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第82話 言わなきゃ良かった? 言って良かった?

 ライエルさんに連れられて商業ギルドで建国百周年記念イベントの打ち合わせに参加したら、イベント経験の無い人達ばかりでこのままだと大コケするのは目に見えていた。


 俺も主催者側になったことは無いが、文化祭のノリだと諦めて遣ること、決めるべき事を黒板代わりの鉄板に書いて決めさせた。


 途中でスオーリー副団長から貯水池の浮草回収の布告について聞くと誰も知らなかったので、確認に行くとレイドル副部長に連れられて領主様ことリミエン伯爵に会いに来るハメになる。


 伯爵はレイドル副部長よりずっと話しやすい人だったので一安心したのだが、リミエンはいずれ薪も不足すると聞かされオワコンかとガッカリだ。


 リミエンが生き残るには、ルケイドの家が所有する山を元通りに木材の採れる山に復活させるしかないのだ。


 特に当ても無いのに、冒険者ギルドでヤル気を見せてしまったのだが、今から別の人にバトンタッチとは行かないだろうか…と少しも弱気になっても仕方がないよね?


 だがゴネるだけだと何も解決には繋がらないのも事実だ。


「湯が十分に使えないと洗浄剤作りも紙の原料作りも頓挫します。

 山で木が育たない理由を突き止めなければ、リミエンから人が居なくなります」


 これは脅しではない。

 人間は光熱費の中から熱が無くなった環境では生活が送れる訳が無いのだ。


 伯爵は過去に何度も調査した経緯を知っているのだろう。

 すぐにウンとは言わなかったが、

「それなら今までに一度も山の調査に行っていない冒険者に調査に行かせよう。

 リミエンが滅びると言うのなら幾ら稼いでも意味が無いからな」

と男前なことを言った。


「その件は五日後ぐらいに俺も山の調査に行くことになってるから。

 その後の打ち合わせなんかは副部長がお願いね!」

「オマエ、逃げる気か!?」

「それは優先順位の問題だよ。

 山の問題が片付いたら、次は木材の買い付けに行くからね!」


 俺は山や植物の専門家では無く、半分以上は…いや九割九分はルケイドとサーヤさん頼りだがこうでも言わないと格好が付かない。


「なるほど、そう来るか。ならこちらも対抗措置を取らねばなるまい」

とレイドル副部長がゲンドウポーズで目を光らせる。


「まぁまぁ、レイドル君もクレスト君も冷静に。

 山の問題は確かにリミエンにボディーブローのように効いて来ている。

 今のところ被害はカンファー家の所有地だけに収まっているが、それでも計画伐採エリアの四割の面積を占める」

「四割ってめっちゃ広いじゃないですか!」


 想像していたよりルケイドの家…カンファー家って広い土地を持っていたんだな。

 それだけの広範囲で植林が出来なくなるなんて、これは絶対何かある。


「木樵とかは何か言ってないんですか?

 お化けが出るとか、祟りだとか呪いだとか」

「そう言うのは現地で聞いてくれ。先入観を持つのは宜しくないだろう」


 イヤイヤ、現地の噂って馬鹿にはならないと思いますよ。それが偽装の為の物だとしても、それが突破口になるかも知れないんだし。

 でも伯爵には意見出来ねえ…。


「それで、クレスト君は十分に実現可能なアイデア出しをしてくれたんだ。

 ここから先は大人が良い格好を見せる番だ。

 レイドル君、ライエル君と協力して彼のアイデアを少しでも形にしていってくれ。

 勿論予算はカツカツだ。

 集客による収益だけでなく、人口増による継続的な収入アップを目指して働いてくれ」


 人口を増やす方向に来ましたか。

 それも薪の問題があるから難しいのでは?


「クレスト君の言うパンケーキを皮切りに、今までに無い食べ物をどんどん生み出して行けば、自然と人の流れが生まれてくる筈だ。

 健闘を祈る」


 これで伯爵の話は終わりという合図か、レイドル副部長がソファーから立ち上がって頭を下げた。

 取り敢えず俺も真似をして頭を下げる。

 するとずっと黙って様子を見ていた執事がドアを開けて出ていくように促した。


 出口を潜ろうとした時、あるシーンを思い出し、

「あっ、最後に一つだけ」

と何故か言ってしまった…何を言おうか…。


「ぅん? 何か?」

「パンケーキは串焼きを挟んだ物は甘さを控えています!

 十分に食事になるので、忙しい時は片手で摘まんで食べてみてください。具材が落ちないように串に刺していますが、串も食べられる材料を使っていますから」

「…そうか。それは仕事が捗りそうだ…良い情報をありがとう」


 何を言ってんだよ、俺の馬鹿っ!

 伯爵が屋台のパンケーキなんか食う訳が無いだろ。

 レイドル副部長に白い目で見られているが、俺もこれは後悔しているから心配するな。

 テレビドラマの刑事みたいには行かないもんだよ。


 重たい空気のまま建物を出て馬車に乗る。


「無礼討ちは禁止されていて良かったな」

とレイドル副部長が首の前で手を横に引く。


「で、帰り間際のあれは何だ?」

「あれは…様式美と言うやつで。

 それに忙しい時は食事の為の移動時間も惜しいでしょう?

 串焼きパンケーキなら仕事しながらでも美味しく食べられるかな~って。

 レイドル副部長もそれを聞いてサインしたって、クッシュさんから聞きましたし」

「なるほど、確かに伯爵ならそうだろうな」


 意外にもレイドル副部長が納得してくれた。ミレットさんと串おじさんに感謝だな。


「だが飲み物は?

 ティーカップをデスクに置いたままでは邪魔になるぞ」

「ネジ式の蓋を付けたカップを作れば良いんですよ。

 飲むときに蓋を回して開けて、飲んだら閉める。焼き物のカップだと落としたら割れるからら…ブラバ樹脂で作れば割れないし」

「悪いがそいつを教えくれ。売れそうだ」


 カップの発想を聞いて斜め上を眺めながら何か考えていたレイドル副部長の目が光った。


 本当は魔法瓶構造を取り入れたいところだが技術レベル的に不可能だ。

 それならアウターとインナーの二つのカップを作り、間に薄いコルクシートの断熱材を入れて保温性を持たせれば良い。緩衝材にもなるし。


 アウターの雄ネジ、蓋の雌ネジは専用の金型を熱して押し当てれば成型可能だろう。

 苦労するのはガバス工房の誰かだろう。

 忙しければ他の工房に回せば良い。その辺は彼らが上手く調整してくれるだろう。


 何故か馬車の中に鉄板が置いてあったので、それに蓋付きマグカップの構造を思い付くままに書いてレイドル副部長に教えると、良い商品が出来たと満足気に笑うのだ。

 これで機嫌も直っただろう。


 でも伯爵が使うのに樹脂の色のままとか、単色だと貧相だよな。金メッキか銀メッキぐらいは施さないとだめかもね。


「そのカップが出来れば王都に売りに出す。

 輸出もありだな」


 彼の中では勝手に販路が開拓されているようだけど、

「肝心の樹脂がそんなに無い筈なんだけど」

「それならジョルジュさんが既に手配している。

 ガバスの工房でブロックと野菜ホルダーに使うだろ。ライバル企業の港の倉庫で埃を被っているそうだ」

と自慢げに胸を張る。


 それってライバルに少しは恩が売れるかも知れないってレベルで、ジョルジュさんには一切旨みが無いよね。


 俺はとにかくジョルジュさんにマジックバッグを渡して、大量に南方の植物を持ってきて貰いたいんだ。

 その為なら何でもするつもりだし。

 でも使うのは帆船なんだよな。


「あの、リタって風の魔法は使えるんですかね?」

「さぁ? 風がどうした?」

「貿易船に乗せて帆に風を吹かせれば速く航海出来るし、それにずっと無駄飯食いを置いとくわけにも行かないでしょ?」

「なる程…一理あるな。

 魔力は多いらしいから、適正は無かったとしても役に立つだろう。そうしてみるか」


 どんどんレイドル副部長の機嫌が良くなって来ているのが雰囲気で分かる。

 機嫌が悪いと攻撃的な波動をヒシヒシと感じるからね。


「で、山の件は何か心当たりがあるのか?」


 それ、答えなきゃダメ?


「いえ、現地を見たことがないのでこの場では何とも返事が出来ません」

「心当たりは無いのか。

 行って成果も出せずに帰って来てみろ。伯爵がどう思うか考えたのか?

 伯爵も勿論本気で成果を期待した訳では無いだろうが、デマカセと言え『山の問題が片付いたら、次は木材の買い付けに行くからね』なんてビッグマウスを叩いたんだ。

 何か成果を出すまで帰って来るなよ。

 お前を伯爵に引き合わせた俺が恥を掻くからな」

「それも良いですね~」


 そんな軽口にレイドル副部長が溜息を突く。


「時間があるなら、山に行く前に過去の資料を全部読んで頭に入れておけ。必要なら筆写も頼め。

 あと、必要な物資は融通してやる」

「…随分とダンゴッ腹ですね、有難いです」

「そこは『美事なシックスパッドですね』と言うべきだろうが。

 まぁ良い、俺にそんな軽口を叩くアホはオマエだけだ」


 確かに過去の資料は目を通しておく価値があるな。筆写してもらうなんて想像もしなかったから有難いアドバイスだ。


「幸いオマエにはマジックバッグがある。長期間の遠征になっても問題の無いように備えておけ。

 請求書はブリュナーに回しておくから心配するな」

「案外セコいんですね。見直して損しました」

「『ただより高い物は無い』とは、勇者の世界の金言だ」


 そうかも知れないけど、勇者ならもう少しマシか言葉を残して逝けよな。

 『同情するなら金よこせ』とか言われるよりマシだけど。


「山に行ってる間に、オマエがチョッカイ出している工房に影響が出ないようにサポートしてやる。

 行くまでに完成しないものがあるなら後日連絡してくれ。

 洗浄剤はエメルダ婦人から製品開発部に話しが来ているからそれ以外でな。

 それと紙の作り方に当てがあるなら、それも資料にしてくれ。製品開発部の奴らが涙を流して喜ぶだろう」


 紙が領内で作れるようになれば出銭が減らせる。赤字が減るのだから紙の製法は喉から手が出る程に欲しいだろう。

 質さえ拘らなければすぐにでも出来ると思う。その質を少しずつ上げていくのが地味なくせに難しいんだけどね。


 頭の中で各工房に頼んでいる物を整理してみる。


『ルシエン防具店』

・革ジャンはビステルさんの作るセラドボタンが出来れば間に合う。

・革手袋は他店で既製品を購入するつもりだ。


『マーカス服飾店』

・ポケットを改造しているストレージベストは多分完成するだろう。

・がま口と傘はまだ暫く掛かると思われる。

・サイドリリースバックルも同じく。

・爪切りは急ぐものではない。


『エメルダ雑貨店』

・ホクドウは恐らく完成するだろう。ある程度の完成度でも問題無いし。


『ガバス工房』

・メリケンサック、ナックルダスターは完成する。

・ワッフルメイカーは急ぎではない。もし完成したら、クッシュさんにレシピと一緒に渡してもらおう。

・野菜ホルダーは大量生産して欲しいが、生産量は商業ギルドと相談。


『ビステル工房』

・スナップボタンは間に合う。

・ジッパー、鏡はしばらく掛かるだろう。

・馬車の部品は鏡の後で良い。まだ馬車工房すら決めていない。

・いずれ闘技場擬きの梁を頼む予定。


 こんなところか。ビステルさんのところが一番負荷が高そうだが、彼女にしか作れないのだから当然だろう。


「他にもオマエの頭の中にあるもので売れそうな物を教えろ。

 居ない間に作っておいてやる」

とレイドル副部長が強迫のような恐喝のような、譲歩のような何だろう?をしてくれた。


「作ってくれるなら、まずはコルクを間に挟んで断熱材にした買い物袋と冷却箱。冷却箱は卵やバターの保存に使う。

 コルクより空気を多く含む素材があれば変更可能ね」

「氷を入れて使うんだな。検討させよう」


 これは比較的簡単に出来そうだ。


「炭と粘土を混ぜて焼いた芯を木で挟むと筆記具になるよ。

 炭と粘土次第で硬さと濃さが変わるよ。

 焼くのは魔道コンロかな。

 挟むのはおが屑を固めた物でも何でも良いけど、ナイフで削れる硬さにしてね。


 それと、南方系の樹木で、切ったら白いネバネバした樹液の出るのがあれば、それを固めたもので書いた字が消せるから便利だよ」

「紙とその筆記具が出来れば、伯爵の要望に応えられるな」


 レイドル副部長がメモ帳を取り出し、伯爵の要望を確認する。馬車の中でインク壷と羽ペンを出して書き物が出来る訳も無い。

 万年筆は高度な加工技術が必要なので、この国での生産は不可能だ。


「書くものは他にもフェルトを圧縮して固めてインキが染みこむようにして。

 胴体にインキを詰めて蓋をすればペンになる」

とマグカップの絵の横にフェルトペンの構造を書く。


 フェルトの固さとインキの染み込み易さの関係が適切でないとフェルトペンは商品化は出来ない。

 フェルトペン専用インキが必要かも知れないが、俺にはそんな物を作る知識は無い。

 構造はとても簡単だが、研究するのは死ぬほど面倒くさそうなので、手を出す気はなかったんだよね。


「蝋、滑石、染料、糊を良く混ぜ合わせて固めたら、炭と粘土のと違って色んな色の筆記具になる。

 蝋と顔料だけでも作れるけど、これは柔らかいね。

 どちらも焼かずに作れる筈」


 子供たち達用に作るつもりだった色鉛筆とクレヨンだ。どんな色が揃うか楽しみだ。


「ちょっと待て。オマエの頭はどうなっているんだ?

 いきなりそんな沢山作れる訳がないだろ!」

「だって作ってやるって言われたら、お願いしない方が悪いじゃないですか」

「実現可能性の高い物ならな!

 オマエ、作るのが面倒くさそうな物を押し付けてんじゃないのか?

 常識で考えろよ。作り方の分からん物は作れんだろうが!」

「…ぶーっ!」


 それならそうと先に言えよ。期待して損したじゃねえか。


「最初に言った断熱カップは難しいかも知れんが、それこそマジックハンドより売れるぞ…おい、そのカップをどこの工房が一番良い性能で作れるか競わせるのはどうだ?」

と急にレイドル副部長の目付きが鋭くなった。


「それも十分に面白いと思いますよ。

 競わせるなら小さな工房も参加出来るようにしてくれれば俺は文句無いんで。

 それなら今年はマジックハンドのコンテスト、来年は断熱カップにしますかね。

 カップなら市民も買ってくれるから、コンテストと兼ねて販売会も出来るし」

「それも手か。そうなるとカップの次は?」

「それは皆で考えようよ。その為のメンバーでしょうが」

「チッ!」


 チッじゃ、ないだろ!

 作ってやるからアイデア出せ、なんて考えが甘いんだよ!

 でもアイデア出せば作って貰えるなら、それも有り?

 考えようによっては俺が生み出したことを内緒にしてくれるのだから、有難いことなのだ。


 さすがに馬車の中に何枚も鉄板を置いているわけではないので、明日も商業ギルドに出向くことになった。

 レイドル副部長にガッツリと付き合うハメにはなってしまい、マジで泣きたいよ。

第5章はこれで終わりです。


明日、明後日に閑話を3話ずつ挟んでから第6章に入ります。

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