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スライム×3+骸骨×1≒人間です。(リメイク版)【第一部として完結】  作者: 遊豆兎
第6章 登山の前にキチンと準備を整えよう
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第88話 やっとこさ馬車工房へ

 二軒ある馬車工房を訪れるつもりだったのだが、運悪くルケイドの兄のディアーズと遭遇。

 顔以外はとんでもない出来損ないだと判明したが、ルケイドの家族と揉め事を起こすのは良くないと考えてその場からの逃走を選択した。


 こう言う時、俺の家の場所は知ろうと思えば直ぐに何処かが分かると言うのも考え物だな。ディアーズが我が家に乗り込んで来る可能性もあるのだから。

 ブリュナーさんが居る時なら上手く対処してもらえるだろうけど、そうで無ければどんな悲惨な目に遭うか分かったもんじゃない。


 だからライエルさんからカンファー家に対して俺が山に調査に行くことを認めさせて貰おうと考えているのだ。

 山の調査が必要と考えているのは俺達サイドだけで、カンファー家からの依頼があった訳では無い。


 つまりまだ土地の所有者に承認を貰っていない状況なのだ。なので偉い人がカンファー家に事情を説明して立ち入りの許可を貰うのは当然だろう。

 領主様からカンファー家の現当主を呼び出して貰うのが一番良いと思うけど、ダンジョンと山の異常を結びつけているのは現在のところは単なる予想のレベルに過ぎない。

 そんな状況で領主様の力を頼るのは早いと思うんだ。


 クッシュさんの屋台で焼き立てのパンを食べ、寄り道をせずに冒険者ギルドに向かう。

 ドアを開けると直ぐに目に入るカウンターに受付嬢は二人しか座っていない。

 昼食の時間帯に受付嬢に用のある人はあまり居ないのだ。

 併設の食堂は安い食事を求めて若手の冒険者が集まっているようだが。


 今日の受付嬢はエマさんでもミランダさんでもなかった。ローテーションで座っている受付嬢が毎回変わるので少々戸惑う。

 日によっては夜勤もあるそうだが、毎日手紙を持って領主館を訪れるエマさんは夜勤が免除されているそうだけど。


 そんな無駄知識はどうでも良くて、とりあえず二人いる受付嬢のうちの一人に声を掛ける。


「こんにちは。ライエルさんに至急面会したいんだけど、今居る?」

「こんにちは。

 いえ、今日は商業ギルドのレイドル副部長と朝から貯水池の方に出かけました」

「あっ! そう言えば…」


 昨日そんな話をしたばかりなのに忘れてた。

 フィールドアスレチックや式典に使うメイン施設などの建築場所を決めるために、貯水池周辺の実地調査をすることにしてたんだ。

 それにライエルさんだけじゃなくて、レイドル副部長まで同行してんのか。

 レイドルさんは対策本部長だから、この件では動いていても当然と言えば当然か。


 俺も一緒に行くように言われてたけど、いつとは言われていないだけだ。多分二人が事前に調べた後に意見を求められるのだと思う。


 俺としては貯水池周りの実地調査よりカンファー家対策の方が優先順位がかなり上なんだけど。

 しかもあの出来損ないの次男のせいで待った無しの状況なのだ。


 なのに頼みの『ライえもん&レイえもん』が不在な今は、アレに俺の家を突き止めようとする意思が湧かないことを祈るしかない。


「あの、クレストさん?」


 少し焦った様子の俺を見て心配したのか、名前を知らない受付嬢が俺を呼ぶ。

 やっぱりこう言う時に社員証を付けていないのは不便だと思うんだ。


「はい?」

「もしライエルさんが不在の時にクレストさんが来たら、これを渡すようにと…」


 そう言って後ろの棚から取って渡されたのは一枚の羊皮紙だ。

 安物の羊皮紙と違って端部は綺麗に切り揃えられて傷まないように処理がされているし、唐草模様のようなプリントが施されていて一目で高級品だと判断が付く。


 恐る恐る受け取って縛ってある紐を解く。

 内容はと言うと、

『委任状

 カンファー家所有の山林に発生する植樹不能の原因調査の件…』

となっていて、最後にリミエン伯爵のサインと家紋の押印がされていたのだ。


 俺の単なる予想の域を超えない思い付きをリミエン伯爵が本気で後押ししてくれる?

 言っちゃ悪いが、それってまだ溺れながら藁を掴むようなレベルの話だぞ。


「それと、『同行者には声を掛けて準備を始めさせている』と伝言も承っています」


 それは伝言を聞く前に本人達から聞いてるんだよね。

 でもギルドから書記が一人派遣されるって言ってたよね。誰だろ?

 ポンコツ患部のブルガノみたいな人で無いことを願おうか。


 委任状が出ているってことは、伯爵様からカンファー家に対して何らかの動きがあった筈。

 それならポンコツ次男のディアーズ対策も考えなくて済みそうだな。


 受付嬢に御礼を言い、少し気が軽くなったところで馬車工房に向かうことにした。

 訪問先に選んだのは『ボルグス馬車工房』だ。

 何故かと言えば、冒険をせずに安定経営を求める経営者の意見を聞きたかったからだ。


 安定経営をするとは、何も昔からあるものを一切変えないと言うわけでは無い。

 寧ろ時代に合わせて変えられる物は変え、変えてはならない物は変えないのがその本質だと俺は思う。


 そう言う事が出来る人がザ!成金のベンディと仲良くしているようなら、リミエンの馬車業界は一度リセットしたほうが良いだろう、と勝手ながら思ってしまう。


 工房の前に地味な客車を二台並べていたのでボルグス馬車工房の場所は直ぐに分かった。

 一人の職人が点検しているのか、アチコチを確かめている様子はまるで車検でもしているみたいだ。


「こんにちは。ボルグスさんは居ますか?」


 職人さんが馬車から離れたタイミングを見計らって声を掛けると、

「俺がボルグスだが。馬車の購入かい?」

と経営者としてはちょっと丁寧さが足りていない気もする対応だ。


「購入と言うか、作って欲しい馬車の相談です」

「特注品か? 悪いがウチはやってないんだ」


 これはビステルさんから聞いた通りで特に何とも思わない。

 特注品を作らない事も経営判断の一つだ。

 同じ型の馬車を作り続ける方が圧倒的に効率が良く、その分だけ低価格を実現出来るのだから。


「じゃあ、ベンディさんとステラさんの工房なら、どっちがお薦め度が高いですか?」

「貴族で無いなら、馬車なんかに余計な金を使うな。ウチのは地味だがスペアパーツが直ぐに出せるから、運用するならウチのが一番だ。

 余所の事は知らん」


 チッ、上手く逃げるもんだな。しかも自分の工房のアピールまで入れてるし。

 それなら少し攻め口を変えてみるか。


「それじゃ困るんです。

 俺の考えている馬車が完成すると、既存の馬車しか作らない工房を潰しかねないので」

と言ってわざとらしく視線を逸らす。


 その言葉に少し戸惑う様子を見せているのは、その馬車に興味があるのか、それとも俺を追い返す言葉を考えているのか。

 即座に怒鳴って追い返さないのは、さすがに出来る経営者と言うところか。


「聞くが、狙いは何だ?」


 これは交渉の余地ありと言うことか?

 普通に考えれば、俺の言うことをアッサリ鵜呑みにする筈は無い。

 と言うより、既存の馬車工房を潰す馬車が本当なら、冒険をしない経営者ならその中身を知りたいと思って当然だろう。

 だって冒険をしない=自分の身を守りたいって言うのがボルグスさんの心情の筈だから。


「狙いですか?

 そんなの一つしかないでしょ。快適な馬車に乗りたい、ただそれだけですよ。

 ぶっちゃけて言うと、今ある馬車には乗りたくないんです。ガタガタガタガタ揺れて気持ち悪いし、お尻は痛いし。

 歩いた方がまだマシですよ。

 それにほぼ真っ直ぐしか進めない。不便でしょうがないですから」


 馬車工房の経営者にその馬車の完全否定とは、思い切ったことを言うもんだと自分でも思う。

 でも、だからこそ俺の特注馬車の発想が生まれる訳だ。


「だから、自分用の馬車は衝撃吸収装置と舵取り装置の付いた物にしたいんだよね」

「衝撃吸収には板バネがあるだろ?」

「御冗談を。あれは大きな段差の吸収は出来ても、乗り心地の改善にはそれ程役に立ってないでしょ。

 俺は全く別の吸収装置を作るつもりです」

「…そうか」


 そこでボルグスさんが腕を組んで何かを考え始めた。

 板バネと乗り心地の関係をアッサリぶった切られて、きっと今は遠心分離機のように脳味噌が高速回転を始めたのだろう。

 

「既存の馬車しか作らない工房を潰しかねないと言ったのは、それだけの性能差が出ることを確信しているんだろ?

 その根拠はあるのか?」


 ここで『現代知識を応用したからだ!』と答える訳にはいかないよな。


「図面を作ったので見て貰えば分かります」

と肩掛け鞄からクルクルと丸めたA1サイズの羊皮紙を取り出す。


「それはマジックバッグ…か。

 ここで図面を広げるのはマズい。事務所に来てくれ」


 やっぱりこの偽装は便利だわ。アイテムボックスは最高だね。

 事務所に通されると事務員のおば…お姉さんがお茶を出してくれた。それを飲んでからテーブルにゆっくりと図面を広げる。

 骸骨さんの描画スキルがあっても、慣れない羽根ペンで書くのは苦労したんだぞ。


 俺の図面をじっと眺めるボルグスさんの目付きは真剣そのものだ。


 一分程眺めたところで、

「鉄パイプで足周り、客室、運転席をブロックに分けて作るのか。

 これなら鍛冶屋の作ったフレームに、後から好きな客室が設置出来るな。

 しかし、これだと馬車工房じゃなくて、その辺の工務店でも馬車の製造が可能になる…なるほど、先に余所にこれが出回っていたらウチは潰れていたな」

と額を押さえる。


「それだけじゃ無いです。

 鉄パイプは木材より曲げ加工も遥かに短時間で出来ます。

 つまり、鉄パイプでフレームを作ることで、同型の馬車が早く作れることになります。

 それにデザインの自由度が高くなりますし。

 客室の代わりに荷台を載せることも可能ですし」

「衝撃吸収装置と舵取り装置を付ければ、価格設定次第では従来の馬車は駆逐されるな。

 後は安全性と耐久性の問題だけか」


 まぁ、そう言うことになるかな。

 おかしな言い方だけど、既存の馬車工房が潰れるってことを納得して貰えて良かったよ。

 でもそれだけじゃ無いんだよ。


「俺が更に考えているのは、今みたいに一つの馬車工房で全てのパーツを作るんじゃなくて、それぞれの専門業者に作って貰ったパーツを馬車工房で組み立てるって方式です」


 所謂自作パソコンと同じ考え方だね。

 自動車と違って電子制御装置も車検も無いから、こう言うのが可能なんだけど。


「これが一般的になれば、ボルグスさん達馬車工房はお客様の要望を聞いて、好みに合うカスタムカーを作るのが仕事になるでしょうね。

 それに分業化を進めれば、各業者の腕は上がって行きます。

 競争が起きれば共通部品はどんどん良い品になっていくし、値下がりしていく筈です」


 そうなると潰れる工房も出てくるから良い面ばかりでは無いんだけどね。


「そこまで大きな話になるのなら、ウチのような馬車工房一つに話を持ってくるのはお門違いだな。

 俺達が所属する輸送業ギルドとリミエンの全馬車工房、他にも鍛冶師ギルドなどにも話を通さないとマズいな。

 そう手回ししてから販売しなければ、先に作った工房は非難の的になるだろうな」

「そうでしょうね。

 なので、俺が作って貰いたいのは試作機の二台だけなんですよ。

 それ以降の展開については、俺は一切関与するつもりはありませんから」


 そんな大きな話に巻き込まれるのはまっぴら御免だね。俺とビステルさんの分だけサッと作って貰って、この件からおさらばと行きたいもんだ。


「何だってっ!

 これだけの物を作っておきながら…この基本構想図が幾らの価値になるか分かっているのか?」

「それなら鍛冶師のビステルさんには大銀貨一千枚だと言われましたね。

 あ、試作機の一台はビステルさんの分ですから。彼女なら鉄の扱いにも問題ないので。

 それと、軸受と衝撃吸収装置は彼女に作ってもらうことにしてますから」

「あの変わ…人か。

 大銀貨一千枚…確かにそれだけの価値があるだろう」


 ボルグスさんにもビステルさんは変わり者認定されているんだ。

 『不躾』って言う不遇スキルがあるだけで、本当は悪い人じゃ無いんだけどね。


「で、試作機の二台は作って貰えます?

 そちらの言い値で買い取ります」

「フレームや足周り、舵取り装置の製作はウチには当てが無い。

 そこさえ手配して貰えるのなら…と言いたいが、ステラの所には行ったのか?」


 正直、ここに来るまでボルグスさんかステラさんか迷っていたんだ。

 ビステルさんから、ボルグスさんは一切の危険を冒さないと聞いてたから、利をもって口説くのならボルグスさんだと思って来てみたんだけど。大正解ぽい。


「ステラさんは自分が思い付いた物しか作らないと聞いたから、ここまで図面が出来ているのを見たら作るとは言わないと思って行ってないんです」

「そうかも知れんが、俺よりステラの方が見知らぬ物に対する好奇心は強いからな。

 この基本構想が完全なものなら問題ないが、不具合があった場合の対応に彼女の知恵が役立つかも知れん」

「なるほどねぇ。それなら今から行ってみる」

「それなら俺も行った方が良いだろうな」


 こう言うアドバイスが貰えるのは有難い。

 トラブルシューターとしてステラさんにも協力を願おう。


「あと、ベンディさんは無視して大丈夫?」

「アレは技術的な物に興味は示さない。

 輸送業ギルドにも所属していないからな。

 ウチが作ったベース車両に派手な装飾を追加するぐらいの脳しか持っていないから問題ないだろう」


 なんだ、そうだったのか。デカイ顔して歩いてたのは物理的に顔がデカイからなのか。

 それなら問題無さそうだね。

 あんな成金が幅を利かせている組織と関わり合いたくないと思ってたんだけど、一つ問題がクリア出来たよ。


 ステラさんの『モルターズ馬車工房』はすぐ近くにあった。

 工房に置いてある馬車はベンディさんの金ピカ馬車ともボルグスさんの地味な馬車とも違って、個性的と言えば良いのだろうか。

 昔からある馬車を改良しようと頑張っているんだと思うことにする。


「あれ、ボーゲンじゃないの。商売敵の店にようこそ。

 どうしたの?」

「何度も言うが、ウチとは客層が違うから商売敵とは思っていない」


 ステラさんは三十代の機械オタクっぽい感じの女性だと思って貰えればよいだろう。


「ステラさん、初めまして。

 新しいタイプの馬車を考えたので作るつもりなんです。図面を見てもらって良いですか?」

「坊やが図面を書いたのかい?

 いいだろ、見せてみな」


 事務所のテーブルに図面を広げると、ボーゲンさんと同じようにじっくりと眺め始めて暫くしてから、

「あのさ、喧嘩を売りに来たのかい?」

と少し怒ったような口調で言う。


「こっちは人が考えついた物は作らない主義でね」

「知ってます。だから製作はボーゲンさんに頼みました。

 で、ステラさんにはこの馬車の不具合の対応と改良をして欲しいんです。

 なんせ新型ですから、どんな欠陥があるか分からないんで」


 ステラさんへの対応はここに来るまでにボーゲンさんに教えて貰ったのだ。

 物の改造をするのが好きで、今ある物の改良、改善をお願いされると意外と簡単に引き受けてくれるんだとか。


 これから作る鉄パイプの馬車は、恐らく一度全体が出来てからが本番になるだろう。幾つもの不具合が出るのは間違いない。

 ビステルさんは金属加工は出来るが、どんな形に作れば良いのかが判断出来ない筈だ。

 それを指示する役をステラさんにお願いするのが良い役割分担だろう。


「アンタ、可愛い顔して策士だね。それならやってやるよ。

 それにしても鉄パイプ製の馬車に舵取り装置なんて、まぁ良く考えついたもんだよ。

 で、この馬車はなんて名前だい?」

「名前が要りますかね?」

「当たり前だろ。開発時にコードネームは付き物ってさ」

「コードネームねぇ…それなら『カラバッサ』にしようかな」

「馬車にカボチャねぇ。変なセンス」


 勇者どもめ、なぜシンデレラの話を広めなかったんだ? 別件バウアーとかしょうも無い物を広めたくせに腹立つわ!

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