第136話 緑色の宝石と金の月
エマさんと一日町の中をブラブラしようと出掛けた先で果物と仔猫を買った。商店街は男女で行くとセクハラ親父達に親切にしてもらえるので次は一人で行こうと思う。
ミランダさんに指示されたカフェレストランでお腹いっぱい食べ、公園で食休み。マローネは俺よりエマさんの方が良いらしくて少しショックを受けた。
さて、次は何処に行こうかな。一日のんびりと町の中で過ごすって経験は無いからエマさんにプランを聞くと、アクセサリー店に行ってそれから乗馬をしようとのことだった。
エマさんに先導してもらってアクセサリーのお店『カルセド宝飾店』は俺一人だと足が拒否して入れないような高級店の雰囲気を漂わせていた。
地球と同じ宝石やパワーストーンがあるのか興味はあるが、ガラスのショーケースが無いので何があるのか分からない。
どうやら店員さんに『こんなのが欲しい』とお願いするか、店員さんがお勧めを出してくるスタイルのようだ。イミテーションでも良いから置いてあるとよいのに。
高級店だけあってスーツをキッチリ着熟したダンディーな中年男性が対応にあたる。
「いらっしゃいませ。
…あの、お客様はひょっとしてクレスト様、エマ様でございましょうか」
この顔にピンと来たら何とやら…なようで、質問ではなく確認のニュアンスだ。
やだ、顔バレしちゃった!…と今更言う程でもないか。商業ギルドに出入りしてたら俺の顔ぐらい知ってて不思議じゃない。
エマさんは受付嬢をしてるし可愛いから、知られてて当然だろう。
「ええ、合ってますよ」
と努めて平静を装って答える。これなら大根役者検定三級、合格出来るかな?
「当店にお越し戴き誠にありがとうございます。
本日はどのような商品を御希望でしょうか」
「何か男性向けのアクセサリーを」
エマさんがニッコリと微笑む。
「ブリュナーさんに料理を教えて貰うから、何かないかなって」
なるほど、ブリュナーさんは意外とお洒落さんだからね。でも調理の邪魔になるリングはしないからネックレスかな。
でもあの人もお金は十分に持ってる筈だし、ありふれた商品で喜んでもらえるかな?
男性用でお手頃価格の商品を、と言うエマさんのオーダーに応えるべく店員さんが色々と考えて持ってきてくれるのだけど、どれも決め手に欠けるのだ。
決して物が悪いのではない。
「ちょっと良いかな?」
「はい、伺います」
「オリジナルのデザインで作ってもらえない?」
「…少々お待ち頂けますか?」
店員さんが店の奥へと姿を隠し、お婆さんを連れてきた。オーナーかな?
「来てくれて有難いのぉ。オーナーのラリマじゃ、よろしゅうな」
恐らく平均寿命を大きく超える七十過ぎに見える高齢だが、石の力?のお陰か元気そうだ。
ただパワーストーンのネックレスが重たそうに見えるのは気のせいか?
「ウチのデザインには満足いかんかったかぇ?」
俺をジロリと見る視線は意外と鋭い。きっと身を削るような思いで店を大きくしてきた経験で培った眼力で俺を値踏みしようとしているのだろう。
「どれにしようか悩むけど、決定打が無くて。
それに普通に買った物を渡しただけで喜んでくれるか疑問なんだ」
「ほぉ、それは良い疑問じゃな」
フムフムと頷くと浮草紙とシャーペンと呼ばれる鉛筆を取り出して俺に渡してこれに書けと促す。
どうしようかと悩んだ後、ビステルさんがくれた試作のセラドットボタンを取り出す。
「このデザインでネックレスを。
地をシルバー、月をゴールド、蝶をグリーンの宝石で。
同じ物を七セット作りたい。家族皆に渡せばブリュナーさんも受け取ってくれるだろう」
「これは最近噂のセラドボタンじゃな。
彼方此方の工房が製作に乗りだしたらしいが、まだ苦労しとるらしいの。職人の腕が上がるのは良いことじゃ」
まだビステルさん以外に満足のいくボタンが出来たとは聞いていないけど、いずれ普通に衣服にも使われるような時代が来ることを祈っていよう。
「ハウラ、白金、金、グリーンガーネットの未加工石を用意を」
へえ、ガーネットは赤だと思ってたけど、コッチにはグリーンのもあるんだね。
アクセサリーや宝石にはそれ程興味が無いけど、ハウラと呼ばれたダンディーな店員さんの持ってきた緑色に輝く宝石に目を奪われた。
「綺麗な宝石ね」
俺よりエマさんの方が光りを受けて淡く緑色に輝く宝石に強く惹かれているのは、女性の本能だろうから仕方ない。
「とりあえず、試作をしてみるかのぉ、ハウラ、地を作ってくれ。出来たら金を」
そんなの簡単に出来れば苦労しないし…
えっ! 粘土みたいに簡単に白金が形を変えてくよ。ビステルさんと同じスキル持ち?
「ハウラはレアスキル持ちでな。貴金属の加工しか出来んが、店の役に立っとるわぃ」
…貴金属限定のスキルって、普通なら持ってても気が付かずに一生を終えるよ。この店に雇われたのは、ラッキーなんてレベルじゃないだろ。
ハウラさんが加工した白金製の丸いペンダントトップの出来は、ビステルさんの『メタルフォーミング』とそれ程変わらない。
ビステルさんには図面通りに作るスキルもあるみたいだけど、ハウラさんは多分経験で補ってるんだろう。
十分程で白金のベースに金の月が浮かび上がった。そこまで出来た物をラリマ婆さんが受け取ると、
「次に…『ジュエルマスター』発動じゃ!」
と気合いを入れた。
…それってカードゲーム?…いやギリギリ違ってるか。
婆さんの持つグリーンガーネットが幾つかの水玉の形に分離し、白金の上に乗せてグリグリと押し付け始めて約五分。月空に緑色の蝶が舞い飛び、我が家の家紋『三日月に蝶』のペンダントトップが出来上がった。
「単色だと地味じゃったが、色付きにすると悪くはないのぉ。
豚に真珠のピアスと言うやつじゃな」
きっと誰かがわざと間違って伝えたんだろうな…勝手にピアスなんか付けんな。
「吊るのはチェーンか革紐のどっちぞぇ?」
「丈夫さ優先で革にしようかな」
ラリマ婆さんは表情を一つも変えずに革紐を出してきて、ササッとペンダントを仕上げる。さすが熟練工だ。
出来たばかりのペンダントを受け取ると、エマさんが私に付けてよと無言でアピールしてくる。
仕方ないなと苦笑しつつ、エマさんのすぐ前に立って首の後ろに手を回して留め具を填める。エマさんの顔が近くにあって、ハグされたときの三倍ぐらいドキドキする。
モゾモゾと持ち上がりそうな下半身にステイ!と指示するが、エマさんの吐息がその指示を無効化してしまい、外から見ても分かるぐらいにズボンを膨らませる。
このままギュッとハグしたい欲望に駆られるが、さすがにそれはマズイと王道の素数探しで辛うじて堪えることが出来た。
「それぐらいで赤くなるとは、随分ウブな二人じゃな。初々しいわぃ」
婆さん、余計なこと言うなよ…余計恥ずかしくなるだろ。
ハウラさんがピカピカに磨き上げて作った鏡を持ってくると、エマさんがペンダントを付けた自分の姿にウットリとした表情で見蕩れていた。
直径三センチ足らずのアクセサリーだけど、人を虜にするだけの魔力がある…いや、魅力があるんだね。
「明日のお昼を食べた後に受け取りに来るとえぇ。
値段は婆の気分次第よ、ボッタクリホストクラブみたいな真似はせんから安心せぃ」
オーダーメイドだと高くなるんだろうけど、まさか一つで大銀貨百枚とか言わないよね?
宝石の値段なんて全然分からないし…て、ちょっと待って!
確かこの世界って、貨幣一枚の価値は使ってる貴金属の価値と同じぐらいになる筈。
…てことは…確か白金貨の価値は金貨の百倍…大銀貨の千倍…純度で多少変わるとは思うけど、かなりお高くないですか?
それにグリーンガーネットも大金貨程の価格になるかも知れないし。
ヤバイ…金の三日月が霞んで見えるのは、俺の目のピントが合わなくなったせいじゃないと思う。
ここで値段を言わなかったのは、多分エマさんに気を使わせまいとの配慮だろう。
支払いはこの店でカード一括払いかな?
足りると良いけど、冒険者カードの残高は白金貨一枚分も残っていない気がする。マジでピンチかも。
かっこ悪くて今更先にお値段教えてとは言えない…。
ガチの金持ちは値段を気にしないと言うけど、このお婆さんは俺がそんなお大臣様達と同じだと思ってるのかな?
俺にはそんな要素は無い筈なのに。
まだ名残惜しそうなエマさんだが、首からペンダントを外してラリマ婆さんに渡す。
「そう切ない顔をするでない。お前さんはこのペンダントより光り輝いておる。
少なくともこの男にとってはな」
ラリマ婆さんがウィンクしながら俺を指さす…老婆のウィンクなんていらねえ!
けど、確かにペンダントはペンダントであって、エマさんとどちらを取るかと言われればエマさんに決まってる。
さすが年の功かな。
「はいっ! 明日も来ます!」
と明るく笑って二人にお辞儀をすると、俺の手を取り、
「次行くよ!」
と店の外へと歩き出す。
慌てて俺もお辞儀をしてから上機嫌のエマさんを追って歩きだす。
次は乗馬か。
領主館や各ギルドに一部の貴族の屋敷の馬を除いて、殆どの馬は城門近くにある馬車の待機所に隣接する広い敷地に集められている。
馬糞と騒音対策の為らしい。騒音ね…人間の子供がうるさくて嫌いとか言う人も居るから、馬だけ締め出すのはおかしい気もするけど。
実質、衛生対策と考えて良いだろう。
それに馬用の飼料を運ぶのも城門に近い方がラクだろう。
「エマさんは馬に乗れるの?」
「うん。ギルドに務めだしてからは乗っていないけど。その前はお父さんと時々走らせてたんだよ」
道中で聞いた話では、エマさんの家族は両親と姉一人、妹一人の五人家族で、お姉さんがお婿さんを貰ってから家に居辛くなったので一人で親元を離れて働き始めたそうだ。
リミエンは冒険者ギルドが活発に活動しているので、職員として雇用されることを期待してやって来たのだとか。
エマさんのお父さんはヒューストン・ロックウェル男爵で、鉱山の採掘の指揮を取っているんだ。
鉱山を発見したのはお爺さんだけど所有者は領主様なので、雇われ店長のように炭鉱員に指示を出したり物資の補給計画を立てたりして、鉱山の運営をするのがお仕事だとか。
今は亡くなっているがお爺さんは子爵位を戴いており、お父さんも今後の業績次第では子爵になれる可能性があるらしい。
鉱山は危険な場所だというイメージしかないので、無理はせずに事故なく過ごしてくださいね、と祈ることしか俺達には出来ないけどね。
エマさんの実家が男爵家と言うことは、エマさんに対して貴族家の令嬢として接しないといけないのだが、貴族と言っても一番下っ端で普通の家庭とそう変わりはないから今まで通りに接して欲しいと頼まれた。
ルケイドとオリビアさんの家が同じ男爵位なのだが、リミエンに男爵家ってどれだけあるんだろ?
ピラミッド構造になってて一番多いと思うけど、俺の周りに三人って男爵家率が高過ぎないかな?
馬車の待機所に到着し、乗馬の訓練の為に馬を一頭用意してもらう。その間にエマさんは更衣室で乗馬用のズボンに着替えを済ませる。
普段は長いスカートを履いているので、パンツルックを見るのは一緒に山に行った時以来だ。スラリと伸びる細くて長い足が中々のものだと関心する。
「クレストさん、お待たせしました。
では、ここからは先生である私の指示に従ってくださいね。落馬で怪我したり亡くなったりする人も居ますから」
冗談ぽく言ってウィンクするエマさんに、
「はい、お願いします、教官殿!」
と答え、乗り方から教え始めてもらう。
行くよ、ガッ! グイッと! ヒョイッと!
擬音と感覚で教えるタイプね…。
それでも選んでもらった馬が良かったのか、一時間もあればスムーズな乗降と常歩まではマスター出来た。
その後、母親にしがみ付く子供コアラのようにエマさんの背中にしがみ付いて、速歩で馬場をグルリと一周してもらう。
手綱を操作する人の方が後ろに乗るべきなんだけど、エマさんの方が背が低いから俺の後ろに座ると前が見えなくなるもんね。
「私にしっかり捕まっててくださいね!」
と悪戯っ子のように言うと、速度を徐々に上げて駆歩へと移行する。
鐙で踏ん張ったら逆に反動でお尻が割れそう…エマさんのお腹に手を回して、力を抜いて座るぐらいが良いのかも。
馬に乗るときは、反動に合わせて立ったり座ったりしないといけないのか…慣れるまで大変そうだ。
ゆっくり慣れていこうと思ったら、鬼教官は、
「今日中にマスターさせますから!」
とそのまま速歩と駆歩の訓練をさせる気満々だった…確かに馬を操作出来るようになればエマさんが前に乗っていてもおかしくないけどさ…。
治癒魔法でお尻と股間の痛みを何度も治しながら二時間…まさか最初から治癒魔法ありきだったのかと疑うぐらいのスパルタ指導の成果で馬に乗れるようになったのだが、暫くは馬に乗りたくないかも。