッと蓋を開けると、中には黒く塗装された電話帳が五冊積み上げたぐらいのサイズの直方体の筐体が鎮座していた。
てっきり片手に収まる化粧品のコンパクトぐらいのサイズを想像していただけに、
「デカっ!」
と叫んでしまったが俺は悪くないと思う。
「このペンダントを登録しただけで、魔石を軽く五つも消費したからの。
あっても邪魔じゃし、悪いがお前さんに引き取って欲しいんじゃ」
そりゃウチの家族に渡すペンダントにしか反応しない魔道具なんて、婆さんが持ってても意味は無いだろう。
それより気になるのは誰がこんな物を作ったのかだ。
「この魔道具を造ったのは、カミュウさんとこじゃないよね?」
カミュウさんやイルクさんが、こんな趣味全開の魔道具を造るとは思えない。
それに黒い筐体はあの二人の趣味に合わないと思うのだ。
「最近王都から流れてきた若い技士じゃ。
名前は…はて?
うっかり忘れてしもうたわぃ」
ここには名刺とか無いからね。
確かに名前なんて余程のインパクトがないと中々覚えていられないか。
その技士さんは恐らく異世界転生組だろうな。
それにしても俺だけスライムに転生するなんて、神様ちょっと不公平過ぎやしませんかね?
「その人はリミエンにずっと居る予定?」
「拠点は王都で、最近噂のカミュウの店を見に来たらしい。他のことは聞いておらん」
「でも、なんでこのお店にこんな魔道具を置いていくことになったの?」
だってそうでしょ?
七つの同じような品と言っても、リミエンよりもっと大きな町にあるお店に行った方が、該当する品がある可能性は高い訳だし。
それともこの魔道具を使って、転生者を探そうと手当たり次第に動いているのかな?
あのアニメのことを知っていれば、間違いなくこの魔道具に反応を示すだろうし。
でもなぁ、やっぱり理由としては弱いんだよ。
「水晶玉のような物なら、似た物が七つ揃っておるかも知れんので、まず宝飾店を当たっておると言うておったかの。
王都や他の町では相手にされんかったそうじゃ」
魔石の消費量に対して七つの品の在りかを示すだけじゃ、コスパ的に釣り合わないのか、それとも意義その物を見出せなかったのか。
これが鍵などに取り付けておいて、無くしても何処にあるのか探せる魔道具なら何処のお店も飛び付いてきただろう。
実に惜しいな。
でもこの魔道具があれば、俺の居所が簡単に分かるから便利だよね。
えっ?…あのさ、これがあると夜のお店とか行けなくなるんじゃない?
もしロイ、ルーチェが誘拐された時には活躍してくれそうだけど、感知できる距離ってどれくらいなんだろうね?
おっ、取説も付いているのか…何々?
レンジ切り替え機能が付いていて、百メトル、一キロメトル、十キロメトルの三つのモードがある。
ただし十キロメトルは理論上は使用可能だが、魔力消費量が多すぎて一秒程しか使えない…か。
分かるのは大体の方向だけだが、まぁ本家のレーダーもそこは同じか。
使えるような、使えないような…どうやってこのペンダントを認識させているのか技術的には興味があるが、積極的に使う道具ではないことに間違いない。
試しにスイッチを入れ、レンジを百メトルにしてみると、液晶画面のような表示器の中央に光点が一つだけ点滅する。
ペンダントを一ヶ所に固めて置いてあるので、これは当然の反応か。
狭い応接室の中で動かしても誤差の範囲内だろうから、一つだけ身に付けて外に出てみるか。
その役をハウラさんに頼んで店から出て通りを歩いて貰うと、水晶を削って作ったと思われる表示装置にリアルタイムで移動する光点が表示されたのだ。
まさにアニメで見たドラ○○レーダーだ。
それか昭和のスパイドラマで出てくる、自動車の下に取り付けてピコン、ピコンと位置を教えてくれる発信器と追跡装置か。
○○ゴンレーダーもそのノリで生まれたのかもね。
オラにはそう言う知識があるので大して驚かないが、エマさんは初体験なので目を丸くして驚いている。
恐らくその反応の方が正解だろうし、驚かない俺にラリマ婆さんがつまらなそうな顔をする。
試運転は数分間続いたが、残念ながら途中で使い掛けの魔石が魔力切れになった。
魔力消費量が多いのは使い勝手が悪いので、魔力発生装置を接続して長時間の運用が可能なようにしないといけないな。
俺ならこの魔道具の消費魔力量ぐらいは発生させられると思うから、手から魔力を供給出来るように改造してもらおうかな。
魔道具の試運転と言うか実験も終わり、後はペンダントの代金のお支払いだけなのだが。
「ブリュナーとやらに与える為のペンダントの代金をブリュナーに請求出来んじゃろ?
商業ギルドと相談したんじゃがな、このペンダントを伯爵からの下賜とすることになってのぉ」
そう言ってラリマ婆さんがドヤ顔を見せる。
「つまり、このペンダントはロハじゃな」
試算しなくても材料だけで白金貨七枚を軽くオーバーするのだけど。そんなの貰ってリミエンの財政的に大丈夫なのか?
「白金貨自体はどこかの若造が持ち込んだ物を流用したからのぉ。
その一部が持ち主のもとに戻ったとでも思えば良かろう?」
つまりラリマ婆さんも俺が旧キリアス貨幣を大量に持ち込んだことを知っている一人ってことか。
両替商がこんな曰くありげな顧客の情報を流したとは考えにくい。
となると情報が流れてきたのはレイドルさん絡みのルートしかないだろう。
あのオッサンが無意味に垂れ流したとは思えないから、この婆さんはかなり上の立場に居る人なのかも。
旧キリアス貨幣の件を知らないエマさんはポカンとしているが、後で教えることにしよう。
レイドルさんからはキッチリ換金した金額を振り込んでもらっているので、貨幣の所有権は商業ギルドにある。
幾らかは伯爵のもとに送られたようだが、残りは恩を売る為にキリアスに返還するって話じゃなかったのかな。
それともキリアスに返還したところで…との判断で軌道修正されたのかも。
金とグリーンガーネット、それと加工費だけでも恐らく白金貨一枚ぐらいになるんじゃないのかな?
宝石や金を掘り出すのも危険な重労働だし、手彫りだろうから効率は良くないはず。埋蔵量も多くはないだろう。
さすがにこれだけの物を貰うのは気が引けるので、後で大金貨七枚ぐらいは振り込ませてもらおうか。
「それとな、お主は家族にこのペンダントを持たせると言うておったが。
それを夫婦、恋人同士、パーティーメンバー…そう言う方面にも広げていこうと考えついての」
軍隊や組織が制服を揃えるのと同じように、冒険者パーティーがお揃いのアクセサリーを持つのもありか。ペンダントが隊員証だとちょっと格好良い。
夫婦、恋人同士には言わずと知れたペアリングみたいな物だけど、今までそう言う物が無かった方が俺には不思議なんだけど。
◇
予想外に無料となったペンダントを受け取ると、エマさんが一つ手に取り俺のの首に掛ける。
残りの六つのうち三つはブリュナーさん、ロイ、ルーチェの三人は確定だ。
後の三つはエマさん、オリビアさん、シエルさんだよね。
このペンダントが家族の印と言う意味だと、この三人は俺の嫁になる…?
いやいや、俺にはハーレム願望なんて無い。俺を支えてくれるメンバーで、マフィアのファミリーや海賊団の仲間みたいな意味に取って欲しい。
もし俺に何かあったとしても、このペンダントを売れば結構な金額になるのだから退職金の前払いとでも考えてもらおうか。
夕食後に皆に渡すことに決めると、この場で掛けて貰えると期待していたのでガッカリするエマさんが面白い。
元はブリュナーさんに何かプレゼントしたいってことでこのお店に来たんだから当然だよね。
「クレストさんのケチ~」
とポカポカ胸を叩かれるけど、まぁこれは馴れ合いだ。エマさんも本気で怒ってる訳ではない…よね?
ド○ゴ○レーダー擬きの魔道具をアイテムボックスに収納し、さて帰ろうという段階で店内に若い男性が入ってきた。
お洒落に気を使うような感じではないので、恐らく魔道具技士だろう。
「濃紺の…クレストさんですね」
髪の毛の色で俺と分かるのは便利だよね…と少し現実逃避。
「ええ、そうです。貴方は魔道具技士の?」
「はい。技士のリューターと申します。
王都で細々とやっていましたが、魔力発生装置が開発されたと聞いて、開発者を訪ねてやって来ました」
リューターね…工具かよと突っ込みたくなるが我慢する。
見た目はアジア系ではなく、この国の生まれに見えるから転生者だろう。魔道具製作スキル持ちの転生者なんて、俺の趣味友になるのは間違いないよ。
「白金のペンダントを作られたと聞いていますが、レーダーは試しました?」
「勿論。ラリマ婆さんに言われて持って帰るけど」
「それなら定期的に作動させて、不具合が無いか報告していただけませんか?」
真面目な人だなぁ。でもそれは面倒だよ、だって、
「王都に居るんだろ?」
そう聞かれてはリューターさんが首を横に振る。
「いえ、リミエンに引っ越しました。
恐らくこれからはリミエンが魔道具の先端を行くと思いますので」
そうなの?
良く分からないけど、カミュウさん、イルクさんが引っ張って行くって思われているのか、それとも刺激を受けた他の技士がやる気になったのか。
魔道具の技術が発展するのは歓迎だけど、まだクリアすべき課題はまだ何も進展していない。
魔力の絶縁体を見つけなければ、魔道具の小型化は不可能だから。
それがクリアとなれば、リューターさんの作ったレーダーを応用すれば無線機が作れそうな気がするのだ。
「しばらくカミュウさんの所に居ますから、何かあれば訪ねて来てください」
カミュウさんに弟子入りでもするのかな?
多分地球での知識があるリューターさんの方が色々と発想出来ると思うけど。
くれぐれもやり過ぎないように祈っていようか…それを俺が言うなって?