(閑話)新しいデザインに感動しました
僕はコロル。
オヤジの名前はルシエンで、何のひねりも無く『ルシエン防具店』を営んでいる。
ウチみたいな個人経営の店だと、防具屋のルシエンで通るから苗字は要らないのだ。
それに苗字を付けると毎年の税金も増えるからね。
オヤジは自慢じゃないが、リミエンで一番の鎧作りの腕を持っていると言われているんだ。
特に革の扱いは超一流で、まるで手品でも見ているかのように綺麗に裁断、成型、縫製していくんだ。
そんなオヤジの姿を見て育った僕が、オヤジと同じように革細工と金属加工のスキルを使い熟せるようになり、やっと一人前と呼ばれるようになったのが二年前、二十三歳の時のことだ。
一人前と言われても、そこがまだスタートラインにすぎないのはオヤジを見ればよく分かる。
オヤジの神業のようなテクニックは教えてもらって取得の出来るような物ではない。
何度も見て、そして試して身に付けるしかないのだ。
そんな技術者としては超一流のオヤジだが、欠点があるとすれば変わった素材に弱いってことだ。
弱いって言っても扱えないと言う意味じゃない。
変わった素材を目にすると欲しくなるって意味なんだ。
去年、王都で開催された武具の見本市でのことだ。
隅っこの方で閑古鳥を鳴かせていた胡散臭い素材屋を見つけると、すぐに物色を始めたのだ。
こうなると好奇心が満たされるまで動かなくなるからオヤジとは別行動になる。
僕は最新モデルの防具を展示したブースへと向かった。
この見本市は毎年開催されているから、格段に性能が良くなったモデルが出てくることはそうない。
革の処理方法が少しだけ良くなったとか、カラーバリエーションが増えたとか、有名店のモデルが僅かに改良されたとか、そう言ったレベルのちょっとした改良がある程度。
性能はそう変わらないが、デザインには僅かながら流行り廃りがあるので毎年この見本市を見に来ているのだ。
鎧は基本的に動きやすさと防御力が反比例するものだ。
防具職人は常にこの反比例と言う難問を解決すべく努力を重ねている。
この問題に少しでも取り組もうと試行錯誤を繰り返した結果、見た目の良さと言うものを何処かに置き去りにされた鎧も出展されている。
新しいことへのチャレンジなのだから仕方ない。それに見た目で命を守れる訳でも無いのだから。
中には見た目重視で性能は二の次と言う商品もあるが、そんなのは少数派だ。
だけど僕はデザイン性も大事だと思うのだ。
今の僕の腕では、硬く加工した革の鎧を作るのは難しく(人並みと呼ばれるレベルには到達している)、専ら後衛の人が着用する柔らかくて動きやすい革鎧を専門的に作っている。
こちらの腕はあのオヤジにも認められているし、自分でも自慢出来ると思っている。
それでも最新モデルを見ると僕の作った鎧では、まだデザインがイケていないとガッカリする。
デザインに偏重すると、肝心の防御力と動きやすさに悪影響が出る。
また重量増だけでなく放熱性の悪化を招くこともある。
特に全身を包む革鎧は夏場は暑くて着られたもんじゃない。だから丈夫な服の上から部分鎧を装着するのが主流になる。
そんな中、おかしな看板が掲げられたブースを見つけたのだ。
『火蜥蜴の革を使用した、暑くならない全身鎧』
胡散臭さが爆発しそうだが、この見本市で詐欺を働くような業者が出店している筈はない。
見た目は少し赤みがかっているだけでそれ以外は普通の革だし、耐火性能を持たせた革なら既に実用化されている。
だが暑くならないとは?
外部からの熱を遮断し、かつ内部からの熱を放出すると言うことなのか?
火蜥蜴とは、コンラッドでは南西の国境付近に存在する溶岩地帯に出没する稀少な魔物である。
性格はいたって温和しいもので、発見に成功すれば討伐は簡単である。
だが溶岩地帯に行くこと自体が暑さと毒ガスとの戦いであり、好んで火蜥蜴の討伐を行う者は居ないので希少価値はあるだろう。
今回出品されている革鎧のお値段は上下のセットで大銀貨九十枚だ。
看板に興味を惹かれてチラホラと見に来る人も居るけど、その価格を見て商談にすら至らない。
さすがにこのお値段だとウチのオヤジが珍しい物好きとは言え購入するとは思えない。
だって馬鹿みたいに高いくせに防御力は普通の革と変わらないそうだからね。
リミエンで販売するとなると、大銀貨九十五枚が適正価格になるだろう。
それだけお金を出すなら、もっと違う性能を求めるのが当たり前ってもんだ。
火蜥蜴のブースを離れ、金属鎧、ハードレザー、ソフトレザー、クロースと素材ごとに分けられたコーナーを順に巡る。
今回多くの人が集まっていたコーナーで目にしたのは、銀色のピカピカした金属板だ。
一辺が五十センチ四方のその金属板は『鏡』だった。
興味本位でその鏡を覗いて見ると、確かに自分の顔がハッキリと映った。
よく磨いた金属の表面にも顔が映るが、そんなレベルは余裕で超越して眉毛の一本一本までくっきり見えるのだ。
コレがあれば新しい鎧を買って着付けした後に自分の姿が確認出来る。サービスとして最高だと思ったが、お値段はなんと驚きの大銀貨五十枚。
僕は迷わず回れ右をした。
結局今回の見本市では大した収穫はなく、王都で流行りの鍋焼きパスタを食べただけで終わったのだけど、オヤジは僕の予想を裏切って火蜥蜴の革(上下セットで四着分)と鏡を一個買っていたのだ。
鏡は僕も欲しいと思ったから許せるけど、火蜥蜴の革って絶対に需要が無いだろう。
帰りの馬車の中で大オヤジと喧嘩になったのは当然のことだと思うんだよね。
去年の五月に見本市があって今は三月。十ヶ月間も火蜥蜴の革は我が家の倉庫の肥やしになっていたんだ。
それが突然売れたとオヤジが喜んで俺に知らせに来た。
どうせ嘘だろうと思っていたら、あのケルンさんの紹介で来たお客様らしく、しかもデザインまで書いていったと言うのだ。
どこの物好きなのか知らないけど、どうせ大したデザインじゃないだろう、そう思ってオヤジの持っていた鉄板を馬鹿にしてやろうと覗いた瞬間、体中に電気が走ったような気がしたんだ。
「オヤジ! この鎧は俺が作る!」
この決断は今でも間違っていないと思う。
廃棄する革でデザイン確認用の革ジャンを作ってみると、今までの革鎧には無い格好良さがあったのだ。
そして注文主であるクレストさんからも合格を貰い、四日を掛けて後はボタンを取り付けるのみと言う段階までこぎ着けた。
僕の手元には、性格に問題はあるが超一流と言われる女性鍛冶師の作った『セラドボタン』がある。
キリアス王国が過去に召喚した勇者が持ち込んだと言われるこのボタンは製作がとても難しく、勇者ボタンと呼ばれて細工職人からは嫌われていた。
だけどこのボタンを作ったビステルさんの言う通りに装着してみると、カチッという気持ち良い音と感触がとても堪らないのだ。
しかも意図的に外さない限りシッカリ結合しているのに、外すのも簡単なんだ。
「これは凄い!」
「当然でしょ、アタイの作る物はいつでも完璧よ」
わざわざビステルさんがウチまでセラドボタンを届けに来てくれたのは、王都で買った鏡を見たいと言う理由だった。
「ふんふんなる程。そう来たか。
素人仕事にしては上出来じゃない。
でもこのサイズで大銀貨五十枚も取るこは頂けないわね。
せめてこの倍のサイズがないと」
鏡を裏表を繁々と眺めたかと思うと、
「特別サービス。ちょっとサイズを変えてあげるわ」
と言って鏡に両手を乗せたのだ。
それから数十分後には、五十センチ四方の鏡が幅七十センチ、高さ百八十センチの大きな鏡に変形していたのだからびっくりしたよ。
しかも厚みが五分の一ぐらいに減っていたんだ。
これが彼女の持つ特殊なスキルの力なんだ。
確かに彼女が仕事を選ばないと、普通の鍛冶師は皆仕事を辞めてしまうよね。
こんな凄い能力を持った人を味方に引き入れてしまうなんて、やっぱりクレストさんは大物なんだね。