第81話 不本意ながら伯爵と面会を
商業ギルドで百周年記念イベントの話をしている最中、スオーリー副団長が請け負ってくれた貯水池の浮草対策の話を誰も知らないことが発覚。
真相を探るべく直接領主様に聞きに来ることになった。
言っとくけど俺はただの冒険者だよ。領主館で伯爵様とご対面なんて場違いにも程があるってもんだ。
兵舎のような建物だが、廊下にはフカフカのカーペットが敷いてある。それ以外には装飾品の無い廊下を進み、執事の案内で三階まで一直線に上がると一番奥の部屋に到着する。
その執事が『伯爵に至急確認したいことがあるからレイドル副部長と配下の者一名が来ている』と用向きを伝えると、それ程待たされずに執務室へと通されたのだ。
部屋の印象を一言で言えば資料室だ。壁一面に本棚が設置されていて、恐らく年代別に分けられている。
伯爵の他に四人の男性が机に座り作業を続けている。
「至急とのことだが、どの案件だ?」
とレイドル副部長を見るなりそんな事を言うとは、問題山積なのか?
伯爵は年齢四十前後のイケオジだ。やはり貴族だけに無駄に顔は良いらしい。
「濃紺の?
君がエマ君の言っていたクレスト君か。
なるほど、スオーリー副団長の件だな」
頭の回転も早いようで助かるが、エマさん、なんで俺のことを教えてんだよ?
確か毎日報告してるって言ってたから、ネタが無くなったのか?
「貯水池の浮草対策についてスオーリー副団長から話があったと、このクレスト君への手紙に書いてあったので状況を」
「正直、困っている。二人とも座ってくれ」
伯爵が目で机の前のソファを示す。
レイドル副部長がさっさと座るので仕方なくその隣に座ろうとすると、「君はそっちに」と前の席を指示された。
「先にクレスト君には礼を言っておかねばならん」
「いえ、礼を言われるようなことは何もしていないですが」
いきなりそんな事を言われても困る。
「来る前は『ど平民だからビビっている』と言っていたが、どこがだ?」
「ほぉ、とてもそんな事を言っていたようには見えんな」
そう言われると、レイドル副部長やスオーリー副団長に比べると伯爵の方がまだ気楽な相手に感じる。
恐らくだが、何か常時発動タイプのスキルでも持っているんじゃないかな。
どんなスキルを持っているのかを上位の人に聞くのはマナー違反らしいので聞きたくても聞けない。
けど、レイドル副部長には余計な事を言うなとムカついた。
多分この人には『煽り』か『ムカつかせ』のスキルがあるのだろう。
「副部長、伯爵はお忙しいので無駄話は無しで」
と言って目で合図。
「少し息抜きをしよう。リラックス出来るお茶を頼む」
と伯爵が執事に指示を出す。
気は使わなくても良いから早く話をしてくれよと思うのだが、伯爵にもペースがあるのだろう。
「旧キリアス貨幣、スラムの子供の保護、食べ歩きマップの提案、それと今回の貯水池の浮草対策。
これらに関して、クレスト君に感謝しているよ」
と伯爵が軽く頭を下げる。
レアコインは贈り物としても人気があるそうだが、あれはレイドル副部長が処分したんじゃないの?
「造幣局で材料に変える案もあったが、白金貨だけはさすがにその判断が出来なくてな。
王都への土産に使わせて貰うことにした」
白金貨が百枚ちょっとあったけど、王都への土産ってつまりは国王への献上品だよね?
金貨が大体一枚あたり十万円相当で、大金貨が百万円、白金貨は一千万円だ。それが百枚だと十億円相当になる。
それだけの額をキッチリと商業ギルドが俺のカードに振り込んでくれたから俺は左団扇で暮らせているので、特に礼を言われることでも無い。
「王都はこの白金貨を元の持ち主に返還するだろう。
さてここで問題になるのは、内戦で揉めているキリアスの誰に返還するかと言うことだ。
この意味は?」
返還と言っているが、結局はコンラッド王国が応援する陣営の経済的支援によって戦闘を有利に進めさせ、内戦の勝利者と仕立てるのが第一歩。
傀儡とまでは行かなくても、コンラッド王国の言うことを聞いてくれる人物を政治の中枢に置くことが第二歩か。
だがこの二歩目は危険な遊びになるかも知れない。
勿論、第一歩目で誤った判断をすれば目も当てられないのだが。
キリアスの内戦終結は俺に取っては悪い方向になる恐れがある。
だって俺の非常識も『キリアス出身だから』で通っていた面があるのに、実はそんなことはないとバレる可能性があるのだから。
「コインの返還された先が、コンラッド王国がキリアスの正式な統治者と認めた人物と言うことですね」
「そうだ。そして白金貨は財力の象徴であり、その相手に味方する者が増えれば内戦終結の可能性が見えてくる。
内戦終結後、キリアスとコンラッド王国は国交正常化を図り、良い関係を築くことになるだろう」
そんなに上手くいくかな?とは言わない方が良いだろう。
当然そうなるように工作を仕掛けるだろうが、相手だって他国にデカイ顔をさせたくないと思う筈。
国交なんて結局は狐と狸の化かし合いで終わると思う。
地理的にはキリアスはコンラッド王国より北に位置し、冬場には雪が舞うことも多い。
戦渦が続いたために農作地も壊滅状態に近いだろう。この国がキリアスに介入して得られる旨みと言えば鉱山などの資源だろう。
俺なら迷わず砂糖大根(甜菜・ビート)を栽培するんだけど、戦後復興の為に恐らく寒冷地に適した麦が優先されるんじゃないかな。
「白金貨百枚他の換金は商業ギルドが終わらせているので、キリアス貨幣の所有権は商業ギルドにある。
商業ギルドは白金貨百枚を私への貸しと位置付けたようで憎たらしいがな。
だがリミエンには金銭的余裕は無い。ギルドには何か合法的な便宜を図ることで借りを返すことにしている」
「貸しにしたつもりはございませんよ。
扱いに困るお金の処分をお願いしたまでですから」
伯爵の愚痴にレイドル副部長が即座に否定したが、絶対嘘だ~っ!
やっぱり腹黒でございますこと。
「それと高濃度アルコールの生産申請が来ているが、これは飲用ではないのだな?」
伯爵、何故それを俺に聞く?
ケルンさん経由で酒造ギルドに行った筈なんだけど。
「何故って顔をしているが。
君の行動は非常に分かり易い。特定の工房、人物としか接触していないだろ?
冒険者らしく毎日依頼に精を出しているなら話は変わってきたかも知れないが。
悪どいことをしている訳でも無いし、何か考えがあってのことだと思うが、関係者の動きを見れば君の仕業だと言う結論に辿り着いても何の不思議も無い。
説明では傷を負った時の消毒に使用するとのことだが」
バレてるんじゃ黙っていても仕方ない。ここで下手に誤魔化す方が立場を悪くしそうだ。
「はい。ケルンさん経由で酒造ギルドに頼んだのは、負傷時の手当てに使用する為です。
傷や土や泥水には体に悪い菌が居て、これが元で命を落としたり傷の治りが遅くなったりします。
麦でも芋でも構わないので、飲むお酒を元に醸造…沸騰しない程度に加熱し、湯気になったものを冷やして液体に戻すとアルコール度数が高まります。
味はなく、胃に悪いので飲用には適しません」
「それで命が救えるのなら安いものだな。
全てのアルコール用作物の増産に踏み切ることにしよう。
開墾が必要かもしれんが、拡張した分の税は当面免除にすれば少しは増やせるだろうな」
そう言ってスラスラとサインを始めとしてしている。どうやらこの件は判断を保留にしていたようだ。
「食べ歩きマップは商業ギルドではなく冒険者ギルドなんだな?」
「はい、元々商業ギルドに顔を出すつもりも登録するつもりは無かったので。
最初は宿屋マップが欲しかったのですが、毎回口頭で説明していると聞いて宿屋マップがあれば便利なのにと思ったのが切っ掛けですね。
それで自分達で楽しめて、旅行者にもあれば便利だと思って食べ歩きマップ、お買い物マップを発案しました」
エマさんに会った時の様子を思い出す。とても嬉しそうにしてたよな、と頬が緩む。
「そのせいで冒険者ギルドでは誰と誰がどの店に調査に行くか揉めていると聞いているが、楽しそうで何よりだ。
この手の情報は商店の管理者側である商業ギルドが主導すると内容も歪められる可能性がある。
引き続き冒険者ギルドの主導で良いと思う」
「ありがとう御座います」
レイドル副部長が何だそれ?と視線を送ってきたが無視だ無視。
メイベル部長には知られているけど、商業ギルドの誰にも言っていないらしいので安心したよ。
「子供の保護については思うところはあるが、家を買って家庭教師まで付けたそうだから悪くするつもりは無いのだと信じている。
スラムの存在自体は私の力では無くせんからな。少しでも不幸な子供を救って貰えるなら有難い」
この件は俺の自己満足だから。それに俺だってスラムを無くせるとは思ってもいない。
不幸にしてスラムに落ちた人を救う手立ては必要だが、怠惰のせいでそうなった人を救えとは俺も言わない。
「それで本題の貯水池の件だが、すまんがここに君に来て貰う為にスオーリー殿、レイドル副部長に協力してもらい芝居を打とうと思っていた。
だが、まさか本当に浮草対策のことを提案してくるとは思わんかったが」
軽くレイドル副部長を睨むが軽く流された。このオヤジを視線だけであの世に逝かせるにはまだまだ修行が足りないか。
「レイドルを悪く思わんでくれ。一応このことは一度拒否したのだからな」
「二度三度拒否して欲しかったですが」
「彼も君には期待しておるんだ。まだ他にもアイデアがあるそうだが」
芝居をしてまでして俺を連れ来ようとしていたのは気に入らないが、正直に言ってくれたので少し甘く見てやろう。
どっちみち、この後に特大の爆弾を落とすんだから。
「はい。先ほどレイドル副部長達と話をしましたが、貯水池の周辺を第一の候補にして屋根付きのイベント会場、キャンプ場を備えた運動公園を作りたいと考えています。
その為にざっと白金貨二百枚程が必要ですので、融通をお願いします」
僅かに伯爵の眉が動く。部屋に居た四人の文官達は今まで黙ってそれぞれの作業をしていたのだが、あまりの金額の大きさに驚きの声を上げていたけど。
「イベント会場とは、百周年記念のイベントを行う会場か?
確かにリミエンには大勢の人を収容可能な施設が無いが。建築は可能なのか?」
「はい。建築技師に確認しました。
雨の日でもイベントが出来るように長さ四十メトルの梁を渡し、透明な新素材で屋根も張ります」
「それは誠か?」
伯爵が確認の為に顔を向けたのはレイドル副部長だ。
「残念ながら本当です。
まず、施設と言っても建物ではなく、円形闘技場の客席部分を土を盛るか、自然の地形を活かして作ります。階段状にしなければ工期も短縮可能です。
適した土地さえあれば、土属性魔法の力技でほぼ無料で出来ます。魔法兵の訓練にも使えるかと」
「訓練は部隊長に伝えておこう。
傾斜した観客席か…芝でも敷けば寝っ転がることも可能だな」
「良いですね。その案は戴きます。
梁の設置に大型引き揚げ装置が必要となります。それが最大の難関でしょう」
高層ビルの建築現場でビルの上にクレーンが乗っているが、あのクレーンはビルの完成後には分解して最終的にはエレベーターで搬出する。
それに対してこの建築で使用する大型引き揚げ装置は自走式で、通路の確保に邪魔な座席部分は削って搬入・搬出し、その後で削った座席部分を魔法で作ればよい。
クチで言うのは実に簡単である。
その引き揚げ装置とやらを見ていないのでどんな姿か分からないが、クレーン車ではないことに間違いない。
多分建築時には冒険者にも人工としての依頼が出るだろう。
施設本体はいざとなれば俺も手を貸すから問題無いが、屋根の建築だけで二ヶ月ほど掛かるらしい。
正味準備期間は四ヶ月しかないが、本当に完成するのか?
疑問は残るが出来ると仮定して。キャンプ場にトイレ、下水の処理施設、食料等の倉庫にレストハウス、レストラン、馬車の待機場、それにフィールドアスレチックとジップライン。
欲しい施設と概要を伯爵がウンザリするまで述べた後に、
「後日レイドル副部長が詳細計画を説明下さる予定です」
と適当なことを言っておく。
俺はなるべくリミエンから離れていよう。
ルケイドの家の山の調査に木材買い付けの依頼があるから丁度良い。
それから本題の浮草回収の話に入る。
この作業の大変さは前々から伯爵も兵士から聞いて知っていたらしい。
文官達にも良いアイデアは無いので、町の中に立て札を出して広くアイデアを求めることになった。その文面作りに協力させられたが仕方ないだろう。
当初は浮草回収だけを考えていたが、石鹸の材料にもなる海藻の回収も出来るようなアイデアを求めることになったので満足だ。
ちなみに採用可能な案が出なかったとしても構わないのだ。
アイデアを出せば金になると言うことを市民に知らしめ、発想の出来る人材を探すのがこの布告を出す真の目的だからだ。
「これでスオーリー副団長からの宿題は終わったな。
後は資金の工面が一番の問題だな」
「白金貨二百枚って、やっぱり領主様から見ても大金ですか?」
「当然だろう。
リミエンが今まで赤字になっていなかったのが奇跡に近い。
新しい収入源を得なければ、これから始まる木材の買い付けで赤字に転落する予定だがな」
伯爵がはぁと溜息を突く。
「そうなると増税なんてことになりかねない。
回避する為には住民を増やし、農地を増やし、高濃度アルコールや新しく売れそうな新商品を増やしていくしかない。
君が懇意にしている工房で研究している物が売れれば多少はマシになるんだが」
石鹸作りは奥様ネットワークの広がりがあるから、何処かでバレても不思議ではない。
「ついでに紙と筆記用具の研究もやって貰えると助かるのだが」
「どちらも予定に入っています。
ただ、今使わせて貰っている場所では手狭なので、商業ギルドから近い場所に作業場所を格安で借りられないかと」
俺と伯爵の視線に負けてレイドル副部長が首肯する。
「それ製品開発部の協力も。
ついでですから、洗浄剤の工場の建設予定地も見繕って下さい。
城壁の外でも良いので川に近い場所で。
お湯を大量に使いますので」
「湯だと?
薪の消費を増やすのは…」
あっ、薪用の木材も不足気味だったの?
そりゃ失礼…じゃないでしょうがっ!
石炭もダメ、薪もダメ…それだと魔道コンロしかないじゃんか!
そうなると魔石の値段が跳ね上が…る前に魔道コンロなんて買えない人がゴロゴロしてんだから。
それに薪の値段も急騰するよ。
リミエンってオワコンじゃないか。
これさ、やっぱりどう考えても山の調査は最優先だよ。