第118話 冒険者ギルドで打ち合わせ
ク魔族のラビィがルーチェに魔法の指導をしていた様子を見て、魔法の勇者のやっていた魔法の使い方を教えてくれた。
それと魔界蟲を魔族が連れて行来たと言う可能性も示唆する。
初めて会った魔族がラビィなので、魔族全体に悪いイメージがある訳ではないが、さすがに魔界蟲を運んで来た人物となると、少々説教をしたくなる。
家庭教師代理のアシェルさんには、ラビィの話した内容は不確定情報だから口外無用と念押ししておいた。
ブリュナーさんも俺の後に彼女に何か告げていたけど、彼女の顔が真っ青になってたから良いお話しが出来たのだろう。
俺は直接は聞いてない…スライムが聞いてたのを又聞きしただけだ…。
冗談はさて置き、ライエルさんに指定された時間に遅れないように冒険者ギルドの会議室を訪れる。
ラビィも「ワイも当事者やから着いてくわ」と言うことなので、オリビアさんが背中に赤ん坊のようにして背負っている。
戦斧を振り回すくせに、それで良いのかと突っこみたくなるが、それを知らない人には愛らしい小熊にしか見えないからなぁ。
まだ十分程前だったが、俺とオリビアさんが一番遅かった。既にライエルさんとレイドル副部長も席に付いていて、エマさんが経緯を説明していた。忙しい二人だから、待ち時間も無駄にはしないと気を使ったようだね。
「大体の話はエマ君達から聞き終わったよ。
魔界蟲とダンジョンの出現が何らかの悪影響を与えてきたと考えて良いだろうね。
ドリルに戻ったと言う三体目の死体、出せるかい?」
そう言ってシッカリ右手出してるのは持ってると確信してるからだよね。質問形をとらずに命令形でよかったよね?
勿論出しますよ。なんならオリビアさんがローストしたのも出しますよ。
「言っておくが、一体目と二体目は出さなくて良いから。ベルが少し持ってきたからね」
ちっ! 先手取られたぜ。なんて勘の良い人だろう。
仕方なくライエルさんの掌に罅割れたドリルのような物をポイと乗せる。直径二センチ、長さ十センチ程の細長いドリルと言うか、アスパラみたいだ。
「魔界の生物なんてコッチじゃ見る機会は無いからね。
それにしても、これが生きていたなんて信じられないね」
と繁々と眺めるが、それは皆が同じ感想だろう。
「ベルの判定では、討伐には金貨級以上のパーティーを指定するような魔物なんだけど。
君達は良くて銀貨級パーティーだから、普通なら全滅してておかしくないんだよ。
余程君達の相性が良かったのか、余程クレスト君の隠し球が優秀なのか…はぁ」
「ライエル、これでまた冒険者のランクとパーティーランクの決定方法が見直しに近付いたな」
ライエルさんが溜息をつき、レイドル副部長が溜息の理由を指摘した。
「私が頑張って評価基準を見直したところで、クレスト君はその枠には填まらないんだろうね。
それなら面倒だから、『ランク無し』の冒険者にしようかな」
そんなシステムがあるの?
元々俺は今の冒険者ランクの決め方には意味が無いと思ってたから、そうしてもらおうかな。
「『ランク無し』が厭なら、本気を出して殺る気の試験官と遣り合ってもらうか、だね。
『格納庫』スキルとやらにどれだけの物が入っているのか分からない以上、君の評価は私には不可能だ」
と嘆くライエルさんだが、俺もアイテムボックスの中身を全部知っている訳では無い。
恐らく骸骨さんが意図的に俺に見せないようにしてるみたいなんだ。
事実、無かった筈の女性用の鎧が急に出てきたんだし。あれ、渡すべきなのか悩むんだよな。かなり値打ちのある物だと思うし、そんなの渡されたらセリカさんが困惑しないかな?
「いくら何でも『ランク無し』にするのはマズいだろ?」
レイドル副部長が慌ててるのは何でだろう?
何か実は凄いランクなの?
凄く地味だし、俺好みなんだけど。金貨、銀貨、銅貨なんて分け方は好きじゃないんだよね。アルファベットでSランクからFランクみたいに分けるよりは、異世界ぽくてマシかも知れないけど。
よし、深くは考えまい。ギルドマスターが『ランク無し』にしてくれるって言うのだから、それを断るのは失礼でしょ。
「請けられる依頼に制限が無いのなら、俺は『ランク無し』で良いですよ」
そうなった場合に、依頼に制限があるかどうか分からないので聞いてみた。やりたい仕事が出来なくなるのはイヤだし。
ライエルさんは少し考えてから、
「ドブ攫いから国王の誘拐、海外視察にドラゴン退治まで何でもアリだよ。法的にアウトな依頼はコッチで蹴っているからね」
とアッケラカンに答えたもんだよ。
銅貨級冒険者向けの依頼から金貨級冒険者向けの依頼まで何でも請けられるって意味だと思うけど、法的にセーフな国王の誘拐なんてあるの?
まさか狂言誘拐で悪い奴を炙り出そうとするようなお芝居ちっくなパターンの奴?
それを踏まえて考えると、海外視察なんて言ってるけど、諜報活動の依頼なんだろう…あ、これは俺のスライムイヤーを開示したからか。
「その代わり、受付嬢は依頼達成可否の判断をしない、と言うより出来ない。
それはクレスト君がソロだろうが、誰とパーティーを組んでいようが、ね。
つまり冒険者ギルドは身分は保証するが、ただそれだけってこと。あとは全部自己責任でやることになる」
あれ、それって寧ろ俺好み、と言うか最高の待遇じゃん。依頼は選び放題でギルドから煩くアレコレ言われず済むのは滅茶苦茶有難い。
「こんなトラブルホイホイに思い切ったことをするもんだ。ウチのトップもおかしいと思ったが」
とレイドル副部長が溜息をつく。商業ギルドのトップと言えば…俺のギルドカード!
「レイドル副部長! なんで商業ギルドのカードのことを教えてくれなかったんですか!?」
「お前が使う気が無いと言っただろうが」
…そうだっけ? なんか言ったような気がするけど、だいぶ前の事だから忘れたよ。
「それでも天秤マークにトリプルスターの意味ぐらい教えてくれても」
「知らん方が悪い」
グヌヌ! つまり、この世界の常識ってやつですか!? お陰で印籠持って弱い物虐めするお爺さんの気分になったじゃないですか!
「商業ギルドの執行権を持ってたんですかっ?!」
と、ギルドのお偉いさん二人を除いた皆が驚いた。て事は、知らなかったのは俺だけってことか。
衛兵隊長対策に使うつもりだったけど、そんな凄いカードなら城門で出すのも憚れるなぁ。
どう考えても俺が持つには重すぎるカードにしか思えないけど、ファロス家のポンコツお嬢様と護衛には効果があったし。
アレと似たような事が起きた時に使うことにするかな。
「トラブルホイホイ君に対する商業ギルドの対応の話は後で聞かせてもらおうか。
今は私の対応について話をしよう」
そんなゴキブリ捕獲用のトラップみたいな呼び方しなくて良いじゃん。俺からトラブル起こしたつもりは無い…と言うか、ルケイドの兄貴にビリーの姉貴の二人がやったことだし。
まさか、次はエマさんとかオリビアさんの身内が何かやらかしたりしないよね?
「問題があるとすれば、私が実力を判断出来ずに匙を投げたと思われることと、君のパーティーに入りたいって人が出てこなくなるんじゃないかってことだね」
「前者は全然問題じゃないけど、どうしてパーティーに入りたくなくなるんです?」
「君は相変わらず…だね」
俺の言いようにライエルさんが顔を顰めた。なんか失礼なこと、言ったのかな?
「クレスト兄、実力不明の人に命を預けられるか、ってことだよ。
つまり隠し事してる、と公表して歩いてるようなもんだから。
そりゃ、金貨級ぐらいに上がる人なら奥の手の一つや二つはあると思うけど。そう言うの込みで金貨級って判断なんだよ」
とルケイドが説明してくれた。
でも、だから何?と思う。立場が逆だとして、ランク無しの相手が目の前に居ても俺は気にしないけど。
多分、根底にある冒険者のランクについての考え方の相違がそう思わせているのだろう。
「それなら、ルケイドとオリビアさんは俺とパーティー組むのはイヤか?」
大丈夫とは思うけど、念の為にそう聞いてみると、オリビアさんとルケイドが顔を見合わせ、首を横に振る。
「それを聞くのは狡いと思う」
「そうですわ。イヤとは言えないですよ。
もちろん言うつもりもありませんけど」
「そうだよ。オリビアさんの言う通り。クレスト兄の面倒なんて他の人には見れないよ。やる事なす事滅茶苦茶なんだから」
それは褒めて無いと思うが、気のせいじゃないよね? 面倒見てくれるのなら有難いけど。
「ですが、クレストさんのパーティーメンバーの評価はどうすれば良いのですか?
それにイレギュラーを認めると、他の人にも影響を与えるかも知れません」
とエマさんが受付嬢らしい疑問を呈する。
「エースの力量が突出しているパーティーの評価は難しいね。ウチに所属するパーティーにも幾つかそう言うのはある。
それにクレスト君が衛兵隊長に言った事も一理ある。戦闘能力とそれ以外の能力、それにギルドの信頼度は別物なんだよね。
それを総合的に判断してランクを決めているから難しくなる。だからランクもそれぞれに分けても良いと思うんだよね」
ライエルさんの回答を聞いてエマさんが考えしばらく込むと、
「言われることは分かります。ですがカードシステムの問題があります。
本人確認、現金保管機能を行えるカードは現在の技術では製作不可能ですよ」
確かにな。あのギルドカード、本人確認が出来るから完璧な身分証明書になるし、キャッシュカードにもなっている。紙幣経済ではない社会でこのキャッシュカード機能はかなり便利。
ギルドカード発行機がかなり古くなっているのにいまだ現役で使わざるを得ないのは、新しくその機械を作る技術が現代に伝えられていないためだ。
もし複数のランクを一枚のカードで管理出来るようにするなら、改造か新造が必要になる。
「昔は首から提げるペンダントみたいなタグやったんやけど、今はカードに変わっとるんやな。外道勇者の弟子らが変更したんか?
確かに勇者の作ったもんをそのまま使うの胸糞悪いわな。
パラメータの変更だけなら、ワイでも出来るで。やったろか?
機械作れ言われたら無理やけど」
ここでまさかのラビィがクチを挟んできた。魔道具のシステムエンジニア的な作業が出来るのか? 熊なのに。
「ラビィちゃん、凄いのね!
でも、まだやらないでよ。リミエンだけランクを変えるって言うのは無理よ。他の領の冒険者ギルドにも同意を得ないといけないし。
それにラビィちゃん、全国の冒険者ギルドに行って作業しないといけなくなるのよ。それもなる早で」
旅行ついでにノンビリ作業して回れるのなら、一応ラビィの保護者の俺もウンと言うのだが。急ぎとなると正直面倒だ。
「そうだったね。
実務面で考えると、エマ君の言う通り無理がある。現状維持をするしかない。
クレスト君の『ランク無し』なら実務面でも問題は無いだろうが」
エマさんは納得出来ないのか、どう反論しようかと悩んでいるみたいだ。
「ライエル、とりあえずクレスト君は単独での魔鹿討伐を達成しているから大銀貨級にランクアップ、後日、金貨級昇級試験を実施すれば良い。
丁度良い具合にエンガニの件で監査官も来ていることだし。
『ランク無し』にするのはそれからにしないと、上のランクの奴らは納得せんだろう」
確か、金貨級になるには面倒くさい試験があるってカードを作った時にエマさんから聞いたな。
内容は聞いてないけど、酒場で聞いた話では人によって違うらしい。大銀貨級で足留めされている冒険者が愚痴っていたから間違いない。
「そうだね、それなら色々手間も省けそうだし、そうしよう」
何の手間が省けるのか知らないけど、そう結論付けてライエルさんが手を打った。
「それで魔層から伸びてきたダンジョンなんだけど、ベルを派遣するつもりだ。
それと、ここに居る今回のメンバーにも行ってもらうことは出来るかい?
怖い思いをしたようだし、無理にとは言わないけど」
ライエルさん、悪いけど戦力的にルケイドには厳しいと思うよ。マーメイドの四人も戦力だけで考えると大銀貨級の基準にはまだ届いていないし。
唯一問題なく連れて行けるのはオリビアさんぐらいかな。
と言っても、戦闘があるかどうかは分からないんだけど。
「足手纏いになるかも知れないけど、我が家の問題なので僕は行きたいという思います」
とルケイドが手を挙げる。
「私も当然参加します。どんな敵でも燃やしてみせます」
「戦力ではないけど、ギルド職員の同行は必要です。私も行きます」
ルケイドが行くならオリビアさんも行くと言うと思った。でもエマさんはどうだろう。
ギルド職員の中にも戦える人は居ると思うけど、ポンコツ患部しか居ないのかな?
「私は今回、役に立てていません。セリカの脚を引っ張っただけだし。ですがチャンスを貰えるのなら、行きたいと思います」
とアヤノさんがキリッとした顔で決意を固めたようだ。
「何事も経験です。こんな機会はそうそう貰えないと思うので、私も行きます」
とセリカさん。
未確認のダンジョンに入る為には金貨級以上になっている必要があるのだから、まだ銀貨級のマーメイド達も本来なら入れない。
それを指して機会が貰えたと感じているのだろうけど、無理はしないで欲しい。
「そうなったら、私も行くわよ。クレストさんに武器貰ったんだし、その分は働いて返すわ」
とサーヤさん。
『アメンボウ』は貸しただけで、あげたのではない。勘違いは早くただしてやらないとな。
「クレたんが行くなら私のサポートは必要でしょ。今度もバーンと空を飛ばせてあげるわ」
最後のカーラさんも行く気を見せる。付いてきてくれるのは有難いが、それならタイニーハウスの改築か新造を急がねば。
どうせなら仮設トイレやキッチンも備えたコテージ風にしようかな、と今考えるべき事から少し逸れた事を考える。
「ワイも忘れんとってな。
もう魔界蟲は出てこん思うけど、魔界の魔物とか出て来たらワイの知識は役に立つ、かも知れんし、立たんかも知れん」
熊…お前は確かにジョーカー的な存在だよな。でも前みたいに格好つけて一人で犠牲になろうなんてするんじゃないぞ。
「分かった。それならしっかり準備を整えてからダンジョンにアタックして欲しい。
それが終わったら、木材の買い出しを頼みたいし、貯水池周りの開発を手伝って貰いたい」
「食べ歩きマップもですよ。次のお店を決めてますから行きますよ」
「ウチの対策本部もクレスト待ちなんだが」
おかしい。何故か暫くはノンビリと過ごせる未来が全然見えないのだけど。
一体どこで間違った?