第99話 防具店は鬼門なのかな?
遠征の食事用に持って行くパンケーキを大量に焼くついでに開催したバーベキュー大会は俺の懐に掠り傷を付ける程度だ。
だがパンケーキを焼くイベントでは、セリカさんのお胸様の誘惑に耐えるという厳しい試練が課せられたのだった。
無事に耐え抜き、サーヤさんに交代したところでやっとホッとできた。
誰か知らないが、ローテーションをするように仕組んでくれてありがとう。
それからも匂いに釣られて顔を出すご近所さんが来るたびに試食をしてもらい、クッシュさんを紹介した。これで三人の固定客ゲットに繋がっただろう。
ただ、大銅貨六枚と言う価格設定はどうしてもネックになるので、どうすれば販売価格を下げられるかを考えてみる。
まず材料費のカットは不可能に近い。現在より大量生産、大量販売しなければ大口の取引にはならず、取引価格を下げて貰えないからね。
燃料費を抑えるのは難しい、と言うより薪の価格は上昇する可能性がある。
だから残った輸送費を抑える方法を考えよう。
その為には安い業者を使うことが一番だが、安かろう不安だろうでは商売にはならない。
だから安くて安心できる運送業者を見つける必要がある。
輸送費が高い理由は輸送効率が悪いからだ。つまり一台の荷馬車で一度に運べる量が少ない、そして遅いってことだ。
総タイタニウム製ボディの荷馬車を作れば既存の荷馬車よりかなり軽くなる。軽くなった分だけ余分に荷物が運べるのだから、輸送効率がアップする。
錬金術師に諦めていたアルミ合金を作って貰えれば更に軽量化が可能だろう。
道路が悪いのも要因の一つだな。
ラゴン村までに限定するのなら、俺がこっそりと道路工事を行うって方法もある。『大地変形』を使えばそれ程難しいことではない。
そして最後、護衛に支払う人件費がかなりのウェイトを占める。ケルンさんが護衛を一人雇えば即赤字だと言っていたぐらい、護衛の費用は高いのだ。
もっともそれが冒険者の収入になるのだから単価を下げる訳にも行かない。
それなら人数を減らすことを考える。リミエンーラゴン村間では二人の銀貨級の護衛を雇う。二人の日当として大銀貨五枚、往復で十枚程度だ。
これをその荷馬車に荷物を載せた人が割り勘で払う。
割り勘する相手が居なければ一回の輸送で大銀貨十枚…高過ぎるだろう。
だから一人にして半額にするってのが一番経費を抑えられる。
その為にはとても強い人を護衛に付けるか、荷馬車に戦闘能力を付与するかだろう。とても強い人で、銀貨級か大銀貨級だと性格か信頼度に難ありなのだが。
なお乳製品の輸送にはミレットさんの牧場が所有する荷馬車を使用し、ミレットさんが御者をするので荷馬車代は掛かっていない。
よし、三台目のタイタニウム製荷馬車をミレットさんに贈呈しよう。武装は後でゆっくり考える。クロスボウを運転席に常備するか、魔道具にするかだな。
オイルダンパーを使ったサスペンションは搭載せず、板バネを使用した廉価版なら見た目にもそれ程問題ないだろう。
カンファー家の山の問題が解決して試作機が出来ていたら、その辺りを検討してみよう。
それからカーラさん、オリビアさん、シエルさん、最後にエマさんの順番に回ったところで材料がほとんど無くなった。一人が一回に六枚焼くのを七回繰り返したので総枚数は八人×六枚×七回、マイナス十六枚(試食分と本日のおやつ)で三百二十枚だ。
残った材料で親方達へのお裾分けとご近所さんに迷惑料代わりの分を焼いて持って行こう。
準備と後片付けも合わせてパンケーキイベントで二時間程掛かったかな。その間、女性陣と普段話さないことも話せたので有意義な時間を過ごせたと思う。
庭で食べ過ぎて苦しいと唸っているルーチェとロイは晩御飯抜きにしようかな。
庭の片付けが終われば皆にはリビングでゴロゴロしてもらう。
その間にご近所さんにお裾分けを配り終え、帰って来たところでバルドーさんがフラリとやってきた。
開口一番、
「甘い匂いがするが、何か焼いたか?」
と聞いてきた。
匂いは風でだいぶ消えたと思うけど…って、服に匂いが付いてるのか。
「遠征に持って行くパンを少々ね。バターとハチミツを使ったから良い匂いがしてるんだ。
お裾分けも用意してあるから」
と三枚入りの籠をアイテムボックスから出して庭のテーブルに置く。
「催促したみたいでスマンな」
「いや、最初から用意しておいたヤツだから。で、今日は?」
「あのなぁ、ホクドウのこと、忘れてるのか?」
バルドーさんが苦笑しながら布袋から四振りのホクドウを取り出し、テーブルに並べていく。
食べることに気を取られてて完全に忘れてたよ。
エリスちゃんとバルドーさんが二振りずつ作ってくれたようだ。木刀でも何となく作り手によって少し違う気がする。センスに個人差があるから、それが現れているのだろう。
一本ずつ素振りをして確かめる。と言っても、良し悪しが分かる訳ではない。だけどロイが貰った木剣よりどれもしっくり来るのは、やはり日本人の魂の影響だろうか。
「軽くやるか?」
と自分の作った木刀を手にしてニヤリと笑みを浮かべるバルドーさんに、
「食後の運動で良ければ」
と冗談ぽく返事する。
二メートル半程離れてバルドーさんに対峙する。脚を負傷して冒険者を引退したと聞いているが、武器を持つ以上は舐めて手加減をしないのがマナーだろう。
と言うよりこんな撃ち合い自体が初体験なのだから、舐めて掛かる訳には行かない。
バルドーさんは防御してから攻撃に移る気満々のようだ。脚の影響もあるから当然だろう。
遠慮無く左の肩口を狙って振り下ろすが、バルドーさんが難無く受けて刀身を滑らせ勢いを削ぐ。
そして意外にもそこから回し蹴りへと繋げて行ったのだ。
一瞬嘘だろ!と焦ったがギリギリで躱す。そこからバルドーさんが防御の体勢に入る前に放った切り上げは躱され、袈裟斬りの途中で軌道を変えて首を狙ったが受け止められた。
鍔は付けていないので鍔迫り合いになる前に両者が後方へと素早く動いて距離を開ける。
「降参だ」
と音を上げたのはバルドーさんだ。恐らく超短期決戦を目論んでいたが、蹴りが不発の時点で諦めたのだろう。
「何が格闘しか出来ない、だ。狡いヤツだ」
そんなこと、バルドーさんに言ったかな?
きっと衛兵隊長が流している噂のことだろう。
「それだけ自然に動けるなら奥の手としては十分か。まさか蹴りを回避されるとは予想外だ」
ひょっとして、引退前は蹴りを多用して戦っていたってのかな。今でも不意討ちでの蹴りには自信があったみたいだし。
「ロイ君が儂の木剣を持って行ったそうだな。たまには儂も訓練に付き合ってやる。
明後日から遠征に出るそうだが、戻ってくる頃にはチャム達をレイドルが躾けておると思う。安心して帰ってこい」
どんな躾をするのか興味あるような無いような。薮蛇になるからあの人には聞かないでおこう。
バッグから羊皮紙を取りだし、
「木材一式とホクドウの加工費の請求書だ。
急がんから誰か商業ギルドに行ったときに振り込んでおいてくれ」
と商売人らしい顔で言うバルドーさんに、
「了解。伝えておくよ」
と軽く答える。
電子機器なんて無いのに、ギルドカードがあれば現代社会みたいに振り込みが出来る。魔法の勇者のお陰らしいけど、なんてチグハグな進歩をしているんだろう。
お土産を貰って機嫌良く帰るバルドーさんを見送り、シエルさんに請求書を渡しておく。ちょうど今、ブリュナーさんはボイラーの設置に立ち会っているらしい。
見たいけど完成してからにしよう。
恐らく今夜から湯浴み場でシャワーが使える筈だ。
後は浴槽の設置を待つだけだね。
他にも壁をぶち抜くって話が出ていたけど、その後どうするのかは知らない。とても楽しみだ。
改築した厨房で調理出来るのは明日の朝食かららしいが、今夜のメニューは昼の残りを食べるので問題無い。
ブリュナーさんのマジックバッグに焼き立てのお肉や野菜が収納されているからね。
ホクドウの納品のことはウッカリ忘れていたけど、他にも革ジャンとストレージベストの受け取りに行かなきゃ。
鎧も無しで冒険に出たなんて噂が広まるのはマズい。
自分の体と衣服に『浄化』を掛け、匂いが消えたところで意気揚々と『ルシエン防具店』に向かう。
店のドアの前に立った瞬間、ハッと気が付いてその場から飛び退いた。
スライムイヤーをオンにして店内の様子を探る。ある意味盗聴だけど仕方ないでしょ、何故かこの店のドアを開けるたびにドアバン食らってるからね。
「よし、誰も居ないな」
と店内の状況を確認してドアに手を掛けようとした途端、「ワッッ!」と背後から脅かすように声を掛けられて「うわっっ!!」と叫んで身をすくめた。
スライムイヤーをオンにするとある程度の指向性を持たせることが出来る。
それでも近距離だと通常の二倍近い聴力になるので、この声は騒音規制レベルを大幅に超えて脳天を直撃した。
因みにスライムとの情報共有は鼓膜や視神経等の能力が強化される訳ではない。
脳内に本来の処理領域とは別の処理領域を作り、そこで送られてきた情報を俺の脳が処理できるレベルにまで落としているのだ。
だが近距離で突然大きな音を出されたことは今まで無かったので、こんな欠点があるとは知る由も無い。
「そんなに驚かなくても」
と笑うのはサーヤさんだ。俺の驚き方が余程面白かったのか、お腹を抱えて笑っている。
「ごめんなさいね。
この間、ここで頭ぶつけてたもの。それで慎重になったんでしょ?」
とサーヤさんの頭を下げさせながらアヤノさんが謝る。
「クレトンも今日が受け取りなんだ。
セリカの鎧も今日だったの忘れててさ。バーベキューとパンケーキの方が大事だったしさ」
「それでか。まだウチに居ると思ってたのに」
「エマさんは残って子供達の相手をしてるわ。『受付嬢ごっこ』で鬼教官を熱演してた」
エマさんの鬼教官なんて、全然想像が付かないけど、子供達が楽しんでるなら何でも良いかな。
アヤノさんがドアを開けると、ドアベルが鳴ってルシエンさんとコラルさんの二人が揃って出て来た。
「皆さんお揃いでいらっしゃいませ。
もう少しして来なければ自宅に伺おうかと思っていましたよ」
「クレストさん、セラドボタンはバッチリ付いてます。とても使い勝手が良いですよ」
今からでも変更出来ないか、試してみよう。
「セラドットボタンで」
とチラリと彼女達を見ると、
「セラドボタン、触ってみたいですね」
「私もセラドボタン、試したいわ。あ、試着は別々でお願いします」
「早くセラドボタン見せて。セリカはFカップだって」
「クレトンの意見は却下」
と完全に否定された。
余計な情報を入れてきたのはサーヤさんだ。
コラルさんが奥からキャスター付きのトルソーに着せた俺専用の革装備上下を出してきた。
「凄いデザイン!」
「斬新ね。近未来って感じ」
「世紀末に活躍するのかな?」
「孫にも衣装?」
とこれまた口々に感想を述べる四人。恐らくカーラさんのは、勇者の誰かが誤用していたのがそのまま広まったと思われる。
「このボタンがセラドボタンです。試してください」
とコラルさんが言った瞬間、女性陣が飛び付いてパチパチ、カチカチと遊び始めるのだ。
きっとプチプチと呼ばれるエアキャップを渡すと延々とプチプチ潰すに違いない。
持ち主である俺より先に何やってんの!と怒る気も起きないが、いつまでそうやるの?
君達がそうやってると、俺が試着出来ないでしょ。それにセリカさんの鎧も受け取らないと。
続けてコラルさんがセリカさんの鎧を同じように運んできた。
胸部や腰部を硬化処理した革と部分的に銀色に輝く金属部品で装飾し、お腹周りはソフトレザーの上に鎖帷子のような物を取り付けている。
皮のパンツは俺のデザインに似せてあるが、戦士として前衛を張るだけに腿部分にも硬化処理した部品が装置してある。
勿論腕も脛もしっかりしたプロテクターを用意してある。
「格好いいね。それとこの金属部品、なにか文字が掘ってあるのは?」
「それはマナを消費して防御力を上げる仕掛けだ。
外向けの魔法が使えない戦士にもマナが流れている。そいつを使えるようにするルーンだ。
セリカさんにはモニターをお願いしてあるんだ。そいつを買えばクレストさんの革ジャンよりお高くなるが、まだ効果は未知数だからな」
防御力アップのルーンか。如何にもマジックアイテムですってやつだね。俺にモニターのお誘いが無かったのは、俺が基本的に攻撃を受けるつもりが無いからか。
セラドボタンで遊んでいる四人を強制排除し、ブーブー言われながらも聞き流して試着室へ。ズボンと上着を脱いで革の上下に着替える。
「あれ? 鏡が大きくなってる」
確か五十センチ角だった筈の鏡が姿見と言えるサイズに変身していたのだ。
「ビステルさんがサービスで加工してくれました。クレストさんから発注されたので実物を見たいと言うのでお渡ししたら、そうなって帰ってきましたよ」
とルシエンさんが機嫌良く笑う。
オール金属だからこそビステルさんのメタルフォーミングで好き勝手に加工出来たんだな。
ガラス張りの鏡だと、ガラスが邪魔でこうは行かない。
試着室のカーテンを開けて皆に披露すると、
「格好いいね、革鎧とセラドボタン」
「渋いですよ、革鎧とセラドボタンが」
「デザインセンスは良いのね。
でも女性用はデザインさせないからね」
「天国のお爺さんが喜んでる」
といつも通りの対応だ。
続いてセリカさんが「覗かないでね」と言い残してから試着室へ。
鎧は装着に時間が掛かるのでカーラさんが補助をする。スキーブーツに使うバックルは無理でも、自転車に使われるカムレバーを止め金具に使えないかな?
脳内で妄想している間に装着が完了してカーテンが開くと、そこには凛々しい戦女神が立っていた…視線が彼女の開いた胸元に…。
「ルシエンさん、もう少し胸の開き具合を少なく…」
「放熱や重量を考えると広い方が良いんだが…」
「クレストさん、視線を…」
この世界の衣装って露出が少ないだけに、セリカさんに谷間のラインを見せられるとついホールドしてしまうのだ。
これは危険だ、どうにかせねば。
「あっ、コラルさん。暑くならない革素材でこの辺りを覆うアクセサリー的な物を至急作ってくれます?」
と自分の首から胸回りを撫でる。
「防御力アップになるから」
と苦し紛れの言い訳をする。西洋の甲冑だと首回りを守るゴージットかビバーとか呼ばれるパーツがあるらしいが、そんなの首への攻撃による致命傷は免れそうだけど重たいし、動きも制限されるだろう。
スカーフだと防御力ゼロで意味が無い。
女性陣は俺の驕りだと喜んで「こんなデザインにしよう」とワイワイ言いながら鉄板に書き始めた。
「ルシエンさん、明後日に彼女達と遠征に出発だから、明日迄にお願いするね。
費用は特急料金を載せて俺持ちで良いから、この革ジャンと一式にして請求書を家に回しといて。
俺はまだこの後行く場所あるから」
それだけ言って、速攻でその場から逃げるのだった。