第10話 起死回生の一手
ケンとタクが頑張ってくれたが、どうやら僅かに力及ばず、と言ったところか。
最後の頸を狙った背後からの攻撃が決まっていれば、斃せたかも知れないのに惜しかったな。
いや…果たしてそうだろうか?
ケンは何度も背後からの攻撃を繰り返していたのだ。それが剣の姿に変身すれば、背後を警戒するのは当然だったかもな。
今はタラレバの話をしてもしょうが無いな。ケンもタクも行動不能になったところで、ここからは俺視線に戻すからな。
では、少し前に状況から説明しよう。
ゴブリラに何度も石壁に投げ付けられた俺は、ケンとタクの二人がゴブリラに攻撃出来るようになるまでの間、外皮をメタル化して耐えることだけを考えていた。
だが物事には限度がある。
その限度は時として意外な形で現れることがあるだけで。
何度目かは分からないが俺が石壁にぶつかった時だ。既に罅が入っていた石壁が俺がぶつかった衝撃に耐えきれなくなり、上の方からガラガラと音を立てて崩落を始めた。
そして俺の上にも大きな石の塊が落ちてきたのだが、俺の体が小さかったのが幸いして石の直撃を免れた。
お陰でゴブリラからは俺がリタイアしたように見えただろうね。
ほっと一息付いたところで、元々は石壁のあった所に不自然な四角形の穴があることに気が付いた。このスライムの視覚は僅かな光量があれば行動に支障を生じない。言っとくけど、今は穴があったら入りたい程恥ずかしい状況でもない。
なんたってゴブリラを倒すか全滅するかのデスゲーム真っ最中なんだから。
そんな事は分かっている。
しかし俺は無性にこの穴に入って行かねばならないような気がしてならなかった。
ハムスターが狭い空間を好むように、まさかスライムも狭い空間が好きなのか?
確かに身を隠すなら狭い空間の方が落ち着くのは間違っていないかもね。不安な時って自分自身を抱きかかえるようにするのと同じじゃない?
でもそんな事とは全然違う何か不思議な感覚が、その四角形の穴から俺を呼んでいる気がするのだ。
直感とか第六感とか超能力とかオカルト的な物って色々あるけど、そんな感じの何かだ。
外皮が激しく損傷している影響か、動きのおかしくなった体をナメクジみたいに必死に引き摺りながら、俺は何かに誘引されたようにその穴へと進んでいく。
穴はそれ程深くは無かった。イヤ、これを穴と言うべきなのか。
そこは岩の中に掘られた畳一枚半程の小さな空間になっていて、その中央には誰かの遺体が大きな魔石を抱いて護るように倒れていたのだ。
完全に白骨化した遺体なのに、何故骨格標本のように人の形を保っていられるのか?
それに幾つかの装飾品がまるで生身の体に付けているかのように浮いているが、それは蛇足と言う物だろう。
(何でこんな処に?)
場違いにも程がある。ダンジョンの奥にこんな意味不明な墓所があるなんて。
もし俺が人間だったら、躊躇なくこの装飾品を持ち帰って金銭に換えるだろうな。
だが残念なことに今は可愛いスライムだ。
だから装飾品なんて俺には何の価値も無い。ならばタクの触手に指輪を嵌めてみるか…うん、微妙。
それなら頭のてっぺんにネックレスを置いた方がまだ可愛げがありそうだ。
それにこの不自然に浮いている装飾品の纏い方って…コイツ、まさかアンデッドではないのか?
何か起死回生の一手がここにある、そんな予感がして痛む体に鞭打ってここまで這いずって来たのに、予想外の光景に混乱したし、ガッカリもした。
だからこの場を去ろうとした時だ。
(おー、やっと来たか。俺にお前の魔石を預けてくれ)
ケンやタクと脳内会話をしているのとほぼ同じ感じで、何の抵抗も無くそんな声が脳?に響いた。
改めて周囲を見渡すが誰も居ない。石が崩れて塞がれているんだから、ここには誰も入れない。
そもそもゴブリラがあの場所に居たのだから、俺達以外は誰も居ないはず。
もしかしたら、この石壁の奥に隠し部屋でもあれば話は別だが。
(俺だよ、俺)
辺りを見渡していると、脳に特殊詐欺のようなフレーズが響く。
(まさか、この骸骨さんが喋ってるのか?
そんな馬鹿な…んー、この電話は現在使用されておりません)
いや、電話じゃねえ!って突っ込みなんて帰ってこないだろう、と分かっていたのだが…。
(そう、喋ってんのは目の前の骸骨だよ。
それにしても電話か…懐かしい言葉だな…)
と予想外の返事が帰ってきた。
スライムが脳内会話を使うこのご時世だから、骸骨が脳内会話を使うってのもそれ程おかしくは無い…のかな?
この骸骨にも意識があるってことにビックリだが、それよりも、
(懐かしいって?
じゃあさ、お前は転生か転移かしてきたのか?)
と、そちらの方が気になった。
(あぁ、今はこんな残念な姿になっちまったが、地球から転移してきたんだよ。
お前もだろ…てっ…ん?…ん?…え~っ!)
(なんだよ、急に叫ぶなよ。びっくりするだろ)
(いや、びっくりしたのはこっちだよ。お前、スライムだよな?
人類は滅びたのか?
まさか地球はイカが支配してんのかっ?)
(滅びちゃいねえし、まだイカなんかに支配されてねえよ。
なんで俺がスライムになってんのか訳が分からん)
(ほー…それなら…まあ良いか。
随分と外が賑やかだな…状況は…うん、分かった、ゴリラみたいな魔物が暴れてんのか)
ほお、この骸骨、ここに居ながらにして外の状況が分かるのか。
耳が無いくせに…うん、俺にも耳は無いな。
チッ、見事にブーメランだぜ。
(あ~なるほどね、お前らスライムの体じゃアイツは倒せないだろ?
俺ならアイツを倒せるぜ)
(いやいやいや、あんた、ただの骸骨じゃん?
ここから動けもしないだろ。
どうやってゴブリラに勝つってんだよ?)
(うーん…動けたら楽勝なんだけどさ。
悪いけど、お前の魔力を分けてくれ。
俺の背中の上…心臓のあった辺りにちょっと乗っかってくれれば良いからさ)
今の俺達じゃどう足掻いてもゴブリラには勝てやしない。今は全滅して、あの俺に未来を託すつもりだったんだけど。
本当にこの骸骨が勝てるのか?
見た目はこんなんだけど、もしかして凄いアンデッドの魔物なのか?
まあ嘘でも良いか。どうせ俺達に失う物なんて何も無いし。
だから俺は、
(オッケー。じゃあ、遠慮なく…)
と言ってズルズルと骸骨さんのダラリと垂れた腕を伝い、肩甲骨を通過して鳩尾の背中側にによじ登った。
なぜか見えない筋肉があるみたいで骨の上を進んでいる訳ではないのだが、頼むからこんな体験はもうこれっきりにしてくれよ?
やっぱり気持ち悪いよ。
(乗ったよ。で、これからどうすんの?)
そう言い終わるかどうかのタイミングで、骸骨さんの体が震え始めたような気がする。
広間からは戦闘の音がしなくなって、ゴブリラの雄叫びだけがさっきからうるさいったらありゃしない。
ケンもタクも辛うじて意識が残っているような状況だな。
(んっ?!…まさかスライムがこんなに魔力を溜め込んでいたなんて…これならバッチグーだぜ!
んじゃ、行きますか!)
その声が届いた直後、俺の魔石からゆっくりと魔力が骸骨さんに向かって流れ始めた。もし魔力が可視化出来るのなら俺の魔石から骸骨さんの心臓辺りに流れていくのが分かるだろう。
その魔力の流れはどんどん早くなっていき、それに伴って俺のスライム液の中で赤く輝いていた魔石の灯りが少しずつ弱くなっていく。
魔石とはまさに命の灯火だったのかも知れないな。
(あの~骸骨さんや、俺は死ぬの?
まあゴブリラを倒さない限り、ここから出られないからどっちでもいいんだけど)
そう、俺達スライム三人だけではどう足掻いてもここから出られない。それならこの正体不明の骸骨さんに全てを任せても良いんじゃないかと思う。
(死なないよ?
それとも俺はスライムになったせいで死にたがりに変わってしまったのかな…)
どうやら俺は骸骨さんのそのセリフを最後まで聞き届ける前に意識を失ったようだ。
(ん……? ウィズが落ちる?)
二本の触手を引き千切られ、体もボロボロになった俺はウィズが居る方向に意識を向けた。
俺達三人は常に意識や視覚情報をリンクしている。あの場所に正体不明の骸骨があった事、そしてウィズの魔力を骸骨が吸い取った事もこの場に居ながら分かっている。
この世界の魔物はよく分からないが、あれは上位のアンデッドか何かなのだろうか?
俺達だけでは詰んだ状態だったのだ。骸骨だろうが死神だろうが、この状態を動かすことが出来るのなら万々歳だ。
ケンはまだ変身した状態のままだが、あの状態では自力で動けない。もし骸骨さんが剣を扱えるのならケンを使ってもらえば良い。
自信たっぷりにゴブリラを倒せるって言ってたんだ。早く姿を見せてくれよ。
それより俺の体って元に戻るのか?
結構液漏れしまくってるぞ。
などと俺の体の心配をしていると、あの場所から突然魔力が爆発的に高まったのが俺にも分かった。
その暴力的な魔力の奔流は穴を塞ぐ岩さえ易々と弾き飛ばす程の圧力を持っていたようで、吹き飛んだ石の幾つかがゴブリラに勢い良く命中して粉々に砕け散った。
その不意打ちは、俺達三人がかりで掠り傷しか与えられなかったゴブリラを大きく仰け反らして悲鳴を上げさせる程のダメージを与えたようだ。
まるでバトル漫画の主人公が気合いだけで石を吹き飛ばす、そんな感じだったな。俺もいつかあんなのが出来るかな?
そんな馬鹿なことは置いといて…それより注目すべきは中から出て来た人物だ。
黒目黒髪、銀色に輝く金属で部分的に補強した革鎧を胴体と手脚に纏った中年男がそこに立っているのだ。
(へぇ、あれが骸骨さんの元の姿か)