第122話 商業ギルドで現状確認
欲しい物を作って貰っている商店と工房を巡り、ワッフルの試食も出来て大満足。
こうなると果物やクリーム乗せたもの、チョコレートを掛けたものなど食べたい物が増えて来る。
まだクレープを教えていないのは、クリームを作ると滅茶苦茶な値段になって庶民のクチには入らないからだ。
商業ギルドに入ると、正面からすぐ左に新商品を展示するブースがあって人だかりが出来ていた。
立て看板には、
『筆記具の革命児コーナー』
『消せる筆記具 シャーペン』
『子供向けのお手軽な筆記具 ワックスペン』
『布にも書ける魔法の筆記具 フェルトペン』
『貴方も画家になった気分に パステルペン』
とあり、四種の筆記具を同時発表する一挙大放出の大盤振る舞いだ。
確かに一つずつチマチマ小出しにするよりは話題性が大きいだろう。だが、よく短期間に四つとも完成させたもんだと感心する以外に感想は無い。
この世界の人は新しい物好きと言うか、新しい物に飢えていると言うべきだろう。
今まで大して技術が進歩していないのだから、それも当然と言えるのか。
鉛筆の看板に消せると書いてあるから、消しゴムも作れたんだな。
石鹸類が無いのは恐らくパッチテストの最中だからか?
保温バッグが無いのは量産の目途が立っていないからと思われる。コルクが大量に必要だからね。
それを言えば、鉛筆も木を使うし、芯は焼いて揚げてと燃料に薪を大量に使うから、どれも量産は難しい筈なんだけど。
三階に上がる前に『海運ギルド』のコーナーでジョルジュさんに挨拶をする。
リタと護衛が人員として増えたが、マジックバッグ持ちなので荷物も増えることも無く。しかも風の魔法の使い手とあって、かなりの好待遇だと聞かされた。
それよりも椰子の実や南方の植物を入手出来るだけお願いしますと頼むと、預かった資金は使い切るから心配するなと冗談を言えるぐらい明るくなっていた。
初めて会った時は、娘の誘拐未遂や左遷のような扱いで暗い表情をしていたのにね。
他の地域に行った仲間達は大して成果を出していないのに、ジョルジュさんだけ大口の注文を取り付けたと評価が急上昇していると、冒険者ギルドに居た時にレイドル副部長に教えて貰っていた。
本人は自分の力で成し遂げたものじゃないからと謙遜しているけど、俺との取引を行う判断をしたのは間違い無くジョルジュさんだよ。
また遊びに来るからと笑顔で握手を交わして別れ、三階の対策本部に入ると、不機嫌そうな顔でレイドル副部長に迎えられた。
俺、何かやったっけ?
「鎧の修理依頼はどうだった?」
と冷たい声で聞いてくる。そんなこと言ったかな…言ったような気がする。逃げる言い訳に使ったんだよな。
「ええ、バッチリ話してきましたよ」
「それは良かった。あまりハデな事はしてくれるなよ、お前はただでさえ目立つんだからな」
この髪と瞳の色のことだよね。勇者の色とも言われる黒に近いからすぐに分かる。ギリギリ黒じゃない!と言えるぐらいの濃紺だ。
転生したならコッチの世界の住人と同じようなブロンドやブラウン系になるそうなんだよね。
「まあそう言わずに。駆け付け一杯いかが?」
と雑用係に誇りを持っているスレニアさんがグラスを取り出し、自分の胸を搾るような仕草をする。
この人は一体何を考えてんだろ?
あからさまに秘書役のイスルさんが顔を顰めるのは、自分には精神的にも物理的にも出来ないからだと…ゲフン。
「もぎ取りましょうか?」
と怖い目で俺を見るイスルさんに、この人はエスパーなのかと思ってしまう。
スレニアさんをレイドル副部長が手で追い払って俺には椅子に座れと指を差すので、仕方なく腰を掛ける。
俺の隣にさっと座るスレニアさんの隣にイスルさんも座る。
部屋に居る他の職員数名は忙しそうに机に向かっているが、どんな内容の作業か気になる。
マジックハンドコンテストの計画なのか、貯水池周りの開発関係か。
それとも本番の式典に向けてアイデアを練っているのかも知れないから後で教えて貰おう、と少し余計な事を考える。
「さっき届いた良い情報を教えてやろう。
青嵐の面々がアチラコチラを回って木材や薪を買い集めて届けてくれたそうだ。これで少しは凌げるだろう。
それとこっちは本当につい先程、ライエルが来て教えてくれたんだが、貯水池ダンジョンを魔石の産出場として管理することに決まったらしい」
ようは魔物が氾濫を起こさない程度に数を維持しつつ、倒した魔物から魔石を回収するって話だな。
そうなると、ずっと誰かが魔物退治を続けないといけないんだけど。
でも危ないだろうな。弱い魔物でも大量に倒すと強い変異種が発生するらしい。慣れて見くびっていると思わぬ痛手を受ることになるんだよ。
その反面、常に魔物がそこに居るってわかっているから冒険者の戦闘訓練には丁度良いかも知れないけど。
でも確かダンジョンは成長するらしいんだけど、それは大丈夫なのかな?
「まだ言ってなかったが、あのダンジョンから結構な量の魔石が持ち込まれてな。
お陰で洗浄剤、紙、麦芽糖、高濃度アルコール作りに魔道コンロを使用することが出来ている。
バルドーの店の近くに洗浄剤と紙の研究所を作って関係者はそっちに押し込んである。そこも魔道コンロを使っているぞ」
それなら『エメルダ雑貨店』に行っても大丈夫かな。
ま、バルドーさんに頼みたい物はない…と言うより、今考えてるのはシオンさん、ガバスさんと共同での案件になりそうなんだよね。
せっかくだから、玩具メーカーの立ち上げをこのオッサンに相談してみるか。
洗浄剤の件ではチャムさんにイヤな思いをさせられたから、今度は人の問題を事前に潰してからスタートさせようと思うんだ。
その資本金がどれぐらいとか、売上げ予想とかは全然思い付かないので、専門家に見てもらおう。
その名の候補も幾つかあって『リミテンドー』、『バンザイリミコ』、『タカラリミー』なんだけど。分かると思うが、ここリミエンの頭二文字は使うようにしている。
「何か考えているのは分かるが、お前の話は長くなるから後にしろ。
先に開発状況から説明する。イスル、資料を頼む。
あぁ、それとマジックハンドコンテストも各工房に参加要請を出している。そっちも後で話す」
イスルさんが最初にテーブルに広げたのは綺麗に装丁された貯水池周辺の地図だ。そこに建設予定の施設が破線で印されている。
次に各施設のアバウトな設計図がバサバサッと置かれて行く。
「まずはメイン会場となる闘技場施設だ。
平面部の整地は手早く終わらせることが出来た。客席部も一部を除き階段状にはしないのでかなりの工事が進んでいる。予算と工期次第では半分程度を階段状にしても良いだろう。
内部構造、水道施設は設計士と詰めている最中だ」
芝生を貼ってのんびり出来るようにするからね。ピクニックシートも売り出さなきゃ。
「目玉の屋根だが、⌒のアーチ型になる。屋根に貼る透明な材料も大量に生産してもらうことになった。
このような構造の建築物は過去にも例を見ないので、梁の数を何本にするかで揉めているが、専門家に任せれば良いだろう」
最後の一言、いらないだろ?
「次に各施設に送水するタンク。基礎は完成しており、タンク本体を製作中だ。この素材には王都で最近開発された錆びにくい鋼を使用する」
ステンレス鋼が開発されたのかな?
「排水を処理する施設も着工開始している。
これらの作業員が寝泊まりする場所は、クレスト君が善意で製作してくれたキャンプ用地を利用している」
「強制だったと思いますが」
「全体の予算との兼ね合いもある。今年の施設建設はこれが限度だな」
副部長にすかさず抗議するが、あっさりスルーされた。チマチマと手作業で整地していたら一ヶ月ぐらい掛かると思うのだが。
「これとは別に、冒険者ギルドが運動施設の建設を開始している。ロープと木材を使った遊具で、初心者の小遣い稼ぎに丁度良いようだな。
一番の目玉のジップラインは安全性の確認が取れないと許可できないとリミエン伯爵からストップが出ている」
それは当然だな。渡したワイヤーもだし、滑る人が装着するハーネスも試験が必要だろう。
早く完成するよう技術者の腕に期待するしか無いだろう。
「それとクレスト君、現地までの道路工事を発注するので明日から工事に取り掛かってもらいたい。
道路は中央を高く、両サイドに向けて僅かな傾斜を持たせてくれると有難いのだが」
アスファルト道路に採用されている、排水を考えた構造だな。やるのは良いが、維持するのは難しいだろう。綺麗に舗装してやらないと、すぐに削れてグダグダになってしまう。
「クレスト君が作った後、硬化処理魔法を使わせるから、くれぐれも一人で先走らないように頼む」
「へぇ、そんな魔法があったんだ」
初めて聞いたわ。よくまぁそんな地味な魔法を習得したもんだな。用途と言えば…土で作ったかまくらみたいな家を固めるとか?
それか、掘った穴を固めるとか…鉱山に最適なのか。
「一日にどれぐらいの距離が出来る?」
「二人で一日に最大百メトル程度だな」
「少なっ! 五キロメトルなら五十日じゃん」
そんなに付き合ってられるかよ。やるなら一気に一日二日でバババッと片付けちまおうや。
「仕事を取ることになるけど、それなら俺がやるよ。その魔法を教えてくれ」
「良いのか? 工事魔法など他に使い道は無いんだが」
「気にするな。五十日も俺が付き合いきれない。言っとくけど、そんな暇じゃないぞ」
遣りたいことは他にもあるんだし。
「さすがクレスト様です!
素適です。お嫁になります!」
「スレニアには無理よ。強力なライバルが何人居ると思ってるの?
しかもまだ増えていく予定だし」
スレニアさんのはいつものボケだから放置して、イスルさんの言うライバルも居ないし、予定も俺には無いんだけど。
商業ギルドの職員が勝手に言ってるレベルなんだろう。
「そう言えば、ファロスの令嬢をボコボコにしたらしいですね。
まさかカンファーの次男と付き合っていたとはビックリですが、振ってその日に即乗り替えようなんて、とんでもない尻軽女ですね。
振られて当然です」
「いいざまですね、さすがクレスト様です!
お婿に来て下さい!」
イスルさんもあのお嬢さんのことは嫌いみたいだね。俺もアレだけ無節操な女性には惹かれるどころかドン引きだよ。
「クレスト、悪いことは言わんがスレニアはやめとけ」
「酷いです! セクハラ、パワハラ、太っ腹です!」
「そうですよ。まだ私の方がマシです」
「何よ、イスルン! 今までそんな素振り見せなかった癖に!」
「二人とも、騒ぐなら表でやってくれ。良い見物人なら、お捻りぐらい貰えるだろう」
イスルさん、スレニアさんが揃ってブーとレイドル副部長に文句を言うが、表情を変えることなく軽く手をヒラヒラさせて撥ね除ける。
さすが鉄面皮本部長だな。
その後すぐにスレニアさんが土属性魔法『大地硬化』を使える職員さんを連れてきた。
雑用係とは言え、この人も案外フットワークは軽いし実は有能なのでは?と思ったが内緒だ。
その分クチも軽そうだけど。
習得が簡単に出来たのはオリビアさんの訓練と骸骨さんのスキルお陰だ。
その後でマジックハンドコンテストの関係者が集まり状況を説明をしてくれた。
参加意思を表明したのは全八工房。それぞれに開発資金を大銀貨三十枚ずつ渡している。
途中での審査もあり、開催日に間に合わないようならリタイアしてもらう。
間に合うが資金が足りていないようなら、開発状況に応じて開発資金を提供することも可能らしい。非公式ながら、このコンテストに資金提供している商会からの申し出だそうで。
それと特定の工房に協力しないようにと念押しされたが、俺の知っている名前の工房は無かったので大丈夫だと思う。
それにセクハラ老人のスイナロ爺が孫の手代わりに使っているのは、俺がバルドーさんに渡したマジックハンドの設計図で試作した物だ。これ以上俺に知識は無い。
他の出し物は調整中だが、チラッと見えた演劇の脚本家の名前がビス…多分、気のせいだろう。
食品関係では麦、芋の増産が指示されており、麦芽糖も今後増産されていく予定らしい。
サトウキビは国家事業らしいので手出しは出来ないが、出来るなら砂糖大根も栽培して欲しい。コッチは明日にでもルケイドに頼むとするか。
そう言えば、白樺とか樺の木の樹液からキシリトールが作られるんだっけ?
俺が何か思い付いたと気が付いたのか、レイドル副部長がスレニアさんに指示をして白紙の浮草紙とシャーペンを出させた。
この紙を外で使うのは初めてだな。試作品なら何度か試したけど。
仕方ないなぁと苦笑しつつ、砂糖大根から砂糖を作る方法と、樺の木の樹液から甘味料が出来る可能性を書き込む。キシリトールの作り方は知らないけど、その研究には製品開発部をこき使えば良い。
帰り際に、
「とにかくリミエンにもウチにも金が無い。
頼むからガッポリ稼いでリミエンでガッツリ買い物してくれ」
とレイドル副部長に頼まれた。
元々骸骨さんの遺産を使い切るつもりで、稼ぐ予定は無いんだけど。
だから誰かに稼ぐアイデアを出すのは構わないけど、相手は選んでいる。ベンディみたいな成金の王道を行くような人は却下だ。
しっかりした技術と信念を持った職人さんを応援したいんだよね。
お金のことで思い出したのが、俺への報酬についてだ。
「本部長兼副部長、俺って商業ギルドから報酬貰ってる?」
と恐る恐る聞いてみると、
「当たり前だろ。例えどんな非常識な奴でも、結果を出したならそれに応じた報酬は支払う。
商業ギルドがその規則を率先して破る訳にはいかんだろう」
と若干の刺を感じる有り難い回答を貰った。
金額は大して気にしないが、ただ働きするのには抵抗があるからね。
「なんなら次回からブリュナーの管理口座に振り込むようにしてやるが。
その歳で毎月お小遣いを貰うつもりか?」
お小遣いを貰わなくても、国民的なお笑いグランプリで何度か優勝したぐらいの金額はカードに残してあるはず。
御礼を述べて対策本部を後にし、ATMのような金銭管理の出来る魔道具の前に立つ。
ここでハタと立ち尽くす。冒険者ギルドと商業ギルド、二枚のカードがあるけどどっちに振り込んでるの?
普通に考えれば商業ギルド関連だから、コッチだよね?
それなら一度もお金の出し入れには利用していないから、純粋に商業ギルドからの報酬だけが入っていることになる。
カードを当てて魔力を通すと魔道具が作動する。水晶を削って作られたディスプレイに、出納履歴が表示されて、大銀貨百枚の残高にブッと吹き出した。
高く評価されるのは嬉しいけど、金が無いと言ってたじゃん。もっと違うところに使いな、と思いながら商業ギルドを出るのだった。