第11話 あるべき姿
ウィズの魔石から魔力を吸収して復活した元骸骨さんは、黒目黒髪のナイスミドルなおっさんだった。
少々精神的な病気を拗らせた若者達が憧れそうな革鎧を纏った姿だが、スライム初心者の俺でもすぐに分かる程の圧倒的なオーラを放っていた。
突然の強者の出現に、慌てたのは跳ね飛ばされた石でダメージを受けたゴブリラだった。
僅かに恐怖に顔を引き攣らせているようにも見えるし、元骸骨さんから離れようとしているのか少しずつ後ずさりをしている。
「ほぉ、結構いい感じ?
じゃ、約束通りにチャチャチャのチャッとゴブリラさんを片付けますかね~」
そう言うが早いか、彼はスッと軽く腰を落とすと一瞬でゴブリラとの距離を詰め、両方の掌を勢いよく分厚いゴムの塊のような腹へと打ち付けた。
その瞬間、まるで大木に何か打ち付けたような鈍くて重い音が広間に響き渡った。
殴ったのではない。俗に言う掌底打ちだ。
格闘ゲームで見たことがある…と言うか、むしろ格闘ゲームでしか見たことがない技を、まさかこの目で直接見るとは思わなかった。
あんなのが効くの?と疑問に思ったのだが、その攻撃を受けたゴブリラは呻き声を上げながら腹を抱えて蹲った。
元骸骨さん、すかさずゴブリラが下げた頭に膝蹴りをぶちかまし、顔面の各パーツの配置を変える程の衝撃を与えた。
色々聞こえちゃいけない音が聞こえて、その凄まじい威力に俺まで恐怖を覚えたぐらいだ。
そのたった二発の攻撃で、彼はゴブリラを撃沈したのだ。ただのビッグマウスでは無かったと言うことだ。
「うーん、やっぱ運動不足だわ。
寝たきり生活、長かったからなぁ」
そんな意味不明なボヤキを吐くと、スタスタとケンの元へと歩いて行く元骸骨さん。
そしてゆっくりケンを拾うと、その場でケンが変身した剣を軽く振って確かめたようだ。
「オケ、しっかり気合い入れてろよ!」
ケンに対して言ったのか分からないが、元骸骨さんはその直後に恐らく僅か一歩か二歩でゴブリラの元に到着し、俺の目にも映らない程の速さで右腕を一振り。
シーンと静まる広間に、コンマ何秒か遅れてゴブリラの頭部が太い頸から切り離され、ゴトリと音を立てて地面に落ちた。
「うん、中々の切れ味。いい仕事してますね~」
元骸骨さんがケンに付いた血を振って払い落とし、ゴブリラの体毛を布代わりにして拭き取る。
「うぇーい、これで終了っと。今回はサービスでいいぞ。ウィズから結構な魔力を貰ったからな」
そう言いながら俺の元まで歩いてくると、俺に手を当てながら、
「エクスヒール」
と短く言った。
どうやら治療の魔法らしく、傷付いた俺の体がゆっくりと元に戻っていく。
俺はその時まで気が付いていなかったが、彼は背負っていた鞄にウィズを入れていたようだ。
いやいや、そんな筈はない。鞄なんて戦闘中には背負っていなかったぞ。いつの間に背負った?
手品なのか?
それよりコイツの正体は一体なんだ?
「俺の正体? やっぱり気になるよね?
うーんとね…ま・お・う、かな。
てへ」
顎に人差し指を当て、軽く顔を傾ける元骸骨さんに、命の恩人って事を忘れてイラッとした。
(はい? 聞き間違いかな?
もう一回、いいですか?)
「そう怒らない。魔王だよ、魔王。
言っとくけど、俺の苗字は大地でも浅田でもないよ」
(はぁ、そうですね。どちらも女性でしょ。
それよりウィズとタクも治してくれますか?)
「勿論そのつもり。
それにしても、気が付いたら死んでたみたいなんだけどね。笑っちゃうよね~」
そんな意味不明なことを喋りながらも、元骸骨さんは残る二人にもエクスヒールを掛けて治療をしてくれたんだ。
それにしても、なんだろうね、このノリは。
復活してテンションおかしくなってるのかな?
▽
いつの間にか俺は元骸骨さんが背負っていた鞄の上に乗せられていた。
たったの二発でゴブリラを沈め、頸を落とすシーンまでは見てたんだけど…あれ? あの時って俺はどこに居たんだろ?
記憶に無いけど、まぁ大した問題じゃないか。
「じゃあ立ち話もなんだから、スワローズってね」
自称魔王の元骸骨さんがそう言って指を鳴らすと、目の前にテーブルと四脚の折り畳み椅子が現れた。
「遠慮なく座ってくれ。なんか飲む?
そうだな、俺はワインにしよっかな」
テーブルの上にラベルの貼られたワインボトルと空のワイングラスが現れた。
それから彼はスライムの姿に戻ったケンとタクをそれぞれの椅子に載せ、俺を軽く掴んで最後の椅子に載せた。
「いやさぁ、まさかスライムに起こされるとはね。
てかさ、君たち面白いね。三人が同じ魔力波形してるよ。ひょっとしたら分裂して…別の進化をしようとしてた?
それより君。ウィズだっけ?
スライムにしては物凄い魔力だね。
まさか元の俺の八分の一もの魔力があるなんてびっくりぽん」
俺達スライム三人組は、自称魔王の喋りとやる事なす事に茫然とするしか無かった。
ワイングラスを傾け、鼻の前でグラスを揺すって薫りを楽しんでから軽く飲み干す自称魔王。
彼が「忘れるとこだった」と特に気にもしたような様子を見せずにテーブルに手を出すと、ゴロン、と音を立てて今までに見たことの無いサイズの魔石が現れて転がった。
それを無造作に俺達の前に寄越した。
「これ、あのゴリラみたいなゴブリンの魔石だよ。
君達で分けるといいよ」
自称魔王のペースに飲まれて俺達は何が何やら分かっていないが、そう言えばいつの間にかゴブリラの遺体は既にダンジョンに吸収されている。
「そう警戒しなさんな。別に取って食おうなんて思っていない。スライムなんか食えないからね」
そりゃそうだ。
「俺もちょっと記憶が混乱してるんだけど…少し話を聞いてくれ。
俺が死んだのはここじゃ無くて深いダンジョンの奥だった筈。だから、なんでここで復活してんのか全然分からん。
最後にダンジョンコアを破壊したような、しなかったような…あ、ダンジョンが崩壊してたのかもな。
まあ、そんな事はどうでもいいんだ」
そこまで一気に喋り、ワインを口に含む。そして満面の笑みを浮かべるのだ。
「俺は死ぬ時にな、魂が抜けて飛んで行ったみたいなんだよ。強すぎる魔力を持った生き物には起こることかもな。
でね、俺の魂は元居た地球に戻っていた訳ょ」
(ちょっと待てよ。いきなり喋られても理解が追い付けないから。
骸骨さん、確かあっちで電話が懐かしいとか言ってたか。だから元地球人ってのは分かるけど…魂が地球に戻ったって?)
「おう、そうなんだよ。
高校生の時にこっちに転移してきたんだよ。
いやさぁ、こっちは文明レベルがマジ低くてえらい苦労したぜ」
(ちょっと整理させてよ。
地球からここに転移してきて、こっちの世界で死んだら魂だけが地球に戻った。
そう言う理解でオッケー?)
「そうそう、そう言う理解で正解だ」
(でも地球に戻った魂がなんでここに?)
「魂が抜けたって言っても全部じゃ無くて、一部だけは体に残ってたんだよ。
それで人の骸骨の形を維持してたり、ウィズに語り掛けることが出来たって訳」
(へぇ、それは不幸中の幸いだった、と言うとこか。
お陰でゴブリラを退治して貰えた訳だし)
「まあな。
それでさ、地球に戻ってた魂なんだけどさぁ、何故かまたこの世界に戻って来たんだよ。
でも、それがなんでかスライムだった訳ょ。
俺、マジ焦った。どうしたら良い?ってさ。
普通なら人間の姿で来ると思うんだけどね」
はい?
話の方向性がちょっとおかしな…それって、じゃあまさか俺達って?
「そう、お察しの通りさ。俺はイコール君達な訳。
ドゥーユーアンダースタンド?
こりゃ参ったね。君達も困るか。そりゃそうだ。
アハハッ」
俺達スライムの三人は互いの姿を見合った。
なんかシュールな光景…。
「でさ、ウィズに借りてる魔力を返したら、俺はまた骸骨に逆戻りしそうな気がしてさ。
で、君達の魂は俺の魂でもある訳だから、俺の中に入れておきたい訳よ。
多分、俺の中に入ったら俺の言ってる事は噓じゃないと分かる筈。
まあ君達がそのままスライムとして生きてくってのもありだよ」
突拍子もない話だけど、骸骨さんの話が嘘には聞こえない。確かにさっき骸骨さんの中に入っていたとき、とても懐かしくて落ち着く感じがしてた…ような気がするしな。
「けど俺はこのダンジョンのダンジョンマスターになってるみたいでさ。
この中途半端な状態のままだと、ここから出られ無さそうなんだ。出たいんだけどね。
でね、ウィズ、ケン、タク、三人の魔力を俺に注いで貰ったら、魔力変換・魔力融合が起きて肉体の再構築が出来そう…つまり元の人間に戻れるってこと。
ゲーム的に言い換えたら、スケルトンとスライム×三体を合成したら人間になる。
ここに居る四人が合体したら、元の俺に戻るって感じ」
スケルトンとスライムの合成か。
魔力…何とかって言うのは分からないけど、騙そうとしてるようにも見えないな。
それに俺自身に転生してきた時の記憶が無いってのも気になる。
神にも会わずこの世界に来たというのは、魂が元の場所に移動しただけだと考えれば、それ程おかしくないと思うのだ。根拠は無いけど。
元骸骨さんの魂は地球に戻り、俺達として生きていた。それが何故かまたこの世界に戻ってきた。
それが人間としてではなくて、スライムの姿となって。こうも人格が違うのは、育った環境の違いなのかも。
正直、自分でも何を言っているのか訳が分からないが…これが衝撃の事実と言う訳か。
人間として生きていた記憶があるだけに、正直に言うと、このスライムのままで生きて行くのは辛い。
やはりまず食事が最悪だ。食べようと思えば何でも食べられるが、味は分からないし。
腹は壊さないけど。
「あっ! まずい!」
突然自称魔王の元骸骨さんが大きな声をあげた。
どうしたのかと思うと、俺から吸い取っていた魔力が突然俺の中に戻ってきたのだ。
それと同時に自称魔王が骸骨の姿に戻り、ガラガラと地面に崩れ落ちた。
(あー、これってタイムリミットってやつ?)
と戸惑っている骸骨さんを見て俺達は、
(…これ、どうするょ?)
と三人が同時に溜め息を付くのだった。
でも答えは既に出ている。
迷っていても時間の無駄だ。
デュアルコアスライムに進化して、これからドンドン魔石を吸収してクアッドコアスライムになると言う目標はあったが、それはあくまでスライムとして生きていく場合の話だ。
人間の体に戻れるのならそっちの方が良いに決まっている。
だから俺達は揃って倒れた骸骨さんの上に並んで乗ることにしたんだ。