第92話 錬金術師が居るというのにそれは無いでしょ!
ラファクト鋼材店でカラバッサのキャンピングカー計画を立てていると、店主のラフトさんが何やら真剣な表情で考え始めたのだ。
「ラフトさん?」
「あぁ、すまん」
「何か問題でも?」
「…最近雇った錬金術師のことだがな。
アイツのお陰でタイタニウムも半分以下の時間で製錬出来るようになったり、他にも色々役に立ってくれておる」
「はい? それなら問題無いでしょ?」
「クレたん、馬鹿ね。ラフトはその人が腕が良すぎるから問題だと言いたいのよ」
クレたん?
ちゃん、じゃなくてタンって進化したの?
そのうちクレタソとか言い出すんじゃないだろうね?
そう言えば、商業ギルドの対策本部に居るスレニアさんもクレたんって呼んでたっけ?
いや、そんなの今はどうでも良い。問題は錬金術師のことだ。腕が良すぎて問題ってなんでだよ?
「求められる仕事に、全くやりがいを感じなくなるのよ。
能力のある人が、皆そう思うかと言えばそうじゃないけどさ。
頼まれたことだけパパッとやって、後は遊べるラッキーって思う人も居るわ。
と言うか、むしろそっちが多数派よ」
仕事が簡単過ぎてイヤになってるのか。
まさか延々と働いていないと落ち着かないワーカーホリックな人?
殆ど働いていない俺とは対極に位置する人だ…。
「そう言うことだ。
腕は良いが、クレストさんのような発想が出来るやつじゃなくてな。最近塞ぎがちで困っておる」
「錬金術師はアタイの商売敵でもあるわ。
腕の立つ人だと、金属加工までやっちゃうからね」
それって、パンっと両手を合わせて錬成する漫画の人みたいな感じかな?
俺にも錬金術のスキルはあるけど、これに手を出すと沼にはまりそうで怖くて試していないんだよ。
だから錬金術で何がどこまで出来るのか全然知らないんだ。
「クレたん、アンタなら欲しい物や素材は沢山あるんじゃないの?」
「素材ねぇ…何かあったかな?」
ふと眼に入ったカラバッサの図面を眺め、足りていない部品に気が付いた。
「それなら車輪の外周に付ける緩衝材と、衝撃吸収性能を持つ素材が欲しい。
植物から採れる天然素材か魔物素材で使えそうな物を探すつもりだったけど。錬金術で作ってもらえるなら手間が省ける。
その錬金術師さんを紹介してもらえるの?」
「欲しい物があるんならな」
めっちゃラッキーじゃない?
上手く行けばゴムタイヤみたいな物が作れるかもね。
中に空気を入れたりポンプを作るのは難しいかも知れないから、耐久性と弾力性のある固めのスポンジみたいな素材をワイヤーで補給したゴムで覆うようにしてみるとか。
「とは言え、錬金術と言っても無から何かを生み出す訳じゃない。素になる材料は必要だがな」
「それって、鉄に炭を混ぜて鋼を作るとかそんな感じかな?」
「混ぜると言うか、割合を調整すると言うのが正解だがな」
片腕片脚を持って行かれた錬金術師もそんな感じだったな。どちらかと言うと化学の世界なんだけどね。
一方の魔法と言えば、原理は不明だけど足りない部分をマナと想像力で補完出来る。ある意味奇跡を起こしているようなもんだよ。
必要なマナが用意出来ない、想像力が欠如している、そんな理由で普通の人には災害クラスの魔法が使えないのだけど、俺には不幸なことにマナが余るほどあるし、漫画にアニメ、映画のお陰で想像力もある。
だからトラック一台ぐらいは一撃で破壊できそうなヤバい魔法が使える訳だ。勿論やらないけど。
でもタイミングが良いと言うか何と言うか。
ビステルさんにしてもルケイドにしてもそうだけど、リミエンって実は人材の宝庫なんじゃないかな。
まさかその錬金術師さんも転生者だったりしてね。
「ラフト、クレたんにその人を会わせると何を始めるか分かったもんじゃないわ。
きっと自粛が出来なくなると思うのよ。見てみなさい、こんな嬉しそうな顔してさ」
とビステルさんが俺の顔を指差すのだ。
何を言うのですか!
俺がそんな事するわけ無いでしょ!
「…それもそうだな。
悪いがビステルに仲介役を頼むか」
「それが宜しいでしょうな。
親方様、必要な物があれば私からビステルさんに伝えます。くれぐれも自制をお忘れなく」
ラフトさんもブリュナーさんも酷いよ!
錬金術をどうやって使うのか見るぐらいなら良いじゃないか。
「新素材が上手く開発出来れば、こちらで立ち上げようとしている商会で取り扱っても良いでしょう。
必要な開発資金の提供も検討いたします」
「悪いなブリュナーさん。クレストさんを上手くコントロールして欲しい。
ビステルも頼むな」
今は石鹸作りに必要な油と塩だけ取り扱いつもりのダミー商会だけど、運営方針はブリュナーさんに任せてるから俺は口出ししない。
新素材とか言っても簡単に儲けが出るとは思えないから、赤字にならない程度で遣り繰りしてくれたらそれで良い。
ビステルさんは転生者だから、俺が暴走してカラバッサをキャンピングカー擬きに変更したのが分かっているだろう。
だからサスペンションだけじゃなく、ゴムタイヤが必要なことは言わなくても分かっている筈だ。
石油製品はこの世界には無いけど、カラバッサに必要な物があればどんどん錬金術師さんに作らせて欲しい。
ビステルさんもカラバッサを所有するのだから、自分の欲しい装備を注文するだろう。
◇
クレストとブリュナーの二人が出ていった店内に、ラフトとビステルの他に二十代の姿があった。
「ラフト親方、ありがとうございます」
と青年が頭を下げる。
「儂は何もしておらんよ。折角のお前の能力を活かしてやれんで済まなかった」
「まぁまぁ、二人ともそう言うのは無しにしようょ。
良いパトロンが見つかったんだからラッキー、ってぐらいの軽い気持ちで考えようよ。
それでアタイのカラバッサはユートの錬金術で動く家にしてもらうんだから、アタイもラッキーだしさ」
お気楽なビステルのセリフにラフトが額を押さえ、青年は何を言っているの?と不思議そうな顔をした。
「あのなぁ、確かビステルはクレストさんをユートに会わせると自粛が出来なくなるとか言ったと思うが。
お前だって全然自粛する気が無ぇだろうが」
「アタイは良いのよ、変人で通ってんだから」
「本人がそれで良いのなら儂は構わんが。」
で、ユートは時間が空いた時にカラバッサのパーツ用の素材を開発してもらう」
「製錬なんて直ぐ終わりますから、殆ど空いてます」
自慢するでもなく、ただ事実を述べただけと言う様子のユートの様子に、普通の錬金術師ならその製錬だけで丸一日掛かるんだがなと改めてラフトは呆れるのだ。
規格外の錬金術の能力を持つユートがラフトの前に現れたのは数ヶ月前のこと。
彼が言うには突然錬金術が使えるようになり、田舎から職を求めて出て来たのだとか。
スキルの発現には個人差がある。
例えば剣術スキルを持つ者でも、剣を持ってある程度の訓練を積まなければ発現しない。
そのある程度と言うのも人によってまちまちなのだ。早ければ数日、遅ければ数ヶ月単位を必要とする。
スキルの発現には何かの切っ掛けが必要であり、それが行為なのか経験値なのかは不明である。
ユートは陶芸家の家に生まれ、幼い時から磁器作りの経験を積んでいた。釉薬作りの経験が錬金術の発現に関係したのではないかとラフトは考えているが、事実は彼には分からない。
「最初に作るのは車輪に取り付ける緩衝材と衝撃吸収素材だね。
樹脂か魔物素材で出来ると思うけど。採取してこないと行けないね」
「狩りに行くなら臨時パーティーを組んでくれよ」
ユートは錬金術の素材を得る為に冒険者として活動を行っており、現在は大銅貨級だ。
筋力はラフトやグレックには及ばないが、器用に槍や弓を扱うバランスの良い能力を持っているので近くの狩り場に出るぐらいなら心配はない。
それでも素材探しとなると遠出をすることもあるのでラフトが心配しているのだ。
「鍛冶師仲間がよく使う人達と動きますよ」
と軽く言うが、良くて銀貨級である。
大銀貨級の冒険者は大体が固定メンバーで行動しているので仕方がない事だが、ラフトとしてはユートの身に何かあってはいけないので保険を掛けておきたいところなのだ。
「それに僕には無駄に高性能な武器と鎧と盾がありますから」
ユート本人が錬金術の練習と称して色々と作った物の中には、この世界の技術的水準では決して作れる筈のない炭素強化繊維擬きやアラミド繊維擬きが混じっている。
そう聞けばお分かりだと思うが、ユートもビステルと同じ転生者なのだ。
それでも本人が言う経歴は嘘ではなく、錬金術スキルの発現は彼が大人になってからである。
だが本人がそれで良かったと思っている。
若い頃にスキルが発現していれば、間違いなくクレストのようにアレコレと作り出して目立ちまくる事になっていたと、カラバッサの図面を見ながら確信したからだ。
「耐火繊維をユートが作った時には驚いたが、まさか武器や防具までおかしな素材で作ってしまうとはな」
肉体的には恵まれなかったユートはカーボンファイバーを使って軽量化を施した盾と鎧を作り、武器は複合素材の弓で先制攻撃仕掛けてからメインで槍を使う。
その槍はタイタニウムを鍛え上げた逸品級の穂先とカーボンファイバーを使って軽量化した、何ともチグハグな槍である。
普通なら軽すぎて武器にはならないと笑われるような品であるが、なるべく接近戦をしたくないのだから軽くてリーチのある取り回しの良い武器は最高だろうと本人は思っている。
剣もタイタニウム製だが、これは人に見せると力ずくでも欲しがる者が現れるだろうと考え、人前では抜かないようにしているのだ。
タイタニウムソードは丈夫ではあるが軽いので、同じサイズの鋼の剣と比べると切る時の攻撃力は寧ろ劣るので、欲しがる者はそう居ないのだが。
槍のように鋭利な先端をしているので、突き刺した時の攻撃力は剣の上を行くかも知れないが。
「アタイとクレスト専用に、アタイがタイタニウムフレームのカラバッサを作るわ。
でもユートがここの工房用に作る分には構わないけど、タイタニウムだとぱっと見でバレないように偽装しておきなさいよ。
それとクレストのアイデアはかなり無茶があるから、暇してるならアンタもボーゲンさんに協力して設計段階から参加しなさい」
ユートがビステルに教えた訳ではないが、既にビステルは彼が転生者だと気が付いている。
もっともそれは二人の間ではお互い様なのだが。
二人とも敢えて自分が転生者だと自己紹介するつもりはなく、基本的には誰の前でも一つだけ特出したスキルを持った只の人を演じ続けることにしているのだ。
そんな二人から見れば、クレストは明らかにやり過ぎである。
ビステルは骸骨さんの存在は知らないが、自らが『不躾:マイルド』という不遇スキルを持っていることから、クレストには『二重人格』のスキルがあるのではないかと疑っているところだ。
「そうだな。うちからユートに出せる仕事は一日で一時間もあれば終わるようなものしかない。
気分転換にボルグス馬車工房で時間潰しをしてこい。緊急があれば誰かを呼びに行かせる」
二人の転生者の協力もあり、カラバッサ初号機はこの後クレストでさえ驚く程の凄まじい勢いで開発が進むことになるのだが、その話は別の機会に。
「それでビステルがカラバッサを所有するのは良いが、お前は馬車に乗れるのか?
乗り物酔いが酷いらしいが」
「あ…忘れてたわ」