(閑話)期待の星を観察しよう
コンラッド王国の王都から少し離れた場所にある俺の別荘に冒険者ギルドから連絡が文字通り飛んで来た。
超希少蝙蝠のプラチナバット便だ。
夜間しか使えないが、どんな鳥より速く飛ぶこの不思議な生き物を使った通信はライエルが実用化し、俺達青嵐のメンバーだけが運用している公然の秘密扱いのシステムなのだ。
とにかく使いたくても使えない。何故なら鳩などと段違いに捕獲するのも大変であり、捕獲してから育てるのも大変なのだ。
そんな通信網を使って届いたのは、王都周辺の木材類の大量買い付けと、ある冒険者との接触を依頼する内容だった。
木材の件は前々から話を聞いていたので既に手は打ってあった。幾つかのマジックバッグにタップリ詰め込んであるのでそれを運ぶだけで良い。
バッグは俺の代わりにルベスを持たせてリミエンに向かわせよう。
あいつは元々リミエンに行く用事があったから丁度良い。
銀貨級冒険者が金貨級冒険者を討ち取った、なんて報せがあったもんだから、その調査報告の監査を行う予定だったのだ。
青嵐のメンバーの中で現在二人が王宮努めをしていて、ルベスは国王直属の顧問役なんかをやっているらしい。
もう一人の王宮努めはサウザスと言って宮廷魔法士だ。
冒険者パーティー『青嵐』はライエルをリーダーとする五人組だった。
今ではパーティーとしての活動は行っていないが、王都でクラン『青嵐』として若手の育成を中心に行いつつ、国内外で発生する可能性のあるダンジョンの氾濫を防止するためのダンジョンの管理を専門的に行っている。
『魔熊の森』に現れた魔王の対応は騎士団が行うことになっていたが、後詰めとして俺達が配置されていたのは一般的には知られていないことだ。
あの件については魔王も魔王の軍勢も何者かによって既に倒されていたと言う、何とも不思議な結果に終わってしまったが。
それならそれで、余計な人死にを出さずに済んで良かったと胸をなで下ろせば済む話だ。
だが現在進行形の銀貨級冒険者については、勇者の再来の可能性も考えられる。性格は普段は温厚その物だが、琴線に触れる事があれば役人にだろうと噛み付くような人物であるらしい。
人生経験は足りていないが知識は豊富でジョウシキ足らず。となると、やはり召喚されたと考えるのが普通なのだが、幻の旧キリアス貨幣を大量に所有するなど意味不明だ。
この百年程、キリアスも勇者召喚と言うふざけた真似はしていなかった。召喚に使用するための設備は破壊し、資料も全て焼き払った筈である。
キリアス国内に召喚施設は複数箇所あったので、撃ち漏らした可能性は捨てきれないが。
ライエルもレイドルもリミエン伯爵もその仮定勇者に注目し、自陣営への取り込みに躍起になっている。
冒険者になったことでライエルが一歩リードしたかと思えば、リミエンに自宅を構え、商業ギルドとの関係を構築。
美人局的作戦で派遣した美少女メイドと家庭教師には手を出していないが、冒険者ギルドの受付嬢とは懇意にしており、家庭教師はパーティーメンバーとなったらしい。
女性四人組のパーティー『紅のマーメイド』とも仲が良く、女性が嫌いと言う訳では無いようだ。
良い具合にカンファー家所有地の調査を申し出ており、その家庭教師と受付嬢とマーメイドを同行させることになった。
さすがにこれだけの女性に囲まれれば、いくら奥手の堅物でも墜とせないとしても心は揺らぐだろう。
結婚してもらい、妻や子供達の為にその知識をどんどん出させようと企むのはリミエン伯爵であり、ライエル、レイドルもそれには同調している。
市民権についてはかなり否定的な意見を持っており、第四級市民権を購入可能な資金を有するにも関わらず購入していない。
結婚の為には市民権が必要と言われているが、伯爵が今後どう動くのか見物だな。
指定されたのは彼らが調査に入って一週間後だ。
カンファー家所有地はかなり広い為に、居場所を探すのは困難だと思われたのだが、そんなことは全然無かった。
山へと繋がる一本道は綺麗に整地され、麓から見える山の斜面は完全に禿げ山と化していた。
そんな景色を目にすれば、
「なんじゃコレは!」
と呻ってしまうも当然だろう。
そして居場所を知らせるかのように立ち上る煙を目指して進めば、すぐに彼らの元へと辿り着けた。
噂通りの濃紺の髪と瞳、彼がクレスト君だな。他にはカンファー家のルケイド君、家庭教師兼パーティーメンバーのオリビアさん、仲の良い受付嬢のエマさん、そして…子熊…何故に?
いつも予想外の事をしでかすとは聞いていたが、今回もか。何も俺が行く時にもそんな変な真似はしなくても良いのに、と内心で思いつつ、
「やあ、君がクレスト君だね」
と声を掛ける。
そして自己紹介を済ませると、
「ワイはええんか?」
とクレスト君の脚に戯れていた子熊が喋ったのだ。
母熊からはぐれた子供を保護していたのかと思っていたのだが、まさか魔族だったとは。
子熊の姿の魔族は抱き上げても頭を撫でても嫌がる素振りを見せない。
人には友好的な魔族のようだ。気になる性別は男のようだ。淫魔系統の魔族ではないことにホッとする。
まあ、熊の姿を見れば分かることだがね。恐らく獣人系統の魔族、それもかなり戦闘能力に長けた系統だと思われる。
ラビィと名乗った魔族のお腹を撫でながら、キャンプを探すが何処にも見当たらない。彼らは何処をベースにしているのだ?
ここに来るまでに円形の平坦な場所が幾つかあったので道路を整備した方法で作った物だと思われるが。
「中間報告を聞こうと思うのだけど、キャンプは何処に?」
と聞くとクレスト君が地面に手を付け、短く詠唱すると十も数えないうちに平らな円形の野営地へと早変わりだ。
「これがあの『大地変形』か」
ライエルの報告に、貯水池の脇に建設する各種施設の基礎工事をこの魔法で行ったとあったのだが、まさかこんなに短時間で出来てしまうとは思わなかった。
地属性魔法の適正者五人が半日掛かりでやるような作業なのだが。
ライエルは「本人は褒められるの嫌いだから褒めないように」とも言っているが、驚くのが精一杯で褒めるどころではない。
収納系スキルの『格納庫』から、簡易トイレや馬房などの大物からテーブルや椅子など小物を次々と出して野営地が完成した。
後はテントを張るだけだが、それは俺が帰ってからやるのだろう。
エマさんが昨日までの経過を丁寧に纏めているので報告はスムーズだったが、成果は出ていない。
それが今日、魔族のラビィを発見したことで魔界蟲と言う魔物と魔砂土の存在を知ることになったのだ。
拾った縫いぐるみを狼煙の足しにするために燃やそうとしたら、実は魔法の勇者によって封印された魔族だった…何とも間抜けな話であるが、その話を聞いてラビィがクレスト君に殺されそうになったのと怒っていたが。
怒るラビィを宥め、魔界蟲を誘き出す提案をしてみる。恐らく魔力を感知して行動するタイプの魔物なので、その魔砂土の層に魔力を流せばやって来るだろう。
人間の魔力じゃ餌にするには足りないとごねるクレスト君だが、君の魔力は異常だからね。少しは自覚して欲しいものだ。
「クレスト君の魔力なら喜んで飛び出してくると思う」
そう言われて渋々と魔力を流し始め、上手く魔界蟲を釣ることに成功した。
地面から飛び出したのは細長いドリルみたいだったが、宙で魔力を爆発させると銀色の巨体を現したのだ。
クレスト君が正面に立ち、俺は暴れる尻尾を斬る役に回った。
愛剣『マクシミリアンハスキー』で斬り付けるが、硬い表皮とその奥の弾力性のある肉は剣の威力を吸収する。コレはクレスト君の実力を測るのに丁度良い。討伐するには金貨級以上になれる戦力が必要だろう。
色以外の外観はヒュージワームとほぼ同じ。だが、厄介な再生能力と防御力を持つ。絶対的な重量差はそれだけで十分な武器になる。
蛇が鎌首を持ち上げて噛み付くような攻撃をクレスト君は鉄の棒のような物で受け止めた。
この場には非戦闘員のエマさんが居る。そちらに行かせないように足留めするつもりなのだろう。
だが立て続けに繰り出される鎌首の攻撃に防戦一方だ。いや、アレを何度も受け止められることからして既に異常としか言えないのだが。
このままチンタラと遊んでいても仕方ない。
「うなれ『狼爪』!」
『マクシミリアンハスキー』の固有技を発動し、魔界蟲の尻尾を両断する。
一時的に飛躍的に攻撃力を増し、更に三本に分身した刀身での一撃必殺の大技である。
体への負担が大きく多用は出来ないのが欠点だが、狙い通り三筋の光は魔界蟲の輪切りを作ることに成功した。
だが、それは致命なミスであった。
抉られた地面にゴロゴロ転がる石を暴れる胴体が周囲に弾き飛ばしたのだ。
その先にはエマさんとオリビアさんが立ち尽くし、命中寸前でエマさんが「ドンドン!」と叫んだのだ。
咄嗟に叫ぶにしてはおかしな言葉だと瞬間的に思ったのだが、信じられないことに彼女の前に四角の穴が明くと飛んで来た石礫を飲み込んだのだ。
私のミスで彼女達に重傷を負わせるところだったが、エマさんのお陰でそれは回避された。
早めにケリを付けなければならないと感じたのは俺だけで無かったようだ。
「決めたぜ『対空竹槍』!」
と叫ぶとともに、緑色の棒を魔界蟲の口を狙ってクレスト君が投げ付けた。剣も拳も届かないので投擲武器を選んだらしい。
その棒を丸呑みにしようと大きく口を開いた魔界蟲は勢いのまま真っ直ぐクレスト君に襲いかかる。ダメージは受けているように見えるが、それより捕食を優先したらしい。
目の前のクレスト君は、魔界蟲にとっては都合が良い具合に投擲後の隙を見せている。
コレはまずいか?と思った直後、
『業火』
とオリビアさんの声が響き、魔界蟲の頭が火の玉の直撃を受けて爆発した。
大きく開かれた口は彼女にとっては絶好のターゲットになったようだ。
『業火』を発動するにはそれなりに長い詠唱が必要だ。恐らくこの一撃の為に用意していたのだろう。
いつ訪れるか分からないチャンスを、彼女はじっと待っていたと言うことか。だから彼女を守るようにエマさんが立っていたのか。
ルケイド君も時折厭がらせ程度に石の弾を放っていたが、戦力的には役に立つ訳も無い。
だがそれも魔界蟲にとってはとるに足らない存在だと認識させ、攻撃対象をクレスト君に固定させるには役に立っていただろう。
ここが決め時とばかりに、
「歯ぁ食いしばれっ!」
と叫んだクレスト君は左右の拳を魔界蟲に叩き込む。
巨体を誇る魔界蟲に何してるんだ?と突っ込みたくなるのを抑え、動きの止まった胴体に二度目の『狼爪』で更に胴体を短くすると、オリビアさんが自身の最大級攻撃魔法だと話す『煉獄の焔』で魔界蟲の全身を焔に包んだ。
強固な外皮を持つ魔界蟲と言えど、胴体の前後を大きく損傷しているのだ。
地獄の焔とも呼ばれるこの高熱の焔に包まれては、再生能力を発揮することも出来ないだろう。
暫く燃え続けた焔が下火になり、魔界蟲の体がドサリと音を立てて地面に倒れる。
「おかしいな。彼女のレベルではこんなに威力は出せないと思うのだが」
と小声で呟く。
「魔界蟲に殴り掛かる人やて…初めて見たわ」
と魔族のラビィでさえクレスト君の凶行?強行?狂行に呆れているが、それは全く同感だな。
思うところはあるが、取り敢えず怪我人も出さずに魔界蟲の討伐に成功だ。
残念ながら、得られる素材は牙しかないそうなので彼らに収穫は無いのだが、それでも嬉しそうにエマさんは飛び跳ねている。楽しそうで何よりだ。
それにしてもクレスト君の度胸には恐れ入る。あんなに大きな口の前に立って餌になり、打ち合わせ無しにオリビアさんの魔法に賭けるのだから。
今回は上手くいったが、見てる方からすると心臓に悪いのであんな戦い方はやめてもらいたいものだ。
珍しい魔界の魔物なのでライエルの報告用に魔界蟲の切れ端の一つを貰って行くが、残りの遺体はクレスト君が回収している。一体こんな物を何に使うつもりなのだ?
さすがに彼でも食べる気にはならないと願いたい…。