第22花
その日の夜の晩餐もとても豪勢で、使用人達や家臣も会食出来るホールの場は賑やかで、翠もレンもとても楽しめる形だった。明日、国王陛下が訪れるのならば、更に盛大な宴になるだろう。
夜、翠とレンはスフェーンの滞在している部屋で広いベッドの上に陣取りながら、弟のオブシディアンも交えてお喋りをしていた。スフェーンもオブシディアンも各国の情勢や未知なものに興味津々で、特に翠の生まれ育った世界のことには、真剣に耳と目を傾けていた。
「いつか、僕はスイ様の生まれ育ったような世界の医療や文明の凄さを魔法草の研究で実現したいです!!」
瞳をキラキラさせながら語る、王子と云えども子どもの姿に、翠とレンは微笑ましくなる。
「でもオブシディアン、医療の発展は戦争ありきからはじまっているのですよ。どこの世界でもそれは同じでしょう?」
スフェーンは翠に目線で答えを促す。確かに、地球の医療の発展は、繰り返されてきた戦争の歴史の中から生まれた産物と言ってもいい。頷いた翠の姿に、オブシディアンは顔を青褪めさせて項垂れる。
「・・・・・・どうして姉上は、夢や希望の欠片もないことを口にするのですかッ」
「王族に夢や希望はあまり必要はないからです。オブシディアンも王位継承権を持っているのだから、キチンと勉強しなくては」
「・・・そういえば、ドルドーナ国の立太子は指名制だったわね」
レンの言葉に、翠もそのことを思い出す。ドルドーナ国は国王が次代の王になる者を指名する。そこに性別は関係がない。どうやら現時点の第1王位継承候補は、スフェーンであるらしい。それには翠とレンも納得してしまう。スフェーンほど、王族の中の王族らしい人間はあまり存在しないだろう。
ふと、翠は気になっていることを思い出し、逡巡した後に、そのことをボードに書いてスフェーンとオブシディアンに見せる。
『ご気分を害されるお話なので、避けようかと思っていたのですが、どうしても気になったので訊いても宜しいでしょうか? どうして王弟妃殿下は、皆さんから忌避されていらっしゃるのですか?』
翠の言葉に、スフェーンとオブシディアンは顔を暫し見合わせ、無言で頷き合う。それは、話しても問題はない、という了承のようなものだったのだろう。
「・・・スイ様は、叔母様にはお会いになられたことがありまして?」
スフェーンの言葉に、翠は頷くことで肯定を示すが、レンが補足をしてくれる。
「スイは会ったことはあるそうですが、1回きりで、その時も挨拶を交わしただけだそうです」
レンの補足に、スフェーンとオブシディアンは納得したように頷き合う。
「それならば、叔母様の人となりを知らなくても無理はありませんわね」
「どうして王弟妃殿下は好かれていないんですか? 悪い噂なんて聞いたことはありませんが」
レンの言葉に、スフェーンは失笑する。
「自国の恥を晒す趣味はどの国も持ち合わせてはいないと思いますわ。その事実をただ隠しているだけです。ベアートゥスというのも、良い隠れ蓑にはなって下さっておりますわ」
「・・・・・・叔母上には、あまり母上に近づいてほしくないのです」
オブシディアンの小さな声に、翠は首を傾げてしまう。
『王太子妃様と王弟妃殿下には、それほど繋がりはなかったように思いますが・・・?』
翠のボードに書かれた言葉に、スフェーンとオブシディアンはため息を吐きつつ、口を開く。
「スイ様がドルドーナ国にいらっしゃった時は、関係などほとんどありませんでした。ですが、叔母上に子どもが何年も出来ないと叔母上の取り巻きの貴族達が騒ぎ始めて・・・」
要約すると、オブシディアンの話の概要はこうだった。
翠が死亡したことにされた翌年、王太子妃であるロロネーは第1子となるスフェーンを生み、2年後には第2子のオブシディアンに恵まれた。そしてそれほど間を置かず、3年後には新たな懐妊がわかった。王族の血を遺すことは重要であり、非常に喜ばしいことである。
しかし、それに良い顔をしなかったのが王弟妃殿下の取り巻き達だった。結婚をして何年も経つというのに、フィアナには一向に懐妊の兆しが見られない。それなのに、王太子妃はこれ見よがしに妊娠を声高に叫んで、国中から祝福される。
「親族となった者に、情はないのか?!」
と陰で口にするのならばまだしも、表で堂々と言い募り、王弟妃殿下の取り巻き達以外の国中の貴族から大いに反発を買った。しかも、当の本人であるフィアナはただただ取り巻き達に庇われるばかり。
その心労が祟ったのか、王太子妃は流産してしまった。
今現在も、王太子夫妻は王弟夫妻を気遣って、子どもが出来ないように配慮している、とのこと。
話を聞き終えた翠とレンは開いた口が塞がらない、という体験をしていた。
それは、アホだろう。
誰もが口には絶対にしないだろうが、皆、思うことはそれ1つのみ。
「これが、叔母様の取り巻き達の貴族以外が反発心や不信を抱いていることの1番の大きな要因ですわ」
「まだあるんですか?!?」
レンの叫びは最もだ。
「ええ。他には・・・」
その後も王弟妃殿下たるフィアナの、翠とレンが本当に頭が痛くなり、鎮痛剤を処方してもらう羽目になる実話は赤裸々に続いた。
神殿や教会等は、孤児院や治療院を併設している所が多いのは、この世界では共通の認識である。フィアナはベアートゥスとして、また王族の一員として、孤児院に慰問に訪れることが多かったそうなのだが、孤児院の子どもや職員達、神職達、治療師達に蛇蝎の如く嫌われているのだという。
その原因は、フィアナの性格にあった。確かにフィアナは高位貴族の令嬢としてはとても優しい部類の人間に入るのだろう。だが、慰問に訪れる度に、孤児院で親を亡くした子ども達、重い病を背負った者達を激励するのは良いが、終始、
「お可哀相に」
の言葉を使い、涙を流す。どんな境遇にあっても、己の不幸を嘆かない人間はたくさん存在する。寧ろ一般市民のほうがそういった面は非常に強い。これからを生き抜くために必要な力だとも言い換えられる。
だと言うのに、フィアナは終始、同情と憐憫の眼差ししか孤児や病人に向けない。これでは、孤児院や治療院がフィアナの訪れを歓迎出来るはずもない。
決定打になったのは、とある地方の孤児院に慰問に行ったときのこと。大商人だった両親を亡くし、無一文になった幼子がその孤児院にはいた。しかし、その子どもは明るい気性で、将来は亡くなった両親のような大商人になるのが夢だと常に語っているような子だった。その子どもの存在を知ったフィアナは、当然の如く、いつものように涙を流したが、その時ばかりは、子どもを抱き締めて、
「可哀相に・・・!」
と咽び泣いたという。そのフィアナの行動に対して子どもは訳がわからなかったのだろう。
「自分は不幸じゃないよ?」
そう口にしたそうなのだが、変なフィルターで人を見ているらしい(スフェーン、オブシディアン談)フィアナには、その姿が、悲しみを押し隠して気丈に笑う幼気な姿に見え、
「大丈夫よ、わかっているから」
と子どもを抱き締め続けたらしい。
その行為は、慰問の日程が終わる1週間、毎日何時間も続いたそうだ。
これには流石にその子どもも、フィアナが出立したその日に体調を崩し、かなり深刻な心因性の病気になり、不満を抱いていた国内の孤児院や治療院を怒らせる結果となった。
結局、アエネアが直接方々に謝罪をしたことで、事態は落ち着いた。
それ以来、
「フィアナはアエネア殿下の伴侶に相応しくないのではないか?」
という意識が民にまで根付き始めた。
他には、慰問や視察などに訪れた先で、大量に公費を使って、夫であるアエネアや国王、王妃、王太子夫妻、取り巻き達のお土産を購入したり。
またある時は、農作物を非常用の食料として買い求め、その対価として、何かの不具合がその地域で起こった場合、真っ先にその問題に取り組む約束を書面でも交わしておきながら、災害でその地域が食糧難に陥った際、他国の流行り病にお金を注ぎ込んでしまい、その地域にまでお金が回らなくなってしまったのだ。
その時は、王太子の采配で事なきを得たそうである。
また、女性なのでドレスや装飾品を好むのは誰にだってわかる。しかし、国内で流行り始めた装飾デザイナーを何度断りを入れられようとも自分の専属に、と願い、遂には父親の侯爵の力で叶えてしまう。その装飾デザイナーは市井の出身であり、広く女性達が好んで使うアクセサリーを作ることが夢だったらしい。専属になった1年後、そのデザイナーはノイローゼになり、自死してしまった。
今現在は、フィアナはアエネアに害しか及ぼさない者と見なされ、取り巻き貴族以上の力を持った者達により、アエネアとは別居を強いられているらしい。そのことで、泣き暮らしているとか。
その夜は、明け方まで翠とレンは眠ることが出来なかった。
聞いて後悔はしてはいない。ただ、そんな人物が王族になると、国が歪んでしまう典型になってしまうのだな、とレンは思った。
翠は、アエネアのことを思い出していた。
「そこいらにいる女共と大差がない」と翠を蔑んでいたアエネア。そんなアエネアが選んだフィアナは、到底国王と王妃の治世に役立つ人間ではなかった。
これは何かの代償なのだろうか・・・?
そんなことを翠は天井を見つめながら考え込んでいた。