第112話 帰還の日に
帰還の前日、朝食後に野営地に畏れていた魔界蟲の襲撃を受けたのだ。
布陣を敷いたまでは良いが、戦力不足は否めない。ここをどう無傷で乗りきるかを必死に考えるが案が出ない。
魔界蟲の初撃は回避したがそこからの連撃は俺の左腕にダメージを与え続けた。
アヤノさん、セリカさんも尻尾の攻撃を掻い潜ることは出来てもダメージを与えるには至らない。
サーヤさん、カーラさんが厭がらせのように口元を狙って攻撃するのだが、それは魔界蟲を苛立たせるだけの意味しか持たないようだ。
いや、寧ろ頭の動きが大きくなり、オリビアさんの『業火』を放つタイミングを難しくしている。
典型的な決定力不足だ。『対空竹槍』は前回の戦闘で破損したため廃棄した。
今の俺が(仲間達に対しても)ノーリスクで放てる攻撃魔法はまだ無い。
しかも今回の相手は一所に留まらず、後衛を狙う知能を持つようで遠距離攻撃の三人も移動が必要なのだ。これではオリビアさんの一撃を期待するのはかなり無理がある。
こうなると期待するのは久し振りの骸骨さん降臨なのだが、魔界蟲程度で俺を呼ぶなと拒否をしているのか、一向に出てくる気配が無い。
今こそゴブリラを倒した一撃を放つタイミングだと言うのに、最近出番が無くて拗ねたのか?
動き回る魔界蟲を追い回してホクドウを振る俺は、傍から見れば遊んでいるようにも見えるだろう。だがこっちは至って真剣なのだ。木刀だけど。
ルケイドが土を固めて作る壁に守られてまだ被害は出ていないが、彼の魔力が尽きればそれも出来なくなる。
「キャーッ」
と悲鳴をあげたのは、尻尾を躱しきれず数メートル弾き飛ばされたアヤノさんだ。攻撃に集中しすぎたようだ。
倒れてすぐには動けないアヤノさんに気が付いたのか、魔界蟲の尻尾が持ち上げられると威嚇するように上空で振り回す。
「リーダーっ!」
彼女の一番そばに居たセリカさんが武器を手放しアヤノさんの前にダッシュし、アヤノさんを庇うように立ち塞がった。
「セリカ! 逃げて!」
と叫ぶアヤノさんを無視してセリカさんが胸の前で腕をクロスさせて腰を屈めた。
セリカさんの鎧の各部に貼られた銀色の装飾が淡く光を放つのとほぼ時を同じくして、魔界蟲の尻尾が打ち付けられたのだ。
バシッと言う大きな衝撃音が響くのと同時に、青い光がその音源を中心に強く…強烈な光の爆発を引き起こした。
セリカさんを打ち付けた尻尾は何事も無かったかのように引き戻され、そこにあるのはセリカさんだった物だと誰もが諦めただろう。
だが、
「セリカーっ!」
と叫び、脚を少し引き摺りながらその場に立ち尽くしているセリカさんにアヤノさんが急いで駆け寄る。
太い丸太をその腕に受け止め、打ち付けられたようなものだ。彼女の片腕からは止めどなく血が滴り落ちている。だが瞳には生気が灯されていたのだ。
「セリカさんっ! すぐ行く!
ルケイド、時間を稼いでくれ!
コイツを使え!」
アイテムボックスから『鬼降ろし』を取りだし、ルケイドに投げる。剣だとリーチが短く、ルケイドだと簡単に被弾する恐れるがある。だからそこそこ攻撃力がある長柄武器を選んだのだ。
セリカさんのもとへ駆け付けようとする俺の邪魔をするつもりか、鎌首を持ち上げてからの噛み付きを仕掛けてくる。
だがそれを躱すと同時に太い頸に回転を効かせたバックハンドブロー、そして魔力を集めた拳にセリカさんを傷付けた怒りを上乗せしたストレートを打つける。
魔界蟲の銀色の体表にボコッと拳の跡が刻まれ、同じ場所にもう一撃加えると硬い殻を貫き腕までめり込んだ。ついでとばかりに掴める範囲の肉を引き千切り拳を引き抜く。
それが予想外のダメージなのか、魔界蟲は攻撃をやめてのたうち回るのだ。
これで暫く時間が稼げるだろう。『浄化』『殺菌』を自分に掛け、セリカさんのもとへと駆け付けると、『麻酔弾』を彼女に掛ける。そしてアヤノさんと壊れた防具を外し、
「『エクストラヒール』」
と隠すことなく最大級の治癒魔法を掛ける。血で汚れた装備も『浄化』で綺麗にしておく。
続けてアヤノさんにも治癒魔法を掛け、戦闘復帰させるがセリカさんはここで後退してもらう。
ルシエンさんが鎧に施した仕掛けが彼女の命を助けてくれたようだが、魔力切れの状態から継続的に魔力を吸い続けて魔力枯渇に追い込んだらしい。
治療の間、ルケイドは使い慣れない長柄武器を手にしっかりと魔界蟲の足止めをしてくれた。
いや、ルケイドのすぐそばにオリビアさんがいると言うことは…『光輪』を盾にして、ルケイドは攻撃に専念したと言うことか。
「カーラさん、俺を風魔法で浮かせる事は出来る?」
「出来るけど…空での姿勢制御なんてクレたん出来るの?」
「やるんだよ!
カーラさん以外、魔界蟲に全力攻撃して!
俺は飛んで一撃入れる!
頼んだよ!」
まだ自分一人で空に浮かぶ程の繊細な制御は出来ない。ドッチに向いて飛んでいくのか分からないのだ。
だが浮かんでしまえば何とか制御が可能になる。
オリビアさんの『業火』を皮切りに、ルケイドとアヤノさんが武器を振るい、サーヤさんがその二人に指示を出しつつ矢を放つ。
オチャラケ担当かと思ってたけど、やるときは真面目にやるのか。
「行くよーっ! 『ハリケーン』!」
えっ! 浮かせるんじゃなくてそっちかよ!
カーラさんの巻き起こした竜巻が俺を飲み込み、その場で浮いたかと思えばグルグルと回転しながら宙高く舞い上がった。
頂点に達して回転が止まると、すかさず治癒魔法で異常を直し、右手に『星砕き』、左手に『カウンタック』を装備する。
「『空蹴』」
空に浮いた状態でしか使えない魔法だが、カーラさんのお陰で十メトルは浮いている。任意の地点で地面を蹴るように移動出来るが、それはせいぜい五回が限度。
落ちながら一回目の蹴りで魔界蟲の目の前え。
「魔界蟲! 俺を喰ってみろ!」
と叫んで二回目、鎌首の攻撃を回避しながら魔界蟲の真上を取る。
「こっちだぜ!」
そのまま落下すれば、パチンコ玉が開いた花に入るのと同じだと思いつつ、三度目の空を蹴って二倍に開いた魔界蟲の口の中を目掛けて頭から突入するように加速した。
『星砕き』の切っ先を先頭に突き出し、自由落下に『空蹴』で得た推力を乗せて魔界蟲の口へと向かう。気分はまるでウツボに飛び込む小魚だ。
勢いの付いた『星砕き』の切っ先が魔界蟲の口元に達したところで手を離すとそのままスルンと魔界蟲の中へと吸い込まれていく。
俺の体は『カウンタック』で貼ったシールドが魔界蟲の尖った牙にぶつかりバウンドすると、大きく体勢を崩しながら地面に向けて落下を始めた。
体勢を整えようにもぶつかった衝撃が大きく呼吸を乱す。『空蹴』を後二回残したまま地面に打ちつけられようとしたところで、
「『ハリケーン』」
小振りな竜巻が俺の落下速度を少し弱めると、
「『光輪』」
が宙で俺を受け止めた。
「土壁」
『光輪』にぶつかりバウンドした俺をルケイドの魔法が受け止めてくれた。オリビアさんのスキルにぶつかり肋が折れたかと思うような痛みを感じているのでルケイドの気遣いがありがたい。
地味な魔法だが燻し銀の職人技だな。
一方の『星砕き』を飲み込んだ魔界蟲だが、俺を救出している間に絶命していた。
あの剣の説明文は誇張かも知れないが、地面を割るような威力の剣が体内に突き刺さって死なない生物なんて居るとは思えない。
だが星を割るまでは行かなくても、『星砕き』は魔界蟲を貫通しても勢いは止まらず、野営地を二つに割る程の地割れを起こしていたのだ。
だがその程度なら気にしてはいけない。少々の地割れなど、大事の前の小事に過ぎない…言葉の使い方が違うってか?
こりゃ、『星砕き』を回収するのが大変そうだ…と思いつつ、流石に地割れを放置したままでは宜しくないと思い補修する。
発せられている魔力を感知すれば、『星砕き』の回収は不可能では無いだろう。
そしてこの後の事を考え始めたのだが、その時、
「ねえちゃん、危ない!」
とラビィが放った切迫の声!それに続けて
「キャーッ、ドンドンっ!」
と避難していたエマさんの悲鳴が聞こえたのだ。
「どうしたっ!?」
と遠く離れていたエマさんに大声で聞くと、
「魔界蟲の新手よ。ドンドンに入って行った」
と信じられない様子で答えた。
エマさんのファインプレー?
一体どんな仕組みでエマさんの『タンスにドンドン』が構築されているのか分からないが、取り出すつもりが無ければタンスの中に入りっ放しになる筈。
今の俺達には連戦出来るだけの体力も魔力も無いので、エマさんには悪いが魔界蟲を『タンスの肥やし』にしたままにしてもらおう。
「茶髪のねえちゃん、見直したで!」
とラビィがエマさんの脚に体を擦り付けている。それは猫が飼い主に挨拶してるような意味でやってるのかな? それともマーキング?
それにしても危なかった。エマさんにスキルが生まれていなかったら、俺達はここで全滅していた可能性がある。
最大威力の『星砕き』が手元に無いので、あとは『片手ハンマー』か『ザ・デスブリンガーハット』の鎌しか通用しそうな武器はない。
『鬼降ろし』は暫くルケイドに預けておくとして、カーラさんには『デビル刈ッターベルト』を…やめておこう、調子に乗って使いまくる未来が見えた。
ともあれ休憩してから『大地変形』で通路を作り、地下に閉じ込めた『星砕き』を回収しよう。
セリカさんの怪我は完全に治ったと思うけど、初めて使った魔法だから少し不安だ。
皆を集め、エマさんに休憩セットを出してもらおうと思って『タンスにドンドン』を開いてもらった。
するとエマさんが手を当てるより早く、ピシュッと音がして、黒く四角い穴から銀色のドリルが射出されたのだ。
しかも、少しでもずれていればエマさんの体を貫いたかも知れなかったのだ。
「ねえちゃん、大丈夫か?」
といち早くそれに気が付いたラビィがエマさんを見上げたが、エマさんには何が起きたか分かっていないようだ。
だが本日二体目の魔界蟲が宙で実体化し、ドスンと地面に落下すれば誰もが気付く。
「嘘でしょ…」
と魔力切れのオリビアさんが絶望の色を現す。
カーラさんもルケイドも同じく魔力は残っていない。
過去最悪の状況での戦闘突入か…。
「エマさん、オリビアさん、カーラさんはすぐに逃げて! 全力で!
ルケイド、アヤノさんはセリカさんを担いで逃げて。
サーヤさんは遠距離攻撃を!」
『まっさお君』を取り出し、一人で前に出る。
サーヤさん以外の仲間達は指示に躊躇したもののそれぞれが行動に移した。
「クレストさん、無理はしないで」
最後にエマさんがそれだけを告げて先を行く仲間達の後を追う。
「サーヤさん、これを。持てば使い方が分かるから」
アイテムボックスから取り出したのは、魔素を矢に変換し、一射で複数の矢に分裂させることも可能な特殊な弓『アメンボウ』。
群れを相手に上空から矢衾を降らせて殲滅するのが本来の使い方だが、持つ人の魔素量次第で撃てる矢と分裂する数が決まる、ギャンブルのような武器だ。
前衛が接近戦を仕掛けているときには使えたもんじゃないので前回は渡さなかったのだ。
決してケチった訳ではない。
だが魔界蟲は再生能力を持つため、有効打となるかは不明だ。
バシュッと音を立てて放たれた矢は分裂することなく魔界蟲の頭に命中したが、硬い殻を貫くことは出来なかった。
彼女の魔力強度では貫通力不足か。
「なるほど…そう言う弓なのね…弾数制限付きは何時ものことよ」
と不敵な笑みを浮かべる。
サーヤさんに初手を取られた魔界蟲だが、いつものように鎌首をあげる。そして迷わず俺目掛けて鮫の歯のような尖った歯が丸く並んだ口をぶつけてくるが、躱しながら『まっさお君』を振り回して長い頸を攻撃する。
長い柄を活かして遠心力を上乗せした一撃となるのだが、硬い殻を僅かに削り取って刃が滑る。
「コイツを壊す訳にはいかないからな…」
何度か攻撃を当てることは出来たのだが、有効打とはいかない。
『まっさお君』を戻し、『カウンタック』と『ザ・デスブリンガーハット』の鎌を取り出そうとしたところでラビィが小さな体を使って押し留める。
「あかんで、いくらあんちゃんが強い言うても接近戦は今はやめとき。間違いのぉ…死ぬで」
「でも、逃げられないんなら、やるしかないだろ」
魔界蟲がテリトリーから出て来ないタイプの魔物なら逃げる選択肢もあるが、意識の無いセリカさんを担いでこの山から逃げ切ることが出来るとは思えない。
「あんちゃん、一つ相談なんやけど…残りの魔力、ワイに預けてくれん?」
確か、ラビィは魔力が足りなくて元の姿に戻れないとか言っていたよな。戦斧使いらしいが、その戦斧はあるのか?
「勝てるのか?」
「今のあんちゃんより勝率はだいぶ高いで…ゴブリンゴブリンってとこやわ。皆が山から降りる時間ぐらいは稼いだる」
それって勝てるとは言えてないんだが。
だが、ラビィがやらなきゃ俺が遣ろうとしていたことだから気持ちは分かる。
「弓のねえちゃん、最大威力で撃ちまくって時間作ってんか」
「クレストさん、本当に逃げるの?
ラビィちゃんを置いて」
「済まん…今はそれしか方法が無いんだ」
「ラビィちゃん…一人で勝てるの?」
「元の姿に復活出来たら、魔界蟲なんざワンパンケーオーや。
魔族を嘗めたらアカンで。全弾撃ったら、早ぉ逃げてな」
「死ぬなよ?」
「あんちゃんらも…な。『魔素吸引』」
俺の脚に張り付いているラビィの肉球に向かってドンドン魔力が流れていくのを感じる。
無理矢理魔力を吸われる経験はこれが初めてだ。体が重たくなるように感じるもんなんだ。
サーヤさんが意を決して放つ矢は魔界蟲の体表を貫いて緑色の液体を噴出させるが、高い再生能力がそれを無かったことにする。
「弾切れよ! 離脱します!
ラビィちゃん…絶対に死なないで!」
最後に泣きそうな声でそう告げ、サーヤさんが走り出した。
「準備オーケーや…あんちゃん、今までありがとな…行きや!」
「ラビィ、お前にはまだ聞きたいことがある。だから死ぬなよ」
「死んでも教えんで」
最後まで変わらない口調に苦笑しながら、「任せた」と呟きラビィの背中をポンと叩いて俺も戦場を離脱する。
「任されたで…お人好しのあんちゃん…」