第126話 溜まったものは出さないと…
バーベキューの後、手分けして恒例のパンケーキ大量生産に入ったのだが、俺の様子がおかしい。
考え事をしてパンケーキを焦がすし、オリビアさんにドキドキしたり。まるで思春期の少年みたいな気分だった。
だがそうなった原因は…俺の魔力の溜まりすぎらしい。
「なぁ…あんちゃん、そっちも溜まっとん?」
こら熊っ! 股間を指していらん事を言わないのっ!
「我慢は毒やで。はよぉ、つがいや。
ワイ、寝るわぁ」
言いたい事だけ言って、ラビィは芝生の上で丸くなった。実に熊らしい姿だ。
女性達が俺を見る目が違ったようになった気がするが…白い目じゃないよね?
「クレストさん…言ってくだされば私が…」
とモジモジしながらシエルさんがそう言うと、顔の赤さが一気にマックスになった。
「違うから! ラビィが言ったでしょ、魔力を出し続ける何かが居るって!」
「そうだった?
溜まってるって聞いてから…後はちょっと聞き逃した感じ?」
アヤノさんが恥ずかしそうに言うと、女性達がウンウンと頷く。
ど偉い勘違いをさせたラビィの今夜の飯は『残飯』にしようか…などと考えた後、魔力を出し続ける何かについて考える。
食べ物が原因なら、ずっと同じ物を食べているシエルさんやブリュナーさんにも同じ症状が出る筈。だから食べ物の線は薄い。
そうなると、何かの寄生虫?
異世界に来て寄生虫に感染なんてやだょ!
でも衛生には人の二倍気を使ってたし、それも考えにくいよな。
寄生虫…って蟲?
まさかアイテムボックスの中の魔界蟲とか?
死んだ後も祟るパターンの奴か?
一応チェックしてみるけどさ…オリビアさんが丸焦げにしたやつ…問題ない。
それと輪切りのは…うん、全然問題ない。
後でスライムの餌にしてやるから待ってなよ。
残りはラビィが倒してドリルに戻ったやつ…
あれ、マジか…ゆっくり回転しとるやん!
しばし茫然とし、驚いた時はエセ関西弁になるんだなと、そんなどうでも良いことを考える。きっとラビィの悪影響だろう。
それにしても、まさかアイテムボックスの中で生き返っていたとはビックリだな。
エマさんの『タンスにドンドン』から勝手に飛び出した事を考えたら、人間の持つスキルの制限、つまり『生きた物は入らない』ってルールには縛られないってことを思いつくべきだったか。
ラビィが倒した後に発していたような禍々しさは感じないとは言え、コイツが体の異常の原因で間違い無さそうだ。
「町の外で出してくる」
この庭で魔界蟲を出す訳にはいかないでしょ。もし戦闘になったらご近所迷惑だし、被害が出るのは確実だ。
それなら広い場所で一人で戦った方が倒しやすいだろう。
「っ! それならやっぱり私が!」
「クレストさんの…役に立てるのなら…」
恥ずかしがりながらも思い切った表情でシエルさんが言うと、アヤノさんが続けて恥ずかしそうにそう言う。
「リーダー狡い!」
「一人だと恥ずかしいから、皆で…」
「…そうする?」
カーラさんは面白がって言ってる感じだが、サーヤさんが調子に乗ってハーレムを提案。全員同調するのは何故?
特にミレットさん、貴女は人妻ですから絶対にダメ!
ほら、何事かと隣の奥さんが覗きに来てるし!
変な噂を流さないでねっ!
「違うから! 魔力の話!
道路工事の続きをやって魔力を放出してくるから。詳しい話は後でするよ!
シエルさんは後の指揮を頼む。
そこで見てる隣の奥さんにパンケーキをお裾分けしてあげて。ついでに変な噂を流したら絞めるとでも言っといて」
「畏まりました」
親指を立てて笑顔のシエルさんだが、指揮の部分に張り切ってるんだよね?
絞めると言うことに対してじゃないよね?
それにしても、アイテムボックスの中で魔界蟲が復活するなんて予想外にも程がある。
魔界蟲が魔力を発生させていたから道路整備の魔法をバンバン使っても魔力切れにならなかったんだろう。魔力的に非常に有り難いが、副作用は全然有り難くない。
魔力の発生と言う魔界蟲をアイテムボックスで飼い続けるメリットは確かにある。だけど、余る魔力が原因で体がおかしくなるのなら、このまま飼い続ける訳には行かないな。
今の状態の魔界蟲なら戦って倒すのはそれ程難しいとは思っていない。山でヤル気満々で俺達の前に飛び出てきた時の魔力に比べれば大したことは無さそうだから。
だが、倒してしまうのは少し勿体ないと言う気持ちもある。
どうしたら良いんだろう?
あぁ、魔力を電池みたいに貯めれば…って、一度しか行ってないから忘れてたけど『カミュウ魔道具店』でマナバッテリーを作ったじゃないか。
何で忘れたんだろ?
まぁいいや。先に道路整備して、それから空のマナバッテリーに充填させて貰おうか。
リミエンの城門前から一キロメトル地点に、ジャラさん、ルブルさんの役人コンビが居た。
『今日は作業しないから』と言ってあるので居ないと思ったら、暇なのか測量をしていた。多分これも仕事なんだろう。
「クレスト様! どうなされました?」
と飛んでくるような勢いのジャラさんが尻尾を振る犬のように見える。
「様はやめて。恥ずかしい」
「ですが工事魔人のクレスト様なのですから」
「魔人じゃないし」
「それなら工事魔王ですね!」
「もっと違う!」
魔人も魔王もいらない、と言うか頭に『工事』って付くだけでかっこ悪いだろ。
そこに早く気付けよな。
「それならロードキングとか…」
とブツブツ呟くジャラさんは無視して、昨日の続きに入る。
アイテムボックスの魔界蟲のお陰で魔力残量はそれ程気にしなくて良いだろう。
「昨日よりペース上げてくよ!」
「ちょっ、待ってよ!」
通行人に変な視線を向けられたが気にしない。とにかく今はストレス発散するみたいに余分な魔力を放出しなきゃ。
そして夕方までに昨日とほぼ同じ距離の施工を終えた。
「凄いです! 道路の星です!」
と言われるが、かっこ悪いのでやめて欲しい。
高速道路の…みたいな変なロックを歌われるのは絶対に阻止せねば。
魔力を放出したことで魔力的にスッキリした…が、まだ生理現象的にはモヤモヤ感が残っているが。
やはり魔力と体力、精力は全くの別物って訳か。
戯れる犬みたいな役人コンビと別れ、『カミュウ魔道具』へと向かう。
この店は相変わらず見つけにくいな。
ドアを開けると自動的に室内に灯りが灯る。赤外線式の人感センサが何処かにあるはず。まさか不可能を可能にするスパイ映画のように、無数の赤い糸が部屋中に張り巡らされていたりして。
連動して奥に来客を知らせるベルが鳴るようで、すぐにカミュウ婆さんと息子のイルクさんが出てきた。
「クレストさん、お久し振りです!」
「ご無沙汰してます。空のマナバッテリーあります?」
挨拶もそこそこに本題を切り出すのはどうよ?と言われるかも知れないが、有り余った魔力が結構深刻な下半身への問題へと発展しているのだから当然だろう。
「増産中です。魔石の生産量が最近増えているのと、薪の価格が少し上がってきているので魔道具に買い替える人も出て来ていますからね」
「魔力発生機は開発進んでる?」
「そう急かすな。イルク、茶を頼む」
確か前は『時間は有限』とか言ってイルクさんを急かしていたのはカミュウさんだろ。
寿命が延びたのかな?…て、そんな訳あるか。
きっとマナバッテリーと魔力発生機が発明されて、心に余裕が出来たんだろうな。
イルクさんの持ってきたお茶を飲み、カミュウさん達の話を聞くことに。
「お主のことは伏せて、魔道具ギルドにマナバッテリーと魔力発生機を報告したんじゃ。
ギルドはてんやわんやになったぞ」
「それだけインパクトがあった?」
「母さん、もう少し詳しく話さないと」
うん、イルクさんから説明をしてもらおう。
「魔石同士の結合については他の工房も実験をしていたようです。圧力をかけ過ぎて割れる、魔力が足りない、そんな理由で上手くいかなかったようです。
それがまさか手に握って三分間魔力を通しながら待つ、それだけとはビックリしていました。恐らくシンプル過ぎたんでしょう」
「考えすぎてダメになるやつか」
「はい、そうですね」
スライムボディで包むぐらいの圧力でも魔石は結合するからね。ヘタにグイグイ行くと割れるぐらい考えたら分かるだろうに。
「それに粉にして固める方法をやっていなかったようですし。
それで、粉末結合魔石がこの店の占有販売になることになったのですが、一魔道具店での利益独占に待ったを掛ける人も居まして」
乾電池を独占販売するようなもんだからね。ヤッカミを受けて当然だろうね。
「なのでマナバッテリーを製法は売ることにしました。大銀貨千枚です」
「へえ、良かったじゃん」
「クレストさんにお渡しするつもりですが」
「あー、そんなのいらないから。お金が欲しかったのなら、最初から自分で作ってるよ」
二人に面倒な事を肩代わりしてもらったようなものだからね。
「長さ、直径だけを決め、後は各工房で好きに作ることになりました。一番性能が良い製品だけが生き残るでしょうね」
マンガン乾電池からアルカリ乾電池にシフトしていったみたいになっていくかも。そう言う技術の進歩を見るのは楽しいだろう。
「ウチの作り方のマナバッテリーならあります。好きなだけ持っていってください」
「それやると監査に引っ掛かるからダメ。
適正な取引記録を残さないと」
「…それはクレストさんに言われると少々納得し辛いですね」
「ウチは何時でもニコニコ現金払いがモットーなんだけど」
イルクさんが首を傾げる。おかしなこと言ったかな?
「それから魔力発生機ですが、これはまだ揉めている最中です。
と言うのも、これが普及すると魔石の消費が減るのでは無いかと言う懸念が出たからです」
「それはどうだろう。
魔道具の普及、つまり販売数を増やして稼ごうってのがギルドの一番の目標でしょ?
普及すれば魔石の消費量は増えるし、魔道具の便利さを知ればどんどん新しい魔道具が求められるようになる。
それに今は良くても、魔石の採取が難しくなるかも知れない。
そうなった時に魔力発生機は大活躍するだろうね。あと、魔石の交換が難しい場所には魔力発生機があると便利。
多少の影響は出るかも知れないけど、それ以上に魔道具を売れば済む。悩む方向性が違ってるよ」
確かに充電池と発電機の普及が進めば、乾電池の消費量は減少する。同じような製品で、USBで充電出来る物/出来ない物があれば、誰だって出来る方を買うよね。
でも今は比べる製品自体が無いのだから、まずは新製品を作れ!と言う訳だ。
「言われる通りじゃな。今の時点で魔石の消費量云々言うのはおかしな話じゃ。
頭でっかち共のドタマ叩き割りに行くぞ」
カミュウさん、出来るだけ暴力はほどほどにしといてね。多分クチだけだと思うけど。
「クレストさんも一緒にギルドに行きませんか?
ウチには置いていない魔道具も揃っていますから、見るのも楽しいと思いますよ」
とイルクさんがお誘いしてくれる。
見たことの無い魔道具には興味あるけど、それだと俺が関係してるとバレるよね?
魔道具と言えば、魔力を通さない素材も探さないといけないでしょ?
「ギルドはやめとくよ。危険な香りがするから。
ところで、魔道具の小型化用の材料は目途立ってるの?」
「それがさっぱり。
オリビアさんの言っていた魔物も最近全然姿を現さなくなったらしくて」
既に狩り尽くされたのかな?
それとも、まさか俺が狩った草の中に、その魔物の種があったとか言わない?
全部燃やしたからもう残ってないんだけど。
「魔道具の価格破壊の為にも、その魔物がまた出て来てくれることを祈るしかないか。
じゃあ、マナバッテリーを百個ちょうだい。
それと、ウチに置いてる魔道具をマナバッテリー式に改造してほしいんだ。俺は居ないかも知れないけど、誰かは居るから明日にでも来てね」
「マナバッテリーの魔力充填は、クレストさんが?」
「俺と家族で分担してやるよ」
「はぁ…分かりました」
釈然としない様子のイルクさんからマナバッテリー百個を受け取り、アイテムボックスに保管する。
魔界蟲が居ることを忘れて開いてしまったが、エマさんの時みたいに飛び出すことはなく大人しくクルクル回り続けている。もし魔界蟲が出ていたら大惨事になっていたよ。
やっぱり魔界蟲の考えてることは全然分からない。空のマナバッテリーがアイテムボックスに入った時に、何となく嬉しそうに笑ったような気がするが、魔界蟲に表情なんて無いから気のせいだろうね。
そして我が家に戻り、マーメイドの四人も一緒に晩御飯を食べる。昼の残りをアレンジした簡単料理だけどね。
ルーチェがこの立食スタイルで皆で食べるのを気に入ってるから、彼女達もブリュナーさんも断り辛いとか。
四人は明日からルベスさんに訓練を付けてもらうことに来まったそうだ。
子供達が自室に戻ってから、俺のスキルの中に入れておいた魔界蟲が復活してクルクルと回っていること、魔界蟲が魔力を発生し続けている可能性が高いことを皆に話す。
「魔力が増えすぎると、体に悪いとは聞いていたけど。
ちょっとクレたんの症状はどうかな?」
「遠征中に君らが抱き着いて寝るからこうなったんだよ!」
「セリカ…責任取る?」
アヤノさんが珍しくセリカさんを犠牲に?
「それならオリビアさんにエマさんも!」
とセリカさんは二人も共犯者だと道連れに。
「皆で一緒に…や…る?」
とサーヤさん。
村でそう言う現場を見たことあるとか話してたな。閉鎖的な村落だと良い男の取り合いはあることだとか。そして孕んだ者勝ち…既成事実に叶うものは無いわけだ。
「お辛いようでしたら、やはり私が…契約でどうにでも出来ますから」
とシエルさん。それはそれで俺って最低の男に思える。
「やらなくて良いから!
皆は大切な仲間だから、そう言うのは無し!
道路工事で魔力を出してきたし」
「道路交尾?」
どこの野生の獣や! と言うか、誰がそんな下ネタオヤジギャグを言ったんだよ? やっぱり鳴らない口笛吹いてるカーラさんか。
「それに空のマナバッテリーも百個買ったから、余った魔力はそっちに補充する」
「クレたんは天然マナチャージャー?」
確かに俺もそう思ったさ。手に持った空の魔石にも補充出来るし。お金も仕事も無ければそれで食っていくかも知れないよ。でも今は違う。
「魔界蟲を殴るわ、魔界蟲に取り憑かれるわ…クレたん、何を目指してんの?」
「何も目指して無いし。
強いていえばノンビリ田舎で暮らしたい」
「無理ね」
「間違いなく」
「諦めるべき」
「絶対アレコレやるに決まってる。
あの素材の肌触りが気に入らないから改良しよう!とか」
カーラさんの質問に答えると四人から完全否定…辛いぜ。
「そう言えば、老後に麻の改良んするつもり…あ」
「ほらね」
俺はどんな老後を過ごすのか、この歳で悩むことになろうとは。
そんなカーラさんとアヤノさんに、表紙はボロボロだけど内容は価値がある書物を渡す。
「かなり昔の物だけど、役に立つかも。カーラさんの方のは多分ラビィが知ってる内容だと思う」
カーラさんの膝で寝ていたラビィが目を開け、
「オリビア姉ちゃんに教えたやつや。もう少し詳しいやろ。
剣士の姉ちゃんのは…剣の勇者の修行を纏めたやつや。側付き言うか監視役が内緒で記録を残しよったんや。性格は最低やったけど、剣の修行だけは地道にしよったらしいしな」
勇者の修行か…アヤノさんに出来るのかな?
無茶はしないで欲しいけど。