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第103話 山に行くのに必要な物

 カンファー家の所有する山に向かう日が遂にやってきた。

 冒険者ギルド前には二台のギルドのマークの入った馬車とそれを用意してくれたライエルさんが笑って立っている。

 それに乗るのは俺、ルケイド、オリビアさん、『紅のマーメイド』の四人、そしてエマさん…エマさん? なんで書記に?


 ライエルさんが言っていた、俺には絶対に敵対しない人…確かにエマならそうかも知れないけどさ。

 大きなリュックを背負って、出発前からしんどそうだよ。


 とりあえず二週間をメドに一旦帰還し、何日か休んで再チャレンジする予定だから、二週間分の荷物を持っているんだろうけど。

 着替えとかいっぱい詰まってそうだ。


 後で余っているマジックバッグをプレゼントしようかな。


「皆揃ったね。目的地にはマーメイドの皆が連れて行ってくれるよ。四人とも御者が出来るからね。

 飼い葉と馬用の水もクレスト君、持っているよね?」


 擬装用の一番大きな革袋経由でアイテムボックスに言われた物があることを確認する。他にも岩塩の塊や馬用のおやつもある。

 これらは雑貨店に言われるままに買い込んだ品物だ。


「オッケー。それなら問題無さそうだ。

 君達八人は今日から二週間、第十二次カンファー家所有地調査隊として現地調査を行ってもらう。

 過去に何度もチャレンジして成果の無かったミッションだ。だが貯水池奥のダンジョンが発見されたように、何かの変化が起きている可能性も考えられる」


 そのダンジョンの攻略は金貨級パーティーがチャレンジ中だが、まだ全容は解明されていないらしい。

 長年の封印により、かなりダンジョンが成長しているらしいのだ。


 このダンジョンが発見されたように、カンファー家の所有地に何かの封印が隠されていると考えているのだが、それが何かはまだ分からない。


「過去の調査資料はクレスト君が持っている。現地到着まで時間のある人は念のため読んでおいて。殆ど参考にはならないと思うけど」

「それ、言わなくても良いやつです」

「そうかも知れないけど」


 適当なギルマスだな。結果は出なかったが、少なくとも当時の状況とやったことぐらいは分かるように書かれているのだ。山に変化があれば気が付くだろう。

 写真もビデオも無く、文字情報だけなのでどこまで当てに出来るかは疑問だけどね。

 なるほど、それなら参考にならないと言われても納得か。


「一週間後に到着するように誰か送る。エマ君、その時に中間報告を頼むね」

「はい。分かっています」

「それとルケイド君には商業ギルドから連絡があって、留守中はチャムさんが総監督代行、フラウさんが代行補佐として実験を継続することを決定した」

「はい、承知しました。二人にはそうなる可能性が高いと昨日言ってあります」


 それって恐らく、『ルケイド側にイニシアティブを持たせている、ギルドはルケイドの補助をしているのだ』とチャムさんに思わせたいだけなのだろう。

 一応あの親衛隊長はルケイドから留守を任せると言われたからね。


「それと三日後ぐらいに新しい実験室がオープンするそうだ。

 紙も同時研究するので、君達の書いた装置はほぼ製作完了とのことだ」

「実験室? 楽しそうね」

と呑気に言うのはカーラさんだ。

 ひたすら地道に繰り返していく作業だから楽しくはないと思う。


 参加者は綺麗になりたいと言う一心で頑張れているのだ。それは若いカーラさんより、中年女性の方が強い欲求を持っていることだろう。


「当面の運営資金は新しく出来たばかりの『リミエン商会』から提供されるらしい。

 追々開発状況を見て他の商会にも募る予定だとか」


 昨夜、食後の報告会でブリュナーさんから商会のことは聞いている。最低三名の人員と資本金があり、まともな団体だと判断されれば設立が認可されるのだ。


 ブリュナーさんに集めてもらった三名は昔のブリュナーさんの仕事仲間らしい。表立って同じ組織に参加していたとか、そんな記録は残されていないとか。

 恐らく影からブリュナーさんを支えていた人達なのだろう。


 自社生産しない商会ならそれ程高い市民権は要求されず、第二級市民権でも設立が可能だ。

 生産はしないが生産させる、と言うところはグレーゾーンだと思うのは気のせいか?


 ライエルさんもレイドル副部長も、きっとリミエン商会のバックに俺が居ると勝手に想像しているに違いない。

 どこにどんなスパイを入れているのか知らないけど、ギルドは情報収集は怠っていないんだよね。


「紙は領主様も喉から手が出るほど欲しがっているからね。まぁ、こちらは今の時点で殆ど成功したような物らしいけど」


 ルケイドが試しに浮草の繊維と糊を使って葉書サイズの紙を手漉き和紙風に作ったが、これが少し緑色ではあるものの良い出来だった。

 この国には植物原料の紙は無いと言われていたが、実はトイレで使うチリ紙が植物繊維から出来ていたのだから、何とも間抜けな話だ。

 その職人に紙作りの工程を教えると、いとも簡単に浮草紙を作ってしまったのだから。


 チリ紙は色も汚く表面が凸凹としていて筆記には向かないので、誰も紙と認めていない、そんなアホくさい理由があったのだから大笑いだ。

 浮草以外の原材料を見つけるのが、紙に関しては商業ギルドの役目だろう。


「後は健康第一、皆で仲良く、楽しくやって欲しい。

 男性が二人と女性六人と女性優位の編成だけど、節度を持って接すること。男女間のトラブルは厄介だから。まあそちらの報告は不要だけどね」


 それってどう言う意味でしょーか?

 セリカさんの胸をロックオンするな、とか?

 確かに毎回弄られて大変だけど。


「最後に。決して無理はしないこと。分からないことがあればリーダーのクレスト君に相談すること。

 クレスト君が分からないことは慌てて無理に解決しようとしないこと。二度目の調査で対応すれば良いからね」


 現地に入らないと、何が起きるかサッパリ分からない。ルケイドとサーヤさん頼りになるかも知れないし。

 魔物がどれぐらい出てくるかが不安要素か。非戦闘員のエマさんを守らないといけないからね。


 後は馬車でどこまで行けるかだ。山歩きは体力勝負。これもエマさんの体力に合わせて行軍するか、ベースキャンプを張ることになる。

 そうなると調査する部隊と待機する部隊に別れる必要が出てくるか。

 ローテーションで調査に出るのが良いかもな。


「じゃあ出発式はこれで終了。無事の帰還を祈る」

「では行ってきます」


 ニコニコ顔のライエルさんに軽く頭を下げて馬車に乗り込み…いきなり混乱が生じた。


「クレたんの隣は私が乗るわね!」

「いいえ、書記の私です!」

「パーティーメンバー三人で固まるべきでは」

「胸をジロジロ見ないなら私が座る」

「最初に勧誘した私に決まってるわ」

「それならリーダーの私が一番よね」


 君達ねぇ、一体何をやってんだか…


「それならマーメイドの四人は二人ずつ御者台に乗って、クレスト君とルケイド君、エマ君とオリビアさんが室内で良いのでは?」


 ライエルさんが楽しそうな顔の後に割とまともな提案をしたが、女性陣に即座に拒否された。

 そして座席割は異世界ジャンケンで決まったのだ。


 最初は俺、エマさん、サーヤさん、御者台にアヤノさんの馬車と、ルケイド、オリビアさん、セリカさん、御者台にカーラさんの馬車となった。


「くれぐれも痴話喧嘩にならないように。

 男女間のトラブルで崩壊したパーティーは多いからね」

と手を振るライエルさん。ミランダさんも出てきて見送ってくれた。


「行ってらっしゃーい!

 君達の冒険は始まったばかりだ、よ~!」

「間違ってないけど言い方っ!

 それ、打ち切りの時のやつだから!

 まだ続くから!」


 ヨシ、と満足げに笑うミランダさんに速攻でツッコミを入れる。なんて縁起でも無いことを。


 御者となった二人が車輪止めを外して運転席に乗りこむと、それぞれが

「アヤノ、行きまーす!」

「カーラ二号機、発進!」

と掛け声を出して手綱を操る。


 本来なら浮草回収依頼の馬車より先に出る筈だったのに、ジャンケンなんてやってたせいで後ろを進むことになった。


 城門では衛兵隊のロッド副隊長が見送りしてくれた。ギルドのマーク入りの馬車はちょっとした権威を持っているようで、行列なんかに並ぶと優先的に通してくれるとか。

 今は偉い人が乗っていないから、そんなの無しで構わないんだけどね。


 サーヤさんとエマさんは仲が良いらしく、二人で楽しそうにお喋りを始めた。

 知ってはいるが、女性同士の話に男性は入っていけない。


 詳しくは知らないけど、脳科学的に見ても男女では思考パターンが違うらしいのだ。

 なんてことを言うと、男女差別とか色々言われ兼ねないのだが、(脳科学者が一般的なケースと前置きしたとしても)やはり彼女達の思考と俺の思考は違っている。

 故に居辛い。会話に中々割って入ることが出来ない。話について行けない。

 しかも俺はこの世界の住民ではなかったのだから、尚更だろう。


 ライエルさんの言った通り男性二人で乗っていた方がラクだったに違いない。ルケイドは転生者だから、俺の多少の失言は『あー、やっぱり』と思って聞き流してくれるだろうし。


 リミエンを出て貯水池行きの馬車の後ろをノロノロと一時間弱進み、そこから更に一時間で金貨級パーティーが攻略中のダンジョンのそばを通過する。


 そこから暫く道なりに進み、その先にある丘を越えると、向こうにカンファー家の所有する山々が近くに見えてくる。


 ここで一度、昼休憩だ。座りっぱなしだとエコノミークラス症候群になってしまうから適宜休憩と運動は必要だ。


 そして長距離移動での困り事のトップスリーに入るであろう、おトイレ問題に直面する。

 主要街道沿いならまだ道中に旅人用の施設が整備されていたりするが、そこから外れるとダッシュで走って物陰を探さなければならないのだ。


 物陰が見つかる場所ならまだ良い。何も無い場所もあるし、安全かどうかも分からないのも困り物だ。


 だから今回は特別に俺の能力の一部を披露することにした。


「皆、内緒にしといてよ。

 初公開のレアスキル『格納庫』!

 アンド…チャチャチャ チャッチャチャーン、移動式おトイレ~!」


 勿論アイテムボックスがその正体なのだが、それをバラすのはレアスキルどころの話では収まらない。勇者の持つスキルらしいからね。


 だからマジックバッグとは違って、クチより大きなものは入らないって言う大きさの制限は緩和されているけど、収納時に魔力を使うと言う嘘の設定の『格納庫』なるスキルをでっち上げる。


 そして骸骨さんの持っていた災害時用のトイレを取り出したのだ。

 工事現場やイベント会場でも良く使われているアレだ。

 アイテムボックスには生物は入れられないから、スライム式エコトイレでは無い。

 先に大地変形で深く穴を開けておき、そこに出した物をポチャッと落とすのだ。


 背面にウォーターサーバー式タンクが付いていて、水を入れておけば魔石が無くても水洗式になる。壁も分厚くて外に音は聞こえない。

 部屋は二つ。買い込んだチリ紙と芳香剤も置いてある。

 

 骸骨さんの持ち物の中で、これ程有難いと思った物は無いよ。絶対世に出しては行けない危険な武器の数々より、このおトイレの方がよっぽど人の役に立つ。


「信じられない…おトイレ持ち歩く人なんて初めて見た…」

とエマさん。

 うん、俺もそんな人は知らないから安心してね。


 他の人達は暫く絶句したが、

「大・魔神…」

と呟くサーヤさん。何故そんな言葉をチョイスしたのよ?


「だから穴を掘ってシュート?」

「違うわ、大・魔神ササキが落とすのはフォークよ」

「食器の使い捨てはダメですよ、勿体ない」

「クレたん、悪いけど反転出来る?

 入るとこ見られたく無いから、ドアは向こう向きにして欲しい」


 オリビアさんにアヤノさん、それは魔神違いですから。

 あと、セリカさんは良い嫁になりそうだね。 

 そして最後のカーラさんの言葉に女性陣が一斉に頷いた。


 一度アイテムボックスに戻して、向きを意識しながら位置を指定して出す…これは意外と気を遣う作業だった。

 

 その後で記念すべき初日の昼食に串焼きを巻いたパンケーキを取り出した。

 これを初めて食べたルケイドがあまりの旨さに感動したのか、物凄い勢いで食べてしまった。


 そのルケイドだが、チャムさんとディアーズの件を気にしているのか、かなり俺に気を遣っている。

 どちらもルケイドのせいではないのだから、そんなにシュンとしなくて良いのだが。


 チャムさんにはちょっと言い過ぎた感もあるが、あの後エメルダさんが間に入ってルケイドとの仲を取り持ってくれたようだ。


 俺もあのチャムさんには切れたし、まだ関係改善とはなっていない。自己中心的と言うか、視野が狭いと言うか。

 あと、相手がどんな人か知ろうともせず、思い込みで人を否定するのは絶対に避けるべきだね。

 あの人をレイドルさんが躾けをしているらしいけど、果たしてどうなることやら。帰ってからの楽しみだ。

まさかのトイレ回…でもこれ重要!

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