第96話 隙間があるなら粉にしよう
山に入る前に持っておくと便利そうな魔道具を求めて『カミュウ魔道具』を訪れた。
そこで魔熊の森に居た時にやった魔石の実験を元に、魔石の結合と魔力充填が可能なことを証明してみせたのだ。
これなら上手く行けばマナバッテリーなんて物が作れるかも知れないと、俺は密かに期待を寄せるのだ。
魔石と言う物は、魔物から採取するのだからサイズや形がバラバラだ。
その魔石を魔石タンクに投入して魔道具を動かすので、魔道具はどうしても大きくなってしまう。
それを解決するには、リチウム電池のように強力な魔力を充填した成形魔石を隙間無く並べることが一番良いと思う。
パカッと蓋を開いて、乾電池みたいに形と大きさが均一の成形魔石を行儀良く差し込んでやるのだ。
その成形魔石を作る方法だが、サイズを統一すると言う必要性から採取したままの形の魔石を使うのでなく、魔石を一度粉砕して粉状にし、型に入れて圧縮成型し、最後に外周を保護する器に入れるか若しくは何かで巻けば良いと思う。
粉体の結合だと強度的に弱いと思われそうだが、強い魔力を通せば溶けて固まりガッチガチに結合するので、机の上から落とした程度で壊れることは無いと思う。
それに粉状の魔石なら結合するのも早いと思うけど、粉砕することにより魔石としての機能を失わないかが唯一の心配事だ。
そこでイルクさんに実験をお願いしよう。
「じゃあ、次に空になった魔石を砕いて粉末にして、それを成形した物が魔力を貯められるか試してみよう。
それが成功すれば均一なサイズの成形魔石が使えるようになるから、タンクの中の隙間が無くなるよね」
乾電池を使うリモコン等と同じである。
ついでに破損防止のためにスポンジを貼って衝撃吸収もすれば良い。
「ふぅむ、なる程のぉ。
良くそんなことを思いつくもんじゃな」
とカミュウさんが感心している。
イルクさんがまだ煮え切っていない様子なのは、魔石を粉にして成形しなおす手間を取ってまでして、タンクの隙間を無くすことの意義を考えているのかもね。
「イルク、魔力切れの魔石を砕く道具を持ってこい。時間は有限じゃ。早うせい」
とカミュウさんが痺れを切らしたようにイルクさんを急かせた。
お年寄りでなくても時間は有限なんて言うと、余命幾ばくも無いように思えるから心配になる。
その言葉が効いたのか、「ハイハイ」と言いながら店の奥に戻ると小さな石臼みたいな装置をイルクさんが持ってきた。
それから店舗内が即席の実験室と化す。
親指の爪程の大きさの魔石をハンマーで砕いてから石臼擬きに入れてスイッチを押すと、ガラガラと音を立て始める。
そして排出口から魔石が灰色っぽい粉になって出て来た。
粉のままでは使い勝手が悪いな、と反省しつつ、魔石の粉を溢さないようにスプーンで掬って羊皮紙に包む。
その羊皮紙を両手で押さえる。
「今からこの魔石の粉に魔力を流しながら圧力を掛けていくよ。
成功したら、一つの塊になって、魔力も籠もっている筈。
じゃあ始めるからロイ、ルーチェ、また二百数えて」
ロイとルーチェが数え終わると、
「さて…出来ていれば成功だけど…」
と期待半分、不安半分で折り畳んだ羊皮紙をゆっくり開いていく。
そして二つ折りになったところから一気にひろげると羊皮紙の上には赤く輝く不格好な魔石が一つ乗っていたのだ。
「おぉーっ、出来てるよ!」
と俺は思わず歓声を上げ、回りの皆も口々に喜びを表現していく。
粉にした方が魔力の通りも良かったような気がするし、これは大成功と言っても良いだろう。
カミュウさん、イルクさんが順に出来たての不格好な魔石を手にして確認する。
それからその二人も少量の魔石粉を羊皮紙に乗せて魔力を流して確かめてみると、俺の作った魔石より色は薄いが魔力の充填もされた魔石を作ることが出来たのだ。
その後にオリビアさんも魔石作りに挑戦して成功したが、ロイとルーチェには難しいようだった。
ロイが試した魔石粉は殆ど変化が無かったが、ルーチェの試した魔石粉は僅かに固まり掛けていたのには驚いたが。
それから魔石粉ベースの魔石を幾つか作り、魔力コンロの魔石タンク投入すると正常に作動した。
「儂が研究しても中々出来んかったことが、まさかこんな簡単な方法で出来てしまうとはのぉ。
信じられんわい」
とカミュウさんが項垂れる。
イルクさんはそんなカミュウさんを放置し、空になった直径三センチぐらいの魔石を握り締めて魔力を流していた。
あんた、母親を放置せずに面倒を見ろよと思ったのだが、これは研究者の性格なのだろう。
イルクさんが魔力を流した魔石は本当に僅かだが赤く色が付いていたので、少し大きめの魔石でも直接魔力充填は出来るようだ。
その魔石を俺に差し出して、
「これに充填できますか?」
と、期待に満ちた『僕を買って!』と言わんばかりのペットショップのチワワのような瞳で俺を見詰める。
仕方ねぇ、と魔石を受け取って電池にフル充電するつもりで魔力を暫く流してやると、ほぼ新品の魔石と同じような赤みにまで回復した。
その魔石を見て、
「あのぉクレスト様、これなら魔石狩りに出る必要が無いのでは?
魔石の魔力が尽きればクレスト様が補充すれば良いのですから」
とオリビアさんが冷静な判断を下す。
あぁ…言われてみりゃこれって俺自身が魔力チャージ用魔道具みたいだよ。オリビアさんの言うことも的外れではないと思う。
そう思うのだが、
「でもね、オリビアさん。それは違うよ。
俺の魔力でどれだけの魔石を充填出来るか分からないし、魔石を何度も握り締めるのは疲れるよ」
と愚痴をこぼす。
「弱い魔力でも流し続ければ魔石は復活すると言うことが分かりました。
人が魔力を流し続けるのは大変なので、クレストさんに魔石の充填をお願いするのは可哀想ですよ」
とイルクさんも援護してくれた。
空になった魔石への魔力充填って、魔法使いの訓練に使えそうだよな。
携帯の充電ステーションみたいな感じで魔石の魔力充填スポットが作れるんじゃないかな。
「魔力の強い場所に魔石を放置しとくだけでも充填は出来ると思うよ。
そんな都合の良い場所があるかどうか知らないけど」
「…やはりダンジョンですかね。
そう言う魔力の強い場所は、魔物に守られていますからね」
イルクさんがそれはやめようと首を振った。
流石に魔石の充填の為にわざわざダンジョンに潜るような真似をさせたくはないと言うことか。
ダンジョンか…
俺自身はまだゴブリラに殺されかけたあのダンジョンしか入った経験は無いが、貯水池の近くにも隠蔽されていたダンジョンがある。
今は金貨級の冒険者が調査に入っているらしいが、そこが有効利用できるのなら…距離的にも近いし、訓練のついでに丁度良さそうなんだけど。
いや、どんな魔物が出てくるが分からないし、ダンジョンに潜るという選択肢は捨てた方が良いだろう。
「放置しての充填が無理ならいっそのこと、魔力発生装置でも作れば良いんじゃない?」
と簡単そうに思い付いたことを言ってみた。
「あの、クレスト様…済みませんが、魔力を作る、の意味が分からないのですが。
人工的に魔力を産み出そうと?」
とイルクさんが聞き返すが、これはカミュウさんも同意見のようだ。
「そうだよ。
扇風機のカタログに『魔石に魔力を流すと回転する魔方陣を使用している』って書いてるよね。
だから、その仕組みを使えば羽を回すと魔力が発生するんじゃない?」
モーターを使って発電が出来ることを知っているから、同じ原理で魔力を発生させることが出来るのではないかと考えたのだ。
モーターは確かフレミングの左手か右手かの法則で動いてんだよね。
魔力にもその法則が当て嵌まるのなら上手く行くけど、ダメなら素直に諦めよう。
「ハハハ…そんな馬鹿な」
いや、何を馬鹿なこと言ってるんですか、とイルクさんが苦笑いする。そんな簡単には行かないか。
ところが突然、
「イルク! それをすぐに確認せよ!」
とカミュウさんがイルクさんの腕を掴んで怒鳴ったのだ。
「母さんまで、何を?」
「何も試さずに否定をするなっ!」
あー、息子さんが即座に未知の事象を確認せずに否定したことに怒ってんのか。
俺も子供達の教育を間違えるかも知れないから、こう言ってくれる人の存在はありがたいな。
言われた時ってカチーンってなるんだけど。
それからイルクさんが奥から組み立て前の魔道扇風機の各パーツをテーブルに並べていく。
大まかに言うと羽、軸、軸受け、回転機構、魔方陣を掘った魔石、銀色の線、そして空になった小さな魔石で構成されている。
魔道扇風機は魔石に銀色の線を繋ぎ(製品だとそこが魔石タンクになる)、反対側を魔方陣を掘った魔石に繋ぐ。
その魔石を回転機構に接続して、運転の命令を出すボタンで回転を始めるのだ。
今回の実験で魔力を溜めるのに繋いだのは小さな空の魔石だけど、手回しでは微量な魔力しか発生しないだろうから、魔力の発生を確認するのは難しく、実験として成立しないと思う。
ここはやはり、
「この魔石の代わりに、とても少ない魔力で点灯する照明の魔道具を付けて魔力が発生したか確認しませんか?」
と提案する。
「そうじゃの、イルクよ、一番小さなやつを持ってきな。
魔石に魔力を貯めようとしたら何時間かかるか分からん」
とカミュウさんがイルクさんに命令する。
すぐに店の奥からイルミネーションに使うような小さなランプが運ばれてきた。
「この銀色の線は何ですか?」
家電に使われる銅線の代わりだとは思うけど。
「ミスリル銀製の線だよ。ミスリル銀が一番魔力伝達効率が良いからね」
「ミスリルを使うから魔道具は高価になるんじゃ。
代わりの素材が見つかれば、もっと市民にも普及させられるのにのぉ」
予想していた回答とは言え、転生して初めてみたミスリル製品がこの針金だ…なんかショボい。
「外からは見えないけど、回転機構にもミスリル銀線を使用していて、線同士が接触しないように隙間を大きく取ってあるから大型になるんだ」
なるほど、それで扇風機の回転機構が直径三十センチメトル程の塊になっているのか。納得だよ。
「線同士が接触するといけないのなら、魔力を通さない素材で線を保護すれば良いのでは?」
電気で言えばエナメル線など、絶縁体で巻けば良さそうだ。
「そんな都合の良い材料があれば、とっくに使ってるよ」
とイルクさんが返事をした。
そうなのか。まあ、魔力はこの世界の色んな物に含まれているそうだから、魔力を通さない物は無いのかもね。
「魔力を通さない?
それは魔力、魔法攻撃の効かない魔物でも良いのですか?」
とオリビアさん。彼女は魔法使いだから、魔法の効かない敵は天敵なんだよね。
「リミエンから少し離れた場所ですが、マジシャンキラーの異名を持つ木の魔物が居ます。
こちらから攻撃しなければ襲って来ないのですが、攻撃をすれば木の幹を延ばして打ち付けたり、拘束しようとする危険な相手です。
木の魔物なのに火属性の魔法さえ無効化するのですが、何故かただの火ではよく燃えます。
そして燃やすと黒煙が凄く出て臭いので討伐任務は不人気です」
それってビニールやプラスチックを燃やしているのと同じ現象では?
「そんな魔物が居るんだ。魔法を遮断する樹皮か樹液を持っているのかも。
山の依頼が解決したら採取に行ってみようかな。
もし魔法の遮断効果があるなら、その魔物と交渉出来たら良いのにね」
トレントやエントと呼ばれる樹の魔物だと、意思疎通が出来る魔物として物語で出てくることがある。
人を襲わないってことは共生出来そうだ。
樹皮か樹液を分けて貰えるように交渉は出来ないのかな?
もし交渉が出来ないのなら、諦めて実力行使に出るだけだし。
と雑談で盛り上がって居る間に、イルクさんの手で実験装置が組み上がった。さすがプロだね。
羽根だと回しにくいだろうと、代わりにハンドルを付けてくれたよ。
「じゃあ、このハンドルを回して照明が点灯すれば、魔力が発生したと言うことです。
誰か、回したい人は居るかな?」
「わたし、やりたい!」
「じゃあ、最初はルーチェ、次にロイだね」
腕をグルっと回して気合いを入れるルーチェ。
テーブルが高かったので椅子の上に立つ。
「じゃあルーチェ! 思いっ切り回して!」
「ルーチェ! やりまーすっ!」
フンスっと鼻息荒くルーチェがハンドルを勢い良くグルグルと回し始めた。
「おおっ!」
その場に居た誰もが驚きの光景を目の当たりにしたのだ。
「ランプ、光ったょ! ルーチェが光らせたっ!」
「ルーチェ! 次は僕っ! 変わって!」
子供達二人が代わり番こに必死にハンドルを回す。
ランプが点灯するだけでなく、小さな魔石に僅かながら赤い色が入って行く。
「信じられん…三十年も研究を続けて出来なかったことを…こんなにあっさりと」
と俺に尊敬にも似た眼差しを向けるカミュウさん。
いや、これは発電機と同じ原理だから。俺は全然偉くないからね!
寧ろ褒めるならこの回転装置を作った人にしてよ。
この後カミュウ魔道具店で大喝采を浴びた俺だが、この発見を俺の成果にしないようにと全員に言い聞かせた。
「俺は魔道具技師じゃない。そんな俺がこの発見をしたなんて言ったらペテン師呼ばわりされるか売名行為だと罵られるだけだ。
そんな知識が無いのに、出来る訳が無いだろうって。
今回は思い付きでやったことが上手く行ったに過ぎない。
俺がやらなくても、恐らくいつかイルクさんがやったに違いない。
それに効率を上げないと商業ベースには乗せられない。それこそ今からイルクさん達技術者が必死になって技術を確立しないといけないだろ?
俺にはその覚悟が無い。だから俺ではなく、イルクさん達が発見したことにしてください」
長いセリフだけど、意訳すると『俺目立つのイヤだからイルクさんに丸投げするぜ』ってこと。
それにエナメル線擬きの材料も必要だ。魔物の素材を採取するのが冒険者の仕事だから、そっちで成果を上げるのは大歓迎だ。
「クレスト様の真意は図りかねますが、そこまで仰るならイルク、お前がこの成果を生かして魔道具文化を発展させるのじゃ。
市民に手軽に魔道具が行き渡る世界をお目にかけるのが儂らの恩返しじゃよ。
残念じゃが儂はその前にポックリ逝くじゃろうな」
イルクさんは感動したのか涙を流しながら、
「はいっ! 必ず魔道具を市民が手にする世界を作りあげます!」
と俺の手を掴んで大きく振るのだった。