第12話 そして元魔王と呼ばれた男は…
ナイスミドルに変身していた元骸骨さんが突然骸骨さんに戻ると言う、世にも奇妙な一発芸を間近に見た俺達スライム三人組は、少しの間は混乱したものの、すぐに立ち直って行動に移ることにした。
さっきワインを飲みながら骸骨さんが言ってたことが丸々本当のことなのかどうかは分からない。
でもこのままスライムとして生き続けるより、僅かでも人に戻れる可能性があると言うのなら、それに縋りたいと言う気持ちが勝ったのだ。
(…これ、どうするょ?)
と誰からともなく呟いたこの言葉は、骸骨さんをどうしようと言う質問ではなく、どうやれば俺達が元に戻れるのか、と言う疑問から出てものだった。
だから俺達は揃って倒れた骸骨さんの上に並んで乗ることにしたんだ。
仰向けになって倒れた骸骨さんの心臓辺りに行儀良く並ぶ俺達スライム三人組。
何故かスライムとして転生してきた俺だが、今なら何となく『だからスライムだったのか』とその理由に納得している。
これからどうなるのかと不安が半分、期待が半分の気持ちで待っていた。
あの畳一枚半程の狭い穴の中で骸骨さんに魔力を吸われた時みたいになるのかと想像もしたが、その予想は完全に覆された。
意識がふっと無くなり、気が付いた時には俺達ではなく、完全に元の一人、と言うか一体のスライムによる戻っていたのだ。
俺達三人の意志でなく、自動的に融合したようだ。
(元のスライムに戻ったのか。
てことは…ケンもタクもウィズも無いってことか?
でも…うん、三つの仕切りはある感じだな)
心を静かに落ちついて自分の中を観察してみると、以前と違って三個の魔石がスライム液の中に浮いていたのだ。
これがあの三人組の名残だと分かって安心した。
それからすぐに骸骨さんに俺の魔力が吸われるのか思っていたのだが、逆に骸骨さんの魔力がスライムの体に入ってきたのだ。
少し無理やり捻じ込んできた感じ?
ちょっと痛くて涙目になって…いないが、そんな感じ。
だがそれは束の間のことで、次の瞬間からはスライムの体の魔力が骸骨さんに吸われ始めたのだ。
(吸われ…てる~!)
そんな呑気なことを言ってる余裕はすぐに無くなる。それからすぐに骸骨さんとスライム間での魔力の遣り取りが何度も繰り返されたからだ。
あぁ、これが魔力融合と言うやつか、と理解する。
多分その時には既に骸骨さんの体もスライムの体も物質ではなく魔力に変換されていたのだろう。
魔力の遣り取りを繰り返すうちに、臨界点に達したのか魔力がピクリともしなくなった。
意識はあるようで無い。周りの空気を感じることも無い。
ただただ体と言う器から飛び出した意識?それとも魂?とにかくよく分からないが、物体としての感覚が一切無くなった。あるのは純粋な魔力だけだ。
そんな状態の中で、ゆっくりと骸骨さんの知識が、スキルが、そして記憶が…あらゆるものが俺の中に流れ込んできたような感覚を味わう。
やがて魔力が渦を巻き始め、意識がゆっくりと薄れていく。
どれ程の時間が経ったのか分からない。
気が付くと俺はゴブリラを斃したあのダンジョンの広間に倒れていたようだ。
ゴツゴツとした硬い石が俺の背中を圧迫していた。かなり寝心地が悪い。
久し振りに肉体の感触を、肌に接する布の感触を味わい、自然と涙が溢れた。
「いやー、マジで俺ありがとう!」
どちらの人格か分からないが、自然と声が出た。
現在の俺の中には元魔王で骸骨さんだった俺と、スライムとして転生した俺の二つの意識が存在しているらしい。
が、どうやら今は骸骨さんの意識の方が優位のようだ。
俺は久し振りにダンジョンを出て明るい太陽の陽射しを肌に受けた。
「生きてるって最高!
…いや、まぁ一度は死んでるんだけどさ…。
そこは放置してもよくねぇ?」
ウィズ、ケン、タクの三人に分裂していたスライム達は最終的に俺の中に戻ってくることを選択してくれた。
お陰で再び人間の体に戻ることができたのだ。
魔力も全盛期の五分の一くらいを得る事が出来たようだ。
それにプラスして三体のスライムを自由に操れるようになっていた。
このスライム達にはあの三人組のような人格は宿っていない。だってあの人格は今はこの俺の中に居るからさ。
それでもこの子達は普通のスライムより遥かに優秀なんだけどね。
それと驚く変化が俺にはあった。
湖面に映った姿が死んだ時の中年男性の姿ではなく、まだ二十歳前くらいの姿に変わっていたのだ。
これはスライムとして転生した俺の地球での姿であると考えられる。
歩きながら記憶を整理してみるが、高校生の時に転移した元の俺自身の地球での記憶が見当たらないのだ。
今の俺が持っている地球での記憶は、スライムだった俺の記憶だけとなっている。
どうやら骸骨さんとスライムが魔力融合した時に、元の地球での記憶は完全に消え去ったようだ。
これは恐らく保持できる記憶容量に限界があって、古い記憶に上書きされたのだと思うことにした。
これにより骸骨だった俺のルーツが無くなったとも言えるのだが、考えてみれば転生を繰り返したんだからそれでも良いかとあっさりと受け入れた。
むしろ元魔王の俺が生前この世界で暮らした時の記憶はそれなりに残っているし、覚えていた魔法やスキルも使えるのは有難い。
ただしそれらは軒並みパワーダウンしているので、生前と同じ感覚では使用出来ないのが残念である。
でも考えてみれば肉体が二十歳前に若返っているんだから能力の低下は当然と言えば当然だろう。
ただ困っているのは、元魔王と元スライムの二つの人格の制御がまだ出来ず、少し危ない二重人格者のようになっていることだ。もう少し今の体と精神に慣れれば落ちついてくると思うことにしよう。
それにしても完全復活では無い(三匹のスライムに一定以上の魔力を渡すと俺が骸骨化する)とは言え、魔王が若返って復活したなんて世間に知れたらパニックを起こすかな?
それより俺ってどのくらい死んでた?
完璧にタロウ・ウラシマ状態になってるかも知れないし。
それに現在地も分からん。俺が知っている景色と似ている気はするんだが…何かしっくり来ないんだよね。
飛んでいる鳥には見覚えがある。高度百メートル地点を飛行する鳥の羽ばたきがくっきりはっきり見えるなんて、スライムまじスゲえ。
あ、今の俺は三体のスライムと情報共有が出来るようになっていて、スライムの見た景色を網膜に写し出せるんだ。
しかし死んでる間もアイテムボックスとそこに入れていたマジックバッグを維持できたのが一番ラッキーだな。これが無かったら俺は裸で暮らすしか無かった訳だ。
ちゃんと洗濯してある下着にズボンにシャツ、駆け出しの頃に買った安物の革鎧、ブーツとグローブ、それといわゆるショートソードと呼べそうな長さの剣。
この姿ならどこからどう見ても駆け出しの冒険者だぜ。
ただ問題は冒険者タグだ。確かあれは個人情報を問答無用に読み取って表示するハイパー魔道具なんだよ。
俺が最後に更新した時は三十五歳の頃で、当時のシステムだとSランクの冒険者だった。
それが今じゃ見た目は二十歳前だよ。どう考えてもおかしいだろ?
この冒険者タグは絶対に人に見せちゃいけないヤツだね。
お金は前世で結構貯めてるから問題はない。
正直、人が一生どころか三回は遊んで暮らせるだけの金額がある。
でもさ、何もしないで生きて行くのも面白くないんだよね。
そうそう、一生ってところで一つ懸念事項。それは俺って歳を取るのかな?ってこと。
一回死んでるのに生き返ったってことは、やっぱり俺ってアンデッド?
死霊を滅ぼす魔法なんか喰らったら拙くない?
その辺のこと、なーんも考えずに町に行こうとしてた。こりゃ参ったね。いざとなりゃ歳を取る魔法とか作ってみるか。出来るかどうかは知らんけど!
ケセラセラ~!
このまま真っ直ぐ道なりに進めば都市があるっぽい。ちょっと前に山の上から見つけたんだよ。
何故そこを目指すのかって?
決まってんだろ、旨い物を食べるためだよ!
肉体の再構築によって、普通に物が食べられるようになったのが一番嬉しい。
スライムとして過ごしていた俺も味覚が戻ったことでとても喜んでいる。
おっと、町や都市に入るためには身分証明書的なのが必要な筈。俺の持ってる身分証明書は使えない冒険者タグだけなんだよ。
多分保証金を払えば入れるだろうけど、仮入場するときには根掘り葉掘り聞かれるんだよね。
出身地はどこだ、とかさ。俺の出身地はこっちの世界の…あ、冒険者タグに書いてたな。
何々?
氏名:セラドリック・フェルシア
性別:男性
年齢:三十五歳
種族:ハーフエルフ
職業:魔導師
出身地:キリアス
所属:キリアス王都冒険者ギルド(追放)
称号:魔王
犯罪歴:大量殺人、強盗、強姦、放火等
最終更新:大陸歴三三七年二月
「おーい、俺…。なんだよ、これ?
どう見ても悪人やん。やった記憶は無いんだけど。これ、街に入れるの?
詰んでない?
そう言えば…なんかギルドでトラブったような…思い出せん」
おかしいぞ。自分では犯罪なんて犯した記憶は無い。どうもこれは悪意を感じるな。
魔王って呼ばれたけど、別に人間に戦争を吹っ掛けた訳でも無い。
魔王と呼ばれたのは、確か勇者との変な関係があったのと、あるスキルのせいだし。
あっ、馬鹿じゃん。あれがあるだろ!
「ステータス!」
俺がそう唱えると、網膜にこんな情報が表示された。
氏名:
性別:男性
年齢:十八歳
種族:ハーフエルフ
職業:無職
出身地:キリアス
所属:無所属
称号:無し
犯罪歴:無し
「名前がブランク?
てことは自分で決めて良いのか?」
名前を決めようとしていると、スライムだった俺に突然意識が切り替わった。
「それなら…簡単なのでいいから…クレスト、にしよか。細かい設定は…考えるの面倒くさいし、この世界の事とか全然分からないし。
赤ん坊の時に施設に預けられ詳細不明!
よし、完璧だろ!」
そう決めた瞬間、網膜に氏名:クレストと表示されたのは笑うしかない。親切なシステムだよ。
「骸骨さんだった元魔王さん、そう言う訳だからよろしくな!」
クレストと名付けた俺が元魔王の俺に意識を向けると、一瞬笑ったような感じを受けた。
でもそれから少しずつ魔王の意識が希薄になっていく。
そして最後に、
「魔王ルートを回避しろ…」
と言い残すと元魔王の意識は感じ取れなくなってた。
元スライムの俺に遠慮しているのだろうか?
そう思ったけど、あの性格で遠慮はしないだろうと考え直す。
恐らくこの若返った体が元スライムの俺の意識と強く結びつき始めたんじゃないかな?
まさかダンジョンから出られて、満足して成仏したとかは無いよね?
魔王『セラドリック・フェルシア』だった時の俺の記憶は確かに受け継いだつもりだったけど圧倒的に歯抜けが多い。それともアクセス制限が掛かっている?
スキルを色々持っているんだけど、何故そのスキルがあるのか理由が分からないものも多い。
前世でどんな暮らしを送っていたのか今の俺には知る術が無さそうだけど、俺であって他人のような人だからプライベートに干渉するのはやめとくよ。