第123話 鮭と道路工事
商業ギルドで貯水池周辺の開発状況とマジックハンドコンテストの進捗状況を教えて貰ったり、貯水池までの道路整備を頼まれたり。
これまでの活動報酬も貰っているので不満は無いが、貰いすぎだと却って不安を覚える。
商業ギルドのカードの次に冒険者ギルドのカードをATM魔道具に当てると、こちらもアイデア料として同じぐらいの金額が振り込まれていた。
冒険者なのに依頼以外の稼ぎの方が圧倒的に多いって、職業選択を間違ったかな?
商業ギルドで結構な時間を使った為、我が家に戻った頃には夕食の時間になっていた。
シエルさんが出迎え、子供達がダッシュしてくるのはいつものことだが、その後にトコトコとラビィが出てくる。
白熊を自宅で育てた飼育員さんの気分だな。ウチの熊は喋るけど。
我が家のルール、帰ったら手を洗うを実施して、ラビィを見る。
「なんやねん?」
「ラビィ、手は洗ったか?」
「あんちゃん、無茶言わんといて。ワイは洗面台?とやらに脚届かんやろ」
それもそうか。そうなると改築が必要だな。だが玄関に犬の脚洗い場を作るのも邪魔くさいな。玄関脇の手洗いは壁を少しくり抜くなど加工して設置したものなので、大して邪魔にはなっていない。
だが脚洗い場はそれなりのスペースを取るからな。浴室エリアにラビィ用の出入り口を追加するか。
知能を持つ動物…いや、見た目は熊だが中身はマサカリを振り回すオッサンだ…から、教えるのは手間では無い。
土足禁止にしておきながらラビィは土足で歩き回ってた訳だ。こりゃ失敗してた。
ブリュナーさんに改築を頼み、フルメンバーで食卓を囲む。
俺、ロイ、ルーチェ、ブリュナーさん、シエルさん、オリビアさん、そしてエマさん…なんで?
「今日は仕事休みだったから、お昼から来てたの」
「エマママお姉ちゃんと遊んだよ!
受付嬢ゴッコ!」
ウチはお休みの日の遊び場所なの? 迷惑ではないから構わないんだけど。
でルーチェさんや、エマママお姉ちゃんって何よ?
「料理を覚えたいとのことで。オリビアさんと一緒に教えておりました」
とブリュナーさんが柔やかに言う。
遠征中にも料理を習いたいと言ってたしね。いつかエマさん、オリビアさんの作った料理が食卓に並ぶのか。楽しみだね。
家庭教師代理のアシェルさんは契約通りの時間に帰宅したそうだ。晩ご飯、食べて帰れば良かったのにね。
「ラビィの魔法の使い方、とても面白いよ!」
とフォークに鮭の切り身を突き刺したルーチェが嬉しそうに話し始めた。
午前中にラビィが言っていた魔法の使い方か。コンラッドには魔法士ギルドと言うのがあって、基本的に魔法はそこで習うので魔術学院的な物は無い。
学校は王都に貴族と金持ちの子供達を集めたエリート学校?があるだけらしい。
で、その魔法士ギルドでの教え方は『魔法はイメージで使うんだ!』ってやつ。
俺もそうやって好き勝手な魔法を使っているので間違ったことでは無いと思う。
それに対してラビィは魔法の勇者直伝?の、小さな魔法『要素魔法』を組み合わせて魔法を使うのだと言う。
これも俺は実際に体験しているので納得しているが、ギルドで魔法を覚えた者には納得出来ないだろう。
ルーチェは昨日までは魔力を作り、手に集めるまでの訓練しかしていなかった。
それがラビィの言う通りに試していくと、手から風を出せたのだとか。火にしなかったのはラビィのファインプレーだな。
ラビィから今朝得た情報は魔法のことだけではない。地下にトンネルを掘っていたと言う話の方が、俺は危険度が高いと思っている。
そのトンネルを通って魔族がリミエン近くまでやって来た可能性もあるし、秘密工作員が行き来しているかも知れないのだから。
この情報、俺の中に留めて置くべきか?
それともライエルさんに伝えるべきか?
今朝の報告会には出席者が多く居たのでこの話はしなかったが、ブリュナーさんに処理を頼もうか。
「ブリュナーはん!
鮭のお代わり、あらへんのかっ!」
俺が真面目にお前の話したことで悩んでるって時に、何でお前は食いしん坊なんだよ。
「鮭なんて初めて食べたわ。美味しいし、色も綺麗ね」
「そうね…あの四人、『紅鮭のマーメイド』に改名しないかしら?」
オリビアさん…なんて恐ろしい発想の持ち主なんだよ。
でもやっぱりエマさんとの距離は縮まったみたいに感じるな。前は一緒に食べている時に少し刺々しさがあったんだよね。
何かのライバル視でもしてたのかな?
その矛先がマーメイドの四人に移った感じ。
「ねえ、クレストさん、明日の予定は?」
と、ラビィと一緒に鮭のお代わりを貰ったエマさんが聞いてきた。
そんなに鮭が気に入ったのなら、次は魚関係のルートを開拓してみようかな。
「明日から、貯水池までの道路整備を頼まれたんだ。『大地変形』で綺麗に整えて、その後に『大地硬化』で固めるんだ」
「そうなの? パンケーキのミレットさんが来て、明後日に焼きませんか?って」
道路整備に何日費やすかは全く不明だ。
一気にやってしまいたいのが本音だけど、間に一日挟むぐらいは問題ないかな。
ミレットさんも村に帰る都合があるから、何時までもコッチには居られないはずだし。
「じゃあ、そうしようか。前回みたいに大勢でやると楽しいから、バーベキュー大会やろう」
「バーベキュー!」
ロイとルーチェがやったね!とハイタッチ。
前回のバーベキュー大会で味を占めたのは子供達も一緒だね。確かロイは食べ過ぎて唸ってたような気がする。
「バーベキューって何やねん?」
「お肉を皆で焼いて食べて楽しむの!」
ラビィはバーベキューを知らないのか。魔法の勇者達ってやらなかったのかな? それともボッチだったとか?
ルーチェの答えに、
「鮭がええなぁ」
と贅沢な我が儘を言う。
「鮭は高級品ですからね。今日はラビィが来たお祝いですからお出ししたのですよ」
「そうやったんか。道理でメッチャ旨い訳やな。納得やで」
ブリュナーさんの言葉には素直に頷くんだな。やはり胃袋を掴む人が一番強いのか?
「バーベキューのソースにラビィの好きなリンゴを摺り下ろして使いましょうかね」
「なんか知らんけど旨そうやな」
と鮭の骨をオツマミにしてバリバリ噛みながらヨダレを垂らす。口の中に刺さりそうで見てる方が怖い…。
バーベキュー大会(の後にパンケーキも焼く)なら、明日はマーメイドの四人に連絡だな。冒険者ギルドに連絡を頼もうか。
チップ程度の額を出せば伝言を伝えてくれるサービスがあるから、それを使えば自分が行かなくても済む。これは駆け出し冒険者とベテラン冒険者の面会わせの意味もあるそうだ。
俺はやらなかったけどね。
エマさんがギルド嬢だから、そう言う細々した事を教えてくれるし、明日出勤して手続きしてくれる。
そう言う意味で、ギルド嬢が家に居てくれると助かる。
鮭のムニエルにご満悦なエマさんも、二つ返事で引き受けてくれた。
オリビアさんとエマさんの帰宅後、ブリュナーさんにラビィが言ってた地下トンネルの話をすると、
「実は私も気になっております。
伝手を使って、それとなく上の人に知らせておきましょう」
と何時にない表情を浮かべる。
上の人ってどれぐらい上の人なんだろ?
「俺もスオーリー副団長に伝えてみようかな。
ビリーのことも気になるし」
「それが宜しいでしょう。諜報活動が行われている可能性もあります。
羊皮紙とフェルトペンを用意します」
我が家も羽根ペンから卒業していたのか。さすがブリュナーさんだね。
ちなみにフェルトペンの先端は交換式になっているので、くたびれたらポイして新しいのに付け替えれば本体は長く使える。
補充用インクと補充用スポイトも別売りだ。
ブリュナーさんに書いた手紙を渡すと、首から提げていたネックレスの飾りの先端をパカッと外し、蝋で留めた封にペタっと当てた。
そこにはナイフがクロスした模様がくっきりと付いていた。
「我が家には紋章はありませんからね」
と少し残念そうに言うけど、俺は貴族じゃ無いから紋章なんて無くて当たり前。
聞くと貴族で無くとも紋章を持つことは可能で、リミエン商会も向日葵を模した紋章を作っているとか。
それなら俺も作ってみようかな。紋章を作るにも当然ルールはあって、既存の紋章と酷似してるのはダメ、公序良俗に反するデザインもダメ…当たり前だね。
どんなデザインにしようかと考えていると、
「セラドットボタンに使っている蝶と三日月の柄で良いのでは」
とブリュナーさんが提案してくる。
盾に馬とかグリフォンとか、そう言う系統を思い付くけどパクリはダメだよね。
紋章の登録をしてもらうことにして、もうネタは無いよなと思っていると、
「ところで…明日から道路整備の作業に入るのですね?
お昼のお店の都合もあるので早めに予定を決めておいて下さい」
と真顔で言われた。
シエルさんはルーチェとお風呂に入っているし、ロイもラビィも自室に居るのでそっちの話をしても大丈夫。
風俗店の予約をこの歳でするとは…異世界恐るべしだ。執事を勧めてくれたメイベル部長に感謝だね。女性にこんな仕事はさせられないし。
適当に入ったお店で病気を貰うなんて事例があったので、実はこの手のお店の中には領公認の店もあるらしい。貴族連中が風俗店で病気を貰った…なんて恥ずかしくて公表出来ないもんね。
勿論儲けの一部は領主様の懐に入るのだから、どちらに取っても損はない。
うっかり子供が出来たら、それはそれで人口増加なので悪い話でもないし。
明日は道路整備、明後日はバーベキュー大会、明明後日は道路整備をしておきたいから、その次の日にしようか。
ダンジョンアタックも早めにしたいけど、マーメイドの四人とルケイドが少し修行をしてから行きたいと言っているので、まだ出発の日は決めていない。
修行なんてすぐには終わらないと思うけどね。俺も攻撃魔法が使えるように、と思わないでもないが、これはまだ早い気がする。
骸骨さんがゴブリラに放った技が使えるようになってから攻撃魔法に手を付けよう。環境破壊が前提なら使えない訳ではないんだ。そう急がなくても良いだろう。
色々と考える事が多かった一日を終え、翌日から道路整備に取り掛かる。仕事があってもブリュナーさんは剣の訓練は手を抜かない。
ゲロ吐きそうなほどしごかれてから商業ギルドへと出勤だ。
「顔色が悪いな。夜の運動会でハッスルし過ぎたか?」
とレイドル副団長が笑えない冗談を言う。
「その顔にゲロ吐いて良い?」
「思ったより元気そうだな。仕事には影響無いだろ」
チッ! 嫌味な奴だよね。なんで副部長とか本部長してんだろ。商業ギルドは人材不足?
それは義務教育とか積極的にやっていないせいですよ。もっと教育に力を入れなきゃ。
でもその為の資金が無い、と言われると困るんだけどね。
結局世の中を良くしていく為にはお金が必要な訳だ。そのお金を増やす為には人を育てないと。そうなると、お金が先か人が先かの論争になる。
これ以上真面目なことを考えると蕁麻疹が出そうなので、スタンバイしていた道路管理の役人さんに連れられて城門を出る。
「では、この目印石から先の道路をお願いします」
「じゃあ、施工範囲の人払いを頼みますね」
「本当に五十メトルを一度にやるのですか?」
絶対嘘だよね?と言う様子のジャラさんとルブルさんの役人コンビが疑わしそうな目を向けてくるが、
「もし出来なかったら、二人の好きなお昼ご飯を驕りますよ。
出来たら俺に驕ってくださいね」
とギャンブルを一度に持ち掛ける。
この世界の人は、こう言う賭け事に弱いのだ。二人が相談した結果、今日の昼御飯を賭ける事になる。
道路の断面図を見て約二%の勾配を持たせる事を確認する。ルブルさんが一時通行止めだと立て看板をかざしたところで、
「じゃあ、早速始めちゃいますよ。
『範囲指定』、『大地変形』、『大地硬化』」
細かい詠唱は声に出さなくても効果を発揮するので脳内完結だし、魔法の名称も自分が理解しておけば短縮も可能だ。
最初に施工範囲を『範囲指定』で決めておけば、後に続ける二つの魔法にエリアが引き継がれる。それだけでも魔力消費の無駄を軽減出来るのだ。
指定した範囲は俺にしか見えないので、魔力を通した範囲は白く光らせる。
地面に付いた手を始点にゆっくりと道路が形を整えていき、幅五メートルの凸凹の無い綺麗な道路へと生まれ変わる。
消費した魔力量の把握が出来ないのは痛いが、そう言う仕様の世界なのだから仕方ない。
何が起きたか理解出来ず、ポカンとしている役人コンビに足元の確認を指示すると、ポンコツロボットのようにぎこちなく動き始めて幅、距離、傾斜、そして硬さを確認する。
「これは奇跡か?
それとも神が派遣した工事魔人か?」
「闘技場とキャンプ地を一人で整地したと聞いていたが、嘘じゃなかったんだ」
変な呼び方はやめて欲しい、工事魔人なんて称号はいらないから。
二人揃って土下座をすると、
「大魔法使いクレスト様、今までの無礼をお許しください!」
と頭を地に着ける。
頭突きで硬さを確認してるのかな…としばし現実逃避してから、二人の首根っこを掴んで立たせる。
「変な呼び方しない! 土下座もしない!
オーケー?
分かったらチャッチャと進めるよ!」
「はいっ! 仰せのままに!」
旅行情報誌みたいな名前の二人が敬礼すると、通行人の脚を止めさせて俺の魔法の発動を待つ。
「道路整備の作業中だよ、ほんのちょっとだけ待ってくれ。
大魔法使い様が一気に五十メトルを工事するから良く見とけよ!」
俺、明日からカツラ被る!