第124話 襲撃? そして勝者は…
貯水池に向けての道路整備は一回につき五十メトルを施工する。
念のため、魔法の発動後には休憩を入れる事にしてあるが魔力が減ったり増えたりするような感覚はそれ程感じない。
外部から得た魔力をそのまま吐き出しているとも思えないが、すこぶる調子が良い。
途中にある大岩を迂回するように作られた街道も、この際だからと真っ直ぐに付け直したり。地権者の許可は取ったかだと?
そんなの知らんよ、後でジャラさん、ルブルさんにやらせりゃ済むだろと勝手に思う。
それにしても、ラビィが三体目の魔界蟲を倒してから魔力が向上したと言うか何と言うか。
レベルと言う概念も無さそうだから、急に自分のスペックが跳ね上がる筈は無いのだけど。
あの一件で変わったこと、何かあったかな?と考えつつ工事を進め、答えが出ないままにお昼の時間を迎える。午前中だけで六回魔法を発動したから三百メトルの工事が終わった計算だ。
ラビィが教えてくれた魔法のモジュール化を使えば、もう少し効率が上がるかな。そう考えつつ歩いていると、
「クレスト様! 今日のお昼ご飯は何に致しましょう?」
そうジャラさんが聞いてきた。
特にこれと言ってリクエストも無いし。お昼時なので宿屋からも良い匂いがしているし、これは困った。
何気無くアイテムボックスを探していると、『南風のリュート亭』の食事券が見つかった。使う予定も無いし、この際だから使っておこうか。本気で二人に驕って欲しい訳でも無いし。
看板を指差して二人を誘導する。
久し振りに入った店内で、いつも立っていた女の子が俺の顔を見るなり、
「いらっしゃいませ、あっ、クレスト様!」
と叫ぶ。
何もそんなに反応しなくても良いだろうに。
食事券を三人分渡して、追加でワインボトルも頼む。ワインぐらいなら役人コンビに払わせても問題無いだろ。
昼から酒を飲むな、と言われるかも知れないが、ここは低濃度アルコールの飲み物が普通に水代わりに出される世界だからこれで良い。
宿屋で食事を食べると、実は水も無料ではないんだし。だって食事用に提供される水は煮沸してある物だからね。
食事中にご主人が挨拶に出て来るぐらいの出来事しか無かったので、行く先々で殺人事件に遭遇する、見た目は子供の名探偵のような主人公体質は持っていないとほっとする。
ワインの代金を払って貰って宿屋を出て、さあ午後の作業に向かいますかと気合いを入れた瞬間、背後から強烈な殺気を感じた。
即座に振り返りつつ邪魔になる二人の背中を押して前方へと押しやったところでジャラさんが居た方から剣が横薙ぎに振られてきた。
咄嗟にアイテムボックスから取り出したカウンタックを左手にしてシールドを張る。
ガキッと言う衝突音が響き、左腕に衝撃が伝わった。
突然襲撃を仕掛けてきたのは、四十代と覚しき見たことも無い男性だ。
両手に大剣を持つ以上、その剣が止められると後には必ず隙が生じる。
空いた脇腹に右拳を打ち付けたが、かなり鍛えた腹筋と良い防具を付けているらしく、軽く息を漏らした程度で大したダメージは入らなかったようだ。
「なる程、客を守りつつ反撃までしてくるとは大した物だな」
大剣を背中のバッグに仕舞うとニカッと笑う殺人鬼に僅かに身震いする。
この男は強い! そう骸骨さんからの緊急警報が発動されるようなレベルだったが、殺気は既に霧散して今は人の良さそうなただのだらしないオッサンになっている。
「ルベス様! 今のはやり過ぎでは!?」
と声を荒げるのは事あるごとに世話になっているリミエン治安維持部隊 第二班のグレス副隊長だ。
ちなみに隊長が仕事をしている様子は一度も見たことが無い。と言うより、町中で会ったら俺が反対方向に逃げてるからか。
「手を抜いたら実力なんて測れないだろ」
あっけらかんとそう言い放つが、今のは一秒でも遅れたらジャラさんが死んでたかも知れないよ。
「グレス副隊長、こちらは?」
気まずそうな顔をしている副隊長に聞いてみると、
「ルベス監査官です。エンガニの件の調査を行っております。
クレストさんが山に行ったりフラフラと…」
と俺を軽く非難する。
確か、呼び出しがあるからなるべくリミエンに居るように、とか言われてた気がする。完全に忘れてたよ。
「待たされた腹いせぐらいは構わんだろ?」
いやいや、そんなんで役人さんの命を奪うのはマズいよね?
このオッサン、何処かネジが緩んでないの?
「久し振りに腹を打たれた。痛いから今日は帰って良い?」
「ダメです。しっかり報告書を仕上げてください」
上司にしたくないパターンの人だわ。滅多に仕事をしないで部下に丸投げしてる人ね。
「グレスぅ、俺らも飯食ってこうぜ。肉巻きパンケーキが旨いらしいぞ」
「私は弁当持参です」
「あー、恐妻弁当ねぇ。束縛されてる?」
副隊長も酷い言われようだな。偉い人相手に怒れないの我慢してるのは良く分かる。
「副隊長、ルベスさんをクッシュさんの屋台に案内しましょうか?」
「…えぇ、お願いします。ここに来るまでにもかなり寄り道しましたので」
このオッサン、随分と人に迷惑掛けてんだな。こう言う人は友達には居て欲しくないなぁ。しかしまぁ、こんな人でも監査役が務まるんだよね?
「そうかそうか、それはスマンな! 早く行こうか! 売り切れてしまうぞ!」
とコッチの気も知らないで俺の肩をバンバン叩く。このタイプのリアクションも、何故か多いわ…肩痛い。
それからスタスタとクッシュさんの屋台へと三人を連れて行く。俺と役人コンビはお腹いっぱいなので、その場で別れようとしたのだが、俺達の分のプレーン、肉巻き、フルーツの三種類をルベスさんがオーダーしてしまった。
どうせ俺のスキルはバレているんだから、有り難く頂戴する。作業中のオヤツにすれば良いかと、三人分を預かった。
「明日のお昼にお邪魔しますね」
と、黙っててくれれば良いのにクッシュさんが嬉しそうに言うものだから、どんな関係だとルベスさんが聞いてくる。
店主と客だと軽くあしらうが、そんなことはあるまいとグイグイくるのが鬱陶しい。
このオッサンにはプライベートにクチを挟まないとか、そう言う心配りは一切無いのか?
「まだ作業があるんで、先に行きますよ。
ルベスさんもグレス副隊長に迷惑を掛けないようにお願いしますから」
とルベスさんが肉巻きパンを咥えたタイミングで言い残し、二人に合図してサッと立ち去る。
なるべく早く道路整備を終わらせたいので、昼からはピッチを上げよう。
直線道路は範囲の指定も簡単だが、カーブになると話は変わる。道路は直線と曲線で出来ているが、適当な曲線ではなく綺麗な円弧を繋げるようにして作るものだ。
俺の『範囲指定』もその仕様に基づいているので、円弧の中心位置を決めなければならない。
脳内に『範囲指定』で五十メトル間隔の方眼紙を作りあげ、大きな円弧を描く為の中心位置を決めて目視する。
役人コンビには見えないが、等間隔で埋められたマーカーがピコンピコンと淡く光る。
荒れた草地や岩場を強引にR状の綺麗な道路に作り変え、ウネウネと曲がっていた街道は劇的に走りやすいルートへと生まれ変わる。
「俺、絶対クレストさんには逆らわないからな」
「俺もだ。この人は道路工事をするために派遣された道路魔人に違いない」
「くだらない事を言ってないで、次行くぞ!」
この日は夕方までに約一キロメトルの工事を終わらせ、そして翌日の昼を迎える。
クッシュさんは屋台にいるので代わりにミレットさん、『紅鮭の…紅のマーメイド』の四人、俺家族全員が揃ったところでバーベキュー大会の開始となる。
いつの間にルベスさん、ライエルさん、レイドル副部長、イスルさんが来ていたのだが、まあ無視しても良いだろう。
「冒険に出てる時なら現地で倒した獲物を捌いて食べるのは当たり前なんだけど。
普通は生野菜は持って行かないか。肉だけだと飽きるけど、野菜があると全然違うね」
「自宅でキャンプの気分を味わうとはな。
発想の逆転だな。貴族連中にはこんな真似は出来まい」
「レイドルだって貴族だろう。随分庶民に馴染んでいるけどね」
予想はしてたけど、やっぱりレイドル副部長は貴族だったのか。そんな人にタメグチを叩いてるけど、まぁ今更だし問題無いよね?
ルケイド、エマさん、オリビアさんも男爵家らしいし。意外と男爵家って多いんだね。
伯爵や役人達が役に立たない貴族家を潰したくなるのは分かる気がするよ。
「お主らが『紅のマーメイド』か! 女性四人組とは珍しい! あとで手合わせを願えんか?」
「いえ、銀貨級の私達にはルベス様のお相手はちょっと…」
「良いではないか。たまには違う相手と訓練すると得るものがあるぞ」
アヤノさんとセリカさんが困った!と言う顔をするも、
「ルベスの言う通りだよ。コイツ、暇してるから付き合ってもらうと良いよ。
『青嵐』の最強アタッカーだからね」
とライエルさんが爆弾を投げ込んだ。いや、爆弾はルベスさん本人だったか…。
「手合わせ…そろそろ良い頃か。
クレスト、覚えているよな?」
と器用に割り箸を使いながら網に肉を載せていいたレイドル副部長が俺をロックオンした。
「何の話でしたっけ?」
と惚けるが、この家を割引きしてくれた時に言ってたのは本気かと戦慄する。
「マジで今から?」
「今なら監視も居ないし、丁度良い」
「イスルさんが居ますよ」
「もぎましょうか?」
「何でそうなる?!」
てっきりレイドル副部長のお目付役かと思ってたけど、イスルさんもレイドルサイドの人間だったのか…商業ギルド、恐すぎだろ。
「商業ギルドには軟弱者が多くて退屈していたんだよ。
それとな、ライエルはさん呼びの癖に、俺には副部長呼びなのも納得が行かん。躾が必要だと思って当然だろ?」
このオッサン、やはり戦闘狂だったか…で、実はライエルさんが羨ましかったとか?
やだぁ、見掛けによらずツンデレさん!
で、まさか本当にヤル気?
子供達が見て…二人とも凄い期待してるしっ!
「頑張れクレ兄!」とか「悪いおじちゃんなんかやっつけて!」とか。
本人の名誉の為に言っとくけど、悪いのは性格だけだから。
「マジでやるの?」
「その為に広い庭のある家を紹介したんだが」
「さよか…」
目をキラキラさせている副部長が上着をバサッと投げ捨てた。
あらまぁ、見事なシックスパッドだこと。自慢するだけのことはある。趣味は筋トレな人だな。
「一応聞きますけど、就職先を間違えていませんか?」
「剣や槍が使えんからな。十年程前に冒険者登録に行ったんだが、その時に受付嬢に笑われてな」
ちょっと待て!
その話、俺はどこかで聞いたぞ!
もうだいぶ前の話だけどさ。
「マジか。その受付嬢って…リタじゃん」
冒険者ギルドでそんな事するのはあの人しか居ないだろ。言っちゃ何だけど、それぐらいは気付けよな。
十年も前に一度会っただけの人を思い出せとは言わないけど。
「…あぁ? リタだったのか?」
ホントに覚えてないの? 大して気にしなかったのか。
「そうだよ、ギルドの記録に残ってたからリタで間違いない」
とライエルさんが焼いた肉を食べながら答える。よくそんな昔の記録があったもんだよ。
それともあれか、リタの行動は当時から監視されてたとか?
「そうか。アイツだったのか。
フッ、まあ過ぎたことだ…では、参る!」
そう言うなり、副部長の躊躇ない不意討ち気味の踏み込みからの鋭い突き、そして左右の拳の連打から更に踏み出して体重を載せた肘打ち。ここまでが流れるような一連のコンボ技だ。
それらを手の甲、掌でいなし、落とす。
そして肘打ちの瞬間、体を反らして副部長の左脇腹に膝を入れる。
それで崩せるかと思ったが副部長のシックスパッドは伊達ではなかった。
全然戦意の衰えていない副部長は半歩下がって前蹴り、そこから膨ら脛、腿、脇腹へと三連の蹴りを放ってきた。
なんちゅうマジもんだよ!
最後のミドルキックを肘でガードしつつ顎にショートアッパー、そこからワンツーを入れ、前蹴りを挟んで距離を取る。
その選択は裏目に出て脚を掴まれ、軸足に重い蹴りを入れられ倒される。
マウントを取りに来た副部長の顔面に頭突きを咬まし、ギリギリで立ち上がる。
子供達の声援がある以上、負ける訳には行かないだろう。
何気にイスルさんも副部長の悪口を言っているのが耳に入るが、聞かなかったことにしよう。
予想以上に良い反応で俺の攻撃を捌き続けるが、俺も必死でデカイのだけは貰わないように対応しつつ、隙を待つ。
脚への揺さぶりにローキックが続けられた。痛いのは我慢だ。そして放たれた左フックの軌道を見切り、半回転してバックハンドブローを側頭部に命中させる。
手応えは薄かったが頭にダメージは入っただろう。
「ハァーイ、そこまで!
それ以上やったら悪いおじちゃんがパンイチドランカーよ」
とイスルさんが止めに入る。
「パンチドランカーね」
「パンイチ…じゃないの?」
真顔でパンイチと言ってるのは、勇者が間違った言葉を伝えたからか?
「パンイチって何?」
「パンイチってのはね、裸でパンツだけ履いた格好なのよ。パンイチドランカーはね…」
カーラさん、子供達にそれ以上変な言葉を解説するのやめて!
さすがに副部長もノーダメージとは言えず、満足したのか上着を手に取った。
俺の両腕もジンジン、ビリビリと痺れている。ミドルキックを受けたが、下手すりゃポッキリ行ってたぞ。咄嗟に魔力で強化したから痺れた程度で済んだけどさ。
「若いのに見事なもんだ。まさか引き分けとは」
「副部長も歳の割にスゲえ。どれだけ鍛えたらそんなバッキバキになるんだよ?」
「歳は余計だ。
ソレに副部長と呼ぶな。さん付けで呼べ」
「マジ、ツンデレさんだ! ププッ」
「イスル! 次は止めるなっ!」
上着をまた投げ捨ててファイティングポーズを取ろうとしたレイドルさんに、イスルさんがクルッと後ろを向いてボスッと肘撃ち…鳩尾はマズくない?
白目を剥いたレイドルさんをズルズル引っ張り、テーブルに突っ伏させる。
「勝者…イスルさん?」
「お姉ちゃん凄い!」
「悪いおじちゃんを一発!」
子供達からの評価が爆上がりで機嫌を良くしたイスルさんだが、これからちょくちょく遊びに来るようなことの無いように。