第83話 八人で囲む食卓
今日も実に濃い一日だった。
闇討ちのエンガニとか言うのを捕まえたり、ワッフルメイカーを思い付いたり。
それに冒険者ギルド、商業ギルド、そして領主館と立て続けに偉い人巡りをしたり。
ビステルさんを訪ねて馬車の製作の話をしたら性能が良すぎて問題になると言われたんだからね。
明日は『ボルグス馬車工房』と『モルターズ馬車工房』に行くのが一番になるかな。
その後でレイドル副部長に作ってもらう品物の詳細を教えに行って。
冒険者ギルドには資料の筆写をお願いしよう。
ルケイドに山の調査に出る準備をしてもらうよう伝えなきゃいけないし。
ビステルさんには夕食を届けに行かなきゃならないから、ブリュナーさんにお願いしなきゃ。
それと遠征中の食事も出来るだけたくさん作ってもらおう。
兎に角四日間で山に遠征に行く為の下準備をしなきゃならないんだから。
頭を整理しつつ我が家に帰宅する。
玄関に並んだ靴が多いことで来客が居る事が分かり、出迎えてくれたシエルさんに、
「ガールフレンドと押し掛け女房が来ていますよ」
と意味不明な事を告げられた。
「ガールフレンド? 誰だろ?
押し掛け女房って…まさかビステルさんが本当に来たんじゃないだろうね?」
「御礼やお祝いの品を持って来られています。
皆さん、リビングで談笑されていますよ」
シエルさんが少し棘のある口調でそう教えてくれた。
リビングに入ると、
「パパっ! お帰りなさい!」
と我が家の弾丸娘ことルーチェが勢い良く抱き着いて来る。
ルーチェをヒョイと抱き上げて部屋を見ると、オリビアさんとロイ、予想通りにビステルさんが来ていたのは良いとして、エマさんが来ていたのにはビックリだよ。
「クレストさん、お邪魔しています。ライエルさんからのお届け物をお持ちしました」
とエマさんが柔らかい笑みを浮かべながら挨拶をすると、
「アタイはパンケーキの皿を返しに来たぞ」
とビステルさんが『どうや!』と言わんばかりに来訪目的を告げた。
既に時刻は夕食時だ。二人ともブリュナーさんの夕食目当てとか言わないよね?
特にビステルさん。
エマさんも意外と食いしん坊な…ゴホン、中々の食通で御座いますからね。
「エマママも今日はご飯食べて帰るよ」
とルーチェがとても嬉しそうにしていると、
「アタイはお邪魔だったかい?」
とビステルさんが拗ねている。
「ビス姉も一緒だよ」
ビステルさんを擁護するのは手に何かの銀色の金属製のオブジェを持ったロイだ。
それはまさか、アルミで作ったカブトムシか?
さすがはウルトラレアな金属加工スキルの持ち主のビステルさん、子供をダシに使うとは中々やるじゃないか。
厨房から出て来たシエルさんが皆に食堂に移動するようにと告げると、カーペットの上で伸びていたビステルさんが真っ先に立ち上がった。
どうやら彼女は確実に晩御飯目当てだな。
少しは隠せよと思うが、そこまで嬉しそうにされると悪い気はしないか。
エマさんは遠慮する様子を見せているが、ロイに手を引かれて満面の笑みを浮かべる。
食堂のテーブルは八人掛けなので今夜は満席状態だ。
ブリュナーさんとシエルさんは急に人数が増えて大変だったと思うから後で謝っておこう。
「親方様、エマさんからお預かりしたワインを皆様に提供しようと思いますが」
ライエルさんからの頂き物かな?
エマさん一人じゃ、そんなに大きな物は持って来れなかったと思うんだけど。
「荷馬車で一樽届いていますからね。氷で少し冷やしてありますよ」
とデキャンタをチラリと見せてきた。
ボトル一本を分けると物足りないと思ったんだけど、樽で来たのなら六人でも十分に楽しめるね。
でもウチはそんなに飲むのかな?
量が多いと思えばワイン煮とかの料理に使っても良いのか。その辺はコックのブリュナーさんにお任せしよう。
そう伝えてからテーブルにつく。
我が家では座る席に決めごとは無く、ロイとルーチェが向かいあって座り、隣に座った誰かが世話をすると言った感じか。
それでもルーチェ、オリビアさん、シエルさんの列とロイ、ブリュナーさん、俺の順番が一番自然な感じだったかな。
今はルーチェ、オリビアさん、シエルさん、エマさんの列とロイ、ブリュナーさん、ビステルさん、俺の列になっている。
食事目当てのビステルさんはブリュナーさんの隣で嬉しそうだし、エマさんが前に居るので俺も嬉しい(ビステルさんに比べたらねって意味で)。
今夜のメインは魔鹿肉のローストだ。
ジビエ料理が苦手な人もいるけど、俺は特に気にしない。
猪の脂が持つ独特の風味は好き嫌いが分かれると思うけどね。
ブリュナーさんが食べる物に手を抜く筈もなく、何かのハーブを使って臭みを消し、肉の旨みが凝縮されているのだ。
食事中の話題は今日あった出来事が中心だ。
ブリュナーさん、シエルさんとは食後にゆっくり話を聞くことにしているので、子供達の話と俺の話になる。
ロイはブリュナーさんに剣の指導を受けることになっているが、まだ木剣は持っていないそうだ。
スラムに居たこともあり、もう少し体を丈夫にしてから本格的な修行を始めるらしい。
今は庭で走ったり転げたりして、遊びながら体の動きを良くするトレーニングをしているとのことだ。
転げたりって、実はそれって受け身の練習なんじゃないだろうか?
騎士団入り出来るぐらいのレベルに仕上げるとブリュナーさんが言っていたから、きっと遊びだったとしても何かの意味があると思うんだ。
ルーチェはオリビアさんと魔力を感じるトレーニングの最中だとか。
(魔力については(資料)魔力に関する考察 に記載しています)
魔法が使えるようになるには、体内に流れる魔力を感じられるようになることが必須らしい。
(ただし生まれつき魔力・魔法に関するスキルがある人はその限りでは無い)
俺は特に意識せずに、こうなったら良いな~って思うだけで魔法が使えたので、本当にスキルの補正って恐ろしい。
骸骨さんの持つ『魔法適性(極)』を俺はまだ使い熟せていないので、攻撃魔法を使えば環境破壊を引き起こすような勢いで発動するんだからね。
ルーチェには今のところ魔法関連スキルが無いようで最初のトレーニングにも苦戦しているようだが、オリビアさん曰く、
『もう少しだ、後なにか切っ掛けがあれば出来そう』
とのことなので、慌てず期待して待っていよう。
ルーチェのトレーニングの話の後、エマさんが俺の話した貯水池周辺の開発について話を聞きたがった。
それには皆が興味津々となり、全体の構想を先にして、それからメイン会場となる闘技場擬きの建築について説明した。
ちょうど都合良く梁を作ってもらう予定のビステルさんが、隣に座るブリュナーさんに御酌して貰って上機嫌だし。
お願いするなら今が大チャンスだろうね。
土属性魔法の使える魔法使いを使って一気にドーンと観客席部分やステージを作り上げようとしていること、屋根を張るために長さ四十メトルの梁を渡すこと、その工事はビステルさんにしか出来ないことを少し盛って話す。
「クレちゃん、分かってるじゃないか!
闘技場はアタイに任せなさーいっ!
そう言う歴史に残るような仕事をアタイはやりたかったんだよ。
それなのにさ、アンタはこんなちっこいボタンや軸受みたいなもんばっかり押し付けんだからさ」
と文句も言われたが、二つ返事で引き受けてくれた。
ビステルさんが俺のことを『クレちゃん』と呼ぶもんだから、ルーチェから『クレパパ』と呼ばれるようになったのは困りものだが。
前からロイに呼ばれていた『クレ兄』はまだ良いんだけど、『クレパパ』ってゴロが良くないからやめてよ、とルーチェにお願いしたら『パパ』に戻ったんだよね。
以前『お兄ちゃん』と呼ぶようにお願いして一時はそう呼んでくれていたんだけど、いつの間にか『パパ』に変わってしまったので、これを機に『お兄ちゃん』に戻して欲しいのだが。
エマさんのことも『ママ』『エマママ』と呼ばずに『エマお姉さん』とか『エマお姉ちゃん』と呼んであげて欲しいものだ。
「それにしても、ブリュナーさんの料理は本当に美味しいわー。
毎日食べれるクレちゃんが羨ましいわよ。
やっぱり嫁にしてくんない?」
とビステルさんが冗談なのか本気なのか分からない表情で言うと、
「だめです!」
「それはいけません!」
「クレストさんは私のです!」
とシエルさん、オリビアさん、エマさんがすかさず反応した。
シエルさん、オリビアさんの反応は普通だけど、エマさんは少し酔っているようだね。
顔も赤くなっているし。
「良いじゃんケチ~。
クレちゃんなら第四級市民権ぐらい持てるだろ。ここの四人纏めて面倒見てくれてもバチは当たらないわよ?
それに四人囲い込んでたら、それ以上悪い虫は付かなくなる…なるのかな?
まあ、良いじゃん、飲もう飲もう」
とビステルさんが大胆な発言をするもんだから、他の三人が「……」と顔を見合わせた。
そしてしばらく考えてから、首を横に振るのだった。
さっきの間は何?
「クレ兄、ビス姉もお嫁さんにするの?
ちょっと年上だけど玩具くれたし、良いと思うよ。
シエルさんもオリビア先生も美人だし、エマ母さんは元々お母さんだし」
玩具でロイを買収するような人とは結婚しませんよ!
シエルさん、オリビアさんも俺の中では雇用主と従業員の関係で割り切るつもりだから。
「ロイ君、ビステルさんは冗談で言ってるので本気にしないように。
ビステルさんも冗談は場を考えて仰るようにお願いします。
場を和ますつもりであれ、結果的に不協和音を撒き散らすようであれば、私は今後貴方には食事を作りませんからね」
とビシッとブリュナーさんが締めてくれた。
恐らくは俺が何か言うより食事目当ての彼女には一番これが効くだろう。
「あ、あぁ、そうだな。
皆、済まない。調子に乗りすぎたようだ」
ビステルさんがシュンとなり、場がシーンとなる。
「とは言え、ビステルさんの言うことも一理ありますな。
親方様もカンファー家の件、木材の買い出し、冒険者ギルドに商業ギルドと件と手を出しておられるのですから、望む望まないは関係なく、今後その手の話は舞い込んで来る可能性が高う御座いますからね。
気になる方が居られるのなら、早めに態度を決められておくのが宜しいかと。
下手に言質を取られることも御座いますゆえ」
つまり、あちこちでアイデアを出したせいで人に会う機会が増えたから、こっちに気が無くても縁談を持ち込まれる可能性があって、うっかりしたことを言えば嫁を押し付けられる可能性があるってことか。
ロクに冒険者として活動をしていないってのに、嫁いでも良いって本気で言う人が居るなら会ってみたいよ。
勿論お金目当ては無しでだ。
「何にしても、厄介事が落ち着いてからだよ。
まずは山の件を解決して、木材と薪不足を回避しないことにはリミエン自体がどうなるか分からないんだから」
正直、俺まだ十八歳だよ。
結婚を考えるのは三十歳までタイムリミットはあると考えてるから。
それに言った通りカンファー家の山の異常は絶対に解決しなければならない問題だからね。
それが片付かない限り、浮ついた気持ちになることは無いだろう
「左様で御座いますね。
私は食事を用意する以外にその件ではお役に立てませんが、成功をお祈り致しております。
ではテーブルを片付けますか」
その一言で席を立つと食器を厨房に運び始める。ロイもルーチェもシッカリとお手伝いするのが我が家流だ。
「ビステルさんはスプーンは元の形に戻しておいて下さい」
大切な食器を遊び道具にされたことに腹を立てたのか、ブリュナーさんが珍しく棘のある喋り方だった。
特に細工も施されていない銀のスプーンが、いつの間にか花の形に姿を変えていたのだ。
それが僅か十秒程で元のスプーンに形を戻した様は手品としか言い表せない凄さがある。
これだけの技術を持つ鍛冶師なんてどこにも居ないだろう。
彼女は少し残念な性格のせいで非常に勿体ないことになっているよね。
時刻が十時過ぎになった頃にオリビアさんが帰宅するので、そのタイミングに合わせてビステルさんとエマさんも帰宅することになった。
比較的治安が良いと言われるリミエンと言えど、夜の女性の一人歩きは控える方が良い。
ちょうど良い時間にギルドから馬車が回されて来た。さすがライエルさんは細かいところに気が利くね。
エマさんはワインが美味しかったのか少し飲み過ぎていたようなので、コソッと酔い覚ましに魔法を掛けておこうかと思っていたけど、お迎えが来てくれたのなら大丈夫だろう。
オリビアさんの家はエマさんの家から割と近いらしいので、エマさんとオリビアさんが馬車に乗って帰ることになった。
一人になったビステルさんを俺が家まで送ることにする。
彼女にはこれからも作ってもらいたい物が色々出てくるだろうから、余り嫌な気持ちになって欲しくはない。
節度を持って俺達と接してくれると有難いんだけど、持って生まれた性格だけは治せないからね。
でもまぁ、今日のことでビステルさんが毎晩ご飯を食べに来ることは無くなっただろうから、結果オーライと言えばそうなんだけどね。
ロイがカブトムシの玩具を貰ったんだし、何か御礼はしなきゃいけないかな、と思っていたらブリュナーさんが残ったワインをボトルに詰めて持たせてくれていた。
家に着いたところで彼女にワインを渡す。
「貰って良いのかい?」
「持たせてくれたのはブリュナーさんですから」
「そうかい…今日は済まなかったね。
『不躾』なんてスキルさえなけりゃねぇ」
とポロリと愚痴を溢す。
そんなスキルがあるんだ。てか、それスキルなの?
でも転生したときに良いスキルだけが付くって訳でも無いのか。
メタルフォーミングなんて反則級のスキルを持った反動で、マイナス方向のスキルが付与されたのかもね。
「クレちゃんにはこれからも世話になるだろうからね」
「それは俺もですよ」
「体目当てじゃ無くて、スキル目当てなのが悲しいとこだよ」
「ははは、そこは済みません、としか。
それにまだ年齢的にも結婚とか考えられないですし」
「アタイも後五年は大丈夫と思ってんだけどね…中々理解のある男には出会えないもんさ」
女性として、転生者として色々と悩みはあるだろうけど、俺がしてあげられることは思い付かないんだよね。
女性の転生者が上手く見つかればビステルさんの話し相手になるんだろうけど、大っぴらに転生者ですってバラす訳にも行かないし。
「さて、次に行くときはルーチェちゃんにお土産を渡さないとね」
と意気込むので引き摺ってはいないようだけど、ロイを味方に付けたから次はルーチェを籠絡しよう、なんて考えてはいないだろうね?
悪いけど、いくら子供達を味方に付けようともビステルさんはお嫁さん候補には入らないから安心してよね。