第105話 お泊まり会と四角い穴
骸骨さんの持っていた超ヤバイ鎌の一撃で伸び放題の雑草を一掃し、道路も魔法で補修した。
『範囲指定』なんて何に使うのか分からなかった地味な魔法が想像以上に役に立つ。
「クレたん、やっておしまいなさい!」
御者台から芝居がかった声を掛けるカーラさんに付き合って、
「がってん承知の助!」
とそれっぽく?応じてから死神の如く真っ青な鎌を振るい、草を回収して道路を補修。
スパッ! ヒューン! ザザッ!
これを何度か繰り返して、ガラガラと音を立てて馬車を進める。
「これはラクね~馬の負担も減るし、乗り心地も最高ね!」
「麦の収穫もクレストさんが居たらどれだけラクだったか」
鼻歌混じりでご機嫌そうなサーヤさんと、しみじみと言うアヤノさんは農家出身かな?
「鎌を振る姿がこれほど似合う人も珍しいわね。でも胸を見るのはやめてね」
「クレたんの前世は多分エルダーリッチよ」
「絶対カマキリだと思うけど」
コッチにはエルダーリッチとか居るの?
滅茶苦茶強そうなんだけど。やっぱり顔は骸骨で、魔法使いのローブを着て鎌を持ってるのかな? そんなのとは遭いたくないや。
で、カマキリ言うたの誰よ?
そう言えばセリカさんの開いた胸を(俺の視線から)守る為に追加したゴージット見たいな部品だけど。
三日月みたいな形にカットした革を三段に重ね合わせて、アクセサリーみたいに仕上がっている。
胸甲との隙間が空いているので放熱性能もそれ程低下していない筈。
実はこれにヒントを得て、ルシエンさんが新しい鎧の製作に入っているのだが、それはまだこの場に居る誰も知らないことだ。
「クレストさん、無理はしないでね」
とエマさんが声を掛けてくれたのに手で応え、テンションアップした俺の鎌の勢いは増して行った。
作業を始めて何度『まっさお君』を振るったか。距離にすれば一キロ以上の綺麗な道路が山の麓に完成している。
一度に二十メートルの範囲指定だから五十回以上の鎌と魔法の連発なのに、一向に魔力が減った気がしない。
それは皆にとっても都合が良いので歓迎なのだが、俺の魔力はおかしくないか?
『魔熊の森』で魔法の訓練と称して知らずに予言に出ていた魔物の群れを退治した時は、若葉マークだったのでかなり魔力を消費した。
魔法が打ち留めの状態で、見た目は可愛いのに鋭い牙を覗かせる巨大シマリスの群れを相手にした時は正直怖かった。
あの時は落ちていた団栗を投げて退治したけど。
他にも赤い毛皮の一本角が生えた兎にも苦戦したな。
恐らくあの森に居た全魔物の中で最速の魔物だったと思う。俺の掌に風穴を開けた唯一の敵だし。
本日の野営予定地に到着し、『まっさお君』と『範囲指定』と『大地変形』の三連コンボで直径二十メートルの丸い平地を作り上げる。
中央付近に竈を作ってもらい、道中で回収した乾いた薪を隣に並べる。
隅の方におトイレを設置し、ふと外から動物とか魔物が侵入してくるのは防止しなきゃと思い立って壁を作ることにした。
『大地変形』は名前とは違って土属性魔法ではない。あくまでそこにある物質をチョコチョコと動かす魔法だ。
サイコキネシスを手の代わりに使っているのがイメージ的に近いだろうか。
だから穴を開けて退かした土は、その辺に放り投げるか、アイテムボックスに入れる必要がある。
つまり実質的には質量保存の法則(と勝手に言っているだけだ)が適用されていることだ。
それに対して今からやろうとしている土壁の作成は、魔力を使って無から土を生み出すと言う奇跡のような技だ。
高さ一メートルちょい、十五センチ角の四角い柱をまずは作る。それから『範囲指定』で円周を指定し、一気に同じ形の柱を並べてリング状の土壁を作成した。
『魔熊の森』で同じことをやった時には、世にも恐ろしいオブジェを大量生産したのだから俺の土属性魔法の制御はかなりレベルアップしたようだ。
ちなみにあの時に作った土のオブジェが魔物達の一部を貫き、なし崩し的に戦闘に突入したんだよね。だって魔物が隠れてたなんて思っていなかったし。俺にも土の槍みたいなのがどこから出てくるか分からなかったし。
「クレスト兄、僕より土属性魔法が上手いよ」
とルケイドが抗議してくる。
「俺は工事用の魔法しか使えないからね。
戦闘に使える魔法はないぞ」
まだ怖くて使えない、とは言わない方が良いだろう。
『範囲指定』を併用すれば、恐らく攻撃魔法も無差別ではなく限定的に使えるようになると思うけど。
「ねえ、クレたん。おトイレ以外に『格納庫』に入ってないの?
テントじゃなくてお家とか」
どれだけ期待してるんだか。
でもそれを期待しているのはカーラさんだけじゃないみたいだ。
幾ら骸骨さんでも、流石に家は持ってないだろ…一応アイテムボックスを見とくか…あ、なんか入ってる。
「たらららったら~『タイニーハウスぅ~』」
いかん、見つけた物をついノリで出してしまった。八畳ぐらいの大きさの木造の家…と言うか部屋?
骸骨さん、なんでこんなの持ってたのよ?
まさか定住せずに各地を放浪してたの?
台車の上に乗せられたこのまま家、ダブルサイズかもう少し大きなサイズのベッドが二つ置いてあるだけで他には何も無い。
「これなら皆で並んで寝られるわね」
と嬉しそうに言うカーラさんは、かなり適応能力が高いと思う。いや、高過ぎるだろう。
「どこでこんなの売ってるのかしら?」
「聞いたこと無いわね。この生地なんて、とても高級だと思うわ。
やっぱり私の胸を見たくて用意を…?」
何故毎回そっちに話を持っていこうとするんだよ?
セリカさん、そんなことを言って顔を赤くしないの!
「わぁ、こんな用意をしてくれてたなんてビックリです。
クレストさんに任せておけば、キャンプも快適だからとライエルさんが言ってたのは本当だったんだ」
さすがにライエルさんでもアイテムボックスにこんな物が入っているとは思ってもいなかっただろう。
エマさんも勘違いしないでよ。
俺がお店で買ったのは、普通のテントよりちょっと良いやつだよ。こんな非常識な非売品はリミエンじゃ入手不可能だからね。
「キリアスって凄い国なのね、こんな物まで作ってるなんて」
とサーヤさんが盛大な誤解をしている。内戦中の国がこんなの作ってる訳はないと思うけど。
それとも皆、土地を持たずに家を引っ張って動いているの?
それはそれで在りかも。ゲルとかパオとか言うのと同じノリで暮らしてるのかもね。
タイニーハウスの天井には魔道具の照明も付いているので、夜も明るく過ごせる。
骸骨さんはかなり旅が好きだったのか、必要に迫られてこんなの作ったのかは知れないけど。
他にも馬を二頭入れられる簡易馬房まである。
簡易浴室もあったが、これは流石に出すのを自粛した。
「クレストさん、帰ったらこの家を改築しましょうよ。
中にキッチンを作ったら雨の日でも料理が出来るし。ブリュナーさんに教えて貰うから、いつか作ってあげる」
とエマさんが嬉しいことを言ってくれる。
「それなら私も一緒に作ります」
と対抗意識をオリビアさんが覗かせた。
ここで喧嘩はしないようにね。
「それならおトイレも追加しようよ」
「男性と女性で仕切りを作ってくれると…やっぱり胸を見られるのは…」
「道具の手入れとか、矢を作れるように作業台も欲しいな」
「誰がどこで寝るかジャンケンよ! 今度は負けないから」
マーメイドの四人も改善案を出してくる。一人だけ違うことを言うのはお約束だから気にしてはいけない。
馬の世話と食事の支度を終わらせ、満点の星空の下で夕食をとる。
これが仕事でなければ、どれだけ楽しいイベントになったことか。
俺の作った土壁の上に、サーヤさんが鳴子のような仕掛けを作って何かの侵入があれば分かるようにしてくれた。
細いワイヤーならアイテムボックスにキロメートル単位で収納してあるし、工具もある。
野営を舐めてるのか、と言いたくなるような対応だが、不寝番を立てることもなく家の中で仲良く眠る…ガールズトークと緊張のせいで中々寝付けなかったけどね。
スライム達は土壁を作った時に外に出してある。餌の魔物を一頭渡しておいたので満腹のことだろう。
鳴子が無くても、この子達が居れば魔物の侵入は察知出来る。誰にも教えていないだけだ。
翌朝、何事も起きずに日の出を迎えた。男性特有の起床時の整理現象が治まるのを待ってからベッドを降りようとして…確か寝る前には隣にルケイドが居たはずだが、何故かセリカさんだった。
一度は治まった筈の生理現象が違う理由で再発したため、反対を向いて目を閉じデタラメな円周率を脳内で唱えて治まるのを待つ。
寝起きに破壊力抜群のお胸様は反則技だ。実に心臓に悪い。多分誰かの悪戯だろうが、良いものを見たので赦してやろう。
朝食を取り、出した物を片付けて出発だ。今日から本格的に調査に入るので、皆の顔は真剣なものに変わっている。
伐採後に植樹をしても上手く木が育たなかったと言うことで、雑草しか生い茂っていない斜面が延々と続く現場に到着した。
「これは予想以上に…手間が掛かるかも」
とルケイドが憮然とした表情を見せる。
「最初はおかしな植物が生えていないかの調査だよな」
「そうだね。『まっさお君』を使うのはその後にして」
まずは植生分布の調査だな。
目印となる土の柱を縦横一定間隔で立てていく。そこに一人ずつが入って、違った植物が無いかを確認していくと言う地味な作業の繰り返しがスタートした。
俺は先行して目印を立てて進む。『範囲指定』の良いところは傾斜地であろうが水平距離で指定が出来ることと、指定したラインが俺には視覚情報として認識出来ることだ。
どんな傾斜にも左右されず、常に同じ距離を保つのでダンジョンに入ったらマッピングにも使えそうだ。
確認の終わった範囲は『まっさお君』で綺麗に刈り取ってアイテムボックスに収納する。ここでは地均しはしない。馬車が通る訳でも野営地にするわけでもないからね。
そうやって厭がらせのような作業を昼間で続けたが、完了した範囲は全体の一パーセントにも充たないだろう。
草を刈り取り、剥き出しになった地面が彼女達の成果を見せているが、これでは言葉通りにボウズである。
平地を作って昼の休憩を取りながら、
「他の遣り方を考えないといけないかも」
とルケイドが呟く。
今やっているのは、俗に言う全数検査と同じである。品質検査ならこれが一番確実なのだが、事実上こんなのは無理。だから工場では抜き取り検査でランダムにサンプルを取って検査することが多い。
この現場でも同じことが言えるだろう。
それに生えている草だけ見るのも何か違う気がする。
異常があるとすれば土の中の可能性が高いが草は生えている。つまり除草剤的な物は散布されていないことになる。
ルケイドにもアイテムボックスがあるなら、『植物図鑑』と『範囲指定』を連動して同じ種類の植物を収納出来ないのかな?
先に俺が『まっさお君』で刈り取り、ルケイドが『植物図鑑』で鑑定したものを一気に取り込む。残ったものが鑑定出来ていない物ってことだ。
『植物図鑑』か『鑑定』のスキルを俺が持っていれば一人で試せるんだけど。
ただ、転生者ではない女性陣はアイテムボックスの存在を知らないから、使えるのは俺の『格納庫』だ。ルケイドも試したら『格納庫』が使えた!と上手くお芝居してくれれば良いのだが。
魔法は確か、想像力で起こしたい現象を魔力を使って実現させる技術だ。それならオリビアさんとカーラさんにも使えないかな?
試すだけなら只で出来る。
「ちょっと相談。俺の『格納庫』スキルを魔法で再現出来ないか、やってみてくれない?」
俺の意図に気が付いたルケイド以外がキョトンとした。皆に効率を上げるための遣り方だと説得して始めて貰う。
サーヤさんが一番に脱落した。早過ぎる気もするが、魔力その物が少ないのだろう。
そしてセリカさん、アヤノさんも脱落する。二人は魔法の適性が無い剣士だから仕方ない。
意外とエマさんが粘っているのにビックリだ。魔法適性が無いと聞いているが、この訓練で目覚めたのかな?
「少し難しいです」
と悔しそうにオリビアさんが脱落。だが空中に丸い光の輪を作ることに成功している。残念ながら異次元に繋がるような機能は有していないけど。
「タンスにドンドン!」
と叫んだのはエマさんだ。
それは臭いの付かない防虫剤へのオマージュでしょうか?
オリビアさんが何を馬鹿なことをと笑ったその直後、エマさんの前の空間がゆっくりと揺らぎ始めると数秒後には黒くて四角い穴のような物が開いた、と言うか浮かんだのだ。
「嘘…よね?」
光の輪しか作れなくて悔しかったのか、オリビアさんが否定しようと首を振る。
「何か試しに入れられる物は…」
と周りを見るエマさんにアイテムボックスから薪にする枝を一本渡す。
それを受け取って黒い穴?に差し込もうとすると、黒い波紋を立てながら飲み込んでいったのだ。
擬音で言えばチュポッとかシュポッとか表現するような音を立て、薪が完全に穴?に飲み込まれた。
「あっ! クレストさんのが私の穴に入ったわ!」
…その言い方っ!