第94話 神様は居ませんか?
午前中はブリュナーさんに剣術の訓練を受けてボコボコにされた。
訓練なので本気を出していないと思うが、それでも今まで対戦してきた誰よりも強いのだ。
これが格の違いと言うやつなのかと身をもって知り、金貨級に到達した人がライエルさんから信頼されている訳だと納得した。
右手に木剣を持ったままだと全然敵わないのだが、それでも相打ち覚悟なら一発ぐらいは殴れることが分かった。
夕食抜きの刑はマズいので、剣術の訓練中にはもう剣を捨てることが出来ないけどね。
昼食後に予定通り教会を目指して家を出た。
道案内をロイに任せていると、普段俺が通らない道を進むので分からなかったのだがエメルダ雑貨店の前を通ることになった。
実験室に行かなきゃ大丈夫だろうと安易に考え、店に入ることにした。
俺が懇意にしている店なのに、皆に紹介しない訳にも行くまい。避けて通ると何かあったのかと逆に心配されるだろう。
レイドル副部長が動いてくれたお陰で、あのチャムさんも反省しているようだと聞いてホッとする。
バルドーさんのお下がりの木剣を貰ってご機嫌なロイだけど、ルーチェにも何か貰えないかな?
催促するようにそっと指でルーチェを示すと、少しエリスちゃんが考えてからテーブルの隅から何を取り出した。
「試作品だけど、ルーチェちゃんにはこれをあげる」
と言ってルーチェの前に出ると、ごそごそと服に何かを取り付けた。
リボンに安全ピンでも付けた物のようで、真ん中に木製の可愛い猫の顔が付いている。何故か俺がシオンに書いてやった『こんにちは仔猫ちゃん』にそっくりだ。
「あー、昨日シオンの店に行ったでしょ。シオン、凄い喜んでたわ。
あの子、ウチと親戚なのよ。凄い人が来たって教えに来てくれたんだ」
「マジか。世間って狭いな」
そのうち『人類皆親類』にならないか心配だよ。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
とエリスちゃんに抱き着くルーチェを見て、これはビステルさんと同じで子供達をダシに使って好感度を上げようとしているのではないかと疑ってしまう。
子供達も出会う適齢期の女性達が皆俺の嫁候補になるとは思っていないと思うが、これは要注意かな。
そう言う遣り方で俺をモノにしようとする女性が今後出てこないとも限らないし。
そうなる前に一人本命を決めておけば気楽になるのかも知れないけど、俺みたいな元スライム&元骸骨が結婚なんてどんな冗談だ。
オリビアさんが微妙そうな顔をしているのは、俺と似たような事を考えているのかもね。
木剣を肩掛け鞄経由でアイテムボックスに収納し、御礼を言って店を出る。
考えなきゃいけないことが増えたけど、今は俺の問題よりロイのことだ。
▽
他人を鑑定する魔法もスキルも無いと言われるこの世界。
でもステータスって唱えたら、何故だか氏名や出身地みたいな個人の基礎的な情報の他、職業、称号、犯罪歴など後から変わる物が表示される。
それならついでに能力とスキルも表示れたら便利なのに。能力値なんてものはゲームだから数値データで表せるのか。
野球選手やサッカー選手なんかの能力をレーダーチャートに表すこともあるけどね。
そう言う筋力や知力などの能力的なものは、何か基準を設ければ比較が出来るから理屈は分かる。
愚痴っても仕方ないけど、これだとマイナカードの情報とそう変わらないのでは?
骸骨さんの持っていたギルドタグには犯罪記録が残っていたし、恐らく城門の魔道具でもチェックされているだろう。
あのタグの情報が正しいって保障は全く無い。と言うか、骸骨さんの時代には魔法の勇者が生きていて、その人が開発した魔道具を使っていたのだ。
それなら、その勇者が偽情報を書き込むことも出来ただろう。骸骨さんは魔法の勇者を毛嫌いしてるみたいだし。
けど、骸骨さんには貨幣持ち逃げ疑惑があるので、タグに表示されてる『大量殺人、強盗、強姦、放火等』の中の強盗が該当してたりしないよな?
旧キリアスは戦争大好き国家だったから大量殺人って軍隊相手になら有り得るし、放火も作戦の一つだったかも知れない。
やられた相手から見ればそう受け取られても仕方ないし。
強姦は良く分からないが、ハーレムでも作っていたのか、それともモテまくっていたのかだと思う。
あの強さがあればモテて当然だし、言い寄ってきた女性も少なくないだろう。
ギルドカードを作る魔道具の仕組みは全然分からないけど、カード作成時の情報は自己申告だから、ステータス情報を読み取っている訳では無い筈。
でも実はステータス情報と申告内容を照合していたとか?
レイドル副部長が犯罪を犯していたらカードは作れないって感じの事を言ってたので、そこに引っ掛かりを感じるのだ。
カード作成機がアカシックレコードにアクセスしているので無い限り、ステータス情報を読み取る機能がある、つまりステータスを知る術があることをギルド職員は知っている(可能性がある)ってことだ。
実はこの世界には『鑑定』スキルがあるけど、一般市民にその存在を知られたくないので隠蔽しているのではないかと疑ってしまう。
それが仮に正解だったとしても、ステータス情報その物が一体どこに記録されているのかって疑問は残ったままだ。
一番考えやすいのは本人の脳の中だ。氏名や性別、出身地…記憶と直結してるよね。
職業は自分がこれだと思えば良いだけだ。
でも俺の称号の『鋼拳』は自分で付けた訳じゃ無く、他人が勝手に付けたものだ。それなのにステータスとして表示されていた。
この世界は実は不親切なゲームの中だと言う設定なら良いのだが、いくらVRでも味覚までは再現出来まい。
それに犯罪履歴もだ。
多かれ少なかれ、人は知らない間に軽犯罪と呼ばれる部類のものは犯していても不思議じゃない。
それに罪になる/ならないは、その状況や判断する人でも変わるものだ。
だから誰がジャッジしてるのかって疑問が出てくる。
それが称号って項目が在るだけに、自分の良心が決めているとは断言が出来なくなったのだ。
それに悪いことしたと悔いている間はステータスの中に犯罪記録が付かず、開き直ったら記録される、しかもお祈りすれば赦されるってのは全く以て意味不明な原理だ。
それこそ神様がこっそり閻魔帳を付けているとしか思えない。
称号と犯罪歴は、どれだけ頭を捻ってもどうしてステータスに出てくるのかは全く説明が出来ない。
こうやって分からない物を妄想するのは楽しいけど、この世界が理屈で説明が付かない部分があるのは確かなようだし、知らされていない情報があるのも間違い無さそうだ。
それを知ると何かヤバイことになるかも知れないけどね。
△
ロイがスリをしたのは、俺が目撃したときが始めてだったそうだ。
勿論スリは褒められた事では無いが、働くことも出来ない子供に一体どうしろと言うのだ?
まぁ、そのことは今の話題から逸れるから置いておくが。
この世界固有のご都合主義の極みとも思えるステータスの在り方だが、今後のことを考えるとロイに犯罪記録がある状態は好ましくないので、ご都合主義であろうと素直に受け入れる。
自分に都合の良い占いだけ信じる、俺はそんなタイプの人間だよ。
教会は思っていた程大きな建物では無かったが、白い外壁と彫刻された柱が優美で荘厳な雰囲気を醸し出している。
屋根の上に金色に輝く鐘が吊り下げられた鐘楼があるが、ランドマークとなる程の大きさではないので俺がどこにあるのか知らなくても当然か。
恐らく教会が出来た後、周囲に教会より大きな建物が出来ていったのだろう。
道理で鐘の音が少しこもった音に聞こえる訳だ。
教会の正面にある門が開け放れているのは、来る者拒まずの精神からだろうか?
この国は多神教で、入り口からも見える正面に主神オーダンの像、そして両サイドの壁に何体かの神様の像が並んだいる。
参拝者は多くの神様に値踏みされながら、恐る恐る主神の元へと進む訳だな。
俺が先頭に立って教会の中に入ると、灰色の修道服に身を包んだシスターが俺達に気が付いたようで出迎えてくれた。
「こんにちは。今日は神の許しを請いに来ました」
とシスターに用向きを問われる前に用件を伝える。
シスターは一人だけで、見た目も極めて普通の四十代の女性で、修道服も飾り気の無い質素なものだ。
もう少し華やかな印象を与えられる人の方が男性もよく通うと思うのだが、そんなのは余計なお節介だし、下手すりゃセクハラと言われかねないから口には出さない。
そのおばさんシスター、無意味に略してオバターが正面に立つ神様の像に手のひらを向けて示す。
「では神像の前の青いカーペットに跪き、心の中で神と対話をしてください」
と落ち着いた口調でそう言うと、静々と歩いて神像の横にシスターが移動する。
『後はご自由にどうぞ』とでも言いたげな様子にも見える。
宗派やオバターにも寄るのだろうけど、想像以上にあっさりとしたシステムだな。
そりゃ、誰かに根掘り葉掘り聞かれるよりは遥かにマシだけど、もう少し儀式的なアレコレってあっても良いんじゃない?
そんなのは時間の無駄と言われりゃそれまでだけど。
でももう少しどうにかならないのかな。
『迷える子羊よ…』的なセリフを期待していただけにガッカリしたよ。
地球と違ってキリスト様が存在しないから、どんな言葉になるのか少し興味があったのに。
地味過ぎるオバターのサービスの悪さに心の中で舌打ちしながら、四人で並んで神像の前に跪く。
作法なんて知らないから、適当に手を合わせて目を閉じる。
よし、ここで俺も神様と会話して、この世で成すべき事を聞き出してやるぜ!
そんな展開を期待しつつ、心の中で問い掛ける。
(神様、どうして俺を呼んだのですか?
どうして転生したときに逢えなかったのですか?)
…シーン。
(どうしてスライムなんかに転生させたのですか?
虐めですか? 嫌がらせですか?)
…シーン。
(貴方には優しさが足りていないと思いますけど何か? 反省してくれますか?)
…シーン。
(神様、神様、そこにお出でですよね?
少し話しませんか?)
…シーン。
(神様、神様、神様、神様は引き籠もりのニート神ですか?
勇気を持って一歩を踏み出しましょう。
一日一万歩なんて無茶は言いません、三歩進んで三歩下がってもオッケーですから。
何なら後ろ歩きで歩いても構いませんよ)
…シーン。
返事が無い、只のお祈りのようだ…どうやら俺は神には愛されていないらしい。
定番の神様降臨とか見てみたかったのに残念だ。
まさか俺は敵対する邪神に呼ばれてこの世界に来たのかも。だって前世は魔王の称号持ちだったからなぁ。
諦めて俺が目を開けた時にはまだロイがお祈りを捧げていた。
思ったより熱心にやってるなんて偉いぞっ!
あれ?…ロイ、お前…息、してるよな?
まさか、お前が勇者だったとか、俺を討伐するためにこの世に遣わされたとか、そんな会話をしてんじゃないだろうな?
スー、スー…。
「ロイ、起きろっ!」
寝てただけかよ! 余計な心配かけんなよ!
「あー、ごめんごめん。
クレ兄のお祈りが長いから寝てた」
えっ?
俺、そんなに長い時間お祈りしてねえぞ?
神様にはシカトされちまったし。まぁ別にいいけどさ。
それとも俺の内部で骸骨さんがお祈りしてたとか?
あれで意外と信心深いのかも知れないし。
俺がしゃがんでいるのを好機と見たのか、ルーチェがぺたりと背中に貼り付いた。おんぶのおねだりか。
小さな間しかやってやれないから、仕方ないなぁと甘やかしてしまう。本当は少しでも運動させて鍛えるべきなのだと思うけど。
お祈りが終わったら幾らかのお金や食料品などを気持ちとしてシスターにお渡しするのが一般的だと道中でオリビアさんから聞いている。
ブリュナーさんとシエルさんが用意してくれたワインと料理の入った籐のバスケットをオリビアさんがオバターさんに手渡した。
マジックバッグを使わなかったのは、そんなの持ってませんアピールのためだ。
「過大なるお心遣いに感謝を」
と、シスターが俺に手を合わせる。
ワインはライエルさんからの貰い物だし、料理はブリュナーさんとシエルさんが作ってくれたものだし、畏まられても困るんだ。
元はと言えば前世の骸骨さんが荒稼ぎしたお陰でこんなに振る舞えるんだから気にしないで欲しい。
そんなことより、ロイに犯罪記録が付いていないか気になる。自分のステータスは見えるけど、他の人のステータスは見られない。
と言うより、他の人達は自分のステータスを見られるのかな?
「オリビアさん、冒険者が自分の状態を知る方法ってありますか?」
「ギルドカードの事でしょうか?」
「いや、それ以外の方法で。
ギルドカードを作ると幾つかの情報が表示されるでしょ。
事前に知れたら良いのになって思っただけだから」
オリビアさんが不思議なことを聞くのね、とでも言いたげな表情を浮かべた。
ギルドカード以外の方法って普通には無いってことか。
「遥か昔にはそのような方法があったそうですが、現在ではありません。
ギルドカードの製造にも、古い魔道具を使っているそうですから」
おいおい、まさかあんな簡単なステータス表示方法まで遺失していたのかよ。
それなら俺がここで復活させてやろう。
「右目を閉じて、左目に意識を集中して、魔力を『ステータス オープン』のコマンドで発動してみて。
そうすると俺は自分の情報が目の中に表示されるんだ」
オリビアさんは半信半疑の表情で片目を瞑り、「ステータス オープン」と唱えた。
慣れたら目を閉じず、コマンドも心の中で唱えれば良い。
「あら、目の中に…こんな簡単な方法が失伝していたなんて」
と驚くオリビアさんを見て、ロイも
「ステータスオープン」
と呟くが、何も出て来ないようだ。
それから三度「ステータス オープン」と唱えたが無理らしい。
そしてこれが最後にするつもりなのか、
「ステータスオープンっ!」
と叫んだ。
いや、そんな大声で叫ばなくても成功すれば見られるからさ。
「おー、なんだよ、これ!
ちくしょー、読めねえ字ばっかりだ!」
と悔しがるロイだが、今度は成功したらしいな。それにしても字が読めないんじゃ意味が無いよな。
「じゃあ、こんな文字が最後の方にあるか?」
と地面に『犯罪歴:無し』と小石を拾って書いた。
「うーんとね、あ、一番下にそう書いてある!」
「そっか! 神様はちゃんとロイを許してくれたようだ。良かったな!
お祈りしながら寝てたのにな」
「よかった! って、寝たのは関係ないよ!」
と頬を膨らませるが、本気で怒っている訳では無いだろう。
ルーチェはおんぶされて寝ていたので家に帰ってから試してもらおうか。
オリビアさんがロイの手を引いて歩いていたのだが、実はこの様子を見た冒険者が、
「エマ嬢担当の子連れ冒険者が違う女を連れて仲良く三番通りを歩いていた!」
と冒険者ギルドに寄って言い触らしたものだから、エマさんが軽くパニック状態を起こすのはこれからすぐ後のことだ。