(閑話)闇討ちこそ我が極意
俺は元金貨級冒険者のエンガニ。
ライエルがギルドマスターに就任するまでは、当時のギルドマスターのカールムと組んで色々な悪事を働いたもんだ。
あの頃が懐かしい、なんて思うのは俺も老けたってことか。
まあな、実際には俺に金貨級になれる程の武力なんてありゃしない。
俺が得意とするのは奇襲に闇討ち、待ち伏せなんて汚いもんだからな。
俺は本来臆病者だ。真っ正面から武器で打ち合うなんてことは御免なんだぜ。
だが、まぁ運が良かったと言うべきなのか。魔物相手にもこんな汚い手が有効だった訳で、いつの間にか大銀貨へと到達していたんだからな。
コンラッド王国には、表向きでは依頼の出来ない厄介な案件を扱う裏ギルドが幾つか存在する。
貴族なんて表舞台じゃ綺麗に着飾っていても、裏に回ればどいつもこいつもドブより臭い腐臭を臭わせている野郎ばかりだからな。
そんな臭い連中の依頼で一番多いのが、奴隷の確保だ。
リミエンでは売買は禁止されているが、コンラッド王国の中には奴隷の商人も居れば売買を禁止していない領地もまだ幾つか残っている。
そりゃあ、奴隷に成る以外に生き残る術が無いって奴も実際には居るんだから当然だろう。
リミエン伯爵も、他の領地で購入した奴隷の領地内での労役を認めないと言える訳も無いんだしな。
実際、格安の労働力として奴隷を使わなければ、公共事業だってまともに進められないんだしな。
それは近年のリミエンの発展状況を見れば一目瞭然なことだ。
何をやるにも結局は金次第なんだぜ。金が無ければ領地を発展させることも出来ねえ。
いくら綺麗事を抜かしていても、領地を発展させられない領主は無能とレッテルを貼られるしかない訳なんだがな。
領主のことはどうでも良い。
ライエルのせいでカールムは牢屋送りになっちまったが、俺は辛うじて捕縛を免れる事が出来た訳だ。
だが俺の持つギルドカードには俺の犯罪記録が残っているせいで、俺はリミエンから出るにも出られない。
なんて厄介なカードシステムを魔法の勇者とやらが編み出したのかと何度も恨んだぜ。
それでも上手くやればリミエンから出る事は不可能ではない。衛兵の中にも腐った奴は居るもんだし、カードシステムだって完璧では無いのだからな。
だが危険を冒してリミエンを出たところで、また別の町に入るのにも一苦労する訳だ。
それなら無理にリミエンから出る必要も無いだろう。
何か欲しい物があれば手下に買ってこさせりゃ済むし、外部との連絡だって取ることも出来る。
幸い俺がカールムと作り上げた奴隷販売ネットワークは完全には摘発されなかった訳で、細々と上客に商品を卸すことは出来ている。
それにしても、今回のオーダーは参ったもんだ。裕福な家庭の十歳未満の女の子が欲しいって言うんだからタチが悪いぜ。
そんな奴がゴロゴロしてる訳も無けりゃ、誘拐なんて簡単に出来る筈もなかろう。
期限は一ヶ月で、報酬は大銀貨二百枚。
手下共に町の中を物色させたが、良い具合にカモになりそうなガキなんて見つかりゃしない。
だって裕福な家庭と言えば、どこでも常に二、三人の護衛を子供に貼り付けて守らせてやがるんだからな。
俺は自分の安全を考え、そんな連中に手を出すつもりは全くないんだからな。
裕福な家庭って条件さえ無けりゃ、スラムの中から見た目の良さそうな娘を見繕えば済む。
そうで無ければ、町と町の移動中の馬車を襲って強奪するかだが、最近は領主の奴もライエルも街道沿いの安全には煩いようで襲撃するのも簡単には行かなくなっている。
全くもって厄介な奴らだぜ。
だが俺の元に朗報が届いたのは昨日のことだ。
ろくに護衛も付けずに、隣の領からあるギルドの奴がリミエンにやって来るとのことなのだ。
その情報元は今回初めて会う奴だったが、これまた何とも腐った連中だと呆れ返るのは直ぐのことだ。よくも同じギルドのメンバーの娘を誘拐させようなんて考え付いたもんだぜ。
そしてその情報が正しいこともすぐに分かり、手下のヤースとキャシーの二人に監視をさせていたんだが。
チャンスはカモが到着した翌日の夜にやってきた。
婦人と娘の二人だけで夜の町に出るなんて馬鹿なことをやってくれるんだから、ヤース達の食指が動かない訳がない。
物売りに扮したキャシーが婦人の注意を引きつけ、ヤースは娘の興味を引くように子犬の縫いぐるみをチラつかせながら少しずつ路地裏に娘を引き込んでいく。
キャシーは大した戦力にはならない女だが、ちょっとした精神干渉系の魔法を使うことが出来る。
その魔法で婦人の意識を娘に向かせないように小細工させるのだ。
ここまでの結果は上々、無事にヤースは娘を母親から遠ざけることに成功した。
だが俺はまさかこんなに早くチャンスが来るとは思ってもいなかったのでアジトで安酒を呷っていたのが失敗だった。
一体どうやって娘の居場所を突き止めたのかは分からないが、あの黒髪の冒険者が娘を保護しようとヤースの前に現れるのは予定外だった。
多少の尾鰭背鰭は付いているだろうが、素手で大銀貨級のパーティーを制圧したと言う男が相手ではヤースでは分が悪い。
だがちょっとした言葉の遣り取りの後、金貨一枚でその娘と交換だと黒髪の冒険者がヤースに提案してきたそうだ。
そこでヤースの気持ちがグラついたそうだ。
金貨一枚じゃなくて二枚なら損にはならない、そう思ったと言うんだからどうしようもない。
それに気が付いたのかは分からないが、金貨二枚をヤースの目の前でチラつかせ始めてあっさりヤースが陥落した。
「ここであったことは内緒にしてくれよ」
と言い残し、金貨二枚を手に入れて去って行ったのだとか。
ヤースの頭の中ではこの時『金貨二枚なら大銀貨二百枚だ』と一桁の計算間違いを起こしていたのだが、ロクに字も読めないヤースに計算間違いをするなと言うのも酷なもんだ。
しかもその金貨二枚は金色の紙に包まれた鉄の塊だったのだから、これは腹が立つとしか言いようがない。
こんな巫山戯た真似をする奴を生かしておくのは耐えられない。
そう思ってヤースに奴の監視をさせていれば、都合良くアジトの近くに来ていたのだから接触しない訳にもいくまい。
一対一になれば素手の相手に負けるような俺ではない。それにヤースでも掠り傷の一つぐらいは入れるに違いない。
それにキャシーも二階から物を落として攻撃するぐらいは出来る。これで俺が負ける可能性は万に一つも無い筈だった。
だがヤースにおびき寄せられ、奇襲を受けた筈の黒髪はヤースの剣を右の拳で受け止めワンパンでヤースをノックアウトし、どうやったのか分からないが二階に居たキャシーをも即座に戦闘不能に追いやったのだ。
恐らく奴も精神干渉系の魔法を使ったのだろう。
強力な精神干渉は受けた相手を気絶させるぐらいの威力があるらしいからな。
これで俺が勝つ確率はぐっと下がったと判断しなかったのは大失敗か。
奴は拳に奇妙なグローブを填めてはいるが、他には武器を装備していない。グローブ以外にあるのは肩掛け鞄一つだ。
金属鎧も帯びていない奴なら俺の武器に敵う訳が無い。
得意の投げナイフの三連発は左右のグローブで弾き落とされたが、鋭い針を持つ俺のサイと呼ばれる武器をそんなグローブで防ぎきれる訳が無い。
何も一撃必殺を狙う必要は無い。
ジワリジワリと奴の体に穴を空けて行けば、いずれは傷みと出血で動きが鈍くなる筈。
軽くて携帯の邪魔にならないこのサイは実に俺の戦法にマッチする。
だが一線から遠ざかっていたせいか、俺の攻撃が掠りもしないのには腹が立つ。
仕方ない、疲れるのはイヤだがお遊びはやめて本気を出すか。
「だが相手が悪かったな!」
ギヤを上げて攻撃速度を上げてやると奴の表情から余裕が無くなり汗を掻き始めたようだ。
これなら直ぐに仕留められると自分でも気が付かないうちに油断したのか、奴の手にいつの間にか金属の棒のような物が握られていたのを見落としていたのだが、そんな棒を持ったところでサイの連続突きを防げる訳が無い。
俺も運動不足なのか息が上がっている。
手っ取り早く片付けようと渾身の力でサイの突きを放ったのだが、奴の持つ金属棒の少し離れた場所でサイの先端がガキッと音を立てて何かにぶつかり止められたのだ。
よく見れば僅かにその棒が光っているように見える。まさかこれはマジックアイテムか?!
ただの棒に見えて実は不可視の盾を持っていたなんて反則だろっ!
奴がニヤリと笑ったかと思えば、次の瞬間にクルリと持ち直したその金属棒で俺の両手を強く打ち付けられ、あまりの傷みにサイを落としてしまった。
恐らく甲の骨が折れたに違いない。
こんなことなら鎖帷子だけでなく、手甲まで装置しておくべきだったか。
次に奴が放った肘打ちは鎖帷子で阻むことが出来たが、
「それなら、歯ぁ食い縛れっ!」
と叫んでから顔面ではなく俺の腹や鳩尾当たりに拳ではなく金属棒のグリップ部分で執拗に殴り付けられ、さっきのセリフはインチキだろと思いつつ俺の意識が薄れて行く。
最後に後頭部に強い衝撃を受けて俺は遂に意識を手放したのだ。