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第114話 帰還、そして我が家へ

 三匹目の魔界蟲をラビィが命を張って倒してくれた。

 ラビィもその戦いで命を落としたと思われたが、奇跡が起きたのか無事に生還を果たしたのだ。

 オリビアさんもラビィのことを見直して関係も良くなったし、結果オーライってやつだ。


 魔砂土の層からダンジョンの入口が生えてきた…と言えばよいのか。地下に広がるダンジョンへの入口も見つかり、これで一度目の調査は大成功と言って良いだろう。


 もう魔界蟲の襲撃は無いと思うが、何が起きるか想像も付かないのだから、戦闘跡を離れてそのまま帰路に付くことにした。

 セリカさんの腕も異常は無さそうだが、後遺症が残る可能性もあるので暫くは様子見になるだろう。

 ルシエンさんがセリカさんを新装備のモニターに指名していなければ、彼女は確実に死んでいただろう。


 魔界にしか棲息していないと言う魔界蟲と遭遇したのは不運であるが、俺の指示が悪かった為に彼女に重傷を負わせたことに間違いない。これが切っ掛けで冒険者を辞めると言い出さなければ良いのだが。

 冒険者の中には、重傷を負ってから戦闘に恐怖を感じる人も少なくないと聞くから心配だ。


 最初から出し惜しみせず、アイテムボックスの骸骨さんコレクションを使っていれば良かったとか、もっと攻撃魔法を使えるようになっておけば良かったとか、今更ながら後悔する。


 単独行動なら誰にも気を遣わずに行動出来るから、『業火(ヘルファイヤ)』なんて目じゃない魔法をぶっ放せるんだけど。多少地形が変わっても後から直せば済むし。


「やっぱり俺のミスだよな」

「今回のはどう考えてもクレスト兄のせいじゃないよ。

 それに僕だって戦闘じゃ役に立ってないんだし。勝てただけでも凄いよ」


 ゲームの中でよく見るサンドウォームなどには、ピカイチの防御力と攻撃力、それに再生能力まで持つようなスペックは与えられないだろう。そんなのは中ボス的なキャラに限定されるし、報酬だってそれなりの物が用意されている筈だ。


 幾つかのプライスレスな報酬はあったかも知れないが、コッチは冒険者やってんだから現金収入になる報酬が必要だ。

 それなのに幾つか武器はダメになるし、セリカさんの鎧も作り変えなきゃならない。完全に赤字以外の何ものでも無い。


「あのさ、『アメンボウ』はサーヤさんにあげるの?」

「あ、渡したままにしてたな。

 悪用されないならあげても…目立つからマジックバッグに入れておかなきゃマズいよな」

「マジックバッグをホイホイ持たせるのも良くないんだけど…分かってないなぁ」


 俺の知り合いにはマジックバッグを持っている人が多いので、普通に流通しているような錯覚を受けるのだが、マジックバッグは超高級品である。普通にそこらのお店で購入出来る物ではない。

 そんな物を作れるようになったのだが、それは言わない方が良いだろう。


 それは置いといて、『アメンボウ』の扱いだな。

 『虹のマーメイド』と今後も行動することになるなら、彼女達の戦力アップは俺にとってもウェルカムな話だ。

 だけど、四人パーティーの中の一人だけに武器を渡すのは良くないだろうな。


 エマさんみたいに、事あるごとに『クレストさんのボウから発射』とか言われるのは絶対に避けねばならない。


 他に渡せる武器ねぇ…前衛二人向きだと…


 金色に輝く高級棍棒『ゴールデンバット』。これで殴られた部分には金箔が付くらしい。都市金脈の代わりになりそうだが、金の価値が暴落するかもな。


 『コンパクトウ』…小さく仕舞えて持ち運びに便利な刀。そのまんまやん。


 『ゴバンアイアンロッド』…『それなりに飛ぶ。これで人を殴っては行けません』と説明文が…知らんがな!


 確かにこう言う使えない武器なら、ラビィが言ったようにアイテムボックスから宙に浮かせて新しい武器に生まれ変わらせるって選択肢もあるな。

 問題はどこのダンジョンにそれが出現するか、だけどな。


 あれ…『気高き女戦士の鎧(ブリュンヒルド)』だと?

 今までアイテムボックスに女性用の防具のコーナーなんて無かった筈だ。アクセス可能な領域が増えたのかな? 


 けど、これも魔力に応じて防御力が変わるパターンか。魔力の少ない人が戦士職を務めるんだから使い勝手悪いよな。今のセリカさんの鎧よりは期待できそうだけど。


 でも今コレを見られるようになったってことは、骸骨さんはセリカさんにコレを渡せと言いたいのか?


 じゃあアヤノさんとカーラさんにも何か出してよ。それにオリビアさんのも。じゃないと俺、相当三人から恨まれちゃうよ。


 …。


 ちぇっ、反応無しかよ。他の人達は骸骨さんの眼鏡にかなう活躍をしてないって言いたいのか?


 それなら俺の魔道具作製スキル、使ってみるかな…欲張り過ぎ、と言うか甘やかし過ぎ?

 魔道具作製も錬金術と同じで、一度手を出すと絶対沼に嵌まるやつだよ。

 けど、知ってる人を護りたいって言う理由で使うのは悪いことじゃないよね。

 暫くは保留にしとくけど、いつかは真剣に考えないといけないかもな。


 馬には悪いが、今日は休憩を少な目にして頑張ってもらい、夜中にリミエンに帰還した。

 俺達の乗っているギルドの紋章を刻んだ馬車は、衛兵にも煩くチェックされることなくギルドカードの提示だけで通してくれる。

 こんなことしてるから、悪どいことやってる人を素通りさせたり、特権意識が芽生えたりするんだよ。

 利益を受ける側にしてみれば確かに有難いってのは良く分かるけど。


 馬車は町の中を通ってそのままギルドまで進み、本館裏の駐車スペースに停車した。そこで住み込みの管理人さんに後を任せるそうだ。


 玄関に回り、ほぼ二週間ぶりに入る冒険者ギルドだ。

 受付カウンターの混む時間帯はとっくに過ぎているようで、酒場の方が大盛況だ。

 受付嬢はローテーションが組まれているので、誰がいつ座るのかは分からない。今夜はたまに顔を見るけど、名前は知らない…あ、名前はアウラさんか。アウラさんの胸にギルドカードの入ったカードホルダーが付いていたのだ。


 いや、よく見るとギルドカードではなく名札みたいだ。決して何カップかと想像しながらジロジロ見ていた訳ではない。


 時計を見ると夜の十一時過ぎ(八時半頃)

 幾ら仕事好きのライエルさんでも、朝早くからこの時間まで執務室にこもっている筈ないよね、と思っていたんだけど。

 いつもの如く開けっ放しのドアから俺達の声が聞こえたようで、すぐに出て来てくれた。


「お帰りなさい。予定より早かったね。良い報告があると思って良いのかな?

 急ぎでなければ、今日は休んで明日報告を聞くよ。あぁ、レイドルも一緒に聞かせた方が良いからそうしよう」


 久し振りにその名前を聞いたわ。そんな人、すっかり忘れてたよ。


「そうだな、明日の朝十四時(十時半)に二階の応接室に集まってくれ。でも体調の悪い人は無理しなくて良いよ。エマ君は大丈夫かな?」

「はい! 問題ありません」


 疲れていると思うが、エマさんが元気な声でそう答えるのを聞いてライエルさんがにっこりと笑う。


「今夜は夕食ぐらいご馳走するよ。ギルド飯だけど」


 お腹が空いているので、食べられるなら何でも良い。

 安いがボリュームたっぷりの温かい食事に懐かしさを感じる。王都に行ったビリーは元気にやってるかな?


 喋る小熊の存在に酒場が一時騒然となったが、本人が食べてすぐ眠ってしまったので帰り際に女性冒険者が撫でて行くぐらいの騒ぎに落ち着いた。


 マーメイドの四人の今夜の宿を心配したのだが、一軒の借家を共同で借りていて、遠征中は管理人さんに留守を預かってもらっているそうだ。


 食後はここで解散となったが、ギルドの寮経由で皆一緒に帰ることになった。

 マーメイドの四人の借家も寮から遠くないらしい。


 皆と別れて我が家に到着する。腕の中にはラビィが居る。カーラさんに懐いているのだが、借家はペット禁止なのだから仕方ない。

 戦斧を振り回すような男がペット扱いでよいのか?と疑問を感じるが、本人が気にしていないようなので俺も敢えて気にしない。


 他にも下半身丸出しでよいのか?など、もっと気になることがあるだろ。そこは『魔族は裸族なのだ』と無理矢理納得しておくのが吉なのだ。


 ドアノッカーを叩くとすぐにブリュナーさんが出迎えてくれた。こんな時間に訪問する奴をシエルさんに対応させるのはマズい、と言う判断だろう。


「ただいま。予定より一日早く帰って来たよ」

「親方様、お帰りなさいませ。お変わりの無いようで安心しました。

 そちらの子熊がラビィですね。連絡があったので用意してあります」


 ベルさんの中間報告を聞いて用意してくれてたのか。助かるよ。

 で、まさか庭に『ラビィの小屋』と書いた犬小屋を置いたんじゃないよね?


「あんちゃんが言うとったブリュナーはんやな? 世話になるで」

と帰りの道中はウトウトしていたが、話し声に反応したのか目を覚ましたラビィが挨拶する。


「はい、初めまして、ラビィ殿。

 ここを我が家のように思ってください」

「ワイら魔族はこなん大きな家には住まんのや。適当に穴掘って草敷いて寝取るんでな」


 それは『魔族』ではなく、ラビィのような『ク魔族』の話だと思うのだが。それか究極のミニマリストのような生活スタイルなのかも。

 そんな生活をしてると、確かに人の食べ物の味を覚えて人里に降りてくるのも納得だな。


「クレスト様、お帰りなさいませ!」

 二階の自室で寛いでいたような姿のシエルさんも降りて来る。


 十二時半過ぎ(九時半前)の時間だと、照明の節約の為に寝ている家庭も少なくない。テレビもラジオもインターネットも存在しないのだから、夜中にすることなんて特に無い。

 仕事以外で起きているのは飲食店や風俗店の客か、ギルドに用のある者ぐらいじゃないだろうか。

 だからロイとルーチェは既に夢の中に旅だっているので俺の帰宅に気付かないだろう。


「幾つか報告が御座いますが、まずはお風呂などはいかがでしょうか?」

「完成したのっ! 勿論入るよ!」

「では支度しましょう。

 試作品のボディソープ、シャンプー、リンスも届いておりますので」


 それは良いね! その報告だけでも疲れが一気に吹き飛びそうだ。シエルさんが支度をしてくれる間に、ブリュナーさんに井戸の隣に設置されたボイラーの話を聞く。


 ガチャポンプで汲み上げた水は一旦タンクにストックしておく。そこからボイラー上部にある吸水口に入れる作業が手間だと言われた。

 高さ二メートル弱あるので、釣瓶は付いているけど一人でやるのは大変だ。


 でもブリュナーさんの腕力だと朝飯前に見えるのだが。鼻歌混じりにやってるし、本当に手間だと思ってる?


 でもブリュナーさんが居ない時もあるかも知れないな。

 それならもう一つガチャポンプを設置すれば解決するが、その程度の揚程ならもっとシンプルな手動式ポンプが世の中には存在しているのだ。


 子供達の落書き用鉄板に、ほぼ塩ビパイプだけで作る手動式ポンプの構造をさっと書き、ラフト親方に作ってもらうようブリュナーさんに頼んでおく。

 その間、ラビィは我が家を興味深そうに彼方此方(あちらこちら)を嗅ぎ回っていた。マーキングするんじゃないぞ。


 ラビィ用の寝床はリビングの隅に出入り口を作り、隣の物置の一部を専用の部屋に改築してあった。おトイレが不安だったが、教えたら洋式便座に座って用をたす猫のようになったと言っておこう。


 改築の話で言えば、他にも一階から三階まで一部屋ずつ増築されていて、一階にブリュナーさん、二階にシエルさんが入っている。

 それなら、もしオリビアさんがウチに泊めると言っても対応可能だ。


 浴室は洗面台、頭を洗う台、洗濯場、更衣室、浴室を何処かのモデルルームのように纏めてあった。恐らく住宅機器のデザイナーの中に転生者が居るのだろう。現代人が見て何も不満無く快適に過ごせるように作られているのだから。


 浴室も当然ながらリフォーム番組で見るような綺麗で使いやすい物になっている。シャワーとカランには捻るタイプの蛇口、壁には換気扇の魔道具まで付いている。


 更衣室に着替えとタオルを持って行入ると、シエルさんが一緒に入って来る。服が脱げないんだけど…。


「どうしたの?」

「お背中を流ししようと思いまして」


 少し赤くなりながら答えるシエルさんに、可愛いなぁと呑気に思いながら、

「自分で出来るから大丈夫」

と追い返す。


 俺の入浴シーンは全カットして、風呂から出た後にブリュナーさんから重要な報告を受ける。

 シエルさんには自室に戻ってもらった。


「報告事項は幾つかありますが、まずは当家の関連から。

 改築費用は大銀貨二千三百枚となりました。床を一段上げて土足禁止にした工事が親方の想定外だったようで。ドアも付け替えましたからね。

 モデルルームとしての見学予約が既に入っています。リミエンでは最高の設備を採用した家となりましたから当然でしょう」

「リミエンで最高か…やり過ぎたかな?」

「中途半端でやめると後悔しますよ」

「それもそうだね」


 とは言ったものの、一介の冒険者の家がリミエンで最高? そんな筈ないから、多分盛って話したんだろうね。


「次にリミエン商会が正式に発足しました。

 現在役員三名、事務員兼務の小さな商会です。皆それぞれの分野で腕が立つ者を選んでおります」


 三名か。それ程大きな規模の取引がある訳でも無いし、赤字にならない程度に儲けてもらうには人は少ない方が良いかもね。


◇(資料)リミエン商会について を参照。


「塩の製造業者との折衝も済み、新しい製法を実施してもらえる運びとなっております」

「それならボイラーに給水するポンプを後何セットか作って配布してあげて。海から海水を汲み上げる所と、枝条架の所に必要だから」


 まず、やってもらうのは流下式枝条架式塩田によるかん水作りだ。

 この方法でかん水を作れば、海水を直接煮詰めて塩を作るのに比べて消費する薪の量を大幅に削減出来るのだから、製塩所が飛び付かない訳がないと思ってたよ。


 出来たかん水を煮詰めて出来た塩の味は実際に試してみないと分からない。

 食用に適さないなら、枝条架に付いた塩だけ集めると言う荒業もある。


 そのかん水も、フィルターで濾過してやればかなり変わるのだが、フィルターを研究するのが面倒だ。

 紙作りの過程で偶然生まれる可能性もあるかが、せっかくだから魔物か植物の素材をそのまま使いたい。


「油についてですが、開墾の支援により菜種、向日葵を増産して貰う運びとなりました。

 製油施設も村に設置します。

 油粕の肥料を試してもらう農家を募りました。退役軍人と冒険者が数名、移住して開墾から製油まで行うことが決まっています。


 後、開墾についてですが、高濃度アルコール生産の為に大々的に実施すると御領主様が発布されました。専用工場も建設が始まったと聞いております」


 予想外の進捗具合に領主様のやる気を感じるが、急ぎ過ぎて大きな失敗をしないかだけが心配だな。

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