TONE ~シークレットライブ~後編
最終話です。
「TONE」~シークレットライブ~
真っ暗の中、中央に人影が現れた。
きゃあーと女の子達の歓声(叫び)があがる。
その声には“これで別人だったら許さねぇ”との殺意めいた思いも感じられて…もちろん私も込めさせてもらったが。
「こんばんは~~」
と間抜けした呼びかけに一瞬沈黙が訪れるが、妙に聞き覚えるある声に、一気に会場内が熱を帯びた。
スポットライトに照らしだされ、彼が闇の中に浮かび上がるとまたしても歓声。
「いやー! 本物ー!!」
の声にウケて大笑い。
イタズラっ子のしてやったりという笑みが、彼“Fly View”のボーカル“マキ”の口元に浮かぶ。
「突発的なライブにようこそ。今日は日頃、歌っていない俺のストレス解消ライブです。俺が楽しむためのライブです。よって…」
ギター音が鳴りドラムスティックのカウント3つで始まったイントロ。
「……ついて来れる奴だけついて来い!」
始まった曲は知らない曲だった。
でもそんなのは全くおかまいなし。
ノリのいいリズムと爽やかな歌声だけで自然と体は動く。
次の曲…も知らない。
「コレ、インディーズ時代の曲だよね」
後ろから知らないお姉さん方の声が聞こえ、納得。
マキが楽しむためのライブだし。
本人の声が聞けたら…なんて数分前まで思っていたくせに、どんどん欲が出てくる。
そんな思いが伝わったのか、3曲目はメジャーのアルバム曲。
誰もが耳にしたことのあるイントロと同時に舞台に灯りがつく。
ギターの“タキ”とドラムの“シンジ”の姿がよく見えるようになり、歓声と共にひときわ テンションがあがった。
マキの口から出た言葉がメロディに乗る。
会場を埋め尽くすファンの皆も口ずさむ。
でも。
なんか物足りない。
みんなも気付き始めている。
Fly Viewがテレビで歌わない理由。
それは確か……。
曲のサビを歌い終わり間奏に入った所で、
「あぁ――!!」
マイクを通した大音声でマキが叫んだ。
何事だと静かになった会場の中、音を抑えたギターとドラムはそのまま演奏している。
「そう、忘れてた!」
大げさな説明口調。
「遅れてきたヤツ忘れて、先に始めちゃってたよ」
ニヤッと笑う視線の先がステージそでに向けられる。
注目の中、現れた一人の青年は何事もなかったように空いていたキーボードの前に、立った。
赤く染まった前髪が顔を半分隠して表情が見えない。
ザワザワドヨドヨざわめく会場など無視して、ドラムが再びカウントを取った。
重なった音。
先ほどと同じ曲なのに何かが変わった。
マキが歌わない理由。
それだけで、皆が納得させられた。
本物の“Fly View”の音で。
そのままの勢いで数曲をこなし、マキは用意されてたペットボトルの水を飲み干す。
「一応メンバー紹介しまーす」
舞台の電飾がスポットライトに切り替わる。
「一番つき合いの長いギターのタキ」
ギターを激しく掻きならして笑顔を見せる。
「盛り上げ役は任せろのドラムのシンジ」
短い黒髪を振り乱して勢いのあるリズムを叩き出す。
「んで…存在さえ怪しまれている、まだ学生のシンセ・キーボードのユウ」
きゃあと一層の歓声が会場に響き渡る。
「今日は俺も久し振りに会ったのでいろいろ絡んでみたいと思います」
マイクを持って行ったマキに対し、無表情に視線を動かすだけのユウ。
「…今日は機嫌が悪そうだねぇ」
苦笑するマキの言葉にタキとシンジは吹き出し必死で笑いを堪えている。
「学生だからと出て来ないなんて、わがままで生意気だと思っていらした皆様にあいさつ」
冗談めいて言ってる言葉だが、しっかり過去形で現しているとこが皆の感情をよく見てる。
渡されたマイクを持ったユウだが、マキに向けた表情とは一変して笑顔になる。
それがまた年上のお姉様方にはかわいくて溜まらないだろう。
「シンセ担当のユウです。今日は突然のライブなのにこんなに多くの人が集まってくれてありがとう」
きぁあーと黄色い声援が飛ぶ。
うん、でも、あれ?
どこかで聞いたことなかったかな、この声。
「みんな今日のライブ、いつ知ったの?」
会場内から
「お昼頃ー」
「夕方にー」
と呼びかけの質問に大声で返す声。
「お昼頃の人ー?」
と手を上げると半分くらいの人が同じように手を上げた。
隣の友達も手を上げてる。
私は…その友達の情報で夕方前くらいか。
「ふーん…」
と会場を見渡したユウは視線をマキに向けた。
そして一言。
「俺が知ったのは、ライブが始まる2時間前だったよねぇ?」
「うん、そうだね」
あ。
「それも楽譜を渡して、ライブまでに編曲してね、なんて」
「ユウくんのこと信じてるからぁ」
とびっきりの笑顔で話す二人のかけ合いに会場から笑いが生じる。
なんか思い出した。
夕方、すれ違った時の電話。
『今からコレを…って2時間しかないじゃないですかー!?』
すぐ側で聞いたあの声って……。
「それでもほぼ完成させる所が、愛してるよユウくん」
きゃあと怪しげな黄色い声。
おいおい。
「学校を卒業したら、俺の所に永久就職してね」
「ヤダ」
即答するユウに笑顔で返し、マキはステージの中央に戻ってくる。
マイクをスタンドにセットし直して、
「出来たての新曲、いくよ」
真正面を向いた表情は笑いを収めた鋭い瞳。
重低音のリズムに激しいギターのイントロ。電子音が響き、マキの艶めいた声が重なる。
あんなに爽やかな声が曲が変わるだけで何でこんなに怪しく色気を感じる声になるのか。
音に合わせてマイクスタンドを伝う指が妙に艶めかしい。
次曲へいくための冗談のように話していたが、本当に2時間前だったんだね。
2時間でよくこんな風に編曲したね、ユウトくん。
電話に向かってのあの驚きの声を聞いた私としては、尊敬の思いだ。
そんな感想を頭の隅で思いながら夢中で身体に入り込んでくる音を感じていた。
「これ以上やったら、俺の声がつぶれちゃうからもうすぐお開きね」
と汗だくのマキが宣言する。
ブーイングの嵐と“つぶしてみてー”との無責任な叫びにまた苦笑い。
時計を見れば、始まってから2時間近く経っている。
ちゃんと健康管理をしたライブじゃないから仕方ないかとも思うけど、やっぱりもっと聞きたいと思ってしまうファン心。
「ここのライブハウスってさ、ジャズもやるんだよね」
と突然話を変える。
どういう意図なんだろうと不思議に思うと、ステージ横にあった黒い布を引っ張った。
様々な機材に場所を取られ、所狭しと横に退けられていた物体
……グランドピアノが布の下から、現れた。
キーンと一番端の鍵盤を叩く。
「俺が楽しむためのライブだから、さ」
振り向いた視線の先はユウ。
「俺の夢、叶えてよ」
「わがまま」
「今更だろ」
タキがユウをほらと促す。
近くで見たピアノ前に立つ彼は、間違いなくあの時の彼だった。
「曲は?」
「あの時のがいいなぁ」
「今、夏前だけど」
「いいじゃん、真夏のクリスマスって感じで」
「……タキさん…」
ユウは側にいたタキに何かを言付けると、タキはソデに一旦姿を消す。
そして間を置かずにすぐに戻ってきた。
手でOKのサイン。
なんだろうと不思議に思うものの、ユウがピアノの鍵盤を端から一気に鳴らし、ポーンとひとつの音をとる。
音の調律は大丈夫のようだ。
「ピアノのある舞台って…計画でしょ?」
「今日の応援のお礼だと思ってさ」
椅子に座ったユウの指が鍵盤の上を滑りだす。
「このメンバーで初めて演奏した曲です」
そんな説明をしてマキはスタンドマイクの前に立つ。
そう言えば聞いたか雑誌で読んだことがある。
マキとユウの出逢い話。
街なかの楽器屋でキーボードを弾いていたユウに、突然楽譜を渡してライブでいきなり弾かせたという、クリスマスソング。
どうしてもピアノの音が欲しかったから、と。
『今度は生ピアノ希望』
キーボードからの作られた電子音のピアノは、物足りないと呟いたらしい。
そんなマキの願いが、今現実になるのをこの目で見れる…耳で聴けるとは!!
静まり返った空間に響く、スローテンポのリズム。
マイクが拾ったマキの声は透明感のある切ない声。
蒸し暑い夏のはずなのに、会場の雰囲気は冬の夜。
サビの部分に入った時、聞こえてきたもうひとつの音。
マキ自身も驚いたように視線を動かす。
客席からは音の主は全く見えないのだが。
私は誰だか判った。
聞こえてきたのが、バイオリンの音だったから。
雪が降り積もる銀世界の幻想が見える気がした。
ユウがマキと視線が合って笑みを見せる。
『だって、お礼でしょ』
と聞こえないけど口の動きでそう言った気がした。
それで思い出した。
花束と封筒を持ったグラサンの怪しいお兄さん。
あれはマキ自身だったんだ。
静かな空間にバイオリンの音が響いていた。
音が消えても静まり返った会場。
余韻に浸りたい気分。
なんだなんだ、目がにじむ。
でも割れんばかりの拍手が起こると私も必死に手を叩いていた。
ライブハウスから吐き出された夜の町。
近くにあった遅くまでやっているファミレスでちょこっと腹ごしらえ。
それは皆も同じ考えらしく、見るからにライブに参加していた人達がいくつものテーブルを占拠していた。
「よかったね」
「うん、楽しかったね」
妙に私もテンションが高い。
自然と笑む表情は周囲も同じ。
それでも時間が経つにつれて戻ってくる現実感。
「もう夏だね」
「受験生の夏だね」
「うわ、思い出させないでよ」
「どうするの?」
「一応、進学希望だけど、どこにするかは決めていない」
「私は専門学校に行こうかな」
「えぇ!? 何の専門なの?」
「ふふ、ちょっとねぇ」
照れたように含み笑いする友達に、ほんの少し置いて行かれた気分。
なりたいものや、やりたいものはまだない…だからとりあえず進学。
夢中になれるものは見つからない。
一生懸命何かをすることを、面倒だと避けてきた気がする……。
でも。
今日のライブ。
それは彼らの真剣な想いから生まれたものだと気付いたから。
自分のしたいようにするためには、手に入れなきゃならないモノがある。
よし、私は未来の私のために今出来ることをするぞ、なんて。
数ある選択肢を今サボったことで狭めたくないから。
とーぶんは受験勉強だ。
「大学の夏休みって…長かったよねぇ…夏の後半、ライブツアーがあるかも」
決意した私に友達の悪魔の囁き。
「……前向きな息抜きは必要でーす」
逃避ではなく、もっとやる気になれるための時間なら。
帰ろうと席を立ったら、新しい客が入ってきた。
女の子の二人連れではあったのだけど……
「あ! ユウのバイオリンの彼女!?」
思わず言ってしまった声に、店内の皆が振り返る。
あ、マズイ。
思わず口を塞いだけど出てしまった声は戻らない。
ちょっとした騒ぎの中、あわてて店をでた。
「ごめんなさい」
店に入る邪魔をしてしまった彼女にそっと謝る。
気にしないで、と彼女は笑顔を見せる。
でも、あ、否定はしないんだ。
そして。
「バイオリン、入賞おめでとうございます。すごくよかったです!」
その言葉に驚いた表情をした彼女だけど、
「ありがとう」
謙遜しない素直な笑顔に、同性ながらかわいいなと思ってしまった。
自分であることに誇りを持っている表情。
カッコイイよね。
彼らの傍にいるのが彼女で良かったと思える。
「何? どういうこと?」
「内緒ー」
友達は不思議がったけど、これは私だけの秘密なのだ。
いつになくスッキリとしたイイ気分で帰路につく。
好きな人が楽しそうだと、自分も楽しくなれる。
頑張ってる人を見ると、自分も頑張ろうと前向きになれる。
単純だと分かっているが、それでいいのだと。
今までとは何かが違う、新しい夏が来る気がした。
【END】
「TONE」全体の裏設定ストーリー。
マキの妹→中学からの友人が音楽科高へ進学したバイオリンの女の子、リサ。
小中でピアノコンクールで入賞していたユウトを憧れの目で見ていた。
高校も音楽科を受けると知って受験したのだが、彼女は受かり、体調不良だったユウトは落ちていた。
高校になってコンクールにも現れない彼を心配していたが、偶然街中の楽器屋でキーボードを弾く彼を見かけそっと陰から見守るよう(ストーカー?w)になる。
マキがユウトに声をかけた日も偶然見かけて、ライブ会場へと足を延ばして演奏を聴くことが出来た。
それからしばらく経って、友達から兄がバンドのボーカルで、キーボードの子を探していて音楽科にいないかと聞かれ、ユウトの情報をマキに渡すことに。
大学受験で音楽科に進んだリサだが、ユウトもまた同じ音楽大学を受験して合格。同じ学校に通えることになった。
マキの妹の友達としてバンドメンバーとも知り合いになり、コンクールで会ったこともあるバイオリンの女の子として認識してもらい、彼女彼氏の関係に。
ユウトはピアノのソロ演奏というよりも、伴奏者としての才能を発揮。
初ライブでは『ずるい、ユウトくんの伴奏で歌うなんてー』っとマキに対抗心を燃やしていたが、グランドピアノの伴奏は自分が先だったことで溜飲を下げているw
もう小説で書くことはないと思うけど、裏ストーリーとしてバイオリンのリサとピアノのユウトの恋愛モノでもありました。
マキとユウのBLにはなりません(念のため(笑))
TONEの主人公のくせに名前が無いとか、登場人物もオトだけで漢字が無い。
ほんと、書きたいと思った場面だけを描きだした小説です。
読んで頂いてありがとうございました。