第113話 オーエドバクフ
『紅のマーメイド』の四人と協力して魔界蟲を撃破し、休憩しようとしたのも束の間のこと。
三匹目の魔界蟲が現れた。一度はエマさんが捕獲したが、魔界蟲は自力で『タンスにドンドン』から脱出したのだ。
既に戦う力の残っていない俺達を救おうと立ち上がったのは、自称魔族のラビィだった。
「ラビィ、お前にはまだ聞きたいことがある。だから死ぬなよ」
とクレストがワイに声を掛ける。
あのあんちゃんには、ワイが命を張って戦うことが分かっとるんや。誤魔化せへんかったか。まだまだ演技の修行がたりてないなぁ。
「死んでも教えんで」
と精一杯の強がりで応える。
正直、一人で魔界蟲の前に立つと四本の脚が震えるんや。でもこんな怪しいワイを仲間として受け入れてくれた、このあんちゃんを死なせたくはないんや。
「任せた」
最後にそう呟くように言うと、ワイの背中をポンと叩いてあんちゃんが去って行く。
頼られるなんて何年ぶりやろ…自然と笑みが溢れる。脚の震えも収まったしな。
「任されたで…お人好しのあんちゃん…」
弓のねえちゃんの攻撃は魔界蟲の視界を一時的に奪っていたのか、何度も攻撃してきたけど微妙にワイには当たらへん。
銀色の装甲部分には大したダメージは無かったみたいやけど、目のある所はそうはいかんかったってことやな。ホンマに色々オモロイ武器を持っとんな。
「さてと…魔力は十分やな…あのあんちゃん、ホンマに人間超えとるわ…頭おかしいて」
体中を巡る魔力があり得へんぐらいの濃度に達しとる。ワイの全盛期なんか屁でもないやん。
「こんな魔力持っとんなら、あんちゃん魔界の王にもなれるやろ」
そうと呟いて元の魔族の姿を思い浮かべる。
グレーの体毛が元の赤黒い毛皮に変わっていき、全身から力が漲ってくる。
「来たで来たで! 変身やっ!」
ワイの気合いと共に赤い閃光が破裂した。
ここは『完全復活、おめでとう』言うてお祝いするとこやのに、この魔界蟲は噛み付いてきよる。不粋なやっちゃ。
大きく開けた口がワイの体に命中する直前、両腕を前に出して頭を掴む。思た通りの突進力やな。こんなの片腕で受け止めよったあんちゃんはやっぱり化け物やな。
そやけどワイも魔界ではバケもん呼ばれてたんや。
魔界蟲の頭が手から逃れようと暴れ出す。
「逃がす訳無いやろ! 『脚断刀』!」
魔力を込めて思いっ切り振り上げた脛が銀色の刀となり、下から頸を斬り付けた。
メキッと音を立ててひしゃげた頸から緑色の体液が飛び散り辺りを汚す。蹴りの衝撃でウッカリ手を離してもうたけど、これならええダメージ入ったやろ。
ホンマは今ので頸一本落とすつもりやったけどな。
ワイの攻撃を恐れてか、それとも体力の回復に専念するつもりか、僅かに後退する魔界蟲。
仕切り直しの前に、ワイも自分を確認しとくわ。
騎士の被るヘルメットはオーケーやな、胸部を護る金属製の鎧もちゃんと身に付けとる。
両の腕のガントレットには格好えぇトゲ付きや。
「久し振りの出番やで!
出てこい、『王衛怒瀑斧』!」
召喚したのはワイの相棒、最強の戦斧と呼ばれた逸品や。魔界で一番大きい巨大な刃を持つワイ特製のロマン兵器やな。
欠点はコイツで技を使うたびに少しずつ魔力を喰われることやけど、破壊力はそこら辺のの剣には負けん。
「さっきからお前ばっかり攻撃しとったやろ、不公平ちゃうか?」
と冗談ぽく語ると、一気に距離を詰めて魔界蟲の手前でグルリと体を回転させる。
「『旋斧鬼』!」
魔界蟲はヤバイ思たんか、尻尾を盾に使って身を守った。そやけど『旋斧鬼』の一撃はその尻尾を一撃で切断し、二撃目で胴体にも切り込みを入れた。
魔界蟲は苦痛を訴えるように身悶えする。
「痛いやろ? あたりまえや。殺す気で振っとんやからな。
けど、今ので倒せんとは思わんかったけどな。思たより手強いなぁ」
こらぁ、魔力残量を計算しながら戦わんとな。再生能力を持つ敵を倒すには、再生する前に倒しきるのが一番や。全魔力使うてでも連続技で仕留めたる。
減った魔力は回復しとかなあかんか。
「けどな、任された以上は熊騎士ラビィ、命を掛けてお前は倒したる!」
ここからは気合い入れ直してやらんとな。魔力消費を抑えて戦うのは性に合わん。それなら魔力吸い取りながらやるんがええな。
あんちゃんが訓練でやっとった、左左右からの左バックハンドブローを魔界蟲の胴に叩き込む。流石に攻殻は破壊出来んけど、衝撃は十分内部に伝わっとる筈や。
けど多用は出来んな、手が痛いんやわ。その分、魔力は吸えたけどな。
「行っくで!
剛斧瑠!
鋼耶闘斧!
アンド剛箭張斧屡!」
王衛怒瀑斧を使った二連撃、そこから必殺の乱れ斬りやで。大抵の敵はこれで死ぬんや。
大きく縦と斜めに切り裂かれた胴体から大量の液体を噴出しとる。
これなら行けたか?
液体の噴出は次第に収まり、ゆっくりと塞ぎ始めたのだ。
イヤ…しぶといやっちゃ、まだ生きとるどころか再生しよる…そんなアホな…
しかも銀色の体が今まで見せたことの無い光を纏い始めたんや。
「ちょい待ちや!
それ撃つのはアカンで! 安忍逃斧!」
魔界全土に魔界蟲の名を広めたのは、今から放とうとしている技の恐ろしさのせいや。光に見えたのは光やのうて、全部が針なんや!
ミミズみたいな癖して瞬間的に毛虫になるんや! この技で何人仲間を殺られたことか。
「…グソッ!」
ピカッと光が爆発を起こし、殆ど時差無しでワイの体を無数の光の針が貫いた。
心臓周辺は辛うじて王衛怒瀑斧で防いだもんの、手脚は一撃でボロボロにされてもうた。
これじゃ王衛怒瀑斧を持てん言うより、動くことも出来へん。
ワイのミスリルアーマーを貫通するやて、魔力の薄いコッチになんでこんなことの出来る奴が居るねん?!
こんな攻撃出来るの、何百年も生きた魔界蟲だけやんか。
「あんちゃん、済まん…約束、守れへん」
あの光の針はアイツの奥の手や。あれを使た魔界蟲が次にするのは、消耗した魔力の補充…ワイを喰うことや。
手脚が動かせんワイにグワっと大きく開いた魔界蟲のクチが土を抉りながら噛み付いた。
「グッ!」
両脚を一口で切断された…
「ゥワァーっ!」
二口目で腰の辺りまで食い千切られ…生気が一気に抜けて行く。
痛いかやて? そんなん分からんわ…
そして大きく開いた三口目がワイの上から覆い隠被さり、残った体を全部丸呑みされてもうた。魔界蟲ゆうても、流石にこの鎧を噛み砕く気は無かったんやな…助かったで。
そやけど…暗いし…寒いし…これ、死ぬ寸前言うやつか…けどなっ!
一人では死なんでっ!
死んでもお前は道連れや!
お別れや、王衛怒瀑斧! 『汰静報棺』
ホンマにこれが最後の力や…短い間やったけど、楽しかったで…自分の体を魔力に変換して、周囲に魔力恐慌を強制的に起こさせる自爆技や…上手い具合に喰われて良か…さいなら…。
◇
ラビィの居た辺りから赤い閃光が破裂したのが俺の目に届いた。恐らくあれで元の姿に戻ったのだろう。
山道を下っているので、ここからはラビィ達の様子を窺い知ることは不可能だ。
歯を食いしばり、ラビィの勇気を無駄にしない為にもこの場から少しでも遠ざからなけばならない。
「ラビィ…」
仲間達は何も話すことなく足を進める。戦闘の音が時折響く。それが聞こえているなら、まだラビィは生きている。
そして突然背後から轟音が炸裂し、ラビィの悲鳴が響いた。
「ラビィ!」
振り返って戦場の方を見上げるが、それきり音は聞こえなくなった。
「終わった…の?」
誰からともなくそんな声が聞こえた。
そのまま立ち止まること数秒間、
「クレストさん…戻ろ」
とエマさんがポツリと漏らす。
「そうだな」
仲間達もそれに頷き、下りてきた道を戻る。
戦場跡に残されていたのは、夥しい血の跡、ひび割れたドリルのような物、そしてカーラさんがラビィに付けたリボンだけだった。
地面は激闘を示すように何ヵ所かに魔界蟲の歯が抉った跡や爆発したような跡がある。
それだけでラビィが口だけの男では無かったことが窺い知れる。
「嘘…ラビィちゃん」
リボンを拾い、涙を流すのは一番彼を可愛がっていたカーラさんだ。
「何がゴブリンゴブリンよ…」
俺が仲間を失った悲しさを味わうのはこれが初めてだ。冒険者をやっていれば、こんな目に遭うのは分かり切っているが、覚悟がまだ足りていなかったらしい。
茫然自失、立っていることが出来ずに膝を付く。
「エロ熊なんて言ってごめんなさい」
初日に胸をタッチされて怒ったオリビアさんも涙を流す。
抉れた地面に転がる石が音を立てる。
「何か居る?」
「…違う、これは…地震!」
小さく地面が横揺れしたかと思うと、その揺れは次第に大きくなっていき、一人だけ立っていたルケイドもしゃがみこんだ。
地震の経験が殆ど無いこの世界の人達は悲鳴をあげ、俺も震度七クラスだと思う地震を体験するのは初めてだった。
その地震の影響で『星砕き』が作り、俺が補修した地割れが再び口を開いた。誇張はされているが、大地を割ると言う説明文は嘘では無いらしい。
「ビックリしたわー!」
抉れた地面の中からそんな声が聞こえた。
皆がそちらに注目していると、土を掻き分けて泥塗れになった小熊の姿のラビィが出てきたのだ。
「ラビィ!」
「えっ! あんちゃん達も死んだんかっ?!」
「勝手に殺すな!」
どうやらラビィは本気で死んだ気になっているようだな。
「嘘ん? ワイ、死んでへん?
生きとんの? ホンマに?」
頭の上にクエスチョンマークを幾つも浮かべながら、ラビィが呻っている。
「おかしいなぁ。魔界蟲に脚と腰を食い千切られて、丸呑みにされた筈やのに…なんで?
知らん?」
「俺に聞くな!」
カーラさんがラビィを抱き上げ、頬擦りしたり高い高いをしたりと、一人ではしゃいでいる。
「魔界蟲は…これか?」
罅割れたドリルのような物をラビィに見せると、大きく頷き、
「倒せたみたいやな、良かったわ。
でも何でワイ生きとんのやろ?」
腰を食い千切られて? それなら死んで当然だよな…奇跡が起きたとか?
まさかコイツが本物の主人公?
「きっと神様が助けてくれたのよ」
カーラさんがそう言って笑うとラビィをカーラさんから奪って抱き締める。ラビィの肉球がオリビアさんの柔らかくて豊かな肉球にタッチしているが、さすがに今回は怒らないな。
「魔界蟲に食われて、逆に魔力を取り返した、とか?」
この世界の生物には魔力が流れている。
骸骨とスライム三体が集まるだけで俺は人の姿に戻れたのだから、魔界蟲の中で何が起きても不思議では無いだろう。
魔法は魔力を消費して奇跡を起こす技なのだから、きっとラビィも何かの奇跡を起こしたのだろう。
「もう一人で良い格好しないでよ。
でもありがと!」
エマさんがオリビアさんからラビィを奪い、抱っこして撫でまくる。そこからリレーのように皆にラビィが渡されて感謝の気持ちを表すと、ラビィも照れたように笑うのだ。
これで一安心だな。
それにしても、これ以上の戦闘は本当に無理なので、至急ここから避難すべきだと判断する。
一人冷静になっていたルケイドが、
「クレスト兄…あれ見て」
と指をさすのは、地割れの中に光る『星砕き』と、赤く明滅するトンネルか何かの入り口?だ。
俺がじっとそれを見ていると、その入口が搭乗ゲートのようにゆっくりと延びて地表に到達すると、そこで明滅が終わった。
まるで俺達に入れと言わんばかりだ。
入口の床には『星砕き』が突き刺さっているので、それを早く抜いてくれと訴えているようにも見える。
地下に回収に行く手間が省けてラッキーと思い、柄に手を掛けて引き抜いた。アイテムボックスに収納して、赤い入口を触って確認してみる。
「これ、魔砂土か?」
「そうみたい、魔砂土の層から延びて来てるこらね」
と言うことは、これは魔砂土で出来た通路ってことか。俺達が探していた答えがここにあるのか?
「これ…完全にダンジョンやで。自分から姿を見せるダンジョンやて、初めて見たけどなぁ。
魔界蟲が居らんなって出てきたんか…気に入ったもんには道を開けることがあってもおかしく無いんかも。
ダンジョンは意志を持つ言うからなぁ」
魔界でダンジョンを見たことのあるラビィが言うのだから間違いないな。やっぱりダンジョンはあったと言うことだ。
「理由はどうであれ、探索は次回だな。
今は体力も魔力も食料も無い。こんな状態で入るのは自殺行為だ」
「そやな…戻るんが正解やろな」
「はぁ…せっかく草刈りしてきたのに…地下にあるんじゃねぇ…」
ルケイドの溜息混じりの呟きに、ここに居る皆が頷くのだった。