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【改訂中】молитва~マリートヴァ~   作者: 羊
第2章 再会は、喜びではないものを呼び起こす
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第25花


「式典、ですか?」


王妃の口から聞かされる単語に、翠とレンは目を見交わして首を傾げる。


「ええ。3年に1度、ドルドーナでは他国の王族や使者を招いた大きな式典を催していることは知っていますね?」


その言葉には、2人揃って頷く。


「・・・実は、他国側からの要請、というかお願いがあって。・・・・・・その式典に、是非スイを参加させてほしい、と」


「スイを? 何故ですか?」


「・・・スイの情報が、迂闊に遮断も出来ない状態になっているせいです」


レンの言葉に、王妃はため息を吐きながらも返答する。つまり、他国の者達はスイと懇意にしたい絶好の機会を逃すつもりがない、ということだ。レンもサザリも、その事実に眉根を寄せてしまう。


「本当はキッパリと断りたい、というのが陛下と私の本音ですが、外交上、そういうわけにもいかず・・・」


翠は急いでボードに文字を書き、それを王妃に見せる。


『私は大丈夫です! 少し怖いですが、陛下や王妃様のお側を離れなければ問題はありませんよね?』


「流石に、スイは頭が良いですね」


頭にのせられた優しい手の動きは、十数年経った今でも変わらない、と翠は思う。


「スイは王族席に座らせます。その際、レンも同行してくれると心強いのですが」


「勿論です!」


レンの意気込みに、翠は思わず笑ってしまい、レンに小突かれてしまう。そんな2人の様子は、室内の空気を和らげ、穏やかなものへと変えていっていた。






「僭越ながら、王妃様」


そんな中で、ただ1人、サザリだけが、何やら思案顔をしている。


「式典には、やはり王弟妃殿下であるフィアナ様もご出席なされますよね」


「・・・・・・ええ。他国に弱点を見せるわけにはいかないもの」


サザリと王妃の言葉に、室内の緩和していた空気が一瞬で凍りつく。侍女達や護衛達の表情を窺う翠とレンは、途惑ったように顔を見合わせ、お互いに一致した考えを持っていることを再認識する。


(一体どんな言動を取ったなら、こんなに大勢に可笑しな表情をさせることが出来るんだっ?!)


「問題を起こしそうになった場合には、すぐ様、父親のテカルド侯爵と一緒に、護衛を付けて退去してもらいましょう」


王妃のキッパリとしたあからさまな言葉にも、周囲は揃って真剣な表情で頷くだけ。それがより一層、翠とレンの表情を引き攣らせた。






翠とレンはその後すぐ、式典とパーティー用のドレスの採寸をさせられそうになったが、翠がそれを断った。そんなに大掛かりな式典でも、自分達は壁の花と化すのならば、大袈裟なドレスは要らない。


『私が作りますから』


そう告げて、翠はレンの採寸を慣れた手付きで行うと、一心不乱にドレス製作に没頭した。周囲の者達が呆気にとられるほどの集中ぶりであった。












ノックをする音が響き、部屋の主を待たずに扉が開かれる。そんなことをする人間は、己の身近では1人しかいないことを知っているアエネアは、机の上の書類の山から目を離すことはない。


「追加の書類、お届けにあがりました~」


主従とは思えない態度も、2人っきりの場所でならば許される。ひとしきり書類を片付け終え、侍女が用意してくれていたお茶をタイムと共に飲むのも日常風景だ。


「式典まで残り僅かだねぇ~」


「明日からは義姉上も王宮に戻ってこられるからな。更に忙しくなるだろう」


「うげ」


仕事の合間の息抜きを堪能しつつ、タイムは切り出した。


「やっぱり式典には、奥方も来られんの?」


「当たり前のことを訊くな。他国の王族や使者も招かれているんだからな」


「そうは言ってもなぁ~。俺、あの方好きじゃないんだよ~~」


心底嫌そうに天井を見つめるタイムを横目で見ながら、アエネアはとても淡々としていた。


「あれを好きな人間がいるとは到底思えんがな」


「・・・お前ねぇ、仮にも自分の妻だろうが」


「もうじき『元』妻になる」


タイムは皿に盛られたお菓子を摘んで、一口で呑み込んでしまう。


「まさか、天下のベアートゥス様が、あそこまで人様の神経を逆撫でする言動をするとは思ってもみなかったよ」


タイムはアエネア直属の騎士ということもあり、フィアナを護衛することもあった。ほぼ、大きく疲れて帰還する毎日であった。


「あれが例外なだけだろう。親や兄弟が甘やかし過ぎたんだ」


「確かになぁ。それで言うなら、あの時スイちゃんを婚約者にでも据えておく根回しをしておくべきだったよ。スイちゃんのほうが断然人間として出来てる」


お互いの茶器の触れ合う音だけが室内に響く。


「・・・訊いてもいいか?」


「・・・なんだ?」


問い返したアエネアであったが、タイムが何を訊きたいのか、既にわかっている。


「スイちゃん、何でお前を避けてるんだ?」


「心当たりはない」






あの日、離宮で14年ぶりに再会した翠は、幼い少女から大人の女性へと変貌を遂げていた。その事実を目の当たりにすることで、ようやくアエネアは翠を「守るべき少女」、というカテゴライズから外すことが出来た。


しかし、当の翠は、何故かアエネアの滞在中、親友だというプロセルピナ国のベアートゥス、レン・マーフィーから決して離れることがなく、体調不良を理由として、自室として宛がわれている部屋に籠ってばかりだった。アエネアやタイムが会話出来たのは限られた回数のみ。


翠の態度は、昔の翠の姿を知るタイムからしてみれば、可笑しなことだらけに映った。何よりも、少女の頃はその瞳に、隠し切れないアエネアに対しての恋情を覗かせていたのに、今はまるで怯えているかのように、アエネアを視界から弾き出そうとしている。失恋だけで、ああいった態度を取る少女ではまずなかった。


「・・・・・・スイちゃん、何かしってるのかもな?」


「仮にそうだとして、誰がその言葉を信じる?」


アエネアの言う通り、アエネアの内面を知る者は、国王と王妃、タイム以外にはいない。もし翠が何かのキッカケでアエネアの本性を知ってしまったとしても、誰に言っても信じてはもらえないだろう。それだけの大きな化けの皮をアエネアは被り続けている。だが、タイムが心配していることはそこではない。


「離縁したら、スイちゃんを後妻にって動きがあるんだろう? 不味くないか?」


タイムの目下の心配はその一点だ。アエネアは菓子の皿に手を付けると、薄く笑う。誰にも決して見せることのない、酷薄な笑み。


「心配はない。その時はその時だ」


タイムはアエネアの言葉に呆れたように、お茶を飲み干した。






かつて、目に見えてわかるほどの尊敬と憧れを向けてきた翠の雰囲気の変わりようには、タイムですら驚いた。一体翠に何が起こったのかは、口頭でしか聞いてはいないが、それ以上のことがあったのだと、容易に推察出来る。


『タイムさん!』


嘗て、少女が親しみを込めて呼んだ自分の名前。もう決して、あの声が聴ける日は来ないのだと、タイムは改めて実感した。







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