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スライム×3+骸骨×1≒人間です。(リメイク版)【第一部として完結】  作者: 遊豆兎
第6章 登山の前にキチンと準備を整えよう
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(閑話)付き合う人は考えて

「やっぱり砂糖と香辛料か…」


 何か真剣に考え事をしている濃紺の髪の男性に声を掛けたのは、きっとこの人が私の彼の弟にチョッカイを出している人だと思ったから。


 私はファロス武器店の娘のリイナと自己紹介し、ルケイド君の兄のディアーズ様とお付き合いをしていることを説明すると、ぶっきら棒にどんな用件か聞き返してきたわ。所詮頭の悪い冒険者ね。


 ディアーズ様が何か企んでいると疑っていることを告げると、プッと吹き出すなんて失礼な人ね。

 しかも、

「現在のカンファー家に明るい未来はありません」

なんて下手な嘘をつくのよ、どこまでも失礼ね。

 彼の家を侮辱するなんて信じられないわ。だって建国前から続く名家なのよ。そんなことある訳ないでしょ。


「何も知らずにディアーズ様とお付き合いを?」

「古くからの名家であるカンファー家に対する侮辱は許しませんよ!」


 私が本気で怒ると、この失礼な男性は額を押さえたわ。何をやっているのやら。


 私リイナさんがディアーズ様とお付き合いしているのを両親が知っているかと聞くてきたので、婚約するときに話してビックリされると返事したわ。


 この後、私は彼からプロポーズを受けるのよ。夕焼けの綺麗な岡に誘われているから間違いないわ。それから両親に報告して喜ばせてあげるつもり。

 絶対に良くやった!と褒めてもらえるわ。

 取り柄の何もない私だけど、リミエンでも有数の名家に嫁ぐなんて凄いと喜んでくれない訳が無いわ。


 カンファー家の事をよく調べるか、両親に聞けと言われたけど、調べても何もないわよ。

 アナタなんかに言われなくても、これ以上の将来設計はありません。

 それ以上彼の家のことを穢すなら、本気で怒りますわ。


 そう思っていると、

「急に居なくなって心配したぞ!」

と言いながら、私の愛する彼がやっと来てくれたわ。私からはぐれたのは貴方の方よ。彼も濃紺の髪のことは知っていたようで、

「俺の女に手を出そうとしていたんじゃないだろうな?」

と言ったわ。


 私から声を掛けたからそこは勘違いだけど、敢えて訂正するような空気の読めない女ではないのよ。彼に恥を掻かせるような真似はしない。


「初めまして。

 いつもルケイドには世話になっています」

と意外にも丁寧な挨拶をするものね。

 それに釣られて、

「これはどうも…俺はディアーズ・カンファーだ…じゃねえ!

 そんなんで誤魔化せると思うなよ!」

と一瞬和解ムードを漂わせてからの激昂は彼の得意な口撃パターンよ、今日もキレキレね。


「落ち着いて! 話せば分かるから!」

「うるさいっ! 決闘だ!」


 あら、こんな弱そうな人に決闘を?

 結果は見えているけど応援するわね。


 彼は剣術スキルを持っているので、今まで決闘で負けたことは無いのよ。今日も彼の華麗な剣捌きが見られるかと思うと、

「決闘なんてしてる暇があるなら、お宅の山の調査の準備でもします。

 ディアーズ様も家の将来の為に動かれるべきでは?」

と、意味不明なことを言うの。カンファー家の儲かりの秘密を調べると言いたいの? 


「ウチの山に何をしに行くつもりだ!?

 カンファー家の山に勝手に立ち入るなど言語道断! 死んで詫びろっ!」


 彼ならそう言うと思ったわ。構わないから、殺っちまいな。私の贈った宝剣ジャアークに切れない物は無いのよ。

 マジックバッグから取り出したジャアークは鞘から抜かれていたわ。気が早い人ね。


「冒険者ギルドと商業ギルドと伯爵様から山に入る許可が出てますが何か?」


 これだから頭の悪い冒険者は困るのよ。そんなことがある訳ないでしょ。


「貴様みたいな屑にそんな許可が出る訳が無かろう!

 大嘘も大概にしろ!

 武器を取れ!」


 彼も嘘を見抜いたようね。早くジャアークで切り刻んでやりなさいよ。


 私がその光景を想像していると、

「あっ! そこに大銀貨が落ちてるよっ!」

と彼の背後をさっと指差した濃紺の髪。幾らディアーズがガメツイと言っても、大銀貨程度に反応するわけ無いわ。


「何っ!?」

とその指が示す方向に振り返った彼を見て、私は『嘘でしょっ!』と内心では思ったわ。そんな子供騙しに引っ掛かるなんて。

 でもそれは彼の純粋さの現れなのかも、そう思うと益々彼が好きになったわ。


 私が彼への想いを深めて身悶えしている隙に、黒髪の男性は全力で走って逃げてしまったわ。逃げ脚だけは早いようね。


 お金に釣られて逃がしてしまった彼は少しかっこ悪かったけど、たまにはこう言う事もあるわよね。


 気分転換にお昼ご飯を食べに行こうかしら。最近噂の肉巻きパンを一度食べてみたいと思っていたのよ。

 少し甘いパンで串焼きを巻いただけなのに、タレのしょっぱさとパンの香りと甘さが絶妙なハーモニーを奏でるそうなの。


 たまには彼に驕って貰おうかしら。デートの時はいつも私が払っているもの。屋台飯ぐらいなら彼だって遠慮しないで出してくれる筈よ。


 でも何処にその屋台があるのか知らないから、少し探しながら歩きましょう。彼の手を取ると、

「落ちてなかったよ」

と、残念そうに悔しがる彼を見て、本当に落ちていたと信じるなんてどれだけ素直な人なのかと可愛く思う反面、この人で本当に大丈夫なのかと疑問を少し感じたけど、それは表には出さないわ。


 それから屋台を探して歩いていると、何処からかとても芳醇なバターの香りに雑ざった甘い蜂蜜の香りが漂ってきたのよ。

 間違いないわ、この先に目的の屋台があるのね。


 到着した時には既に何人か屋台の前に並んで待っていたわ。看板には『ラゴン村のパンケーキの店 名物串焼きパン 一個大銅貨八枚、パンケーキ 一個大銅貨六枚、フルーツパン 一個大銅貨八枚』と書いてあったわ。


 ただのパンが大銅貨六枚?

 かなり強気なお店なのね。それだけの自信があるってことよね。これは楽しみだわ。


「げっ、大銅貨六枚…信じられない」

と看板を見て驚いている彼は、きっとこの良い香りのするパンがたった六枚で買えると驚いているのかしら?

 名家カンファー家から見れば、ゴミのような金額だものね。


 その程度なら私の財布から出しても問題ないと判断したのか、今日も彼は財布を出すことは無かったわ。

 三個のパンを彼と半分こするのはお約束。


「こんな旨いの食ったこと無い」

と感動したように周りにアピールしている彼に、そんなに宣伝してあげなくてもこの店は繁盛してるわよと言ってあげると、

「それもそうだね」

と恥ずかしそうに笑ったわ。そう言うところが可愛いのよね。


 お腹もいっぱいになって、少し休んでから次は何処に行こうかと考えていると四十代の男性が走り寄ってきたわ。


「探したぞ! ディアーズ、大変なことになったぞ。

 領主様に緊急の呼び出しを受けてな、我が家の領地の調査に凄腕の冒険者が派遣されることになったんだ」

と興奮気味に話すのよ。何の事かしら?


 そう言えば、あの濃紺の冒険者も山の調査と言っていたわね。でも彼はまだ二十歳そこそこで凄腕には見えなかったから違う人の話ね。


「父さん、山に誰か入るって?

 ヤバイじゃないかよ。だいぶ前の調査で原因不明ってことになってからも放置してきただろ」


 何の話なの? カンファー家は幾つもの山を所有していて、その山から運んだ木材で財を成したのよ。その山に異常が起きているの?

 じゃあ、あの濃紺が言っていたことは本当なの?


「あの、私はファロス武器店の娘のリイナと申します。ディアーズ様とお付き合いをさせて戴いておりますが、ディアーズ様のお父様ですね?」

「おお、これは失礼しました。

 ディアーズの父のバイロと申します。このような美しいお嬢様がお付き合いしてくださっているとは思いもしませんでした」

「まぁお口のお上手なこと。私なんてソレほど美人ではありませんわ。

 ところで山の話というのは?」


 私がそうクチにすると、ディアーズ様は物凄く慌て始めたわ。おかしいわね、いつもは概ね冷静な彼がこんなに慌てるなんて。


「ディアーズ…リイナお嬢様にお話しをしていないのか? いや、それは後にしよう」

「あの…失礼ながら、先程冒険者のクレストさんに山の調査に行くことを伺いました。それは事実でしょうか?」

「…既にお耳にされたのですか…流石ファロス武器店のお嬢様です」

「偶然通りで見掛けたもので、こちらからお声掛けを。ルケイド様に良からぬ事をしていると聞いておりましたから、確認しようとしたのでそこから山の話を聞きまして」


 そこでお父様は深く溜め息をつかれたわ。


「あの…クレストさんが山に調査に行くと言われ、私もディアーズ様も信じなくてその…それでディアーズ様が決闘をと…」

「何だってっ! この馬鹿がっ!」


 お父様が拳を握り締め、ディアーズ様を殴ろうとしたのを見て私は必死で止めたわ。痛いのは誰でもイヤですもの。


「ディアーズ、クレスト様に謝罪を…いや、儂も行く。お前では当てにならない」


 お父様のディアーズ様に対する評価は低いと思いますが、親が子を過大評価し過ぎて無理難題を押し付けるのに比べればまだ良い方?


 クレストさんの自宅は予想以上に立派でした。銀貨級冒険者にしては、着ている物もシンプルながら貴族の普段着にしても問題の無いものでしたし。

 ディアーズ様は古くなったお洋服でも大事になさり、余計な出費はしない主義で堅実だと思っていたので正反対のようですね。


 玄関をノックすると、出てきたのはもうすぐ五十代に入るかと思われる、とても洗練された執事でした。

 玄関で靴を脱ぐと言う珍しい屋敷ですが、フカフカの床を素足で歩くのも良いものです。窮屈な足が解放されて喜んでいるようです。


 クレストさんはまだ帰っていないとのことでしたが、その執事に自己紹介をして今日の出来事をお父様と私からお話しました。


 そこで私が激おこプンプンになったのは当然だと思います。

 ディアーズはカンファー家の山に起きている異常、そしてカンファー家の経済状況を隠して私と付き合っていたと知ったのですから。

 ですが今は余所の屋敷に居るのです。ここでヒステリーを起こすような恥ずかしい真似は致しません。


 ですが、ディアーズがクレスト様に取った行為を私も煽っていたのは事実です。だから正座をしてクレスト様が戻られるのを待つことにしました。


 戻ってこられたクレスト様は私達を見るなり呆れながらソファを勧めてきました。

 この床はカーペットの下にコルクを敷いてあるから痛くないのですね。


「ソファなど滅相も御座いません。本日は我が家の愚息が大変なご迷惑をお掛けし、誠に申し訳御座いませんでした!」

とお父様…いえ、バイロ氏が土下座をしてそう答えます。


「で?」

と短くクレスト様がディアーズに問うと、彼が慌てて「申し訳ありません」と私も一緒に土下座をさせたのよ。何で私まで?


 土下座とは勇者がもたらした最大級のお詫びの仕方。これを遣ればどんな罪でも償えるらしいわ。でも、

「あのさ、そうやって土下座されても何も解決しないんだよ。時間の無駄だからやめてよ」

と言われたの。

 やはり見せかけだけの土下座ではダメなのね。


 もう少し別の言い回しをと執事が笑いながら注文すると、

「言い方を変えても意味ないし。

 それにルケイドと付き合いがあるからカンファー家とは金銭で解決する訳にも行かないんだ。

 だから悪いけどハッキリ言わせてもらうよ」と言い切るの。凄い人ね。


「当主さんは山の問題が起きてからの対応が全然なってない。

 木材の安定供給を担う筈の貴族家なのに、問題を先送りにしてきただけだよね。

 領主様にそう言われたんじゃない?」

「はっ! 誠にその通りでございます」


 私の知らない情報もしっかり掴んでいるのね。これが凄腕冒険者の実力かしら。


「ディアーズさんはそんな家の状況をリイナさんに一切教えていない。

 何処のお嬢様か知らないけど、財産目当てに付き合ってると思われても仕方ないよね?

 即ち詐欺罪だ。俺に謝るよりリイナさんに謝るべきだ」


 そう、ディアーズはまさしく詐欺師よ。良く言ってくれたわ!

 対してディアーズはゴモゴモと口篭もるだけ。全く情けない奴ね。


 執事が私のことを紹介すると笑顔になって、

「あ、ビリーのお姉さんか!

 土下座なんてしてないでソファに座ってよ。こんなの知られたら俺がビリーに怒られるから」

と私だけにソファを勧めるの。


 そう言えば、ビリーが騎士にスカウトされたのは、クレスト様の協力のお陰らしいわね。ビリーが嬉しそうに彼の事を話していたわ。

 その時は話を盛っていると思って聞き流したんだけどね。


 立ち上がろうとした私は足が痺れて上手く立てなかったのを、執事が手を差し出して支えてくれたわ。良い執事を雇っているのね。

 一体どれだけのお給料を出しているのかしら?


 彼の肩掛け鞄はマジックバッグだったみたいで、領主様が発行したと言う委任状を取り出して執事に渡したわ。

 執事は巻かれた羊皮紙を解き、スラスラと読んでから詐欺師に渡したわ。

 正座をしたままの詐欺師が羊皮紙を受け取って読み進めていくうちにドンドン顔色が悪くなったわ。


「俺からの説明は要らないよね。これ以上の謝罪は要らないし。

 次があればだけど、次からは気を付けて」


 次があれば…それは事実上の死刑宣告。この詐欺師に次なんてある訳ないもの。


 その後に教えてくれたのは、現在ルケイドさんが行っている実験の内容よ。

 商業ギルドのバックアップを受けながら、洗浄剤と紙を研究しているんだって。

 それは成功確実で、ルケイドさんはカンファー家よりお金持ちになるそうよ。


 そんな話は聞いていないわ。今からルケイドさんに乗り換える? いえ、兄のお下がりの女なんて普通は欲しいと思わないわよね。


 領主様がカンファー家を潰してルケイドさんを貴族家にするのも初耳だわ。

 そんなことになったら、この詐欺師なんて三日で野垂れ死ねるわ。

 完全に詐欺師と私の縁は切らないと、コッチにも飛び火しそうだわ。


 ルケイドさんが成功してお金持ちになってもお金を強請るなと、クレスト様は詐欺師だけでなく詐欺師の父にも死刑宣告をしたわ。余程父親のやってきたことに腹を立てているのね。


 これだけ立派な屋敷と執事を雇う経済力、それに領主様にまでその力量を認められている。

 私は何て時間の無駄遣いをしてきたのよ。付き合うなら絶対クレスト様の方が優良物件に決まっているわ。


「で、リイナさんはこれからどうするの?

 好きなら辞めとけとは言わないし」


 クレスト様、私の好きにして良いと? 優しいのですね。


「私もクレスト様の言葉を聞かず、ディアーズをけしかけるような態度を取ってしまいました。申し訳ありません。

 今後のことは少々考える時間を下さい」


 直ぐさまクレスト様に鞍替えするのは尻が軽いと思われるから、少し焦らすことにしたわ。


「後はブリュナーさんに任せたから」

と言ってリビングを出るクレスト様を、これからどう口説こうかと頭を悩ますわ。


 それから私達に小言を言う執事だけど、全部素通りしていくわ。

 クレスト様の御屋敷を出て、私はディアーズの足を蹴ったわ。

「もう私の前に出て来ないで!」

と叫んでディアーズのホッペタにグーパンを入れてスッキリしたわ。


 詐欺師の父親は当然だと私に謝罪し、泣きだしたディアーズを連れて家に戻っていく。さて私はどうすればクレスト様を堕とせるかしら?


 真剣に考えながら歩いていると、クレスト様と執事が屋敷から出てきたわ。


「あれ? どうしたの?」

「クレスト様!

 どうか私とお付き合いをお願いします!」


 ストレートにそう気持ちをぶつけると三つ数える間も無いうちに、

「ごめんなさい!」

と頭を下げられた。

 ヤバイ、これって完全に拒否られたって言うことよね。


「暫くは親方様に何を言っても無駄で御座います」

とダンマリのクレスト様に変わって執事が言ったわ。

 確かクレスト様って女癖が悪いって噂よね。それなら譲歩するしかないわね。


「クレスト様に既に意中の方が居られるのは存じております。

 私は第二、三夫人でも構いませんので、どうかご再考を!」

「…はぁ、人の気持ちを全然考えないような人とは、お付き合いなんて出来ませんよ。

 お引き取りください」


 ガーン!

 そんな馬鹿な!

 でもこのチャンスを逃してなるものですか!


「我が家はリミエンで一番の武器店なんですよ!

 あなたの役に立ちますわ!」


 私の力では無いけど、お父様の力を振りかざせばどんな男もイチコロよ。


「俺さ、リミエンで売ってる武器には興味が無いんでお宅の武器に用は無いし。

 ディアーズと違って財産もいらないし。

 それにそう言うことを言う人、嫌いだから話にならない。

 もう一度言います。お引き取りください」


 えーっ! 嘘~んっ! 武器に興味無いなんて、貴方はイン○なの? 男なら武器店の女に勃たない訳が無いでしょ!


「それ以上言えば余計に嫌われるだけです。

 親方様は好き嫌いをハッキリと仰られる方ですし、既に財産も十分に御座います。

 怒らせる前に立ち去られる方が賢明であると察して戴きたく」


 執事が怒りを隠しながらもそう言うと、少し頭を下げてさっさと歩き出していたクレスト様の後を追いだした。コレはマズイ。どうすれば?

 あっ、クレスト様はさっきこう言ったわね、

「でも…好きなら辞めとけとは言わないって言ったじゃないですかっ!

 私、クレストさんのことが好きになったんですっ!」


 好きか嫌いかなんて後からよ。でもクレスト様の財力は間違いなく好き。


「はぁっ!?

 ディアーズのことに決まってるでしょ!

 あんた馬鹿?」


 それから何も言わず二人は去って行ったわ。でも諦めるもんですか!

 ディアーズみたいな詐欺師に騙されて無駄にした時間を取り戻すには、クレスト様と結婚するのが一番だもの。

 今リミエンに居る年頃の男性で、私がこれって思える経済力を持って、なおかつ見た目も悪く無い人って彼以外には居ないもの。


 どうやって彼を墜とそうかしら。お父様に相談しましょうか…はい、家に戻ると怒られました、それはもう盛大に。

 先にカンファー家の二人が来て謝罪した行ったと言うことで、選りに選ってカンファー家の男に入れ込んでたなんて、どんだけアホかと。

 でもそう言う情報はお父様だって何も教えてくれないじゃないですか。

 悪いのは私だけでは無い筈よ。


 で、そのすぐ後にクレスト様と執事が来たらしいわ。

 私がクレスト様の意思を無視して迫ってきたのでとても迷惑していると、先手を打ってクレームを入れて来ていたの。遣るわね、あの執事め。


 私の行動を監視するためか、それら私が外出するときには護衛兼監視役が付くことになったわ。

 その護衛を連れて外出した後、お店屋に戻ってくると我が家の看板に弾かれたような動きを見せたクレスト様に出会ったわ。


 私の思いが通じたのかしら?

 もう一軒の武器店に行こうとしたのは、敵情視察っやつですね。

 私に拒絶反応したと言うのは、きっと好きの裏返しですわね。


 なんでも自分に都合良く解釈した方が世の中楽しく過ごせますわ。それを拒もうとはストイックで素適です。


 私がキュンとしていると、

「たかだか銀貨級程度で偉そうなクチを」

と護衛の…名前なんだっけ?が急に切れたわ。カルシウム不足は護衛失格よ。

 毎日牛乳を飲みなさい。


 かなり剣の腕は良いらしいけど、アナタは目付きが悪くて好きじゃないのよね。

 黒服の護衛が私の前に立って剣を手にしたわ。ディアーズから回収したジャアークの兄弟剣のザンギャックを持たせてある。


「看板を見てこの場を去ろうとしていたのは分かったでしょ?」

「市民権も持たないクソが、お嬢様に偉そうにクチごたえするな!」


 この護衛、中々言うじゃないのよ。まさか護衛のくせに私に気があるのかしら?

 格好良いとこ見せようと気張っているのね?


「なにが市民権だよ。

 ただの金持ち優遇政策を有り難がるなんて馬鹿じゃねえ?

 俺にはあんなもんの価値が分からないから買ってないだけだ」

「市民権の価値も分からんクソか。やはり噂の悪行は本当のようだな」

「ダメだこりゃ。ファロス家でマトモなのはビリーだけか。

抗議文を出して、当主には俺に口出ししないと文書を貰ってるのに、アンタがコレじゃ全く意味無いんですけど。当主に逆らってんの分かってる?」

「お前みたいなヤツに当主様がその用ならことをするわけ無いだろ。嘘もロクに付けんクソ馬鹿だな」


 こらこら護衛、残念だけどクレスト様の言ったことは本当なのよ。


「俺が市民権を買ってたらアンタは俺をクソって言わない訳だよね?

 それなら今から買いに行こうか。お金なら第四級市民権を十回買ってもお釣りが来るだけ持ってるし。

 それだけでクソじゃ無くなるんだろ?

 でも、それっておかしいよね。俺自身の価値はイチミリも変わっていないのに、お金を出して市民権を買うだけでアンタの評価が変わるって訳だ。アンタは何を見て人を判断してるのかな?」

「小賢しい野郎だな。大銀貨級冒険者の俺を舐めるな」

「プッ!」


 あら、クレスト様ってクチで勝ってるわ。

 ランクで勝負なんて意味ないわよね。本当に意味があるのは…


「なら…はぁ、金貨級商売人の俺を舐めるな」


 クレスト様がマジックバッグからゴールドランクの商業ギルドのギルドカードを取り出したのよ。これは私もびっくりしたわ。

 だってただの冒険者の筈なのに。


「天秤に剣のマークでしかもトリプルスターだとっ! 嘘だろ…」


 ちょっと護衛! 何を馬鹿なことを。

 幾らクレスト様でもそんなレアカードを持っている訳が無いわ!


「リイナお嬢様、相手が悪いです。怒らせる前に帰りますよ」

と護衛が剣をしまう。でもアンタがクレスト様を怒らせたと思うのよ。


「アホか。アレだけ言っといて怒ってないと思ってんの。リイナさんには呆れただけで、俺を怒らせたのはお前だぞ。クビだな」


 ほらね。クレスト様、プンプン丸になってるわ。


「そんなっ! お許しください!」


 あらあら、護衛ちゃん、そんなの無理よ。

 トリプルスターの執行権持ちなんて、お金を積んでも与えられない役職なのよ。

 そんな人を怒らせて、赦して貰える筈はないわよ。

 これ、下手したら店が潰れる案件よ…。


「何を言ってんだよ。俺はお前から見たらクソ扱いなんだから、そんなの聞く訳が無いだろ。

 飼い主さん、コイツは目障りなんで俺の目に入らないように処分してよ」


 あーあ、トリプルスターのマークが金色に輝き始めたじゃないの。

 もう後戻りは出来ないわ。でも

「そんな! 処分なんて私には無理…でもどうしてもヤレと言われるのなら仕方ないです…」


 この護衛を殺せなんて…とても私には…

 それでもクレスト様がそれで私に罪を償えというのなら…。

 護衛の腰からナイフを抜くと、ゆっくりと突き付ける。


「ちょっと待って!

 なんで刺そうとしてんだよ?」

「貴方が強制執行権を発動して処分しろと仰ったじゃ無いですか」

「はぁ? アナタもアホですか?!

 処分って言っても色々あるでしょ。オタクじゃ何か間違った使用人を皆殺してんの?

 そんなことないでしょ。当主にどんな処分をするか聞いてよ。はい、早く行くっ!」


 そうなの?

 処分って腹切りのことだと聞かされていたけど、違ったかしら?


 騒ぎを聞き付け駆け付けて来た父親に盛大に叱られ、二度とクレスト様にお声掛けをしないことの誓約書を書かされたわ。

 はぁ、人生って儘ならないものよね…。

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