第119話 鎧でパニック(Part 1)
冒険者ギルドに向かうと、俺が到着する前に粗方の話しはしてくれていた。
エマさんが居るから間違ったことは話していないだろう。こう言う時に、ギルド職員同伴での遠征はラクで良いと思う。
これなら、毎回エマさんを遠征に連れて行っても良いかなって気になる。『タンスにドンドン』で飛び道具も無効化が出来るみたいだし。
彼女もちょっとしたチート持ちだったとは意外だ。
報告の席ではその話しはしていないようで、あのスキルはこの仲間内だけでの秘密としておくつもりらしい。
オリビアさんの『光輪』は防御能力の低い魔法使いとしては破格の性能を持つ紛れもないチートスキルだ。
他の人にもこんなスキルが生えてくるのかどうか分からないが、欲しいと願ったスキルが偶然手に入るのなんてそう無いと思う。
ラビィがダンジョンへの参加を決めたり、俺を金貨級にランクアップさせようとライエルさんが企んだり。
そんな予定外のことはあったが、今回の遠征の報告は無難に終了した。
ダンジョンに入るための準備として、タイニーハウスの改築を考えていたのだが、考えてみるとダンジョン内で何日過ごすか分からないし、小さいと言えプレハブ小屋みたいな物を出すスペースがあるのか疑問である。
それに部外者のベルさんも同行するのだ。
女性と同じ屋根の下、と言う訳にはいかないだろう。
なのでダンジョンでは市販品より丈夫な程度のテントを使おう。これならアイテムボックスに三個入っているから、三人ずつで使えば良い。
もしダンジョンの床にペグが打ち付けられないのなら、何かを錘に使ってみるか。
洞窟みたいになってるなら、小さなビニールハウスみたいな形のテントが良いのかな?
そう言うのも作ってみるか。
他に準備に時間が掛かるのは何だろう?
食糧はかなり消費したから補充するとして、やっぱり武器、防具かな。
出来れば三日後ぐらいには出発したいんだよね。
隣町のスパリゾート開発…じゃなくて急いで木材の買い出しに行かなきゃならないからね。
ギルドの酒場でライエルさんの驕りでお昼ご飯を食べて解散となった。
貯水池周りの開発関連の話をしたいとライエルさん、レイドル副部長が俺を捕まえようとしたのを、
「セリカさんの鎧を至急修理したいのでルシエンさんのお店に行ってきます!」
とダッシュで逃げた。
勿論セリカさんは朝一番で修理に出しに行っている。それは知っているけど、俺のせいで壊したようなもんだし、費用や期間を聞いておきたい。
ルシエン防具店に到着すると、ドアに貼り紙がしてあった。
『ドアの開閉はゆっくりと』
そうだよね。毎回ここでドアバンしてて…バンっ!
「あたっ!」
「邪魔だ、ボケッ!」
解せぬっ! 何故俺だけ、ほぼ毎回こんな目に?
肩を怒らせて出ていくアフロヘアのチンピラぽいのが店を出ていく。
「たいしょー! この店、どうなってんの?」
「またお前か…」
店内に入るとルシエンさんに少し笑いながらも同情されたような目で見られた。
「お前がセリカさん用に作った胸の部品があるだろ。
アレが何故か流行りだしてな…材料が入荷待ちになっちまったんだよ」
それであのアフロも彼女にと思って来たら、すぐには作れないってことで怒ってた訳か。
「まあ、胸の部分以外にも同じような構造を取り入れて、蒸れ対策を強化した新製品を売り出したってのも忙しい理由なんだが」
「へぇー、売れてるの?」
「あぁ、二週間で三体受注したぞ」
すまん、それが忙しいのか、儲かってるのかどうかが分からん。
鎧なんてそう買い替えるもんじゃないだろうから、たまたま時期が重なっただけって可能性もあるよね?
「客はダンジョンアタック中の金貨級だからな。金に糸目を付けずアレコレ要望を出して行くもんだから、有難いことにウチは絶賛テンテコダンス中だ」
「良かったじゃん? で、ヘンテコダンス?」
ルシエンが両手を高く上げる。ジェスチャーの意味が分からんが、それは万歳、つまりお手上げって意味か?
「徹夜になりそうだ。
で、クレストさんの用事はセリカさんの鎧絡みだろ?
大破して戻って来たが、何と殺り合った?
丸太を振り回す原始人か?」
「ちょっとした特殊な相手。詳細は勘弁してね。
ルシエンさんがルーンを掘ってくれたお陰で命拾いしたよ。ありがとうね」
「役に立てて何よりだ。で、修理を急げと言われてもちょいと難しいぞ」
「それね、相談なんだけどさ。ちょっと奥借りるよ」
「訳ありか」
更衣室に通してもらうと、テーブルの上に『気高き女戦士の鎧』を慎重にアイテムボックスから取り出して置く。
「訳ありと言えば訳ありの一品だね。コイツをセリカさん用に仕立て直して貰える?」
今までに見たことも無いような鎧を目に、ルシエンさんが暫く微に入り細を穿つように調べていた。
そして気が済むと溜息をつく。
「これは魔法の鎧だな。
内部に俺の知らない…いや、誰も知らないだろうルーンが刻まれている。
まさか呪いの鎧じゃ無いだろうな?」
「試しに着てみる?」
ルシエンさんが激しく首を左右に振った。俺も女性用の鎧を着たオッサンなんか見たく無いし…想像しただけで吐きそうだ。
「これは材質も製作年代も不明だな。こんなのはダンジョン産で間違いないだろうが。
ウチで調整出来るかどうかも分からんぞ。
板を重ねた構造になっているのは体に合わせてある程度は伸縮するようにするためだろうな。
その分だけ重量増になるはずだが、それ程重くも無い…」
とその後もここがどう、あれがどうだと丁寧に教えてくれたが俺は正直言うと鎧にそれ程興味は無いので、話が終わるまで相鎚を打つマシンと化していた。
忙しいのに詳しく教えてくれて感謝するけど、解説はいらない、仕立て直しが出来るかどうかを教えて欲しいんだけど。
これだから専門家と話をすると困るんだよね。
「仕立て直せるか…そうだな…分からん!」
そんなことを胸を張って言わんで宜しい!
「当たり前だろ、こんな材質も製法も分からん代物を、ほいそれと気軽に仕立て直し出来ると言えるもんか。
これは国宝指定されてもおかしくないぞ」
骸骨さん…アンタやっぱり泥棒してきたんじゃないだろうね?
色々使わせてもらって超助かってるんだけど、マジで心配になってきたよ。
ま、二百五十年も経ったら時効成立してるかな?
「国宝と言われてもなぁ。
俺の手持ちの鎧はこれしか無いんだよ」
「そう言う物を持っていること自体、おかしいと思わんところがクレストさんらしい…が、もし仕立て直しができたら彼女にプレゼントするのか?」
プレゼントのつもりは無いんだよね。単にお詫びの品として渡したいだけだ。
それに一緒に行動する時には、少しでも防御能力の高い方が俺も安心出来るし。
俺達三人もマーメイドの四人も装甲は薄いからなぁ…防御能力の高い仲間、どこかに居ないかな?
「俺は使わないし。欲しいと言われたらね。
でもそうなると、アヤノさんにも鎧あげないと不公平?」
「それをこちらに聞かないで欲しいんだが。
ダンジョンに潜って、同程度の鎧か武器が出て来たら渡せば良いだろ。
そうすると残りの二人も欲しがるだろうな」
「そこなんだよ。貸しただけのつもりの弓を、サーヤさんが貰ったもんだと勘違いしててさ。俺は弓も使わないから問題無いと言えば無いけど」
ケチと思われるのイヤだしな。有効利用してくれる人に渡す方が弓にとっても良いのは確か。あー、そうなるとアヤノさんにカーラさん、オリビアさんも絶対欲しがる…どうしよう?
「鎧を貰うなんて一生にあるか無いかだからな。貰う方も覚悟を決めるぞ。そこは分かっているのか?」
「気楽に受け取ってくれない?」
「あのなぁ…それを俺に聞かないで欲しい。
…はぁ、本人に聞いたらどうだ?」
「いるか、いらないか聞くのって、なんか…みみっちい気がする」
高価だと分かってる品物を、いらないと言われたらあげない…これって絶対ケチな男のすることだよね?
そこはそう言わずに受け取ってくれないと困るんだ、と強引に渡す場面だと思うんだよね。
相手の都合だって?
そこはまぁ無かったことに。いらなきゃ買取専門に持っていくか、質屋に預けたら良いんだよ。
「それよりさ、セリカさんの鎧の修理はどれぐらい掛かりそう?」
「両腕は作り直しだ。それにクレストさんのお陰で大繁盛中だから…半月後に作業開始だな」
「そんなに待てないよ」
「珍しく仕事に前向きで?」
「俺は冒険者本来の仕事以外で忙しいだけだから。一応働いてんだよ」
リミエンに来て自分で稼いだ金額は…銀貨十八枚?
あとは冒険者ギルド、商業ギルドの顧問的な活動の費用が貰えるかどうかだよな。
あっ! どっちも契約結んでないよ…まさかタダ働き?
だったら労働基準監督署に駆け込まなきゃ!
そんな施設はあるのかな?
まさか市民権がない人は役場でも門前払いされるとか?
「何か心配ごとが?」
「いや、ギルドとの契約の話だから気にしないで」
「何やら面白い計画が進んでいるそうで。どちらもクレストさんの企画だとか。
成果が出ているのなら、月末にキッチリ振り込まれる筈ですよ。
ギルドには結構厳しい監査が入るそうですから、お金のことでおかしな真似はしないでしょう」
そうだったのか。勝手に結構ルーズなイメージを持ってたんだけど。
でも、それならレイドル副部長がウチの購入で滅茶苦茶な値引きをしてくれたのって、ちょいとマズいんじゃないかな?
まさか、その分は何かで相殺するつもり?
いや、あの人が得にならないことをするとは思えない。これからはちゃんと都度契約を確認しようと思う。
で、月末って…壁に貼ってるカレンダー見たら、遠征中に月が変わってるし。
後で商業ギルドに行って、ギルドカードの入金状況を確認しなきゃ。会議には出てるし、領主館にも行ったんだから、大銀貨一枚ぐらいは貰えてるよね?
と言うか、ファンタジーな世界の筈なのに、召喚勇者のせいで部分的にやたらと近代的なんだよね。有難いんだけど、もう少しファンタジーぽく出来なかったのかな?
まさか剣と魔法の世界でキャッシュカードを使うと思わないでしょ。暗証番号を打つ代わりに魔力を感知してから取引スタートするのが違うけど。
そうこうしている間に時間は経ち、来客を告げるドアベルが鳴った。
「ルシエンさん、こんにちは」
やってきたのはセリカさんとアヤノさんだった。
「やっぱり来てたでしょ」
とアヤノさんが言うと、
「クレストさん、そんなに気にしなくて良いのに」
とセリカさん。
気にしているのはいつセリカさんの鎧が直るかってことなんだけど、多分セリカさんは壊れたことを気にしてると勘違いしてるんだろうな。
「丁度良いところに来てくれた。クレストさん、聞いてみると良いですよ」
「うん、そうする」
ルシエンさんに促され、セリカさんに顔を向けると、
「奥にセリカさんに試して貰いたい鎧があるんだけど。試着してもらえる?」
と思い切って聞いてみた。
あげる、あげないの話は後にしよう。問題先送り作戦だ。
「鎧の試着ですか? 構いませんが、サイズは私に合わせているの?」
「いや、それも含めての確認なんだ」
「ルシエンさんにしては珍しいですね。サイズを合わせていない鎧なんて」
この店はオーダーメイド専門店だからね。客の体に合った鎧しか売っていない筈なのに、と訝しみながらアヤノさんと試着室に入る。
そして今までに見たことも無い作りの鎧に暫く戸惑う二人。しかもモニターとして装着した防御力向上のルーンに似たようなのが、鎧の内側にびっしり刻まれているのだ。これは一目で魔法の鎧だと理解した。
「凄そうな鎧ね。性能もだけど、お値段も」
とアヤノさんが感心したように呟くと、
「そうね…でもこの鎧、私に着て貰いたいって言ってる気がする」
と不思議そうな顔でセリカさんが答えた。
鎧に意志なんてない筈なのに、何故か早く身に付けろと催促されているような気がしてならないのだ。
これも刻まれている魔法の効果なのかしら?
呪いなんて無いわよね?と少し不安になる。
「サイズが合えば良いんだけど…」
「そうね、セリカの場合、胸回りは特注品になるからね」
アヤノが自分の胸を見下ろし、セリカの胸を見て溜息をつく。自分も推定Cクラス…戦士にとって女性の胸の大きさは邪魔物以外の何ものでも無いのだが、それとは別の話。
ちなみにこの国の女性のバストサイズで多いのはB~Cカップである。故にEカップ以上だとそれだけで注目を集めることもある。
クレスト自身はそれ程胸に執着心がある訳では無いのだが、セリカのように目立つバストの持ち主には目が行ってしまうのは仕方が無い…。
また、女性用下着に関しては古代ローマの布を巻いたようなブラとドロワーズのようなものしか無かっただったのが、召喚勇者の並ならぬ努力によって、現代風の各種が生まれたのだ。
「少しはサイズ調整の出来る構造みたいね。凄い技術だけど、その仕掛けの分だけ弱くないのかしら?」
「多分、それも検証してみたいのよ。
リーダー、着付けをお願いね」
上着とスカートを脱いだセリカが、『気高き女戦士の鎧』の胸甲を撫でながらアヤノにそう頼むと、突然鎧の内側のルーンが淡く銀色に輝き始め、
『装着者…確認』
と二人の目の前に銀色の光がこのような文字を作ったのだ。
「何よ、これは?」
と驚きの声をあげたセリカを無視して、光は形を変えていく。
『装着シーケンス起動』
『自動装着モードスタンバイ…完了』
『装着開始』
そして鎧全体が光に包まれ、二人が思わず目を瞑る。
『装着完了』
『装着シーケンス終了』
そして目を開けた時に鎧を纏ったセリカが立っていたのだ。
「あの、セリカさん…ルケイドさんの『植物採集』に対抗して、早着替えのスキルを習得したのね」
と立ち尽くすセリカにアヤノがボケるのだが、当の本人が状況を飲み込めていない、と言うよりこの非常識な事態を認めたくないのだ。
それでも、気のせいってこともあるわよね…
「どうなってる?」
と尋ねたセリカに、アヤノがゆっくりと壁に貼られた鏡を指差す。
事実から目を逸らしていても何も進まない、そう意を決して鏡に映る自分の姿を確認し、そして暫く見蕩れたのだ。
「キツくない? 特にバストとかお尻回りとか」
と早く様子を知りたいアヤノが催促する。
軽く動いて確認し、納得したセリカは、
「これ、絶対クレストさんの仕業よね?
どうやって私のサイズを知ったのかしら?」と的外れの怒りを覚えるのだ。
「それは魔法の鎧だし、自動でサイズ調整したんじゃないのかな?
でも丁度良いみたいだし、格好いいよ。
これ、貰えるのかな」
「アヤノ、こんな高価な物は貰えないわよ」
「そこは、まぁ鎧の代わりに中身をプレゼントすれば良いんじゃない?
そのつもりで出してきたのかもよ」
「ちょっと何を言ってるの!
私にそんなの無理よ!」
「そうかしら?
彼も貴女のことは嫌いじゃ無いし。良いと思うんだけど」
「ダメ! エマさんが居るのよ!
そんなの絶対無理!」
女性達の会話は全てクレストとルシエンの耳にも届いているのだが、その二人は何も聞こえていないことにして、セリカ達が出て来るのを待つ。
そして『気高き女戦士の鎧』を纏ったセリカの姿に二人の男達は声を失うのだった。