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【改訂中】молитва~マリートヴァ~   作者: 羊
第2章 再会は、喜びではないものを呼び起こす
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第30花


アエネアは国政に携わっていた幼い頃から、リョンロート国の王族に好意を抱けずにいた。リョンロート国は嘗てはドルドーナ国に匹敵するほどの国土を持っていた。それが、数百年の内に衰退の一途を辿り、辛うじて小国とは言われない程度の力を残すに留まっている。リョンロートの王族は世界でも最古と呼ばれる血筋を持ち、王族達はそれを誇りとして、矜持を保っており、何かにつけては血筋を引き合いに出し、大国との縁組みを望み、打診してくる。


ドルドーナや他国はそんなリョンロートに不快感しか持たず、他国との縁組みはもっぱら断られ、国内での結婚が主流となっているのが現状だった。反面、それ故の弊害か、国のためならば命を懸けても構わない、という愛国信者が国の中枢を占める、という面倒なことも起きていた。が、それらが強く、何かに影響などされることはなく、国同士は均衡を保っていた。それが決壊したのだ。








理由はアエネアにとって、いや、誰にとってもとてもくだらない、と後々まで語り継がれることになるだろう、お粗末なもの。翠が広く流布させた食事には、リョンロートのみでしか作れない名産品もあった。それだけ、翠の生まれた世界、国は、食文化を発展させている、ということだ。結果、高額なリョンロートの食材を購入するよりも、ドルドーナに来て、安価で、たくさん購入したほうが良い、と商人達や観光客の流れが劇的に変化した。


それにプライドを粉砕されたのは、リョンロートの王族であった。


そのプライドの矛先が、宣戦布告もない、戦争の開始。呆れて何も言えない、とはこんことである。


この戦争の勝敗など、火を見るよりも明らかであった。








しかし、とてつもなく大きな問題が立ち塞がった。


戦争の勝敗などは問題ではなく、リョンロート国内の実情が鬼気迫り、連日各国で対応の協議が交わされることに、兄や義姉、甥夫婦やアエネアは忙殺された。


リョンロート国の王族や、国に忠義を向ける者達以外は、国の終わりを見越し、他国に移住や避難という形の亡命をしようとしていた。そのことに強制的に待ったをかけて、王族権限で関所は封鎖されてしまった。


何とか封鎖される前に逃げ出すことに成功した亡命者の証言に、各国は怒り心頭となった。が、リョンロートが秘密裏に開発していた魔法草の守りの特殊な塀はどんな武器や方法をもってしても壊すことが出来ず、リョンロート国の兵士達との戦争で、日々負傷者が出ているのが現状。


閉じ込められている者達の情報が一切入ってこないことも、各国の不安を煽っていた。








そんな中でも元気なのが、他者を追い落とすことに執念を燃やす者達で、この戦争を引き起こしたのは翠だと喚き始めたのだ。


『戦争が起きたのは異界の少女のせいである』


『やはり、最初に処分をしておけば良かったものを』


『リョンロート国内にいる、何の罪もない者達が殺されているならば、あの忌み人のせいだ!!』


ハッキリと言わせてもらうのならば、忙しい時に邪魔なことこの上ない。翠は兄と義姉の計らいで自室から出ることなく過ごしているが、そういった者達の戯言に憤っている者達は少なくない。この状況下で、何をくだらないことを喚き散らしているのか。


普段は温厚な兄や義姉、甥夫婦達は、そういったことを進言してくる輩に対し、


「異界の少女の恩恵を喜んで受け取っていたのに、このような事態になれば掌を返すのですか? そんな無能な者は、我が国には要りませんが?」


と返し、進言してきた者達を青褪めさせ、引き籠らせた。何の才もないのに、先祖達の威光を笠に着て喚くだけの能無しが、アエネアは心底嫌いだ。甥夫婦の治世にも、あんな無能者共はいらない。リョンロート国の件が片付いたら、即刻国政から叩き出してやろう。


アエネアが密かにそんな決意を固めている最中、その報告は入ってきた。








戦火に出兵していた負傷兵達の傷が淡い光が輝き、おさまったのと同時に跡形もなく消えたこと。サザリと共に、コッソリと王宮内にある神殿に翠が赴き、祈っている最中に突然倒れてしまったこと。


すぐに翠は宮廷医師に診せられたが、そこでも驚くべき報告が緊急で届けられた。


『翠の胸元に、ベアートゥスの痣がハッキリと浮かび上がっている』


この報告には兄上、義姉上、甥夫婦や翠をよく知る者達は仰天して、仕事など後回しにして、翠が眠っている医務室に駆け込んだ。勿論、自分とタイムも。








青白い顔で深い眠りについている翠は簡素なワンピースの寝間着を纏っているが、胸元にあるベアートゥスを示す魔法草の花はクッキリと浮かび上がり、その存在を主張していた。


「・・・・・・これはどういうことなのでしょう?」


義姉上が兄上に珍しくも困惑が手に取るようにわかる声音で問いかける。兄上も額に手をあて、現状を何とか頭の中で整理しようとしている。


「・・・・・・取り敢えず、儂達だけではわからないこともある。信頼出来る魔法草の研究員を呼んで調べるしかなかろう」


兄上の言葉に、その場の誰もが言葉を発さずに深く頷いた。








研究員が調べたことを議会で話し合い、出た結論は、


【今回の負傷兵達のことは、翠が目覚めたら確認を行って、翠のこれからの待遇を変える】


ということだった。翠が眠り込んでいる以上、話など訊けはしない。


何よりも皆が不思議に思っていることは、翠がもし負傷兵達の傷を癒した場合、ベアートゥスの痣が散った形になっていないのは可笑しいのだ。元々、翠の存在自体が歴史にない異例尽くめのことなので、判断が非常に難しい。しかし一方で、その裏にある研究者が語った夢物語そのものな推測論は、各国の王族や重鎮に希望を仄かに灯らせていた。


だが、そんなささやかな希望に横槍を入れてくる人物がいた。翠を非難して引き籠っていた者達を担ぎ上げて扇動しているのはテカルド侯爵。


次男とはいえ、息子が不祥事を起こしたのに表立っての咎めがなかったのは、娘であるフィアナ嬢がベアートゥスであったためだ。それなのに、息子の失態で異世界から引き摺り込まれてきた幼い少女が娘と同じベアートゥスであるなど、認められもしなければ、最悪、家の威信や誇りが失墜してしまう恐れがある。


テカルド侯爵達は、その推測論に、


「翠をもう1度神殿に赴かせて祈らせなければ、ただの夢物語だ」


と激しく主張した。兄上と義姉上、甥夫婦が表に出せない感情は、お付きのサザリやクインティ、シュレーが目線で威嚇していたが。








翠が目覚めたのは、眠り込んでから5日後のことだった。


姿見で、自分の胸元に浮かび上がっているベアートゥスの痣に驚いて、大声を出したところを医師が駆け付けたらしい。


自分達はすぐに翠に事のあらましを話し、翠が願ったことがやはり負傷兵達の傷が治ることであると確認すると、義姉上が翠に共に神殿に再度赴いてほしい、と頼んだ。翠は途惑っているものの、自身の身に何が起きたのか知りたい、という気持ちのほうが強かったのだろう。義姉上の言葉に力強く頷いた。


その際は自分も共に行くことを決めていたため、翠を安心させるように頭を撫でると、翠は真っ赤になってベッドの中に潜り込んだ。その微笑ましい姿を見ながら、アエネアは策を巡らしていた。








もしも翠が、研究者達の希望のような推測論を実現し得る存在ならば・・・・・・。







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