(閑話)そんな物を作るのか
儂はガバス。リミエンで鍛冶師をやっとるナイスなオヤジだ。
腕の方もナイスなのだが、あの性格が少し残念な女工房主にだけは敵わないがな。
彼女には恐らく特殊なスキルがあるのだろうし、彼女も我々みたいな普通の鍛冶師の仕事を取ることは無いから、今のところ特に諍いも起きていないがな。
つい最近のことだ。
ダチのバルからブロックの製作を依頼されたが、あんな物をアイツが思い付くとは思えん。
バルと言えば、皮剥き器と薄切り器を発案して一躍時の人になっておるが、アイツにそんな才能があるとは思えんが…裏を探っても何の得にもならんな。
ブロック作りは弟子のゴ…ボビースが任せろと丸抱えしたのでやらせてみたが、想像以上に良いものを作りあげおった。
精度もさることながら、ブロックの穴を明ける丸棒をレバーと連動させて型からブロックを取り出す仕組みまで作りあげるのだから、もうコイツに教えることは無さそうだな。
だがありったけの小遣いでブラバ樹脂を買い集め、ブロック作りに情熱を注ぐのはどうにかならんか?
儂がもう一人の弟子であるギズの指導をしていると、
「親方! 誰か来たみたいっす!」
と来客があったことがボビースに告げられた。
今は手が離せんのでボビースに任せると、ラチがあかないと思ったのか濃紺の髪の青年が工房に入って来たのだ。
どうやら今ボビースが作っているブロックの発案者らしく、ブロック作りは急がんでも良いと告げたのだ。
だが馬鹿弟子のボビースは依頼者の言うことを聞かずにブロック作りを続けようとしたもんだから困ったことだ。
どうやったのか知らんが、儂が怒鳴るより先にその青年がボビースの手を止めさせていたのには正直驚いたがな。
クレストと名乗る青年が今日依頼に来たのは『メリケンサック』と『ナックルダスター』と言う、ほぼ素手で戦うのと同じような二種類の武器の製作依頼の為だった。
どちらもそう手間の掛かるもんじゃない。今日の予定が全部捌けてから儂が作るつもりでおったら、
「目に剣は刺さないし、ワッフルは…食べ物で…んっ?!
ガバスさん、鉄板貸して!」
と言って突然鉄板に何やら書き始めたのじゃ。
そしてワッフルメイカーとやらを手早く書くと、次はブラバ樹脂でワッフルと言う食べ物を作り始めた。四角い生地に格子状のフィンを付けた形の物じゃ。
甘くて美味しいパンみたいなデザートで、格子を付けたことで火の通りも良いと言う。
武器を作りに来ておきながら、
「武器なんて後回しで良いんだよ!
俺はとにかく猛烈にワッフルが食べたくなったんだから!」
とは難儀な客じゃな。
ワッフルメイカーはギズが作る気満々になっておるようじゃ。
鍛冶師としてはまだまだ半人前じゃし、自らアレが作りたいこれが良いと言わんギズじゃが、山育ちで甘い果物を食べて育ったコイツには甘いワッフルを焼くこの道具が気になってしょうが無いみたいじゃな。
難易度も高くはなさそうじゃし、自分の作った道具で焼いたワッフルを旨い旨いと食べてくれる客を見れば、コイツの意識も変わることじゃろう。
ボビースには引き続きブロック作りをさせるのかとクレスト君に聞いてみると、ブロック作りは単純作業だから鍛冶師が作らなくても良いと言う。儂も全くの同感じゃよ。
ボビース本人だけは落ち込んでおったがな。
バルが作っておる薄切り器と一緒に使うホルダーも頼まれていたのを思い出して、試しにそれを書いた鉄板を見せると、
「あ、それですよ、それ。
薄切り器は最後の方になると食材の厚みが無くなって、指を切りそうになるでしょ。
怪我の防止用に食材を押さえるホルダーが欲しいんで」
と言うのを聞いて、どうやらこのクレスト君が薄切り器の発案者だと確信したんじゃよ。
実際に何度も使ってみないとそんなことは気が付かない筈。なのにホルダーを欲しがると言うことは、まだ売り出してもいないこの薄切り器の欠点を何度も使ってよく知っていると言うことじゃからな。
なぜ彼がバルを身代わりに立てたのかは知らんが、儂らより遥かに高い水準の知識を持っていることは間違いないじゃろう。
見た感じではノホホンとした好青年で悪い感じもせんが、大銀貨級のパーティーを素手で倒したそうじゃから、人は見た目では判断出来んと言うやつか。
ブロックとホルダーの型を作るのにポンと大銀貨五十枚を出す気前の良さも、儂らのような中小企業の者にはありがたい限りじゃ。
ボビースがブラバ樹脂で作った野菜ホルダーを使って試しにキュウリと人参をスライスしてみれば、確かに安心して薄切り器で最後までスライス出来る。
これは最初から薄切り器にホルダー付きで売った方が良いと思うが、売価を考えればホルダーだけでも銀貨三枚程度になるじゃろう。薄切り器本体とのセットで売るには確かに高いかも知れんわい。
これはどうやって売るか、早めに商業ギルドに決めさせんといかんじゃろう。
そう思い立ってクレスト君を連れて出ると、偶然にも彼とは因縁のある相手に遭遇したらしい。
別件の客が居たからケジメを付けてくる、そう言って路地裏へと走り始めたのじゃからな。
『別件の客』とは冒険者の隠語で放置の出来ない厄介な敵を示し、ケジメを付けてくると言うことは一度は取り逃がした相手と言う事じゃろう。
大銀貨級のパーティーを素手で制圧するような彼が一度逃がした相手に興味を引かれるが、儂が居たところで何の手伝いも出来ん。
儂は儂に出来る事をやるだけじゃ。
クレスト君と別れてからバルと合流した儂は、さっき商業ギルドから帰ってきたばかりだとゴネるバルの襟首を掴んで商業ギルドへと向かう。
バルの脚は完治したと言え元通りになったとは言えんが、商業ギルドまでの往復ぐらいなら大した負荷にはならんじゃろう。
商業ギルドの担当者も「バルドーさん、また来たんですか?」と少々呆れ顔だったが、用事があるんじゃから仕方ないじゃろう。
そこでパパッと打ち合わせを終わらせて雑貨店に戻ってみれば、バルの娘が細長い棍棒のような不思議な形の棒でクレスト専用武器『ゴクドウ』とやらを作っておるのをバルが目に止めた。
よくあるソードを模した木剣ではなく、片刃の剣を模した剣のようで、バルが言うには別の大陸にある独特な武器で、本来は鋼で作る物らしい。
しかもそれは包丁のように切る武器だと言うのじゃ。
知っていると思うが、包丁はソードのように押して切るのではなく引いて切る道具じゃ。
故にソードと違って刃は薄く作られておる。切れ味はソードより上かも知れんが、武器にとって威力と同じぐらいに大切なのは耐久性じゃ。
包丁が武器として使われんのは耐久性が無いからじゃ。
だと言うのに、ゴクドウの元になった武器は耐久性を捨てて切れ味重視だと言うのか?
いや、そんな馬鹿な話はあるまい。
武器が壊れるとは、それは自分の死にも直結することなのじゃから、壊れても良い武器を持つなどあり得んわい。
つまり別の大陸には包丁のような切れ味を持ちながら、それでいて簡単には壊れることの無い剣があると言うことなのじゃろうな。
冒険者なのにソードも槍も持たんと言うことは、恐らくクレスト君はその武器を欲しているのじゃろうな。
「ほぉ、『ホクドウ』を鋼で作るのか。それも面白い。
『目に剣察す』と『ワッフル出すなー』の次に作ってみるか」
実物を見たことのない儂には試行錯誤を繰り返すことしか出来んが、これはきっと『ゴクドウを越える鋼の武器を作ってみろ』と言うクレスト君から儂らコンラッド王国の鍛冶師に対する挑戦状なのだろう。
儂が生きている間に完成するかどうかは分からんが、この歳になってワクワクすることを教えてくれるとは予想もせんかったもんじゃ。