第101話 下宿が決まりました
マーカス服飾店でストレージベストを受け取り、これで現在受け取る事が出来るものは全て受け取った筈。
買い忘れていたグローブを求めて武器店を目指すと、残念娘のリイナさんとその護衛に精神的ダメージを与えられたが金色のギルドカードが俺の窮地を救ってくれた。
天秤に剣のマークと星三つ。コレが何を意味するのかは知らないし、全く説明も聞いていない。
明日はライエルさんとレイドル副部長に付き合って貯水池に行くから、その道中で聞けば良いだろう。
家に戻ってからはエマさんの鬼教官にしごかれる新米冒険者役を熱演した。コッチの世界じゃママゴトより受付嬢ゴッコの方が人気だとか。
ギルドの受付嬢は女子アナポジションに近く、有名人と結婚する人が少なく無いらしい。女の子にとっては憧れの職業だとか。
そんな受付嬢の必須アイテムが特攻鉢巻きだったとはな。
エマさんの持つ羊皮紙の棒で叩かれると変な癖が付くかも知れない。しっかり受け入れ…防御しなければ。
今夜はオリビアさんが家の用事があると言って夕食前に帰ってしまった。
ルケイドの家ほどでは無いけど、彼女の家も商売の関係で大変な状況らしいと耳に入っている。人の良いご両親が騙されて大きな損害を受けたとか。
心配ではあるが、俺が動いてはどうこうすること訳にも行かないので、今は見守る以外にしてあげられることがない。
帰る間際にブリュナーさんが籠に料理を詰めていたのは、オリビアさんが作った料理かな。
夕食はお昼の残りがそのまま出てくると思っていたが、生野菜のサラダやあっさりしたスープが出て来ただけでなく、クラッカーの上に焼いた肉を載せるなどアレンジが加えられていた。
調理テーブルは使えるようになっているとのことで、早速試してみたらしい。
ちらりと厨房を覗いてみると、壁の一部が切り取られて井戸を囲った小屋の部分が拡張されてそこに魔道ボイラーが設置してあった。
壁は銀色の金属部品で補給されているので崩壊する心配も無いだろう。
「あの、ずっと気になっていたのですが、ブリュナーさんは執事ですよね?
メインはコックさんなのですか?」
「私としましてはコックがメインであると考えております。
親方様は貴族ではありませんから、執事としての仕事はあまりありません。
料理以外では財産管理とロイ様の剣術指南が主な仕事ですね。
その他に親方様がやりたい事を少々お手伝いしている程度です」
エマさんがブリュナーさんの料理に舌鼓を打ちながら話しを聞いている。
「それと人違いかも知れませんが、もしかして速贄のブリュナーさんではないでしょうか?
最近何処かの御屋敷にお仕えしていると噂が」
「過分にしてそのような通り名を頂いております。噂になっておりましたか」
「ベクスター侯爵家暗殺未遂事件は有名ですからね」
エマさんにはブリュナーさんのことを言ってなかったのか。昔の事だから自分から言うことでも無いって思ってたんだろう。
「ベクスター侯爵家に侵入した暗殺者を次々とナイフで貫いたと言う伝説を持ちながら、特技は料理と仰られる。まさにその通りですね。
捕まえた暗殺者の頭の上にリンゴを乗せて、投げたナイフで壁に打ち付け、黒幕を自供させたのですよね?」
固有名詞は初めて聞いたが、確か同じことをメイベル部長が言ってたな。
「師匠、凄いです!」
「もう昔のことです。
今はただ親方様とのんびり余生を送るだけの老いぼれですよ」
予想通りの対応に安心するよ。
「師匠がナイフの達人なら、僕はナイフを習った方がいいの?」
とロイが聞く。
「いいえ、ナイフ使いと言えども剣術の修行は必要です。何故なら敵は剣士が圧倒的に多いからです。
敵の事を良く知らずに闇雲に剣を振って勝てませんよ」
立派な騎士に育てるとか言ってたからそうかも知れないけど、対人相手の戦闘が前提なんだ。てっきり魔物相手だとナイフじゃ致命傷を与えるのが難しいからだと思ってた。
「どうしてもナイフの修行をしたいのなら、親方様に剣で一本取れるようになってからです」
「そんなのあと何年かかるか分かんない!
クレ兄、ずるいよ、いつの間にか自分専用の木剣作って。僕の攻撃、全部簡単に躱すんだもん」
それを聞いてエマさんも驚いている。
「そうだったの?
それならギルドカードを作る時に戦闘手段に剣も書いてくれれば。
あ、でもそのお陰でリタさん達が処罰出来た訳だし…」
「エマ様、親方様は目立つのがイヤなんです。
しかし目立たないようにするためにやっていることが、余計に目立っていると自覚が無いのですよ」
「…とても納得です」
マジか? 俺、目立ってたの?
「…それにしてもクレストさん、ずるいです!」
「えっ?何が?」
「こんな美味しい料理が毎日食べられるんですよ!
私の作る晩御飯なんて…ブリュナーさんのと比べたら残飯レベルです」
残飯て…そこまで酷い?
竈の火力調整が難しいのは仕方ないとして、他には包丁が使えないとか、味付けが下手ってところかな?
多分母親も料理をしなくて教わっていないんだろうね。
「それならオリビアさんと一緒にエマ様にも私が料理を教えて差し上げます。
それに幸いこの家は改築中でして。
親方様は設計図をご覧になられておりませんので詳細は省きますが、エマ様のお部屋も用意出来ます」
「えっ! 良いんですか?」
そうなんだ。丸投げしてたから知らなくて当然だけど、まさか部屋を増やすとは思わなかった。
「親方様さえそれで良ければ、ですが。
私もシエルさんも現在はこの家の二階にお部屋を頂いております」
「えっ!そうなんですか? オリビアさんが通いなので、お二人もそうなのかと」
「通うのが面倒なもので。通勤時間の節約になりますから」
「それならクレストさん、私にもお部屋をください!
ブリュナーさんのお料理が食べたいです!」
そんなに料理が気に入ってたのか。子供達も懐いているし、一緒にご飯を食べに行ったこともあるし、何より可愛いし。特に断る理由も無いか。
「いいよ。その辺はブリュナーさんにお願いするから」
「では、そのように」
キラーンとブリュナーさんの目が光ったように見えたが気のせいだろう。
そんな夕食も終わり、ルーチェを湯浴みさせる時間になったところでエマさんが寮に帰る支度を始めた。
子供達がたまには一緒に寝ようとお強請りしたけど、着替えもしなきゃいけないし。改築が終わったらエマさんもうちに住むから我慢してと二人にお願いして諦めてもらった。
帰り際にブリュナーさんが明日の朝食にとエマさんに籠を渡していた。あの人のそう言う気配りが憎いんだよね。
夜の一人歩きをさせたくないので今夜は俺が彼女を寮まで送り届ける役だ。
「今日はバーベキューしたりパンケーキを焼いたりして、すごく楽しかったよ!」
と隣を歩くエマさんが嬉しそうに言った。
何となく距離も近付いた気がする。物理的には、手が触れ合うくらいの距離を歩くようになった。
でもそう言うのじゃなくて、心の距離って言うのかな?
上手く言えないけど、一緒に居たいと言うか、隣に居てくれたら良いなって言うか。寮に送り届けた後は少し寂しいって言うか…。
「ロイ君もルーチェちゃんも可愛いし、ご飯も美味しいし、マーメイドの四人も皆が楽しそうだったね。
クレストさんのお陰なんだね」
「俺は自分の好きなようにしかやってないよ。
ブリュナーさん、シエルさん、オリビアさんは商業ギルドで用意してくれた人達だから、ギルドには感謝してるよ。
ロイ達はスラムから脱出するために俺の手を取ったんだ。自分自身で考えて俺の家に居るからね。
エマさんも好きなようにすればいいよ」
「うん、そうさせて貰うわ。貴方の居場所が私の居る場所に…」
「で、家賃、どうしよう?」
「嘘っ? 今の話の流れでそっち?!」
エマさんがそんなっ!と絶望的な顔をする。
え? 俺、何か間違ったこと言ったかな?
ロイとルーチェは家族枠だし、他の三人はお給料を出してるからね?
家賃の補助は福利厚生費扱いだから。
我が家に住むなら、食費程度を入れて貰えればエマさんも遠慮しないだろうと思ったんだけど。ギルドの寮費と同じ金額でいいよね?
「もう、本当面白い人ね。普通の人と違うと言うか…」
はい、俺、骸骨にスライムの魔力を使って人の姿が再生したんです。文字通り普通の人とは違います、なんて教えられないよ。
たまに骸骨さんが出てきて大変な目に遭う事もあるけど、でもこうやってエマさんと歩けるんだから復活して良かったと思う。
「…次は何処のお店に行こうかな? 食べ歩きマップの原稿も創らないと」
「家族向け、カップル向け、接待向け、パーティー向けみたいなカテゴリー分けしてるから、皆で楽しめるパーティー向けって…どうしたの?」
隣を見ると、「カップル…」とか「キャー」とかエマさんが焦っていた。そんな姿も可愛いね。
「ほんと意地悪なんだから!」
意地悪してるつもりは無いんだよ?
おかしいな。女性の気持ちってよく分からないね。
大通りを外れた夜の道は現代日本と違って殆ど灯りが無い。建ち並ぶ家々も窓は鎧戸だから外に漏れる灯りはほぼ無い。リミエンは比較的治安が良いと言われているが、実際誘拐未遂に遭遇したのだ。安心は出来ない。
交差点には通りの名前を書いた札を貼る為に建てているポールがあって、それに街灯が灯してある程度。月明かりが無いと怖いくらいだ。
俺は右手にランタンを持ち、いつの間にか左手にエマさんの手を握っていた。
柔らかくて温かい彼女の手の感触に、ちゃんとそこに居ると実感できて安心する。
「これなら迷子にならないねっ!」
「もお、クレストさんの馬鹿ーっ!」
何故か怒られた…。ぽかぽかと叩かれたけど、ちょうど良いマッサージだな。
ギルドの寮の前では、ミランダさんと数人の職員さん達が賑やかにお喋りをしていた。俺達を見付けて、
「お帰り! 早かったね」
とミランダさん。もう結構遅くなったと思うけど。
「負けたわ~っ、なんで朝帰りじゃないのよっ」
「クレストがそんな事しないの分かってたっしょ?」
「エマの押しが弱かったのね…」
「ハイハイ、じゃあ賭けは私の勝ちね!
ご馳走さま!」
エマさんの帰る時間を賭けにしてたの?
君たち、結構暇なんだね。
「エマ、良い顔してるわね。誤解は解けた?」
「はい。オリビアさんと子供達で教会に行ったようで…浮気とかじゃ…」
「だから気にしすぎるなって言ったのよ。
それにしても家を買って執事にメイドを雇って子供達を養って…その歳で凄すぎる。
エマ、私と代わって!」
「ミランダさんでもクレストさんは渡しません!
あっ、今のは無しで!」
エマさんも皆も楽しそうで良かった。無事寮に送り届けたし、家に帰るか。
「もう帰るの? 何か飲もうよ。汚い部屋だけどね、上がって」
とミランダさんが俺の手を引く。
「駄目よ、女子寮は男子立ち入り禁止よ。規則を破ったら追い出されるから」
と顔は知っているけど名前を知らない受付嬢。やはり制服に名札は付けて欲しい。
「そうなったらクレストさんちに住む!」
「ダメよ、私が予約したんだから」
エマさん今それ言っちゃうの?
まだ部屋が出来てないのに気が早いよ。部屋数とか知らないから、何人暮らせるか分からないけど。
エマさんの言葉にミランダさん達がシーンと静まった。
「ウチ、今改築中で部屋を増やすらしいんだ。
部屋が出来たらエマさんは下宿するんだ。それとブリュナーさんに料理も教えて貰うそうだし」
これでフォローになったかな?
彼女の名誉の為に食事目当てとは言わない俺に拍手して欲しい。
ミランダさん達が顔を見合わせ、
「じゃあ、今からエマの事情聴取ね!
クレストさん、お疲れした~。明日はライエルさんの接待宜しく」
と追い返すようヒラヒラと手を振るミランダさん。
他の職員さんがエマさんを連れて部屋の中に入ろうとしている。
「じゃあ、エマさんまた明日ね!」
「うん! 今日はありがとうね!」
職員さん達の勢いに押されたけど、最後にエマさんに手を振ってこの場を離れる。
「さぁ、エマ~、今日はどんなことしてたのか、お姉さん達に教えるのょ!」
そんな声が聞こえたけど、みんなエマさんに手荒なことはしないよね?
明日の朝食にと渡した料理は皆で分けるのかな? そんなに量はない筈だけど。