Piano (プロローグ)
短編小説 二部構成。
三回ほどで終わると思います。
「Piano」 プロローグ
あの時から、黒く重いフタを開けていない
音楽科への受験から
2度目の季節が近づいてきていても
なくしてしまったカギは、まだ見つからない
ポーン……
音が鳴った
僕の指の動きと連動して
造られた電子音が耳に届いた
思ったより軽い音が、僕の心を軽くさせた
電源が切れてしまえば音はならない
まるで僕のようだと感じた
様々な音が溢れる街の中
人気のない楽器屋の前で軽い鍵盤を弾く
造られた音は振動を心に伝えない
上辺だけの解放感が心地いい
傷口に巻く、新しい包帯のように
赤と緑で溢れる街中で
「ねえ、俺の隣で弾いてくれないかなぁ」
声が、僕の元に届いた。
話し声さえ聞き取れない大勢のざわめきが
ひとつの空間の中に詰まっている
マイクを通した音だけが
皆の耳へと届いていく
少し前に渡された手書きのスコア
ステージへと上げられて
圧倒的な熱に身体をさらす
光の中、ざわめきは静寂へと変化する
彼は、声をリズムにのせる
僕は造られた音で
ただ弾くだけのはずだった。
光と熱の渦の中、僕は逃げ出した
アンコールの声が響く中
呼び止める声に耳をかさず
無我夢中で飛び出した
今の僕は、
ただのニセモノでなければ
いけなかったのに……
彼の声が、
ホンモノの僕を呼び覚まそうと
ゆり動かした……
気がついてしまった本当のココロ
彼の声が造られたはずの音を
本物の音へと進化させた
ニセモノの僕が剥がれ落ちた
ずっと傷ついてないフリをしていた
落ち込んでないよ 大丈夫だよ
でもそれは
傷ついているけれど大丈夫なフリをしている
まだ傷口が傷むんだと
そんな自分を演じていただけだった
包帯をとれば傷はもう癒えて
微かな傷跡が残るだけなのに
僕は好きだったのかな
あの日からの自問
答えは カギは見つけていたのに
まだ動きだしたくなかった
だから逃げた 彼の声から
それでも動き出したココロ
キライだったら良かったのに
あきらめる言い訳ができたのに
まだ夢を見続けていいのかもと
再び向き合うのが
今はまだ踏み出せない
紫陽花で彩られた中庭で
耳に聞こえる音
ただの高校行事の文化祭で
ステージの上から
僕の前に延ばされた、手
「弾いてよ」
力強い腕は軽々と僕を引き上げた
「探したよ」
彼の声がココロに振動を伝える
隠せないホンモノの僕
真っ直ぐな声に逃げ道などなくて
彼の声に連動して
僕の指先から音が奏でる
あぁ、やっぱり好きなんだ
心地よい旋律が溢れる
「一緒にやろうよ」
笑顔
僕は泣きそうな笑顔
今はまだ完全なホンモノの僕ではないけど
いつかきっと
本物の心からの音を、彼の声と奏でよう
Piano 裏設定。
高校受験で志望していた音楽校へ進学できなかった彼ユウト。
普通科の高校へ進学したが、周囲の期待を裏切った罪悪感からかピアノを弾くことを避けていた。
高2の冬、街中で誰にも気にされずキーボードを弾いていた彼に声をかけたのが、バンドのボーカルをしていた2才年上のマキ。
ライブの1曲だけを弾いて姿を消したユウトを探し始める。
マキの妹の友人が音楽科に通っていて、小中のコンクールに入賞していたのユウトの事を知っていた。
妹が偶然ユウトと同じ高校であることを突き止め、文化祭の高校の文化祭のステージにユウトを引っ張り出し、バンドメンバーへと引き込むことに成功した。