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スライム×3+骸骨×1≒人間です。(リメイク版)【第一部として完結】  作者: 遊豆兎
第8章 ダンジョンアタックの準備は怠りなく
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第132話 引っ越しには付き物です

 我が家にエマさんが引っ越してきた。

 アイテムボックスを使えば業者も使わずラクラクお引っ越しが可能、世の中チョロすぎる…。


 住所変更完了の手続きの為に冒険者ギルドに行くと言うエマさんに俺も付き合うことにする。

 ブリュナーさんはお昼から外出していて、シエルさんは買い出しに行くと言うのでオリビアさんと子供達、そして熊にお留守番をお願いする。


 俺の足下に寄ってきたラビィが小声で、

「なぁ、あんちゃん。今日ぐらいはエマはんと外泊してもええんちゃうの?」

と意味不明なことを言う。

 家もあるし飯も旨い。しかも我が家には風呂もある。故にわざわざ外泊する理由はないのだが。


「そう言う機会があればね。晩御飯までには帰ってくるよ」

と返事をして家を出ると、

「あら、こんにちは、クレストさん。

 そちらのお嬢さんは?」

とすぐ近所の奥様に遭遇する。


 エマさんとは初対面だったかな?

 いや、バーベキュー大会の時に顔を合わせた筈。


「こんにちわ。冒険者ギルドで受付嬢をやっているエマと申します。

 今日からクレストさんのお世話になることになりました」

「あら、おめでとうございます!

 パンケーキを焼いていた中に可愛らしいお嬢さんがいると思ったら、受付嬢でしたのね。

 ライバルが多くてさぞや厳しい競走でしたでしょ?」


 へぇ、ギルドの受付嬢になるのは大変なのか。知らなかったよ。


「競走だなんて…私の我が儘を聞いて貰っただけですから。

 それに周りの皆も理解してくれてるようだし」

「そうなの! 良かったわね! 誰がなるのかとヤキモキしてたのよ。綺麗どころを並べてたもの」


 ライエルさんに何かお願いしたのか。

 あの人も無茶を言わなければ協力してくれるし…俺には結構無茶を言ってくるけど。

 それとエマさんの他にも受付嬢の候補が沢山居たんだね。勝ち抜くなんてさすがだね!

 でもエマさんが少し顔を赤くしてるのは何故なんだろ?


「それなら新人さんね。仲良くやりなさいよ。

 ほら、アンタもこんな可愛い人が居るんだから、手ぐらい繋ぎなさいよ。スキンシップは大切よ」


 俺とエマさんの手を取ら、無理矢理指と指を絡めるように手を握らせた近所の奧さんはたった今俺の中でお節介おばさんに進化した…。

 でも、ギルドで受付嬢にお触りしたら殺されるんじゃない?


「あら、赤くなって可愛いじゃない。

 まだ若いんだし、しっかりおやり」

とエマさんに向かって親指を立てて意味ありげに言うと、そそくさと去って行った。


「あの…手…?」

「繋いだままじゃ…ダメ?」


 少し俯いて小声でそう言うエマさんにクラッと来たような錯覚を覚えたけど、それも一瞬だ。


「エマさんが嫌でなければ」

「うん…じゃあ行こっ!」


 嬉しそうな顔を見せたエマさんに、

「歩きにくくない?」 

と聞くのは野暮だと悟った俺は我ながら偉いと思う。


 指の谷間に感じるエマさんの指の刺激が新鮮で心地良いような、くすぐったいような。

 たったこれだけのこと、なのにそれでも幸せな気分になれた気がする。


 『もっと触れたい…』


 どこからか、そんな声が聞こえた気がする。

 辺りを見回してもそれっぽい声を出す人の姿は見えないんだけど。


 そう言えば、ブリュナーさんのシゴキの後から少しずつ溜まり続けていた魔力がすっと消えちゃったな。何処に行ったんだろ?

 知らずに上手く処理出来るようになったのかな?

 溜め続けるとヤバイから、消える分には問題ないんだけどね。


 皆でカンファー家所有の山に行った時の話をしながらギルドの前までやってくる。

 さすがに手を繋いだまま入る訳にも行かないのでそっと力を抜くと、一度ギュッとエマさんが握ってから手を離す。


 悪いことをしてる訳でもないのに気まずい。

 ドアの前でモジモジしていると、俺達に右側のドアから出て来た冒険者に不審げな視線を向けられた。


「入るよ…」

「うん」


 ゆっくりとドアを開けると、オヤツの時間あたりだと冒険者ギルドは暇な時間なので受付カウンターには二人しか座っていない。

 頼れる姉御肌のミランダさんとアウラさんだ。


「エマーっ、来たんだ。引っ越し終わった?」

とミランダさんが声を掛けて来たもんだから、ラウンジに座っていた冒険者達から注目を浴びてしまった。

 これってわざとやってんじゃないだろうね?


「わざわざ手続きに来たんだ。今日ぐらい二人でのんびり過ごしてても良かったのに、相変わらず真面目だね」

「俺はのんびりしてると思ってますよ」


 依頼も受けていないし、工房で打ちあわせもしていないし。引っ越しなんてアイテムボックスのお陰でチョチョイノチョイだったし。


「はいはい、クレストさんにはそうでしょうね。でも移動する当事者は意外と気を使うもんらしいよ。経験ないから分かんないけど」


 分からないのにアンタねぇ…さすが姉御だよ。

 すっとエマさんに住所変更届けの書類を差し出し、エマさんがスラスラと書いていく。


 戸籍や住所は現代みたいにしっかりした物があるわけではなくて結構アバウトなんだけど、ギルドの受付嬢ともなると何処に住んでいるのかしっかり把握されるみたいだ。

 多分緊急時に呼び出しする為なのだろう。


「ほい、確かに受け取ったわよ、変更処理しとくね。羨ましいなぁ…こうやって私も行き遅れてお局様になっていくのか…」

「引っ越したぐらいで大袈裟な…あ、ご飯が美味しいからか…」


 まぁ、ミランダさんは姉御ポジションだからお局様にはならないだろうね。


「あー、はいはい、アンタはそう思うのね。

 エマ、これから大変よ」

「…頑張ります」

「いや、エマさんに苦労掛けるつもりは無いけど…」


 ウチに来て大変なことって一体なに…?

 そう言えば…

「朝は一人じゃ起きられないんだっけ…起こそうか」

「起きられるように頑張ります…」

「エマ…ファイト…」


 ミランダさんがエマさんを憐れむような目で見つめ、アウラさんがクスクス笑っている。

 笑われる要素は何処にも無いのに…解せぬ。

 

「そうそう、明日の夜十時にクイダオーレの会議をやるけど、二人とも来る?

 来るなら一軒宙ぶらりんのカフェレストランがあるから、明日のお昼に二人で行って記事を作ってくれると有難いんだなぁ」

「でも今日お休み貰ったばかりだし」

「いいのいいの、まだ部屋が落ち着いてないでしょ。

 ご近所挨拶とかしておきな。クレストさんを実効支配するのは既成事実の早い者勝ちだし」

「ううーん…それなら…」


 引っ越ししてご近所挨拶する習慣はコッチにもあるんだ。そう言うことには律義な勇者が居たのかも。

 実効支配も既成事実も多分言葉のチョイスを間違っただけだと思うけど…まさかエマさんに我が家を占拠させようってか?

 ミランダさん恐すぎるっ!


「クレスト君、ベルからの連絡で出発は三日後に決まったから」

と突然執務室からライエルさんが顔を出してそう告げた。


「準備は終わってると思うけど、ダンジョンは初めてだよね。準備にやり過ぎは無いからね。

 エマ君も前回同様に同行してもらいたいけど、頼めるかな?」

「勿論行くつもりでいます」

「ありがとう。それなら明日、明後日は準備の為の休暇を与えるから、エマ君も万全の準備を頼む。

 それと明日の会議も出てね」

「はい! ありがとうございます」

「うんうん、クレスト君と違って素直でヨロシイ。そう言う子は好きだよ」


 素直じゃなくて悪うござんしたね。

 ライエルさんは連絡事項を伝えると、さっと執務室に戻っていったので忙しいのだろう。

 それにしても、やっとか!ということを気持ちと、もう?と言う気持ちがある。


 『青嵐』と言うこの国でも一番有名なパーティーの二人が『紅のマーメイド』に訓練を付けるのは約二週間。

 この程度の期間じゃ肉体的には大きく変われないから、きっと技を磨いたんだろう。しごかれ過ぎて性格が過激に変わっていないことを祈ろうかな。


 明日お昼を食べに行く店を教えて貰ってからギルドを出る。

 エマさんの右手が恐る恐るといった感じで俺の左手を握る。これはきっと好きって言う気持ちからじゃなくて、ダンジョンに入ることへの恐怖感から逃げているだけなんだろうな。


 初めて現地に行って、魔界蟲なんて言う恐ろしい魔物を見てしまったのに、もっと恐いものが居るかも知れないダンジョンに入るのだ。

 恐怖心を持った時に思わず身を縮めたり持っているバッグを抱き締めたりする行動の代わりに、俺に助けを求めてきたのだろう。


 エマさんには悪いけど、役得だと思ってこのまま彼女と手を繋いで行こう。ちょっと気持ち良いし、思わずニヘラ顔…。


「ねぇ…明日、一緒に町を歩いてみない?」

と俺の緩んだ顔を見上げてエマさんが聞いてきた。

 工房関係は商業ギルドとブリュナーさんに任せておけば俺が居なくても大丈夫だ。何かあれば連絡が来るとことになっている。

 特に用事も無いし、エマさんからのお誘いを断るなんて勿体ないことは出来ないよね。


「勿論オッケーだよ。朝はブリュナーさんに稽古を付けてもらってるから、それから行こう」

「じゃあ、その間にご近所さんに挨拶してくるね!」


 そんなに挨拶に行きたいんだね。ご近所さんとお喋りしたいのかな?

 俺なんてお向かいの家の人がたまたま顔を出してたから挨拶したぐらいで、ろくに挨拶なんて行ってないよ。


「じゃあ、パスタ買いに行こっ!」

「えっ、パスタ…? よし、行こっか!」


 引っ越し蕎麦ならぬ引っ越しパスタか…ところ変われば何とやら…だね。蕎麦好きな勇者が居たのかもね。



 パスタはパンと並んでコンラッドでも主食として愛されており、乾燥パスタを販売している店は多い。

 クルクル回して作るパスタマシンでは無く、パスタ生地をところてんのように木の筒に入れてギューッと押し出して作られる。

 エマさんのお目当てはその出来立ての生麺とパスタソースのセットだ。麺はバナナの葉のような物で包まれ、ソースは木の樽に入って売られている。


 ビニール容器もレトルトパックも缶詰の缶も無いので、食品の保存や運搬は結構面倒なのだ。


 俺が店内を物色中に先にエマさんが贈り物用の梱包を店員さんに頼むと、

「奥様、お持ち帰り用のバッグをお持ちでしょうか?」

と尋ね声が聞こえ、

「奥様…はいっ! 今日から同居なんです!」

とエマさんが答えた。


 奥様に勘違いされてパニックになったのは分かるよ。でもここはバッグの答えをしなきゃダメだよね?


「どうりで…羨ましいわぁ。髪の色が最近噂のクレストさんみたいですよね。

 お会いしたことは無いんだけど、強くて恐くて凄いそうね」


 噂の内容が気になるけど、それより何が『どうりで…』なんだろ?

 同居と言っても下宿を始めたばかりなんだけど、それって雰囲気で分かるもんなのか…やっぱり異世界の女性は凄いわ。


「バッグはクレ…主人がマジックバッグを持っていますから大丈夫ですよ」


 主人っ! 危なく手に持っていた商品を落とすとこだったよ。びっくりしたよ。

 店員さんの勘違いを指摘せずに上手く合わせてあげるなんて、エマさんは優しいな。


 俺が対応してたら速攻で『ただの同居人ですから』と訂正してたよ。そう言うところが世渡り下手なのかも。


「マジックバッグをお持ちでしたか。羨ましいです!

 そうだ、もし夜の生活に変化をお求めの際は是非いらしてくださいね、幾つかグッズがありますから」

「…え…ぇ、機会があれば…」


 …どんなグッズだよ?


「まさか…まだ…なんですの?」

「えっ!? えぇと、そのぉ…手を握ったり一緒に寝たりはしたけど…」

「あら! 大切に思われてるのですね!」


 店員さん、ぐいぐい聞き過ぎ! 興味持ちすぎ!

 一緒に寝た…タイニーハウスで皆と一緒に寝たことか。それなら問題ないや。冒険に出てれば当たり前のことだし。


「ここだけの話…奥手の彼にとっておきの商品がありますのよ。それとテクニックも…」


 急に店員さんが声を潜める。俺に聞かせないつもりだな?

 ゴソゴソと棚から何かを取り出し、

「たくさん買ってくれたのでサービスですよ。上手くやってね!」

とエマさんに渡したようだ。気になるけど聞けない…。


 それにしても、良く分からない穀物も多いんだな。麦もトウモロコシも種類があるみたいだし、あわ、きび、蕎麦に米?

 さすがコンラッドは農業大国だけのことがある。

 水田があるとは聞いていないから陸稲なんだろう。米は処理にかなり手間が掛かるから不人気なんだと思う。ブリュナーさんも白米は食卓に出したことが無いし、ビステルさんも。


 で、俺が目を奪われている茶色い穀物は…違う可能性もあるけどソルガム、別名サトウモロコシかも。干ばつにも暑さにも強くて栽培し易く、小麦粉のように使えるだけでなくシロップの原料にもなる。


 サトウキビからの製糖は国営事業だから手を出せず、まだ目にしていない砂糖大根の栽培を妄想していたのだけど。

 目の前にあるのがソルガムなら…小躍りしたくなるのをぐっと抑え、エマさんに夜のホニャララ的な怪しい話を続けていた店員さんの前にソルガム(仮)の入った籠をドンと置く。


「店員さんっ! これって沢山栽培されてる?」

「それですか…開拓の際に獲れた物で…栽培の予定は無いと思いますが」


 俺の勢いに押されながら、記憶を辿りながらそう教えてくれた。


「痩せた土地に生えてる物ですからね…この店では取り敢えず色々な種類の穀物を揃えておくのが方針ですから…中には見たことのない珍しい物を敢えて買っていく奇特な方も居られますし」


 いま思いっきり俺が奇特な人に見えてるんだよね?

 それは貴女がソルガムを知らないからだよ!


「店員さん、これあるだけ全部っ!

 それと何処で獲れたかも教えてよ。

 届け先はカンファー家のルケイドさんで。

  手紙を書くから一緒に届けてね!」


 手を出して紙とペンを早く寄越せと催促する。何なの、この人?と驚かれながらも羊皮紙を出すと、

「あの…この方は一体などんなお仕事を?」

とエマさんに聞いている。


「多分、普通の冒険者ですよ?

 ちょっと人より物知りなんです。きっと凄いことになると思いますよ」

と返事をして、俺の書いている手紙に目を通す。


「嘘っ! これが甘味料の原料になるの?」

「試してみないと分からないけど。失敗しても普通に食べられるから問題無いし」


 書き終わった手紙を折り畳み、蝋を垂らして貰ってアイテムボックスから封蝋のスタンプを取り出す。そこに我が家の家紋『蝶に三日月(クレセントバタフライ)』を押し付ければ作業完了だ。

 これを遣ると、なんちゃって貴族になった気分で面白い。


「その家紋…セラドボタンの…?!

 と言うことは…まさか…本物のクレスト様?」


 顔を青くしながら恐る恐る俺に尋ねると店員さんに、そんなにビビらなくても良いと思いながら、

「そうだよ、冒険者のクレストです。

 良い取引が出来そうで助かるよ」

と笑顔を見せる。


「…クレストさん…強迫しちゃダメよ?」

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