第91話 カラバッサの材料手配をしよう
新型馬車『カラバッサ』のフレームの材料を求めて鋼材店にやって来たのだが、何故か衛兵隊長に喧嘩を売ったことが知られていた。
お世話になった衛兵さん…治安維持部隊のロッド副隊長はそんな事をするように思えないので、恐らく隊長本人か隊長に近い人物なんだと思う。
隊長さんには嫌われてると思うけど、わざわざ言いふらさなくていいじゃん。
暇なのかな?
「まぁなんだ、あの隊長を好きって奴はそう居ないから心配すんな」
と言うとガハハと笑う。
「で、高名なクレストさんがわざわざウチに来たってのは、何か特殊な物を作るつもりか?」
「イヤだなぁ、俺みたいな一般人を捕まえて、そんなお世辞は言わなくていいから」
「はぁ? 何を言ってんだか」
そこでブリュナーさんが首を横に振るのを見て悟った店主はそれ以上何か言うのは諦めたが、それは俺の知るところでは無い。
「実は馬車を作ろうと思っているんだけど、フレームに鉄パイプを使う予定なんだ」
「鉄パイプで馬車を?
馬鹿なことを考えたもんだな」
「馬鹿かも知れないけど、まあ騙されたと思って設計図を見てよ」
マジックバッグから設計図を取り出して大きなテーブルに広げる。
「鉄パイプでフレームを作れば、同じ強度を持たせるなら木より細い材料で作れるし、自由に形を変えられるからデザインもかなり変えることが出来る。
更に製作期間の短縮にもなるでしょ」
舵取り機構やサスペンションの取り付け、それによる重量の増加を抑えるのが鉄パイプを採用した最初の理由だったが、図面を書いてるうちに鉄パイプで作るとそんなメリットがあることに気が付いたのだ。
「そうじゃな。熱してやれば曲線も簡単に作れるし、各種継手を予め量産しておけばパイプのカットと曲げ加工だけで済む。
作るのも組み立てるのも木より楽じゃ。
若いのに良く分かっておるのぉ」
「少しは勉強したからさ。
それとコイルバネと油を使った衝撃吸収装置を付け、前輪は角度を変えられる機構を追加、車輪は四輪独立懸架にする」
ハンドルは所謂ラック&ピニオン方式だ。
自動車の解説書に載っていたハンドル周りの構造を記憶の限り書き込んでおいたので、ビステルさんでなくても再現は可能だろう。
オイルダンパーは現在の技術レベルだとビステルさん以外には無理だと思うので、市販するなら板バネとコイルバネと何かの衝撃吸収素材を組み合わせた物にするかも知れない。
普通の鍛冶師だと、このバネの製造が一番苦労するんじゃないかと想像する。
「この馬車本体、舵取り機構に衝撃吸収装置はお前が思い付いた物か?」
「そうだけど。
衝撃吸収装置と軸受はビステルさんに作って貰うけど、この店で鉄パイプのフレームが作れるのなら市販用は作って貰おうかな」
「その図面通りで良けりゃ、パイプフレームぐらいは幾らでも作ってやるぞ」
一品物より大量生産の方が安く作れるからそれは助かる。
「後はボルグスさんとモルターズさんで組み立てるようにしてる。
フレーム以外の鉄の部品も親方のところで全部作ってくれるなら有難いかな」
「馬車工房への根回しは済ませて来たのか。用意が良いな。
ウチは頼まれた物を作るだけだが…馬車の作り方を根本から変える気か?」
「別に今の馬車が悪いとは言わないけど。
俺はこの馬車の方が今の馬車より早く安く作れると思ってる。
勿論すぐに作れるとは思わないから、研究や試作に掛かる費用は俺が出すし」
「随分と気前が良いな」
そこでラフトさんがジックリと図面を眺め、
「フレーム以外には鋳物と切削部品しか使っていないな。一番面倒そうなのは舵取り装置の変な形の継ぎ手とギヤだな。
特にギヤは鋳物を叩いて鍛えてやらんと歯が折れるだろうな。摩耗防止に表面処理も必要だな」
図面を見ただけでそこまで考えつくのなら、この人に製作を任せて大丈夫だろう。
「オマエの武力とクチの悪さは俺達にも届いているが、こんな物を考えつくなんて意外と頭も良いんだな。
それにしても、思っていたより弱そうな見た目じゃねえか。その態で二つ名持ちってことは、随分と良いスキルに恵まれてんだな」
弱そうで悪かったな。事実だから仕方が無いけどさ。
「レイドルの奴に手合わせを頼まれなかったか?」
「えっ!? まさかあの人、誰彼構わずそんなことを?」
「これはと思った相手だけだ。儂やグレック、ケルンとやり合ったことがある。
レイドルは武器のスキルは持っていないからな」
「ご愁傷様です。なんでそんな人が副部長してんだろ?」
「それは同感だな」
本当に手合わせしてるんだ。じゃあ、本当にいつかあの人とやり合うことになるかも。
えーと、それってマジで殴れるチャンス?
治癒魔法の使える人を連れて来たら…今ならリタが居るか…怪我の心配も無いし。
「そうじゃ、言い忘れておるが儂はこのラファクト鋼材のラフト・ラファクトじゃ。
外にパイプを外に運んでいたのが息子のグレックだ」
「やっと自己紹介しやがったか。中々言わないから心配したぞ」
「そう言うビステルは相変わらずだな。
で、持ってく材料は決まったか?」
「発注書に買いたわよ。受け取りな」
ポンとテーブルに置いた発注書を取り、ラフトさんがフンフンと言いながら見ていたが、
「タイタニウムだとっ! 本気か?
前にオマエに言われて継手部品は作ってあるが、馬車になんて無駄な金を掛けるんだ」
と材料を見て驚いている。
残念だけど、俺も同じ立場ならそうなる自信がある。
「さっき言ったでしょ、この店で鉄パイプのフレームが作れるのなら市販用は作って貰おうって。俺とビステルさんのは別枠なんです。
それに無駄じゃ無いですよ。
馬車は軽くなるほど馬にも負担が掛からないでしょ。
その分早く走れる訳だから、遠距離になるほどその差は出る筈です」
「いや、一日に走れる距離で宿場町があるんだぞ。毎晩野宿するつもりか?」
「ええ、この馬車はシートを動かすと大人二人が寝られるスペースが取れますからね。足は伸ばせないけど」
車中泊が出来るように、室内スペースの取り方にかなり拘ったのだ。
だから四輪独立懸架方式を採用して車軸を無くし、ボディ側面に大きく足回りを張り出させたのだ。この足回りはユニット化してあり、修理の際はゴッソリ取り外してスペアと交換すればよいようにしてある。
アイテムボックスにスペアを入れとけば済むからね。
それに俺には優秀なスライム達が居るから、夜盗も魔物の襲撃も事前に察知可能で夜の見張りも不在で良いのだ。
定員は六名だから、三人以上乗っている時は宿場町を使うことになるけどね。
まぁ今の所、誰かと長旅をする予定は無い。だって俺はボッチみたいなもんだから。
「なんか知らんが、細かいことまで考えてんだな。考えなしに暴言を吐いて暴れる奴だと噂が流れていたから心配してたんだがな」
「完全に冤罪ですね…」
恐らく衛兵隊長の仕業だと思うが、証拠を探すのは難しいだろう。
人の集まる市場や酒場でおもしろおかしく適当なことを言ってやれば、エマさんと夕食に行ったときのことのように簡単に噂は広まる。
娯楽の少ない世界だから、ゴシップに飢えてる人が多いんだろうな。
生前の骸骨さんのように『魔王』なんて呼ばれることの無いよう目立たず暮らすつもりなのに、その骸骨さんのお陰で目立ってたんじゃ、俺にはどうしようも無いだろう。
あの人、勝手気ままに好きなタイミングで出てくるからな。
それに予言に出ていたゴブリラを二発で仕留める武力があるんだから、骸骨さんが魔王認定されても不思議じゃない。
「親方様は大変思慮深いですし、無闇に暴れるような事をなさるお方ではありませんよ。
衛兵隊長が余程失礼な態度をとられたか、意にそぐわない事を仰ったのだと思います」
「あの隊長ならあり得るな」
「クレちゃん、ブリュナーさんに凄く信用されてんだね」
訳知り顔でウンウンと頷くビステルさん。
その信用を裏切らないように努力しないと幻滅されるかな。
「ブリュナーさんよ、昔聞いた話を確かめて良いか?
騎士団の不正を曝き、逆ギレして襲撃してきた特殊部隊を返り討ちにしたって噂は…?」
「…あれは…今思えば若気の至りと言うものでしたね」
それ、否定しないのね?
そんな話は初めて聞いたぞ。投げナイフで壁に貼り付けにしたのって、まさか特殊部隊の人を?
どれだけ凄い人なんだよ…おい、ロイっ!
オマエの師匠はマジもんの化け物だぞ。
そんな人に師事してみろ、どんなシゴキを受けるか分かったもんじゃねえからな!
でもそんな人が今は時々のんびりとスープを作っちゃ上手く出来た、失敗したと一喜一憂してるんだから、世の中ってほんと分からないもんだな。
「まぁ、昔の話だから色々あるんだろ。
よし、そっちは置いといて商売の話をさせてもらうぞ。
タイタニウムは一キロが大銀貨一枚半で、大体二百キロのお買い上げだな」
ラフトさんの凄いのは、こうやって喋りながらでもしっかり合計重量を計算してることだ。
「それと錫一キロで大銀貨一枚、亜鉛一キロで銀貨五枚か。錫と亜鉛はサービスにするが、それでも大銀貨三百枚だ…ぞ。
タイタニウムは腐らんから、余った分は同じ金額で買い戻してやる。
これを買うのはビステルぐらいしか居ないがな」
「一台で百五十枚か。それに内装、外装、三人の工賃でどれぐらい行くかな?」
俺の呟きにビステルさんが反応して頭で算盤を弾いたようだ。
「分かんないけど、試作機一台で一千五百万前後ってところじゃないの?
クレちゃんはお金持ちだね」
「ほぉ、それでも原価だけだと普通の馬車の三倍から五倍程度か。
伯爵クラスの乗るのは二千万枚程度らしいから、そっちより安いな」
馬車に一千五百万なんて頭がおかしいと思ったけど、まだ上が居たのかよ。
それにしても大した性能でもないのに、二千枚とか高過ぎるんじゃない?
あー、だからベンディは如何にも成金ですって感じを丸出しにして、金ピカの馬車に乗るようになったのか。
恐らく原価の二倍近い値段で売り付けてんじゃないのかな?
ぼろ儲けしてなきゃ、あんな趣味の悪い真似はしないでしょ。
「ところで親方様、馬車の運転は?」
「あーっ! やったことない! 気楽な一人旅をするなら、御者の練習しなきゃ」
やべえ、自動車の免許は持ってるけど馬車の免許は持ってない。
俺が運転するなら御者台も雨風を凌げるようにしたいし、自動車の運転席風にしたいよな。
「一人旅ってアンタねぇ。それがどれだけ危ないことか知ってるの?」
「左様で御座います。流石に一人旅は私も認められませんね」
「けど、ケルンさんは一人で行商してるよ」
「彼の行動範囲はあくまで領主軍と冒険者ギルドが定期的に巡回を行っている範囲内でしょうね。
農村と言えど領主様にとっては貴重な収入源ですから、そこに向かう行商人や村民に危険があるようなことは放置しない筈ですから」
そう言うものかな?
確かケルンさんに会ったとき、その辺に出てくる魔物程度なら負けないって言ってたのは、駆除した残りカスしか居ないからなのか。
農村の人やミレットさんがリミエンに野菜や乳製品を売りに来るんだから、確かにケルンさんの行動範囲は安全圏と言えるのか。
「親方様でも、隣町まで行くのでも二名は付けて貰わないといけません」
「えー、馬車の中じゃ二人しか寝れないよ」
「おぃおぃ、クレストさんよぉ、そもそも馬車の中で寝ようって発想がおかしいわぃ。
普通はテントかタープを張るもんじゃろ」
嘘~ん、こっちの世界じゃ車中泊ってロマンじゃないのか?
俺が子供の頃は、そう言うのに憧れたもんだけど。
「テントとか立てるの面倒じゃないですか。
あっ、タープで良いなら馬車の屋根をポップアップさせて、子供一人なら寝られる空間が出来るな。
ついでだから左側を乗り降り専用にして、右側の壁を倒してタープを張れるようにしたら、この馬車一台で三人プラス一人が寝られる」
勝手に鉄板を借りて思い付いたアイデアを追加したカラバッサの絵をカリカリと書き出す。
ブリュナーさんもビステルさんもラフトさんも、その様子に呆れているようだけど構いやしない。
「クレちゃんさぁ、それだけの装備を付けるなら、全長をもう少し延ばさないと無理じゃないかい?」
とビステルさんが客室を更に延長させる。
「ふぅむ、フレームがタイタニウム製なら、それだけ改造しても普通の馬車と比較して無茶苦茶な重量アップにはならんだろう。
これは馬車と言うより動くテントじゃな。
軍の奴らが欲しがるだろうな」
冗談じゃないよ、軍なんて相手にするつもりは無い。でもスオーリー副団長は顔以外は悪い人じゃ無かったから売っても良いかな。
それならビリーをスカウトしてくれた騎士さんにも売ろうかな。
でも特別扱いすると、やっかみ受けるかも知れないか。
「残念だけど、カラバッサは今のところ軍にも民間にも売るつもりは無いよ」
良すぎる性能を持つ馬車を販売すると、それ以外の馬車を淘汰しちゃうからね。
「…親方様、タイタニウム製は親方様とビステルさんの二台だけですよね?
それなら鉄パイプの機体をボルグスで作り、モルターズで顧客の要望に応じてカスタムすると言う流れを作るのはどうでしょうか?
そうすれば、あの二軒の業績アップに繋がるかと」
「ボルグスではカスタムするのが前提の半製品の車体を作るってことか」
例えばゴミトラック。トラック本体は有名どころのメーカーの作った車体を使用し、ゴミ箱の部分を違うメーカーで作ってる。そんなイメージか。
二軒とも経営が苦しいみたいだから、確かに飯の種が増えるのはウェルカムだろうな。
カラバッサは大きく分けて足回りを取り付けるシャーシ部分、御者台、客室の三つのブロックを後から合体させるような作りにしてある。
俺はさっきまでこの客室ブロックをキャンピングカーのように改造する案を出していた訳だ。
屋根の上にベッドスペースを取る為に、横から見ると蒲鉾形だった屋根はまっすぐになったし、右側面の壁もベッドスペースにするために後方に客室が延長されてかなり後輪からオーバーハングしている。
お洒落だった外観は、冷凍トラックか宅配便のトラックかと言いたくなる味も素っ気も無い外観に変化しているのだ。
これはもう馬で曳くキャンピングトレーラーと言っても過言ではないだろう。
ここまで来たならついでに御者台も改造するか。
「おいおい、次は御者台を壁で囲うのか?」
「御者だって雨風を凌ぎたいし、寒いのはイヤでしょ。
シャリア伯爵領でガラスじゃないのに透明な素材が作られてるそうだし」
「噂の新素材か。それなら出来そうじゃ…でもよ、手綱はどうするんじゃ?」
あ、そう言うのがあったな。出発と加速、減速、停止は左右両方で合図して、カーブは曲がりたい方だけ引くのかな?
「手綱の動きはレバー操作で再現出来るかも」
ブリュナーさんが手綱を操るジェスチャーとレバーを引くジェスチャーをして少し考え、
「出来るかも知れませんね」
と頷く。
「それと、後方が見やすいように鏡を付けるのと室内には魔道具の照明も必要だね。
照明か…それならビステルさんが居るから、これも作れるか」
追加で書くのは懐中電灯だ。勿論ヘッドライトにするつもりだ。
「それだけのアイデアが出るのなら、こいつを考えたのがクレストさんだと納得せざるを得んな。
常識をこうもあっさり撃ち破るとは」
ラフトさんが感心したのか呆れたのか判断の付かない表情でそう言うと、何か考えこむのだった。