第111話 帰還の前日に
山の異常を引き起こしている原因と考えられる魔界蟲を無事に撃破し、喜んだものの魔石も使える素材も無くてガッカリ。
でも山に到着してから仲が少し悪くなっていたように感じていたエマさんとオリビアさんだけど、オリビアさんの放った魔法に感動したエマさんがオリビアさんに歩み寄った(ように見える)。
オリビアさんも機嫌が良さそうだったし、収入としてはくたびれ損の魔界蟲退治だったけど、結果的には悪い事だけではなかったと思う。
魔力の回復具合の確認が出来ない不便さを感じつつ、大きく伸びをしてから立ち上がると、ふと背後に気配を感じた。
ゆっくり振り返ると、ニコニコと笑顔を見せながらベルさんが立っていた。
さっきまで完全に気配を消していたの?
「やっと起きたね。
じゃあライエルに報告しに行くから。楽しい報告が出来るから嬉しいよ」
「魔界蟲は倒したけど、まだ全て終わった訳じゃないですよ」
木材供給の問題が解決出来なければ、ここに来た意味が無いのだ。まだ楽しい報告だと言われても困る。
ラビィのことに限定するなら、木材供給とは直接は無関係だから楽しいことかも、だけど。
「あぁ、さっき『紅のマーメイド』の四人に会ってきたよ。隠蔽されているダンジョンの捜索中らしいね。
範囲は広いし、魔族が絡んでいるとすれば一筋縄では行かないだろうね。焦らずにやるのが良いよ。
ダンジョンなんて無い可能性もあるから、こだわり過ぎるのも良くないと思うけどさ」
問題はそれなんだよね。魔界蟲が本当に原因の張本人で、他の要因は一切無いとしたら、それをどう証明すれば良いんだろうね?
山が健全な状態になったことを証明するには、植樹してそれが無事に育つまで何年もの期間が必要だ。
ダンジョンが一番分かり易い原因だから有って欲しい、と言うのが実は本音なんだよ。
「早くこの問題を解決して、木材の買い出しに行かないといけないので」
「行くのは西の町だよね…間欠泉が有名なところだ」
「えっ、間欠泉なの? 温かいお湯が出て、地獄巡りで…」
「そう、どう言う理由か分からないけど、間欠泉を見て楽しむのを昔から地獄巡りと呼んでるね」
嘘~っ! 血の池地獄とか海地獄とかのある温泉地ではないの?
「耐熱スキル持ちからみれば、温かいお湯かも知れないけど。普通の人には熱いよ」
「のんびりお湯に浸かって疲れを癒すような施設は?」
「そんな施設はないね。地元の人ならやってるかも知れない…お湯を沸かす手間は省けるのかな?
いや、濁ったお湯は料理にも体を洗うにも使えないでしょ」
温泉地のリゾート開発してないの?
嘘でしょ、勇者の人達、一体何をやってんだよ! 日本人なら魔族相手に喧嘩売るより先に露天風呂を作れよな! 腹立つわ~。
「あと、念の為に何ヵ所かで魔界蟲の探索も頼むね。流石にアレがウヨウヨしてるとは思えないけど」
それはいいけど、ベルさん抜きでアレと戦いたくないですよ。アヤノさん、セリカさんにベルさんの変わりが務まるのかな?
怪我なら治せるけど、魔界蟲相手だと下手したら死ぬよ。あんな硬いのにめちゃくちゃ動く尻尾を相手に戦えたのはベルさんだからだよ。
「まあ、もう少し皆と戦闘訓練を積んでからの方が良いと思うけど。マーメイドの四人との連携訓練はやってないんだろ?」
この任務では臨時パーティーみたいなもんだから一緒に行動してるけど、普段は別行動だし。
アヤノさんが緊急依頼の報酬にお願いしたのと少し違うけど、定期的な合同訓練するのは在りなのかも。
「彼女達にベルさんの代わりをと?」
「代わり…それは違うね。違う役割、違う戦い方を経験するのは楽しい筈だよ」
「ベルさんが実はバトルジャンキーだと理解しましたよ」
戦って楽しいと言う感覚は俺には無い。相手も生き残るため必死に藻掻くのだ。そこに楽しむような感覚を持つのは違うと思う。強敵を相手に生き抜いたと言う達成感ならまだ分かる。
命を戴く為に魔物と戦うけど、戦うと言う過程に楽しみを見つけるのはある意味快楽殺人犯と同じでは?
それとも金貨級以上に上がるには、そう言う弾けた意識が必要なのかも。
「まあ、暫く一緒に居るんだ。何が起きても良いように備えておくに越したことは無い。
そう思ってくれれば良い。
じゃあ、今度こそ本当に行ってくるね」
「はい、ありがとうございました。お気を付けて」
「君もね!」
ひらりと馬に乗り、挨拶は終わったと振り返ることも無く馬を進める。
ある程度姿が小さくなるまで見送り、仲間達と合流する。
「『タンスにドンドン』! クレストさんのアンビリーバ棒!」
「クレストさん命名『光輪』」
とエマさんとオリビアさんが楽しそうなのは良いことだ。何をやってるのか知らないけど。
「『植物採集』!、『植物採集』!、『植物採集』!…」
少しは彼を手伝ってあげなよ。
◇
その日の夜だ。タイニーハウスの中はいつも以上に騒がしくなった。ラビィの奪い合いである。
誰がラビィをダッコして寝るのか、ラビィを取るか、それとも俺の隣りを取るのか。
そんな俺に取っては好きにしてくれとしか答えようの無い選択に真剣な彼女達に苦笑する。
人から見ればハーレムと言われるかも知れないが、一時の気の迷いで彼女達を傷付けるようなことはしたくない。
それに俺の体が普通の人と同じように歳を取るのかどうかも分からない。こんな体で結婚したり子供を作ったりするのは避けるべきだと思うのだ。
「あんちゃん、愛されとるなぁ」
「嫌われるよりは良いけど、それもまたどうなんだろうね?」
「どうなんとは? 皆纏めて番いになりゃええやん。強い雄を求めるのは動物も魔物も人間も魔族も同じやで。そうやって強い子孫を残さな種族はいつか滅びるやろ。
あんちゃんの魔力は特別なんや。ばんばん子供作ったらええねん」
人間はそう簡単には行かないように出来ているんだよな。
ラビィがそんな考えを持つのは、それは種族としての価値観の違いか?
それとも魔界がお山の大将に成りたがるヤツのせいで荒れているからか?
不安定な環境は、自然と子孫を残すための行動を起こさせる要因となりえるそうだから。
「クレスト兄はチートだもんね」
「ルケイドの『植物採集』だってそうだろ」
「地味だし。戦闘系のスキルは無いから今日は役に立てなかったし」
「まだ十五歳だ。これから経験積んでけばドンドン伸びてくよ」
「だと良いな」
コイツ、やっぱりまだ引き摺ってるな。俺には人を指導した経験なんて無いし、部下を持ったことも無い。こう言う時にどうするのがベストか分からない。
得意な分野を伸ばすのが一番良いのだろうが、その結果が『植物採集』なので、冒険者に必要と言われる戦闘能力の不足を補えていない。
俺は元々冒険者に戦闘能力を求めるのは筋違いだと考えているから、ルケイドは今のままで十分だと思うのだけど。
でもそれで本人が納得出来ていないのだから、納得出来る何かを見つけてもらいたい。
「ラビィたん、封印されてた時ってどんな感じだったの?」
と話に割って入り、嬉しそうにラビィを持ち上げて高い高いをするカーラさん。どうやら彼女が今夜はラビィを抱っこして寝るようだ。
「そやなぁ、意識だけは残っとるけど体は動かせんのや。もどかしい以外の何も無いで」
「縫いぐるみだったらしいけど、クレたん、縫いぐるみが好きだったの?
あ、子供の頃なら男の子でも欲しがるね。
それが歳を取ったら狼煙にしちゃうのね…」
「ほんまやわ、ど偉いこっちゃ。人でなしや」
二人にジト目を向けられるけど、人形だって供養で燃やしたりするでしょ、それと同じだよ。コッチにそう言う風習があるかどうかは知らん。
リサイクルで綿を使い回すにしても、いつかは燃やすんだからセーフだと思うけど。
「でもクレたんに燃やされたお陰で復活できたんでしょ? 命の恩人?」
「その判定ビミョーや…」
意外とこの二人は相性が良いのかも。膝に乗せて背中を撫でられ、ラビィはご満悦のようだ。
封印される前は戦斧を振り回していたらしいのにね。精神が見た目と同化したのか、幼児退行なのか。
ラビィは役に立つ過去の知識もまだ持っているだろうから、味方に居てくれるのは実に有難い。
魔界蟲退治の立役者でもあるし、ぞんざいに扱う人はこの中には居ない。でもリミエンに戻ってからのことが心配だ。
見た目は可愛らしいが、独特な喋り方…の前に熊は普通は喋らないし。不安しか無いが、どうしたものか。
人里離れた一軒家構想を真剣に進めてみるかな。
◇
魔界蟲を倒してから更に四日。新たな成果を見つけらないまま時間だけが経過した。
カンファー家の所有する山林は東京ドーム換算で二桁行くだろうから、怪しい物が簡単に出てくると考えるのも甘い見通しだと言わざるを得ない。
ベルさんに言われた通り、マーメイドの四人と連携攻撃の訓練も始めたのだが、一日二時間程度の訓練ではまだ大して身に付いたものはない。
もし魔界蟲が出たとすれば、俺が防御に徹するのが一番安定するが、攻撃力が足りないだろう。
彼女達は普段、アヤノさんとセリカさんの二人が剣の訓練を一緒に行い、サーヤさんとカーラさんは一人で訓練しているそうだ。
他の人を入れた連携なんて想像したことも無いとのことで、どうやって大人数で戦えば良いのか戸惑っている。
ゲームならとりあえず人数集めて殴る部隊と治癒部隊、みたいな運用もあるだろうが、ここでは普通は一度死んだら復活は出来ないので下手に特攻するような無茶はしない。
だから(例えばエンガニのように)ジワジワと魔物を追い詰めて弱らせていくような、派手な戦闘を避けるタイプの戦士も高く評価されるのだ。
過程はともかく、デカイ獲物を仕留めることが出来れば勝ち組なのだ。
それが軽戦士のアヤノさん、それなりにオールラウンダーだが特化したものの無いセリカさん、射手のサーヤさんと『魔素弾』のカーラさんだと明らかに防御力が足りていない。
それは俺とルケイドとオリビアさんの三人パーティーにも言えることだけど、俺達はまだ完成したパーティーではないからな。
本格的に魔物を狩るようになるならメンバーの追加は必須だろう。
とにかく、今のメンバーだけで魔界蟲と戦うのはまだ避けようと思う。俺が正面に立って盾役を務めるとしても、素早い尻尾を躱しながらあの硬い外皮を切り裂くことが出来なければ勝てる見込みは薄いのだから。
「今日と明日で一旦調査終了するのよね」
昼食を取りながらエマさんが報告書を確認する。筆写してもらった地図には方眼紙のように細い線を等間隔で縦横に入れてもらったので、地点を細かく伝えることが出来るようになった。
元々の地図が適当過ぎるので、俺の『範囲指定』で建てた目印を元に正確な地図を書き起こすことも可能になっている。
このスキルがイノウさんにあれば、日本地図は彼が生きている間に完成していたに違いない。
十メートル置きに土の柱が顔を覗かせている光景は少々不気味かも知れないけど。
食事で使った食器はオリビアさんが魔法で水を出し、ルケイドが軽く洗い、俺の『浄化』で綺麗にしてエマさんが『タンスにドンドン』で収納している。
別行動しているマーメイドの四人は肉巻きパンケーキが昼食になる。何かの葉っぱでクルクルと巻いてあるので、手が汚れていてもパンケーキを汚すことは無いだろう。
サンドイッチと言う手もあるが、あれは中の具材を落とす可能性があるので現場での携帯食には向いていないのだ。
ちなみに俺の愛用していた肩掛け鞄がマジックバッグに進化したので彼女達に持たせている。
これがあれば食べ物と水に困ることは無い筈だ。
ラビィも彼女達に同行させている。魔界蟲の臭いか魔力を嗅ぎ取った臭覚があるので、危険回避に役に立つと思ってのことだ。
それにラビィもカーラさんを気に入っているようだし。そのうち熊に乗る熊騎士にクラスチェンジするかもと密かに期待している。
その日も目立った成果はなく、翌朝には俺の腕に抱き着いていたセリカさんとオリビアさんの破壊力トップツーの二人の豊かな感触にモヤモヤドキドキ。
俺の自制が何処まで保つのか限界を試しているのでは?と疑うような布陣に防戦一方だ。
次回の調査に出る前に男性、女性で部屋を分けよう。今俺の体に起きている男性特有の生理現象は寝起きのせいだけでなく、恐らく腕に伝わる感触に影響されているのだろう。中々治まる気配がない。
こう言う時は心を無にして、宇宙の神秘について考えよう…と馬鹿なことを考えていると、野営地の土壁に設置したスライム警戒網に反応があった。
だがそれは一瞬で消えた。何かが偵察に来たのか?
これだけ派手に環境破壊じみたことをやっているのだから、魔族が潜んで居るならバレていない筈がない。
警戒心をマックスに保ちながらもいつも通りの朝を過ごす。そして朝食後のミーティングで、今日の予定を決めようとした時だ。
急速に近付く魔力の塊…一度経験したそれをスライム達は忘れていなかった。
出来れば出くわさずに済ませたいと願っていた相手の出現を知らせるエマージェンシーコールに緊張が高まる。
「みんなっ! 急いで戦闘準備してっ!」
「魔界蟲が来るでっ! 邪魔な設備は早ぉしまいや! 馬も逃がさんと」
ラビィの言葉に俺は大物からアイテムボックスに収納を始める。小物はエマさんがドンドン片付けていく。
「茶髪の姐ちゃんは馬連れて避難しときや。
ワイが守ったる」
とラビィが言うが、お前、逃げたいだけだろ?
だがエマさんには少し戦場から離れてもらうことには賛成だ。
馬を二頭とラビィをエマさんに託して避難したところで、仮設トイレ用に明けた穴から銀色のドリルが勢い良く飛び出してきた。
魔力を纏った全身が一気に爆発したように膨らみ、全身銀色の巨大なミミズのような魔物が空に出現した。
「こんなにデカイのっ!?」
と驚くのはアヤノさんだが、それはメンバー達も同意見だろう。
「ルケイドは防御拠点を構築!
サーヤさんとカーラさんは口に狙いを付けて。
正面は俺が抑える。アヤノさん、セリカさんは尻尾の攻撃を喰らわないように。硬いから無理しないように。
オリビアさんは前と同じで!」
「了解っ!」
六人に簡単な指示を出し、右手に『ホクドウ』、左手に『カウンタック』を構える。
先手とばかりに鎌首の攻撃が飛んできたが、左に避けて俺の横を通過する銀色の長い頸?にホクドウを打ち付ける。
だが硬い皮と弾力のある肉はホクドウの攻撃を全て無効化する。
今回ばかりは武器を選り好みしてる場合じゃ無いかもな。
ジーンとする右手に治癒魔法を掛け、どう戦うべきか必死に考えるのだった。