第117話 ラビィ、魔法を語る
そして翌朝。
予定より一日早く早く帰って来た俺に子供達二人がダッシュで飛び付いてきたり、ラビィの奪い合いになったりと予想通りの反応に満足。
子供はこれぐらい素直な方が嬉しいよね。
これが後二年もすれば、思春期に入って態度が変わってくると思うと、保護者として寂しく思うよ。
その後、『疲れが取れるまでは軽めの訓練にしましょうか』と言って、朝の訓練でゲロ吐きそうになるほどブリュナーさんにしごかれたのは、何でだろう?。
俺の腕が鈍ったと思ったのかな?
それとも魔界蟲戦でセリカさんに重傷を負わせたのは、俺が弱いからだと思ってのことか?
遠征中も自己鍛錬は怠らなかった筈なんだけど、ブリュナーさんの基準って、俺が思っているよりかなり厳しいのかな…。
一方のロイはと言うと、持ち前のすばしっこさと軽い身のこなしを更に鍛えつつ、持久力が付いてきたように思える。
回避型の戦士に育てているのか、継戦能力を高めるつもりなのか。
この遠征でいざって時の防御力が必要だと痛感したから、もしロイが冒険者として外に出ると言うのなら、盾も使えるように育ててもらいたいな。
ロイの攻撃の訓練は決まった型の素振りを繰り返すのではなく、一振りごとに違う型で剣を振るような指導がされている。
無意識に決まった型が繰り出せるぐらいの鍛錬を積ませる遣り方もあると想うが、ブリュナーさん曰く、決まった型を体が覚えると敵によって得手不得手が出来てしまう、つまり適応能力の悪化に繋がるんだとか。
どんな状況でもどんな敵を相手にしても、自由自在に戦える体作りを行うと言う目的があるのかも。
キチンと育てばオールラウンダーに、でも下手すれば器用貧乏になる可能性もあると思うが、クチには出すまい。
ロイ本人も常に考えながら俺に斬り掛かってくるようになっているので、まだ今は俺から一本取るのは無理だとしても、きっといつか俺より強くなる日が来るだろう。
若干親バカが入っているかも知れないけど、ロイはやれば出来る子なんだ。
でもね、もしロイに負けそうになった時には大人気なくスライムアイで対応するから、本物の金貨級並の実力を持たないうちは勝たせてやらないぞ、と考えているのは内緒だけどね。
それとオリビアさんが不在の間、家庭教師兼ルーチェの魔法の先生として、オリビアさんの魔法の姉弟子アシェルさんが務めてくれていた。
彼女は昨夜オリビアさんが帰って来たことを知らず、今日も我が家に来てくれていた。
オリビアさんも今日ぐらいは家でのんびりしてれば良いのに、いつもの時間に来てくれた。
オリビアさんの無事をアシェルさんが喜び、二人で子供達の面倒を見ようと提案してきたのだが、オリビアさんは冒険者ギルドに行くからゴメンね、と申し訳なさそうに謝ってた。
習得出来る魔法の数には制限があるこの世界では、自分がどの属性魔法に適正があるかを知るまでは『魔素弾』以外の魔法の訓練は行わないのが基本である。
ルーチェも例に漏れず『魔素弾』による魔力制御の訓練を続けているのだが、この魔法は目に見えにくい地味な魔法の為、少々飽きてきているようだ。
アシェルさんの魔法の指導をリンゴを手にして食べながら眺めていたラビィだが、
「魔法の使い方、間違えとるで」
と突然そう告げた。
子熊だと思っていた生物が突然喋るものだから、アシェルさんがパニックを起こしたのは当然である。
だが、俺はあたふたしているアシェルさんよりラビィの言葉の意味が気になる。
「ラビィ、使い方が違うって、どう言う意味だ?」
「そのまんまの意味やで。
魔法は複数の小さな魔法を繋げて、大きな魔法を作りあげるんや。
別に最初から大きな魔法を覚える訳やあらへんで」
「それ、良く分かるように教えてくれよ」
俺の『大地変形』で効果範囲を指定していたのが『範囲指定』と言う別の魔法だったと気が付いた時から、魔法はプログラムのような作り方になっていると思っていたのだ。
だが、それを知らないオリビアさんとアシェルさんはこの熊何いってんの?と言う顔をしていしている。
「しゃあないなぁ。
そやなぁ…湯を出す魔法を使う条件言うたら、そこの姉ちゃんはどう考えるん?」
熊に指導を受けるとは思わず、あたふたしているアシェルさんだが、ルーチェからキラキラした視線が向けられていることに気が付いて居住まいを正した。
「水を出すには水属性の適正、火を出すには火属性の適正が必要であり、その両方の適正を持つことが条件です。
複数の属性の適正を持つ人はそう多くないので、お湯を出す魔法は基本的には人間には不可能です。
オリビアさんは『水属性』『火属性』の両方を使えるので、お湯を出すことが出来るかも知れませんが、魔法師ギルドでもそんな魔法は知られていないと思われます。
複数の魔法のブレンドは事故も多発していますので、危険な物だと認識されています」
左手のリンゴをクチに入れ、芯の部分まで丸齧り。さすが熊だな、ワイルドだろ。
「属性のうても基礎魔法は使えるで。
属性があったら早覚えるし、効率がええのは確かやけどな。けど、属性はブースト掛けるぐらいに考えといた方がええんやわ。わざわざ自分の限界狭めとるだけや」
そうなんだ。俺、全属性適正持ちだから苦労してないけど。普通は簡単な魔法でも属性が無かったら苦労するんだ…ね?
「そやから属性の有無は気にせんでええ。
如何に効率良く小さくて簡単な魔法を組み上げていくかが大事なんや。
魔法の勇者が、その小さな魔法のことを『要素魔法』言う取った」
ここで魔法の勇者が出くるのか。
飼われていた間に知識が自然と吸収出来たのか、それとも教えられたのか。多分前者だろうな。
「で、幾つかの要素魔法を組み合わせた物を『モジュール』言うてな、色んな魔法に使い回すんのや。
魔法起動、魔力増幅、着火、中断…これらはどの攻撃魔法にも共通して使うやろ。
頭に覚えておくのはこのモジュールなんや。
ま、魔法によって専用モジュールは必要になるけどな。それでも脳内の魔法記憶領域の消費量はぐんと減るで。
…あの外道勇者、記憶領域は外部記憶媒体とリンクさせとったから、なんぼでも魔法が使えたんや」
これを聞くと、魔法の勇者ってプログラマーだったんじゃないかと思う。
それに脳内の魔法記憶領域と外部記憶媒体って、外付けハードディスクみたいな感じだな。
その記憶媒体がどんな物なのかと、リンク方法が分かれば魔法は一気に進化するだろうね。
「で、大きな魔法は『モジュール』を更に何個も組み合わせて作ってくねん。
そうやって出来上がったもんで、気に入ったもんは発動媒体のアクセサリーに登録してコマンド唱えるだけで発動出来るようにしとったなぁ。
はぁ、何度実験台にされたことか…お陰で魔法耐性は付いたんやけど、何回も死にかけたで」
熊が空を見上げ、遠い目をする。そして無意識なのか、リンゴをガブリ。実に絵になる。
「とにかく『要素魔法』を使えるようになることが一番大事なんや。次に効率良う『モジュール』を作ることやな。
やのに、コッチは想像力と魔力のゴリ押しで魔法使おうやて、効率悪いの当たり前やん。
魔法の覚え方も、解き方の分からん暗号を丸覚えするような遣り方やし」
「コンラッドの魔法士ギルドがそのように指導をしているので、これが普通かと」
ラビィの話にオリビアさんが反論する。恐らく魔法の勇者の知識は門外不出か、またはキリアスの機密情報だったのだろう。
「あ…そう言や、腐れ外道は発動媒体と外部記憶媒体を使うには、ワイワイ飛んどるブルータスとペアルックせにゃ使えんとか言うとったわ…コッチや無理やわ!」
「それ、先に言え!」
コンラッドで魔法の革命が起こせると思って期待したじゃねえか。
魔法の勇者の使っていた媒体は恐らWi-Fiのように特定の環境下でクラウドに保存したプログラムにアクセスしていたんだろうから、設備の無いコンラッドでは使えない。
「ラビィは大きな魔法を作ろうと思ったら出来る訳か?」
「そやな…元の姿に戻れたなら出来るやろ。
さすがにこの姿やと、なんもかんも効率悪すぎて無理やわ。困ったなぁ」
熊だけにクマッタ…と言わなかったの褒めてやろう。
基礎魔法の『モジュール』化は納得出来たけど、それを教えるのも大変そうだな。
それに魔法士ギルドなんて物もあるから、ラビィの遣り方を広めるのは下手すればギルドに喧嘩売るようなもんだ。今は大っぴらにしない方が良いだろう。
「魔法はなぁ、奇跡に頼る部分が少のぉなるほど、効率良ぉ使えるようになるんやで。
腐れ勇者は知識で奇跡を補填すんのや、言う取った。
全然知らんことを魔法で実現すんのと、知ったことを実現すんのやと倍半魔力効率違うんやで。
そやからキリアスは技術も知識も進んどんのや。キリアス出のあんちゃんが良ぉ物知っとんのは当然やん」
「そうだったのか。キリアスに居たときの記憶は無いんだけど、そう言うことか」
やったね、キリアスは技術先進国だったんだ。それなら俺がやらかしたことも納得してもらえるだろうね。
「記憶が無いんのは、まぁよぅあることや。
国境付近は出る者逃さずの精神で、トラップ仕掛けとんのや。
余程運が良ぅないと無傷じゃ出られへんやろ。キリアスは外国に内情知られんの嫌っとるし。
言うてもワイが知っとる時から二百年以上も経っとるし。トラップも実際どうなっとるか知らんで」
ヤバイ大国キリアスは今でもヤバイんだよな。百年単位で内戦が続いてんだからね。
「あの国は、敵を殺したらその分だけ死んだ時に天国が近うなる言う宗教でっち上げとったんや。
その名残で今でも戦争続けとんのかも知れんなぁ。
それにあの頃は武器商人と勇者が手を組んでたで。国王も武器商人の言いなりや。
そこに魔族の悪い奴らも介入しとってな。誰がどう頑張っても戦争は終わらんようになっとったんや」
現在のキリアスには勇者が居ない筈なので、武器商人と魔族に好き勝手にされているって可能性が急浮上?
それだとコンラッドが支援しても戦争は終わらないように思えるんだけど。
「そうや、キリアスから他の国に向けて地下トンネル掘っとったわ。計画通り進んどったら、陸上通らんでもこの国に来られるやろな。
それぐらい、あの国はおかしい所やったで。
勇者召喚も時々しよったしなぁ…その為に何人もの兵士の魂がいるとか言うて、戦死した兵士の遺体を集めよったし」
遺体を使う…それは恐らく魔石を取り出すつもりだったんだろう。
「現在はそこまで酷い状況ではないと思われますが。
さすがに二百年以上も内戦が続くと、資源の涸渇や食糧不足も起きますでしょうし」
「ブリュナーはん、そら甘いで。
素材採掘用ダンジョンの生産もしよったんや…それで魔界蟲を…あ、そぅ言うことやな」
ここで魔界蟲の話が出て来るか。部外者のアシェルさんには知られたくないのだが、過去のことを思い出すのに夢中になっているラビィにそんなことは理解出来ないか。
「キリアスから出て来た魔界蟲が、あの山に来ていたと言うことでしょうか」
仕方ないな、とブリュナーさんがラビィを足下に誘導して声を小さくする。
「そら無いやろ。
キリアスの方が魔力濃度が濃い分、魔界蟲には居心地ええねん。わざわざ薄い方に自分から移動せえへん。
やから魔族が運んで来たんやろ。
ダンジョンにアタックすんなら、魔族に気ぃ付けや。ワイが話し付けられるヤツならエエんやけど。
けど、なんでキリアスからわざわざコッチに来たんやろ? 勇者から逃げてきたんかな?」
魔界蟲が居たと言うことは魔族も居ると判断すべきなのか。そうなると、まだ戦闘になると決まった訳ではないが次回の遠征メンバーからは戦力的に劣るメンツを外すべきか?
相手の目的次第では平和裡に解決出来るかも知れないから、交渉出来る相手ならエマさんが居た方が良いかも。
「ちなみに聞くが、魔族って寿命はどれぐらいなんだ?」
「ピンキリ言うやつやな。ざっくりでええなら、引き篭もりの魔族なら四百年ぐらいちゃう?
ダンジョンこもって食っちゃ寝しとるようなヤツは大抵長生きやな。肥満になって心臓や血管に負担掛かりすぎとったら別やけど」
「それなら寿命が尽きていると考えるのはやめた方が良いのか」
ブクブクまん丸の魔族の可能性もあるのか。ちょっと見てみたい気もするが、ダンジョンが山の植物に悪影響を与えているなら引っ越してもらわないといけない。
そうなると戦闘になると思っておいた方が良いだろう。他のメンバーをどうすべきか、非常に悩ましいところだ。