第87話 争い事は良くないよね!
衛兵隊長を避けるために入った雑貨店でカードホルダーを作ったら、俺に二つ名が付いていたことが発覚。
『鋼拳』なんて二つ名はちょっと嬉しいけど、何故かステータス上は自称冒険者になっていたのにはビックリと言うよりガッカリだ。
シオンに礼を言い、商業ギルドで俺の依頼だったことは言わずに売り込みに行くようにと指示を出す。
弟子にはしないクセに、こう言うところだけ偉そうにしてスマンと思うが。
本人が嫌がっていないので大丈夫だろう。
それよりシオンのカードをチラッと見たが、性別が非表示になっていたので未だ男女どちらか分からない(任意で表示/非表示が切り替えられると後で知ったけど)。
六対四で女性だと思うのだが。
カードホルダーの代金を渡そうと思ったら、キャラクターを教えてもらったので無料で良いと言われ、それなら一種の物々交換かと納得して肩掛け鞄経由でアイテムボックスに入れる。
首紐ならアイテムボックスに沢山入っているからシンプルな物を選んで使おうと思う。
時間もそこそこ経過しているので少し早めに昼食タイムにすることにした。
新しい屋台を開拓しようかと思ってブラブラ歩いてみるが、海産物も畜産物も香辛料と甘味料も高級品の部類に入るので料理のバリエーションは多くない。
どうしても肉、野菜、果物、ハーブ、岩塩で作れるメニューに限定されてしまうのだ。
「やっぱり砂糖と香辛料か。
畜産物ももっと増やしたいけど、放牧出来る場所と運送の都合もあるしなぁ。
卵を増やすにしても、養鶏場を作って人を雇って飼料も増産して。最低でも半年は掛かるだろうな」
ルケイドやビステルさんが、よく今の食生活に我慢できているな。
そんなことを一人でブツブツ喋りながら歩いていると、
「あの、すみません、クレストさんでしょうか?」
と二十歳ぐらいの見知らぬ女性が声を掛けてきた。
「ええ、そうですが。貴女は?」
「ルケイド君の兄のディアーズ様と現在お付き合いをしているリイナと申します」
ルケイドは三人兄弟の末っ子で、二人の兄は良く言っても凡庸であるが勝っているのは顔だけらしい。
そんな兄と付き合っている女性から声を掛けられとは、厄介事の匂いしかしないのだが。
「どんなご用件でしょうか?
こう見えても、一応今は行きたい場所があるのですが」
「ディアーズ様は貴男が何か企んでいるのではないかと疑っておられます」
プッ!と思わず吹き出してしまったよ。
「…失礼。
そのディアーズ様と面識はありませんし、何を理由にそう仰られているのか知りませんが。
こう言っちゃなんですが、現在のカンファー家に明るい未来はありません。それは貴女も十分ご承知ですよね?」
「なんですって!?」
演技では無く本当に知らないの?
それ、顔に騙されてるパターンだよね?
「えーと、何も知らずにディアーズ様とお付き合いを?」
「古くからの名家であるカンファー家に対する侮辱は許しませんよ!」
額を抑えたくなるよ。
見た感じからして割と裕福な家庭の娘さんだと思うが、政治的な話は一切聞かされずに暮らしているパターンか。
「すみません、リイナさんがディアーズ様とお付き合いされている事をご両親は御存知で?」
「まだ話しておりませんわ。
婚約するときに話してビックリされるつもりですから」
あぁ、これは最悪だろ。
ビックリはビックリでも、何で選りに選って奪爵間近のカンファー家にっ!て言う方のビックリだからね。
ディアーズ様とやらは彼女の家の資産を狙っているとしか考えられないよ。
「信じる、信じないは別にして。
一度カンファー家の事をよくお調べください。それか遠回しにご両親に伺ってみるか。
将来設計はとても大事ですから」
山に起きているトラブルがスムーズに解決出来たとしても、植樹をして利益を生み出せるようになるのは遥か先の話だ。
恐らく領主様もカンファー家に対して何らかの処置を行うのは目に見えている。
男爵家として存続させるに足る実績、又はそれなりに期待出来そうな展望を見せなければ奪爵は確実だ。
それよりもだ。
良いとこのお嬢様のような彼女がここで何をしているのだろう?
一人でブラブラとは考えにくいのだが。
スライムイヤーをオンにしようとした矢先に、
「リイナ! 急に居なくなって心配したぞ!」
と走りながらルケイドに似ているがもっとイケメンの男性が彼女に声を掛けてきた。
歳は俺と同じぐらいか。
「その髪! 貴様はクレストだな。
リイナに何をしている?
まさか俺の女に手を出そうとしていたんじゃないだろうな?」
勝手に無実の罪を着せないようにね。
リミエンにもちゃんとした衛兵さん達が居て、しっかり見回りしてるから庶民も守られて…オー、ノォーッッ!
この国は市民権を持っていない人間の話なんて衛兵さんでも聞いてくれないんだった!
ここは上手く回避して穏便に済ませなきゃ。
「初めまして。
いつもルケイドには世話になっています」
とペコリと頭を下げる。
「これはどうも…俺はディアーズ・カンファーだ…じゃねえ!
そんなんで誤魔化せると思うなよ!」
一瞬上手く行くかと思ったが甘かったか。
「落ち着いて! 話せば分かるから!」
「うるさいっ! 決闘だ!」
えーと…予想とは違う方向の厄介事がやって来たみたいだな。
誰だよ、コイツを凡庸なんて評価したヤツは?
どう見ても出来損ないだろ、腹立つわ!
「しませんよ、そんなこと。
決闘なんてしてる暇があるなら、お宅の山の調査の準備でもしますって。
ディアーズ様も家の将来の為に動かれるべきでは?」
「はぁっ?
貴様、ウチの山に何をしに行くつもりだ!?
カンファー家の山に勝手に立ち入るなど言語道断! 死んで詫びろっ!」
一応言っとくけど、流石に正統な理由も無く人を斬ったら落ちぶれていない貴族でも罪に問われるからね。
流石に今は帯剣してないから斬られることは無いけど。
と思っていたら流石は古くからの名家だわ。マジックバッグを持ってたのね。
マジックバッグに入れるから鞘は要らないし便利だよね~、と少々現実逃避しながら上手く逃げる口実を考える。
「あの…冒険者ギルドと商業ギルドと伯爵様から山に入る許可が出てますが何か?」
「貴様みたいな屑にそんな許可が出る訳が無かろう!
大嘘も大概にしろ!
武器を取れ!」
話を一切聞かない直情型かよ。面倒くさ。
確かディアーズは次男で剣術スキル持ちだったな。スキルのお陰で鼻が伸びてるってやつか。
その鼻、一回ボキッと叩き折って粉砕骨折させてやろうかな…鼻には骨が無かったか。
でもなぁ、こんなアホでもルケイドの家族だから争い事は極力避けたいんだよね。
リイナさんはディアーズにやっちまいなと焚き付けてるけど、あんたがそんなんだからディアーズも余計に調子こいでるんだよ。
こう言う時は、
「あっ! そこに大銀貨が落ちてるよっ!」
とディアーズの背後をさっと指差す。お金に困っているなら引っ掛かる筈。
「何っ!?」
とディアーズが振り返った瞬間、『勝った!』と内心ガッツポーズ。
全力でその場から走って逃げることにした。
貴族ともあろう人間が大銀貨に釣られるとは情けない。
だが屑と言われたのは腹が立つ。屑は貴様の方だろうが、と言い返さなかっただけ成長したと自分を褒める。
だがそれなりに仕返しはしないと気が収まらないな。
でもどうしようか…貴族社会だから上には逆らえないんだよね。ここは大人しく虎の胃を借りる…もとい威を借りるのが一番か。
困った時のライえもん!
レイえもんよりまだマシだろう…僅差だけど。
さっさと馬車工房に行きたかったのに、また予定が大幅に狂いそうだょ。
冒険者ギルドに向かいながら、そう言えばと考えを巡らせる。
この国には幾つかのギルドがあって、職人さん達は基本的にどこかのギルドに所属している。
ギルドとは組合であり、登録されている会員の手助けは回り回って組合の利益となるのだ。
そんなギルドだが、馬車の製作に関する工房が所属しているのはどこだろう?
商業ギルドに交通管理部はあるが、あれは交通整理が目的だ。DJポリスなんかを出す警察の一部門みたいなもんだ。
それなら鍛冶師ギルドか?
ここは鉄鉱石や合金素材を一元管理し、効率的に鉄鋼材料を供給するのが主な仕事だ。
それと鍛冶に関する技術的指導などもしているらしい。
それとも自動車協会とかトラック協会的な組織かな?
個別の馬車工房にお願いするよりそっちにお願いした方が後々になってから棘が立たないと思う。
でもそれだとあのザ・成金!のベンディも噛んでくるのかも。それはイヤだな。
と言うか、ベンディが幅を利かせている組織だったらアウトだな。
お願いしに行くにしても先に調べてからだな。
とにかく早くライえもん…ではなくライエルさんに助けてもらおう。
と気持ちは急ぐのだが、途中でパンケーキの匂いを嗅いだら買うしかない。
メスの出すフェロモンに誘われた蛾のように、フラフラと屋台へと歩いて行く。
お昼にはまだ半時間ほど早い時間だが、屋台の前には既に女性の四人グループが簡易テーブルを囲んでいて、少し距離を置いて四十歳前後に見える男性が一人立ってパンケーキを食べ始めるところのようだ。
「あー、クレトンだ」
と間違った名前を呼ぶのは『紅のマーメイド』の魔法使いカーラさんだ。
彼女達もこのパンケーキ擬きの評判を聞いてやって来たのか、それとも匂いに釣られて寄って来たのか?
テーブルの前まで歩き、
「こんにちは。今日は依頼じゃなかったんだ」
と声をかけると、
「ええ、ギルドマスターから少々厄介な依頼を頼まれて。
出発までは軽く調整する程度にしてるのよ」
とリーダーのアヤノさんが落ち着いた様子で答える。
「あれ? リーダー、言わないの?
私が言っちゃうよ?」
とサーヤさんが嬉しそうな顔をすると、
「実はクレトンと山の調査に行くように頼まれたのだ! 凄いでしょっ!」
とカーラさんがドヤ顔を決めながら言う。
「何でカーラが言うのよ!?」
「そんなの早い者勝ちよ」
「このーっ!」
サーヤさんの手が素早くカーラさんの唇を摘まんで引っ張り始め、にわかにこのテーブルの周りだけが周囲から浮いて騒がしくなり始めた。
でもいつものことなのか、アヤノさんもセリカさんも特に気にした風も無い。
「ライエルさんの心当たりって、アヤノさん達だったんだ。予想外だよ」
「知った仲の方が良いだろうって言われまして。それにサーヤは山には強いですし。
でも私達がクレストさんのお役に立てる日が来るとは思わなかったわ」
とアヤノさんが少し誇らしそうだ。
「でもテントは別々ですからね」
とセリカさんが胸を気にしながら言うと、サーヤさんの手を引き剥がして、
「クレトンはムッツリで視姦専門だから、同じテントでも手を出す度胸は無い無い。
それに手を出して貰える方がセリカ的にも」
「カーラ! 変な事は言わないの」
セリカさんの言うことはもっともだけど、カーラさんのは冗談か本気か分からないからな。
アヤノさんがカーラさんに拳骨を入れて謝らせてこの件は終了となった。
「クレストさん、いらっしゃいませ。
皆さんとは仲が宜しいので?」
と様子を見ていたクッシュさんが興味津々と言った面持ちで聞いてくる。
「アヤノさんとサーヤさんにはウチの子供達が世話になったからね」
「えっ、もうお子さんが!? さすがですね」
どこに納得してるのかは分からないけど、俺って子供が居てもおかしくないと思われてるの?
まさかアチコチで女性に手を出して産ませてるとか勘違いしてないよね?
「子供と言っても保護した子達だからね」
「そうだったんですか。勘違いしてすみません、未婚の父かと。だってモテますもの」
残念ながらモテた覚えは無いんだけど。そこの四人グループ弄られた記憶はあるけどね。
「今日は何にします?」
「そうだな…三種類を一枚ずつ…と遠征先でも食べたいから後で焼けるだけ。
あ、それをしたら一般のお客さんの分がなくなるか」
「ふふっ、クレストさんの『焼けるだけ焼いて』でミレット叔母さんの屋台が繁盛したと聞きましたよ。結局クレストさんに渡せるパンが無くなったって」
あれは狙ってやった事じゃなかったんだけどね。そのせいで金貨級に認定されたし。
ある意味、お店に行って『ここからここまで全部くれ』と言うのと同じだよね。
他のお客さんの迷惑だから、皆はやらないように。
「四日後から遠征に出るから、それまでに出来るだけ…ウチに来て焼いてもらおうか。
ブリュナーさんの魔道コンロなら薪を使わずに済むし」
「クレストさんのお願いなら喜んで焼かせてもらいます。
明後日に次の材料が届いたらお伺いしますわ。ブリュナーさんに届けに行くついでですし」
なるほど、彼女が定期的に我が家に卵と乳製品を運んでくれていたんだ。
てっきり村から運送業者が直接運んで来てるんだと思ってたけど、彼女がリミエンで受け取って各配布先に渡していたのか。
よし、これで主食兼デザートの確保も一つクリア出来そうだな。
「クレストさん、遠征にここのパンを持っていくの? やった!」
とマーメイドの四人が万歳しそうな勢いで喜んでいる。
「えーと、クレトンとパーティーメンバーの二人と私達に、あとギルドの職員が書記として一人同行するらしいから計八名で…一日三食で二十四枚ね。二週間だと約四百枚!」
「何でこんな時だけ計算が早いのよ?」
カーラさんの計算にアヤノさん達が驚いていた。
四人で行動する計画だったけど、八名だと食料の手配が倍になる。
マジックバッグを使うから食料や水の運搬には苦労しないけど、実際には一日三食の十二日分だと単純計算で二百八十八枚だが、こうやって必要数を言われると遠征の為に用意する食料の多さにビックリだ。
それだけの枚数を焼くのにどれだけの時間が必要なのか…クッシュさん一人に焼いてもらうのは申し訳無いから、その時に家に居る全員で分担して焼くことにするか。