第13話 ある商人との出会い
前世で魔王の称号を持っていた骸骨さんのこと、なんて呼べば良いのかな?
本人的には元魔王とか呼ばれるのは嫌がっているから、やっぱり骸骨さんのままで行こう。
骸骨さんとスライム達の合体をした後、ダンジョンのあった森を抜けて街道に出るまでに二週間以上も掛かってしまった。
そんなに掛かったのは、俺の居たのが森の奥深い場所だったと言う理由だけでなく、他にも幾つかの要因がある。
一つ目は新しい体に慣れるのにそこそこ時間を費やしたこと。
若返りにより能力低下をしているのでゴブリラ戦で見せた圧倒的な強さは無いが、それでもこの体は転生前の日本人の体よりハイスペックだ。
三輪車から電動アシスト付のマウンテンバイクに乗り換えたぐらいの違和感か?
この状態で宿屋に宿泊したらすぐにアレコレ破壊してしまいそうで怖かった。
二つ目は魔法が使えると分かってハイテンションになったこと。
最初に指先からポチャンと垂れる程度の水が出せるか試してみて、上手くいったので次はライターのような火を出して、その次はそよ風を…と言うようにパッと思い付く物から試していったのだ。
コレなら時間を忘れて遊びすぎても仕方ないよね?
…いや、これは少し嘘かな?
一滴の水のつもりがバケツをひっくり返したような勢いで出てきたので、そこから魔法の制御を必死で頑張ったんだよね。
自分の魔法で何度か死にかけたし…。
そして三つ目。この体はスライムになって転生してきた俺の人格が基本システムとなっているのだが、感情の高まりなどにより突然骸骨さんの人格に入れ替わることがあったのだ。
さすがに二重人格のままで人里を目指す訳にはいくまい、そう思って精神的な修行を行ったのだ。
修行の成果なのか、それとも単に日にち薬だったのかは分からないが、もう三日ほどは出て来てないから大丈夫でしょ?
その間に遭遇した魔物は数知れず。
ゴブリンやオークのような雑魚亜人系、小動物系、猪や鹿等の動物系、昆虫系、植物系の魔物と種類も多いが如何せん魔物の名前が分からない。
斃した魔物はアイテムボックスに収納したので、必要になったら出していこう。
アイテムボックスの中には大、中、小のマジックバッグが幾つか入っていて、それらの中には沢山の物品や食料品、貴金属も収納されていて有難かった。
だけどなんでこんな物を持っているの?と聞きたくなるものも多い。
流石に派手な女性用の服や結構過激な下着を数セット引き出した時は「おぃっ!」と叫んでしまったよ。
ちなみに下着の材質はシルクだった…。
男性用の下着もあったので、アレは自分で履くために持っていたのではないと思うことにしたけど。
男性用の服はどこの成金かと思うような派手な物と、俺好みの落ち着いた服の二極化ぶりが凄かった。
整理すると女性一人、派手な男性と地味な男性の一人ずつの衣服類が勢揃いした。
今は地味な服の上に初心者感満載の革鎧を着用している。骸骨さんがゴブリラ戦で着用していた革鎧は、身長的には合っているけど筋肉の付き方が違っていたので使わない。
ゲームなら鎧も使い回し出来るのに。サイズ自動調整の魔法が掛かっていれば良かったのに、掛かって無くて残念だ。
大きな街道に出てからは時々『ゴ~ブリン♪ゴ~ブリン♪ゴゴゴ~ブリ~ン♪』と適当に歌詞を作って歌いながら、凸凹の少ない場所を選んで道を歩いていた。
道は舗装されている訳ではなく、水溜まりを通った馬車の車輪が所々で大きな轍を作っている。
最近は雨が降っていないらしく、轍の部分の土がガチガチに固まっている。こんな道を馬車で走れば、かなり乗り心地が悪いだろう。
そのせいか、出会った荷馬車の進む速度は徒歩と変わらないか、俺の歩く方が速いくらいで何台かの荷馬車を追い抜いた。
この時に御者の言葉が聞き取れて、挨拶も自然に出来たのでコミュニケーションに問題の無いことが確認出来たのは僥倖だ。
森の中での訓練の甲斐あって、ゴブリンや狼の小さな群れなら無難に対応出来る程度の自信が付いたこともあり、特に警戒することもなくスタスタと歩いて小高い丘を一気に登りきる。
そこから先は当然下り坂になるのだが、その途中で荷馬車が立ち往生していたのが目に入った。
一瞬ドキリとしたが、魔物が襲い掛かっているとか、盗賊の待ち伏せに遭遇したとか、そんな血生臭い状況ではないようだ。
荷馬車の近くに来てみると、一人の商人風のおじさんが荷馬車の下から出て来てその場にペタリと座り込んでしまった。
知らん振りして立ち去るのも後味が悪いので声を掛けてみた。
「こんにちは。どうしたんです?」
「轍に車輪を取られてしまって。これが結構深い溝で、脱出が出来なかったんです。
それでも押していたら車軸が折れてしまって。
中古を買ったせいですかね…」
溜息をつくおじさんに断りを入れて荷馬車の下を見せて貰うと、確かに左右の車輪を繋ぐ車軸に大きな亀裂が入って曲がっていた。これはもう車軸を交換するしか手は無いな。
荷馬車の一台くらいはアイテムボックスに収納出来るので、街まで運んであげた方が楽だし早い。
しかもコストゼロで出来るんだけど、見ず知らずの人にそれをするのが適切だろうか?
「ここから向こうにある街まで、どれくらいあります?」
「お兄さん、この道は初めてかい?
リミエンまではもう半日掛からない程度だよ」
見えてたのはリミエンって街か。
何キロじゃなくて半日掛からないって、随分アバウトな距離感覚だな。確かに自動車の走行メーターみたいな物が無ければ、距離を測るのも難しいか。
リミエンに行って替わりの馬車をレンタルするか、工員を呼んで車軸を交換するしか手が無いと、おじさんはガッカリしている。
荷馬車の修理か…荷馬車の構造はとてもシンプルで、デカイ箱の先頭に御者台、下部に車軸受けと車軸と車輪が付いてるだけだ。
材料と工具は…あ、アイテムボックスに入ってら。骸骨さんは何に使うつもりでこんなの持ってたんだろ?
こんな場所で道を塞いでるのは邪魔になる。俺には便利なスキルもあるからさっと直してあげますか。
車軸を直す前に、道路の凸凹を綺麗に均しておこう。これは簡単な魔法でいける筈。
後ろの車輪が接している場所を基準に、前後十メートルを施工すれば良いだろう。
使用頻度の少なそうな魔法を使うので、念のために地面に片膝を突き、それから両手を地面に乗せる。
「何をなさっているので?」
俺の様子に何か感じ取ったのか、おじさんの顔が困り顔から焦り顔に変わった。攻撃魔法でも使うと思ったのかな?
そんな事はしないですょ。
魔力を両手に集め、
「大地よ、我が願いによりて形を変えよ。
発動:大地変形!」
と呪文を唱える。
両手が明るく耀き、そこを中心にしてゆっくりと指定した範囲が白く光り始めた。
魔力が行き渡ったところで、
「実行:平坦化」
とコマンドを唱える。
大地変形は二段階詠唱式の汎用魔法の一つで、穴を開ける、圧縮する、耕すと言った工事や農作業に利用出来る便利魔法だ。
発動段階で対象範囲を脳内で指定し、実行段階でコマンドにより実行内容を指定して希望する現象を発現させる。
魔力による質量補填はせずに範囲内の凸凹を平らに均すだけなので、コントロールは実に簡単だ。
僅か十秒程で道にあった凸凹が消えて平らな道に生まれ変わった。
うまく行って良かったとホッとする。
この魔法は対象範囲の凸凹が少ない程作業が早く終わるし、消費する魔力も少なくて済む。
道路工事をするには最適な魔法の一つだろう。
「なんですと! 魔法で道路を修繕したとは!」
突然道路が平らになったことにおじさんはとても驚いているが、大穴を明けた訳でも無いし、この程度の魔法で驚かれても困るんだけど。
続けてクルクルと回して使うジャッキ、台になりそうな木材、それと工具を肩に掛けた革のバッグから取り出した。
「まさか、それ、マジックバッグですか!」
「えぇ、まぁそうですけど。大した量は入らないので」
更に驚いていたおじさんの相手はそこそこに、荷馬車の左右の梁の下に木材を置く。
木材は一辺が五十センチ程のサイコロ型で、木箱ではなく中身が詰まっているので見た目なりにズシリと重い。
骸骨さんは何に使う気でこんな物を持っていたんだろ。アイボルトを埋めれば錘に使えそうだけど。
この木材の上に梁の位置に合わせてジャッキを置くと、荷台との隙間は数センチと絶妙な距離になった。
「その大きな木の塊がそんな簡単に持ち上がるんですか?」
楽々とサイコロ型木材を動かしたことにおじさんが大袈裟に驚くので、俺は苦笑しながら車輪が浮くまで左右のジャッキを回す。
そして工具を使って車軸から車輪を外し、壊れた車軸はノコギリで両断してから引き抜いた。
どうやら馬車の構造は骸骨さんが死んでいる間も変わっていないみたいだ。
荷馬車の故障は車両と車軸の破損が一番多い。
道路も良くないので交換部品を持っておくのが商人の心得だと思っていたんだけど、違ったか?
中古だと言ってたから交換部品が無かったのかな。
引き抜いた車軸に一番近い木材をアイテムボックスの中から選び、太さを合わせるために足踏み式旋盤を取り出して少しずつ削って調整する。
足踏み式旋盤なんて代物を何故持っていたのか、これは記憶が欲しかったところであるが…前世の俺の記憶がかなり欠如しているのは、肉体再構築の影響か、それとも長期間死んでいた影響か。
念の為にアイテムボックスから物品を取り出す際は、革のバッグから出しているように偽装しているので、
「修理してもらえるのは非常にありがたいですが…マジックバッグにそんな物が?」
と出てきた品の数々におじさんが困惑していた。
半日進めば街に到着するそうなので、応急処置程度で良いと考えていたんだけど。
都合良く材料も工作機械も揃ったので本格的な工作に入った俺を見て、手持ち無沙汰のおじさんが近くをウロウロし始めた。
作業を始めてから小一時間程で新しい車軸を組み込むことが出来た。
骸骨さんが生前に冒険者に成り立ての頃、この手の作業を何度かやった記憶が作業中に甦り、だからアイテムボックスに工作機械と材料が入っていたのかと納得した。
作業要領はきっとプロに教えて貰ったのだろう。
冒険者が工作機械を持ち歩くのが当たり前の世界なのかは知らないけど。
「ありがとうございます! 本当に助かりました!」
車軸の製作中にお互い自己紹介を済ませていて、彼は行商人をしているケルンさんと言う。
そのケルンさんが何度もお礼を言うので手で止める。さすがに二桁回数はお礼のサービス過剰だよ。