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【改訂中】молитва~マリートヴァ~   作者: 羊
第2章 再会は、喜びではないものを呼び起こす
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第23花


「スイ、目の下に隈が出来ているが、体調は大丈夫かい?」


国王フォレトの心配気な声に、翠は笑いながら首を振る。本当は、昨日の夜にスフェーンとオブシディアンの話に衝撃を受けて、レン共々、明け方まで眠れなかった。レンは何とか欠伸を口元で噛み殺している。


今日は国王も離宮に滞在し、昨日よりも遥かに賑わいを見せる晩餐会が催される予定だ。その前に、翠達は小さめのホールに入り、椅子を並べて向き合う形で座っている。以前国王と約束した、翠の歌を披露するためだ。


レンがピアノの伴奏に名乗りを挙げて、歌う準備は整った。スフェーンとオブシディアンは、期待を瞳にのせて翠を見ている。そんな姿に微笑みつつ、翠は軽く深呼吸を繰り返し、伴奏が始まったと同時に歌い出す。












あなたはなにを祈るのでしょう


木々がささやく 海がなぐ このときに




あなたはなにを祈るのでしょう


空は青くすみわたり 小鳥がとびかう このときに




わたしはなにを祈るのでしょう


わたしをしらないわたしのままで




わたしはなにを祈るのでしょう


ささやかなものは誰かのなかではささやかではないものを




必ず人は膝をつき祈るときがあるの


あなたはなにを祈るの


わたしはなにを祈るの


おなじこと願うならいいと謳いましょう












ホールの中は静まり返っていた。皆、翠の歌に聞き惚れている。


翠が歌だけは口から発することが出来る、と気付いたのは、プロセルピナ国に移ってから3年目のことだった。何気なく歌を口の中で口遊んでいたら、クインティに驚かれて、初めて知ったのだ。その後、秘密裏に王宮の侍医などにも見せたが、翠が言葉を発することが出来るのは、何故か歌だけだということがわかったのみだった。しかし、翠にはそれだけで良かった。まだ希望の欠片を捨てなくても良いのだと思えたから。


翠は歌う際には、昔、叔父と一緒に見よう見まねで学んでいた手話を用いて歌うことにした。自分の故郷を忘れないための行為であったが、逆にそれが翠の歌を引き立たせる要因の1つになった。






翠が歌い終え、レンの伴奏が止むと、辺りが一瞬静まり返り、次いで大きな拍手の波が起こった。翠は照れた表情ながらも、レンと共に会釈した。


「噂には聞いていたが、スイの歌は素晴らしいな!」


国王が翠の頭を優しく撫でると、王妃が当然とばかりに口を挟む。


「だから言いましたでしょう? スイの歌は宝物だと」


笑い合う両陛下を見て、翠の瞳が寂しげに細められたことに気付いたのは、レンとスフェーンだけだった。


その夜の晩餐は特に盛大なものとなり、レンやオブシディアンと一緒に料理の皿を回り、存分に味覚を堪能させてもらった。






国王フォレトは、離宮に滞在する際は王妃の寝室と一緒である。それは誰にも当然のことと映るが、翠にとってはまったく違う意味を伴い、胸の痛みと共に襲ってくる。夜遅く、翠はお風呂上りの王妃を見掛けると、走って駆け寄った。


「あら、スイ。どうかしたの?」


翠は言おうか言うまいか逡巡していた。もう何年も前からこのことについては、自分以外が口を挟めないことを知っているからこそ、何とかしたい、と切実に思ってきた。けれど、国王や王妃の決意は固く、それが一筋縄ではいかないことも翠はとてもよく理解していた。だからこそ、ずっと言葉にすることが出来なかったのだ。


翠の躊躇いを王妃は理由はわからないまでも察し、背中を擦って、


「落ち着くように」


と促してくれる。翠はその手の温かさに落ち着きを取り戻し、ボードに書いていた言葉を王妃に見せた。


『陛下と王妃様は、もう別々に暮らさなくても大丈夫です』


その言葉に王妃の目が見開かれ、次いで苦笑するように目元が和らぐ。


「そんなことを気にしていたの、スイ?」


そんなこと。それだけで片付けられたら、どれだけ良かっただろう。


翠がドルドーナ国を去ってから、大きく変わったことは王弟妃殿下のことだけではない。王妃は療養を名目に、かつて前国王夫妻が生涯を過ごした離宮へと居住を移し、以降、政治的な側面以外では、パーティー等にも出席しなくなった。そんな王妃を国王は度々見舞い、仲睦まじさを存分に見せつけているが、翠は本当のことを知っている。


国王と王妃は離れて暮らし始めたのは、翠への贖罪のためだ。


「己達だけが幸せになってはならない」


国王と王妃は常にそう自分達を戒め続けているのだ。それを見ているだけの翠は辛かった。国王と王妃の贖罪など、翠は求めていない。ただただ、国の安寧と国民の幸せばかりを考える2人が幸せになってほしい。


王妃は翠の頭を優しく撫でると、翠の目を覗き込む。


「スイ。私と陛下は、ただ選んだだけ。己の業から逃げるか否かを。そこにスイのことは関係がないわ。ただ、通過点になってしまっただけ」


王妃ノバラや国王フォレトの言葉は、幼い翠にはとても難しく感じた。けれど、成長した今ならばわかる。それでも、と思ってしまうのは、【通過点】となってしまった自分が許せないから。


「スイ・・・」


俯いてしまった翠の頭を撫でる手はとても優しい。翠はグッ、と涙を我慢する。今、この場で自分が泣いてしまうのは卑怯だと思ったからだ。












「義姉上」


翠はどうしてか、身体が冷たく固まってしまうのがわかった。後ろを振り返ることなど出来はしない。


そこに誰がいるのか、察したからだ。


「ま、まあ! どうしたのですか、アエネア。まだ他国の視察に赴いているはずでは?」


王妃の言葉も、僅かばかり動揺が窺える。


「もしかしてその子はスイ・・・、ですか?」


その言葉に、どんなに心中で嫌がっていたとしても、スイは表面上、後ろを振り向かなければならなくなった。


心の中で幾度も息を整え、頭を下げて振り返る。ずっと頭を下げ続けていられれば良いのだが、そういうわけにもいかない。


「そんな堅苦しい挨拶はいいよ。久しぶりなのだし」


そうアエネアに言われてしまえば、顔を上げざる負えない。ゆっくりと上げた視界の先では、年齢を経てなお、その美貌が少しも損なわれていないアエネアと、年月を重ねて、より精悍な容姿に磨きがかかったタイムがいた。







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